いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2016/6/29

『こころめがね で見てみよう』  心象風景

朝ラジオで『こころめがね で見てみよう』という本を紹介していました。
面白そうだったので、早速図書館にリクエスト。
図書購入検討委員会(たぶんそういう会があるらしい)で、審議されて
めでたく購入が決定!
昨日、この本を借りてきました。
もちろんいつも親切にしてくださる司書の女性には、購入してくださってありがとうございましたとお礼を言いました。

この本は、加藤史子という心理学者が、子供たちのメンタルトレーナー、TA(交流分析)トレーナー、行動習慣トレーナーになる勉強をされて書かれた本。

***
著者紹介から
「幸せになるためには、何が必要なのか?
悩みを解決するにはどうすればいいのか
を探求し、
子どもでも使うことができる、わかりやすいメソッドを開発する」
「全国の学校や企業を回って、子ども、親、先生、社会人向けに講演活動を行う」
「子どもたちが心から笑える世界を作りたいという願いから、
子どもカウンセラー認定講座を、東京、大阪、安曇野で開催している」
***
とありました。

イラストもとてもはっきりしていて、子どもたちにもとてもわかりやすい文章で
しかもその構成も、とてもうまくできています。

早速、目次から
ひどいことを言われたら P128
あきっぽい P22
めんどうくさがり P24
などを拾い読みしてみましたが、
まさに、落ち込んでいる人、自信をなくした人への妙薬!

きっぱりと元気になります。
左手を腰に当てて、右手を上にあげて
まっすぐ伸ばしながらポーズをとると、
とたんにやる気に切りかわる。
言葉と行動(姿勢)をかえるだけで、気持ちやからだの状態を切りかえることができるんだね。P24

そういえば、「やるきスイッチ」を入れる・・という言葉がはやっていたのを思い出しました。

たくさんの子どもたち、大人たちが、この本を読んで、
ふさいだ気持ちを吹き飛ばし、明るく元気になってほしいと
私も実感しています。

加藤史子先生、がんばれ!!

***
おわりに  P156

きみが、いまも、これからもずっと幸せな気持ちで生きてほしいと私は願っている。

「どんなことの中にも喜びを見つけるゲーム」こそが、
「こころめがね をかける」ということなんだよ。

どんなにつらい出来事の中にも、自分がうれしくなるようなものを見つけることはできる。
それができれば、パレアナのように希望を見つけ出し、自分ばかりでなく周りの人も幸せにすることができるんだ。

「人生で大切なことは、いかに美しく誤解することができるかだ!」と沖縄に住む吉川嘉勝さんというおじいさんが教えてくれた。

きみも、これからいろいろな体験をするだろう。
楽しいことばかりではなくて、ときにはつらいこともあるだろう。
でも、どんなときにも(こころめがね)をかけて、
「喜び」や「感謝する気持ち」を見つけていってほしい。
人の一生は挑戦の連続だ。ときには嵐もやって来る。ときには挫折することもある。
でも、ぜったいにあきらめちゃダメだよ。
きみはいつだって、「幸せになる力と 幸せに生きる知恵」を持っているんだからね。
(こころめがね)をいつでも使いながら、きみはいつでも幸せになっていいんだよ。P159
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『こころめがね で見てみよう』 表紙

落ち込みそうになったら、この(こころ・めがね)をかけてみよう!!


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『こころねがね で見てみよう』 表紙

私が図書館で借りてきた本は、こちらの表紙でした。
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2016/6/21

曜変天目茶碗  陶器

「曜変天目茶碗」(ようへんてんもくちゃわん)をご存知でしょうか。

いままでは、そんなに価値があるものとは知らなかったのですが、
今回Eテレでの番組を見て、この天目茶碗が、宇宙を表している虹の光を表現していると知りました。
親子二代にわたって、その曜変天目を再現しようとしている陶工が、愛知県の瀬戸にいることも知りました。

