いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2022/5/31

新作能 「沖宮」  映画・演劇

新作能「沖宮」(おきのみや)

2021年6月12日 京都・金剛能楽堂にて
新作能「沖宮」が上演された。

原作は、石牟礼道子
衣装を、志村ふくみ

***内容  新作能「沖宮」実行委員会さんのページからお借りしました*****
島原の乱の後の天草下島の村。
干ばつに苦しむ村のために、雨の神である竜神への人身御供として、
亡き天草四郎の乳兄妹の幼い少女あやが選ばれる。
緋の衣をまとったあやは緋の舟に乗せられ、沖へ流されていく。
舟が沖の彼方に消えようとした瞬間、稲光とともに雷鳴が鳴り、あやは海底へ投げ出される。
あやは天青の衣をまとった四郎に手を引かれ、
いのちの母なる神がいるという沖宮へ沈んでいく。
そして、無垢なる少女あやの犠牲によって、村に恵みの雨が降ってくる。

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
村々は
雨乞いの まっさいちゅう
緋の衣 ひとばしらの舟なれば
魂の火となりて
四郎さまとともに海底うなぞこの宮へ
(石牟礼道子が亡くなる10日前に口述した句)

戦に散った天草四郎と生き残った幼い少女
そして、人々の死と再生の物語
*****************

石牟礼道子さんと志村ふくみさんは、同志
交流があり、魂の響き合いがあったことも
よくわかります。

自然を畏怖する心。
へりくだった心。
天地万物を創造された神への畏敬の念

「沖宮」を見たい、、、という願いは、いつ叶うか。

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  彼岸花 (親愛なる教え子 杉浦譲治君からお借りしました。)

   天草四郎とあや
    キリストへの道と竜神
    人を越えた存在を知る人
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2022/5/30

「石取祭」(いしどりまつり)と聖書  祈り

5/25の大竹しのぶスピーカーズコーナーで、
都道府県ランキングで23位の三重県が取り上げられました。
そこで、故郷の桑名市の石取祭(いしどりまつり)が
日本一やかましい祭りといって、紹介されました。

いま調べてみたら、なんと2016年にユネスコ無形文化遺産に指定されているではありませんか。2007年に国の重要無形民俗文化財にもなっていました。

YouTubeでは、祭りの様子を見て、聞くことができました。
ああ、懐かしい・・・・涙がでる

町屋川から、石を取ってきて、それを春日神社に奉納するという祭り。

今は、観光のために、8月の第一金曜日の深夜零時から試楽の土曜日、そして本楽の日曜日に山車が町を巡行する。

しかし、私の子どものころは、7月の10日か、14日ころに始まっていた。
 今では考えられないことですが、石取祭の山車を持っている町内の子たちは、学校を
 早引きして、その準備の行事に参加したのです。
 中学生だったとき、私は参加できなかったので、残念に思っていました。
 *7月10日〜7/14日というのは、ユダヤの贖罪の日。大事な日です。

 幼いころは、母の実家が春日神社の近くで、町が山車を持っていたので、お祭りに
 参加していました。おそろいの浴衣を着て、山車の綱を引いて引っ張るのが
 楽しく忘れられない思い出です。
 

川から石を取る、、、というのは、
旧約聖書のヨシュアが、ヨルダン川を渡る時に、乾いた川の底から、
12個の石を取って来て、積み上げて塚にしたことを思わせる。
 ヨシュア記3章と4章にあります。 記念の石を12部族が取ってくる。

若い時に、大学の神学部の教授が興味を持ち、私はその由来を聞きに、春日神社へ行きました。
でも、詳しく知る人には会えず、社務所でパンフレットをもらってきただけでした。
なので、聖書との関連は、分かっていません。

 いまは、「桑名石取祭保存会」があり、「石取祭記念館」もあるらしい。

子供のころから、太鼓と鉦を叩く練習をさせられた人たちは、
この祭りを愛してやまない。
私の従兄弟などは、この祭りを続けるために、実家から離れない職業を選ぶほどでした。

