いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2021/3/29

ゴッホ 草木への祈り  絵画

2020年2月23日に放送された日曜美術館が、再放送された。

〜ゴッホ 草木への祈り〜

今まで見たことがなかった、麦の絵、草木の根っこの絵。

ゴッホは、ミレーを尊敬していた。
それは、ミレーの絵に、聖書の物語が描かれているから。

伝道者になれなかったゴッホは、
絵で、神様の言葉を伝えたいと思った。

20年くらい前だろうか、ゴッホ展へ行ったあと、
3,4日、ゴッホの絵の強い印象が、心に残って
自分自身とても驚いたことがある。
本物の絵の力を、体感した。

今回、糸杉にこめられたゴッホの祈りについて
解説を聞いた。

また、絵本作家、いせひでこさんが大好きだという1890年、亡くなる前の絵、
草木の根っこ・・・初めて見ました。

ゴッホにしか見えなかったもの・・・・・・

初期の代表作、「ジャガイモを食べる人々」の暗い色から、
印象派、日本の絵に影響を受け、
ゴッホ独自の明るい色彩を描くようになった。

強烈な魂の叫びが、見る者の心、魂に伝わってくるのだ。

創造主なる天の父なる神様。
自然も、動物も、人も、月や星や太陽、宇宙も創られた。
その神のみわざを、描くことで、神の愛、恵、祝福を
ゴッホは伝えてくれている。

ひたすら、自分の目に映る草木、太陽の光、月、星を描いた。
精神が狂うほどの情熱で。

命を光で絵買いが画家であることを
再発見した。

「神の言葉を種まく人」になりたいと言っていたゴッホ。






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   糸杉と星の見える道  ゴッホ 1890

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   草むら  ゴッホ  1890

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   木の根と幹  ゴッホ 1890
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2021/3/27

民俗学者 宮本常一  ひと

またまた、カルチャーラジオ、アーカイブス。

宮本常一という名前は、知っていました。
とても優れた人だったらしいと。
でも、彼がどのようなことをしたのかは、ほとんど知りませんでした。

民俗学というと、有名な柳田國男=『遠野物語』

宮本常一は、柳田國男を、師と仰いでいたようだ。
けれど、その研究方法は、違っていた。
解説の保坂正康さんによると、宮本常一こそ、本流であると。

全国をくまなく歩き、民衆の暮らしを聞き書きした。
その土地の語り部のような人物との出会いを求めて。

その道を歩むように招いたのが、渋沢敬三(渋沢栄一の孫)であった。
アチックミュウゼアム????
聞いたこともない名前。
それこそ、動物学者になれなかった渋沢敬三が心血を注いだ研究所。

戦争の足音がする昭和10年・1935年、二人は出会う。

宮本常一は、芭蕉に憧れていたようだ。
旅をすることで、文化を伝える。

ここでまた菅江真澄(すがえますみ)という、三河出身の旅行家・博物学者が出てくる。
この人も知らない人。。

詳しく説明していると、大変なので、ウィキペディアをご参照ください。

白紙の日本地図に、宮本常一の旅したところを線でつないだら、
日本地図は、真っ黒になるだろう・・・と渋沢敬三に言わせた。

俯瞰(ふかん)して、物事を見ることを父親から教えられたという。

第1次資料が大切だと、磯田道史さんも言っていたが、
宮本常一は、まさに、民衆の生の声を拾い集めた人でした。

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  桜
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2021/3/24

お悔やみ 柔道家 古賀稔彦  ひと

今朝、スマホのニュースに驚きました。
バルセロナ五輪の柔道金メダリストの古賀稔彦さんが、
53歳で亡くなった。
最初は、死因が分からなかったのですが、
去年の秋から、癌だったらしい。

あまり多くの人には、病気のことを伝えていなかったらしい。

***山下泰裕全日本柔道連盟会長の言葉****

心技体の全てが突出していたが、中でも心が非常に大きな選手だった。
古き良き柔道界を体現する、巨星だった。

***************

現役を引退なさってからは、穏やかな笑顔を浮かべて話しておられる様子をよく見ました。
バルセロナ五輪の時は、怪我をおしての出場であることを知っていたから、
本当に気持ちを入れて、応援したことを思い出す。

平成の三四郎と呼ばれるほどだったけれど、指導をする時には、自分の過去の実績のことは誇ることはなかったととか。

柔道界のよき指導者として、これからもいて欲しかった人。

悲しいです。

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  古賀稔彦さん 心からお悔やみ申し上げます。
   お二人の息子さんがおられることを知りました。
   ご成長をお祈りします。