中国で作られたにも関わらず、世界に3つしかないその茶碗が、3つとも日本にあるとは、知りませんでした。

大阪(都島区)の藤田美術館
京都(北区鷹ケ峯)の大徳寺龍光院
東京(世田谷区砧公園近く)の静嘉堂文庫



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藤田美術館所蔵  曜変天目茶碗

私が見た番組は「ETV特集 曜変-陶工 魔性の輝きに挑む」というものでした。
瀬戸の陶工の名前は、長江惣吉さん。200年続く陶芸家の9代目。

財産をつぎ込んで、幻の天目茶碗を再現しようと不屈の努力を続けるその姿に打たれました。
奥さんも偉い。子供たちも応援してくれている。
一つの道に生涯を捧げることができる人は、苦労はあってもしあわせな人生と思う。
反発していた父親の遺志を継いだ、その覚悟を知る。

沖縄のガラス工芸で、やはり銀河を表現しようとがんばっている人たちもいる。

ちいさな器に、広大な宇宙を映す。
すごいことです。

いつか、大阪の藤田美術館で、本物を見てみたい・・・
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2016/6/14

「達人達」  ひと

6月11日午後10時からEテレで「スイッチインタビュー 達人達」という番組をしているのを、
偶然見ました。
ちょうど始まったところで、藤山直美さんが、対談の部屋へ向かうところでした。
お相手は、香川照之さん。
面白そうだと思って、見ました。

芸の道・・役者の道。。。
共に父親がその道を極めた達人。

香川照之さんが歌舞伎の舞台に立つらしい・・というのは知っていたのですが、
駄目になったと思っていました。
ところが、自分の息子と共に、2012年6月に、九代目市川中車を襲名していたとは、驚きました。
澤瀉屋(おもだかや)だったのですね。

父親の市川猿之助が、あのスーパー歌舞伎を立ち上げた人だったというのも、認識していませんでした。もっと年配の歌舞伎役者だと思っていたのです。

さらに驚いたのは、藤山直美さんが、中学生の13歳のときから、市川猿之助さんのおっかけをしていた。。。。

舞台に立つということ。瞬間芸術である舞台は、映画やテレビドラマとは違う凄さがある。

また、与謝野鉄幹と与謝野晶子の役で、二人が共演しておられたことも、まったく知りませんでした。

藤山直美さんが、父藤山寛美に役者とはどういうものかと訊ねたとき、
「水面に指で水を書くのが、役者だ」と言ったという。
まさに真髄を突いた言葉。

また、二人のお話のなかで、
「役者はどっかで血を流している」
「主語はお客さんで、自分たちは述語だ」
「鍛錬、訓練が普通にできるのが、本物の役者。
それを努力していると見るようでは本物ではない。」
「情は毛穴から出るもの。」
「自分ではなく、他者に向いている役者でなければならない」
「記憶と空気」

心にぐっとくる言葉の数々。

いい番組を見せてもらいました。

引き続き、「曜変天目」茶碗のことをEテレでやっていて、
それも見たのですが、また後ほどブログに書きたいと思います。
まさに宇宙を写した、幻の茶碗・・・・

追記
「ゆれる」という2006年の映画も見てみたいと思っています。
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2016/6/8

『夢幻花』  

このところ、忙しかったり、夏風邪とかで、なかなか読み終えることができませんでした。
本日、やっと読み終えました。

2002年から2004年に『歴史街道』という月刊誌に連載していたものを、
2013年に書き下ろしたそうです。

今回は、脱法ハーブと原発のこと。
*******
エピローグにある。
「もし今後も日本が原発を使用していくなら、安全面を含め、いままで以上に高い技術が求められる。仮に撤退するとすればどうか。俺は推進する以上に高い技術が必要になると思う。これまで、世界のだれも経験しなかった問題に立ち向かっていかなきゃならないわけだから」

「蒲生のいうてることはわかるけど、それ、えらい貧乏くじやぞ。世間から冷たい目で見られるし、何十年経っても、解決できん問題を抱えることになる」

「世の中には負の遺産というのがある」蒼太はいった。
「それが放っておけば消えてなくなるものなら、そのままにしておけばいい。でもそうならないのなら、誰かが引受るしかない。それが俺であったって構わないだろ」
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✩10万年後の安全✩という映画を見たのは、2011年だ。
フィンランドのオルキルオト島にある放射性廃棄物処理施設、オンカロ(穴・洞窟というフィンランド語)