五つ拍子と、七つ拍子があり、「こらさー」という掛け声を入れます。

町を巡行する時に、電線に引っかからないように、
4段の提灯を付けた山車の三段目を折るのは、頭を下げているようでした。
一番上の提灯だけは長四角で、あとは長い丸の12張りの提灯です。

近くにいると、太鼓の音が、おなかにずしんと響いてきます。

30数台の山車が、くじ引きで順番を決めて、春日神社に渡る。
3日間、夜、12の提灯を灯、鉦と太鼓を打ち鳴らし、並んで町を練り歩く。
役員の羽織を着た亡き叔父の凛々しく清々しい姿が、いまも目に浮かびます。

私にとっては、騒がしいだけの祭りではなく
幼い日の忘れられない、ふるさとの記憶です。


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 春日神社に渡る山車が、真ん中にあり、
 12の提灯を掲げた頭を下げています

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 石取祭の(祭車)山車 今中町の山車
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2022/5/29

「イエスと歩む沖縄」平良修牧師  ひと

友達のC子さんが、教えてくださった「こころの時代」本日5/29今朝早く、の録画を
先ほど見ました。

こんなに行動する牧師さん、、知りませんでした。
平良修(たいらおさむ)牧師 1931年沖縄県宮古島市生まれ。
アーカイブで、2013年12月22に放送されたもの。当時82歳。

疎開した台湾で敗戦を迎え、自分が目指してきた「日本人」とは何か、と思う。
帰ってきた宮古島では、それまで教えられてきたことと反対のことを言う人たち。

そこで出会った、国仲寛一牧師に、「信じるに足る人物」を見る。
高校3年生で受洗。イエス・キリストの道を歩む決意をする。
東京神学大学や米国テネシー州ナッシュビルにある大学で学ぶ。
沖縄キリスト教団上地(じょうち)教会牧師

そして1966年11月2日、34歳の時、第5代琉球列島高等弁務官就任式で、祈祷牧師として祈る。
***その祈りより抜粋****
神よ、願わくは、世界に一日も早く平和が築き上げられ、新高等弁務官が最後の高等弁務官となり、沖縄が本来の正常な状態に回復されますように、せつに祈ります。

神よ、沖縄にはあなたのひとり子イエス・キリストが生命を賭けて愛しておられる百万の市民がおります。
高等弁務官をしてこれら市民の人権の尊厳の前に深く頭を垂れさせてください。
そのようなあり方において、主なるあなたへの服従をなさしめてください。

天地のすべての権威を持ちたもう神の子イエス・キリストは、その権威を、人々の足を洗う僕の形においてしか用いられませんでした。
沖縄の最高権者、高等弁務官にもそのような権威のありかたをお示しください。

神よ、高等弁務官を含む私どもすべての者に、変えることのできないものをば、それを謙虚に受け入れることのできる力をお与えください。
また変えることのできるもの、変えなければならないものをば敢然と変えていくことのできる勇気をお与えください。
何よりも、これら二つのものを正しく見きわめることのできるさとい知恵をお与えください。
***********

この祈りは、国仲牧師と訪問していたハンセン病患者さんたちとの出会い。
ナッシュビルでの虐げられている黒人たちとの出会い。
その人たちの中におられる、イエス・キリストに出会い、仕えていこうと決心したから。

苦しんでいる人たちに手を伸ばし、一緒に歩くことは、
イエス・キリストと共に歩くこと。

病める民衆の中にキリストがいる。
彼等と共に生きることが、イエス様に従うこと、キリストの道を歩むこと。

人間を大事にする=人間の尊厳を守ること=神を大事にすること
これがキリストの生き方であり、
時に権力者に抵抗もした過激なイエスの生き方でもある。

沖縄の人たちの人間の尊厳を守るため、
辺野古移設にも反対活動にも夫婦で参加する。


先に書いた小坂忠さんの生き方、その笑顔と
平良修牧師の穏やかな温かいお顔とが、重なる。

私は、なにをしたらいいのだろう。。。。。。

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  (野口勝利さんからお借りしました)