追記*******21.0328
古賀稔彦さんのお通夜に3000人ほどの方が弔問に訪れたという。

私は、肉親・弟を亡くしたような喪失感を感じています。
以前、俳優の松田優作さんが亡くなったときも、同じような悲しみに包まれました。

実の弟も、51歳で、突然亡くなりました。
小脳の血管の破裂だった。
亡くなる2週間くらい前に、電話で久しぶりに元気な声を聞いたばかりでした。

古賀さんを兄のように思っていた吉田秀彦さんの悲しみが、じんと伝わってきます。

  桜とチューリップの美しい春に 
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  写真提供 Jouji Sugiura
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2021/3/21

点字楽譜 美智子上皇后さま  音楽

ネットのニュースで、点字楽譜のことを知りました。

***記事から***
点字に訳した楽譜の普及に取り組む「点字楽譜利用連絡会」(点譜連)。
設立から15周年を記念したコンサートを4月に開く。
実は、点譜連は上皇后美智子さまの寄付金をきっかけに誕生した団体。
代表の和波孝禧(たかよし)さん(75)は「美智子さまを始め、多くの方の支援でここまで来られた。
コロナ禍だが、聴く人が幸福な気持ちになれるような演奏会にしたい」と意気込む。
*************

点字楽譜利用連絡会の代表をしておられる、和波孝禧(たかよし)さんの若い日
小学生だった私は、体育館で和波さんの演奏を聴きました。
目が不自由でおられるのに、その演奏はとても心に響き、打たれました。

しっかりそのお名前を、心に刻みました。

もう、75歳になられていることに、月日の流れを実感しました。

ときどき、テレビでその演奏をお聞きすることがありましたが、
その後、生演奏をお聞きすることは、かないませんでした。

でも美智子上皇后さまのご支援をきっかけに、点字楽譜が普及するようになったと知り、
とても感動しました。

美智子さまは、以前、被災地を訪問されたとき、「がんばって」と手話でなさったことがあった。
弱っている人たちを励ましたいという思いが、ずしんと伝わってきました。

私も弱い者ではありますが、もし、なにかほかの方のお役に立てることがあれば、させていただきたいと、ずっと思っています。

思いを与え、実現に・・・と導いてくださる神様に用いていただきたい。


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  聖書のことば
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2021/3/20

売りに出された、パイプオルガンは・・・  音楽

最後になるかもしれない、サンシティホールのスプリング・コンサート
かろうじて、限定45人のうちに入ることができ、今日、聴きに行きました。

ソプラノの歌声と、司会の語り、、ほぼ伴奏のパイプオルガン。
小学唱歌を、たくさん歌ってくださいました。

アンコールは、アベマリア。
そのあと、みんなで「蛍の光」をハミング。。。
お別れなのと、じーんときました。

帰宅すると、オルガニストのSさんから、パイプオルガンのその後について
詳しいメールをいただいていて、感謝しました。

売りにだされたパイプオルガンでしたが、譲渡は、破断になったそうです。

私は、だれも買わなくて、ここに残ってくれたらいいのにと祈っていました。
破断と聞いて、良かった!と思ったのも一瞬。
なんと、市では解体するという案も出たとか。
唖然!!
パイプオルガンは、消耗品ではない!

大事にメンテナンスをしたら、100年以上響く。

音楽を愛する人は、市議会にはいないのだろうか。。。

題名のない音楽会をずっと支え続けている、出光のような企業は、ないのだろか。。。。。

音楽を守ろうとする人は、いないのだろうか。。。

姉妹都市 ベルギーのハッセルト市は、教会で引き取ってもいいと言ってくださっているとか。

日本から離れても、パイプオルガンが存続するのなら、
それに越したことはありません。
ベルギ−の人は、音楽を愛している。

文化を尊重し守ろうとしている。

日本人として、なんだか恥ずかしい。
大切にしてきたパイプオルガンが、壊されることだけは、なんとか免れるように
引き続き、祈ります。

お別れになるといけないので、今日は最後にパイプオルガンの前で、撮影しました。

この前のオータム・コンサートの時のような輝きが、失われているような気がして、
とても寂しかった。

パイプオルガンを、助けてください。
お願いします。



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 サンシティホールの天井は、こんなです。
 音は、教会で聴くような響き。
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