世界で唯一の原子爆弾を投下された国、日本。
いままで言われていた原発の平和利用・・・という言葉が虚しく聞こえてきたのは、
2011年の3.11からだ。

フクシマの原発の汚染水の問題もさることながら、
今後増え続ける核の廃棄物を、人類はどう処理するのか。

黄色い朝顔の花は、プルトニュウムの存在を示す黄色い三角を3つのあのマークを連想させる。

青いバラは成功したけれど、黄色いアサガオは、やはり夢幻花なのだろう。
自然にない花を、人工的になぜ、作りたがるのか。
それが科学者の心なのだろうか。

キュリー夫人は、自分の研究が、善にも悪にも利用される可能性があることに
気づいてはいなかったのか。

今回も、最初に出てくる二つの話が、最後にきちんと実を結んでいる。
いや、花を咲かせているというべきか。

いつもながら、社会のいろんな事件をもとに、いろいろ考えさせてくださって
ありがとうございました。(作家への感謝の言葉です)


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黄色いアサガオ
2014.10に共同研究チームが開発したというけれど、
江戸時代のものは、もっと黄色だったにちがいない。

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「10万年後の安全」


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「夢幻花」  PHP研究所発行
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2016/6/6

6日間  

「しつけ」か、「虐待」かで話題になっている小学2年生の男の子を森へ置き去りにしたこと。
天声人語では、「森は生きている」を取り上げていた。
ひとりぼっちで真っ暗な森の中へ、継母にまつゆき草を取りに行かされるアーニャ。
アーニャを助ける12の月の精霊たち。
子供の頃、初めてテレビでその舞台を見たときの感激は、忘れられませんでした。
いつか、本で読みたいと願っていた作品です。

この7歳の男の子を、自衛隊のかまぼこ小屋へ導いたのは、だれ?と思ってしまう。
電気もないところで、水だけを飲んで、マットレスの間に入って寒さをしのんでいた
この少年の精神力はすごい。
ただ、今後どのような心の傷が残るのかは心配でもある。

森へ置き去り・・・というと、「ヘンゼルとグレーテル」のお話を思い出す。
賢いお兄さんは、石ころを道の印に落として、1回目は帰り着いた。
2回目は石ころを拾えず、パンくずを落としていたけれど、小鳥に食べられてしまった。
森をさまよい歩くうちに、魔女のお菓子の家にたどりつき・・・・ですが、

この二つの物語には、明らかに意地悪い継母が、意図的に森へ子供を行かせている。

けれど、今回の両親は、人や車に石を投げつけることは悪いことだと教えるために、息子を車から降ろした。
結構やんちゃ坊主である。
2回目に車から降ろされた男の子は、泣きながら車のあとを追わないで、森へ入っていった。

捜索隊が出て、大人たちが必死に行方を探していたとき、
男の子は、かまぼこ小屋で、水を飲みながらじっとしていた。
ひとりで過ごす夜はどんなだったかと想像する。

決して意地悪で車から降ろしたのではない両親は、どのような気持ちでこの6日間を過ごされたのだろう。

ふと、息子たちがデパートで迷子になったときのことを思い出してしまう。
弟ははぐれたところからあまり動かなかったので、すぐに見つかったけれど、
兄のほうは、両親をさがして走り回ったので、なかなか見つからず、
結局、泣いていたところを迷子と店の人に認識されて、
親が館内放送で呼び出されることに。。。

子育てをしているときには、いろんなことが起きる。

とにもかくにも、7歳の男の子が無事に見つかったことに、胸をなでおろしました。

どこまでが「しつけ」で、どこからが「虐待」か。
その限度を見極める知恵が、求められている。


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北国のカタクリ

northland-art-studioさんからお借りしました。
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