   いつもありがとうございます。
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2022/5/28

染織家 志村ふくみ  色彩

染織家で随筆家でもある、志村ふくみさんのことは、
以前、テレビでその活動のようすを拝見しました。

草木染、、、とても心魅かれます。

図書館で、最近出た本『志村ふくみ 染と織り』を借りてきました。

繊細な色調、モダンな柄、どこか素朴な、自然な織物。

その着物の写真を見ているだけでも、楽しい。

この本は、志村ふくみさんの生い立ちから、現在にいたるまでを、
インタビューして、それを起こしたもののようです。

実母が、柳宗悦と交わりがあり、家に機織り機があった。

***ウィキペディアより*****
滋賀県近江八幡市生まれ。
1942年(昭和17年)、文化学院卒業。

31歳のとき、若い頃に柳宗悦の民芸運動に共鳴して織物を習っていた母・小野豊の影響で、織物を始める。

1990年(平成2年)に農村の手仕事だった紬織を「芸術の域に高めた」と評価され、
紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)の保持者に認定された。
また随筆の名手としても知られ『一色一生』で第10回(1983年度)大佛次郎賞を受賞している。

現在は京都市右京区嵯峨野に工房を構える。
**********

近江八幡の生まれとは、知りませんでした。
(勝手に)とても親近感を覚えました。私にとっても大事な所です。

文化学院で学んだというのも、人間形成に大きな影響を与えたと思います。
軍国主義教育に傾倒していく時代にあって、独自の自由な気風を守った
文化学院ですから。

石牟礼道子と、深く親しい交わりがあった。
もちろん、民芸運動の柳宗悦からも、影響を受けている。

陶芸家の富本憲吉、河井寛次郎、バーナード・リーチ、濱田庄司、
木工家の黒田辰秋、版画家の棟方志功、染織家の芹沢晴陲覆
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2022/5/26

映画 「カサブランカ」  映画・演劇

よく出来た映画は、何度見ても、新しい発見がある。

私は、あまり同じ映画を何度も見るほうではありませんが、
数少ないその中の、「カサブランカ」を見ました。

教会の友人が、同じ監督の映画を紹介してくださったからでした。
「汚れた顔の天使」という1938年のもの。
そこに、ハンフリー・ボガードが出ていたことを
教えてもらったので、「カサブランカ」につながりました。

アマゾンプライムは、本当にありがたいです。
検索したら、すぐに見つかりました。

監督のマイケル・カーティスは、ユダヤ系ハンガリー人。
1942年公開、、、、というと、
なんだかプロパガンダの要素がないとも言い切れない。

時は1941年12月・映画の舞台は親ドイツの政権下に置かれた
フランス領モロッコの都市カサブランカ

ドイツの侵略による戦火から逃れて、アメリカへ亡命する人たちが、ここにたくさん集まってきていた。

詳しい内容は、ご存じの方も多いと思います。

リック=ハンフリー・ボガード
 映画通の人は、ボギーと呼ぶとは、知りませんでした。
イルザ=イングリッド・バーグマン
 気品のある女優さんだと、つくづく思いました。

「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(時の過行くまま)。。。。
  やっぱり、いい曲です。
  ピアノを弾く、サムも懐かしい。
国を愛する心、、「ラ・マルセイエーズ」を合唱する酒場の人たち。

最後に分かる、ルノー署長とリックの友情も、憎いですね。

愛するがゆえに、彼女の幸せを願い、
「自分は、過去の思い出だけで生きていく、、、」なんて
なかなか言えません。

有名なセリフ、、、ここで出てくるのだと再確認。
「君の瞳に乾杯」が、3度か4度も出てきていたとは。

久しぶりに「カサブランカ」に浸りました。

 
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 カサブランカ (インスタグラムからお借りしました。)

  毎年、鉢植えですが、カサブランカと鉄砲百合が咲くのを楽しみに
  しています。
  ところが、今年は、初めて、つぼみに黒い虫がいっぱいついて
  何本か、切りました。 涙、涙、涙・・・
  なんとか残った百合・カサブランカの花が咲くのを待っています。
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