いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2015/7/30

「白バラの祈り」  映画・演劇

「白バラの祈り  ゾフィ―・ショル最期の日々」
この映画は2005年2月に発表されたドイツ映画です。
ドイツ人が、自分の国の歴史を、事実調査をして映像として発表した。
その勇気を讃えます。
目をふさいでいたいこと、聞きたくないこと、知りたくないことがあります。
けれどそれを直視した監督と俳優、スタッフたち。
2005年のベルリン映画祭で監督賞と女優賞を受賞。
監督はマルク・ローテムント(1968年生まれ) 脚本はフレート・ブライナースドーファー

友人からこの映画の題を聞いたとき、何となく見たことがあるような気がしました。
しかしぼんやり。
そこで昨日レンタル店へ行きました。すぐに見つかり、すぐに見ました。
始まってすぐ、これは見たことがある、、、と。

しかし今回はミュンヘン大学の学生たちが、ナチス政権への抵抗運動として立ち上がった。
ビラを作成して郵送、配布したことを明確に自覚して見たので、より分かりました。

死を恐れない信仰。
良心にしたがい正義を行った学生たち。

祈るゾフィ―。

父親が「正義は死なないぞ」という。
母親とイエスさまを信じ、天国で会いましょうと言って最期の別れをする。

彼らは「言葉で戦った」
アウシュビッツの残虐なユダヤ人虐殺。精神障害者の人たちを殺害する。
東部戦線で女性や子供たちをも殺す。
そういうことをしている自分の国ドイツを恥じて、戦争を止めさせようとする。

裁判の場面は2回見ました。
司法テロと呼ばれたという裁判長フライスラーのヒットラーへの傾倒ぶり、その狂気。
「売国奴」「非国民」と罵倒していた公聴していた軍人たちも、
国民は血を流して平和を求めている。
という兄ハンスとゾフィーの叫びに心を動かされていく。

1990年代にゲシュタポの尋問記録によって、
白バラ抵抗運動の学生たちの事実ば分かったという。

「死はむだではない」
その言葉のとおり、今もなお正義と平和を求める彼らの訴えは、
私たちの心に響いてくる。

たった5日間で裁判をして処刑する。
ナチスは何を恐れていたのか。
自分たちが支配国民になるという理想?
暴力によって世界制覇を目論む?
自分の国だけが正しいと思う誤解?
それらを根底から覆す力を、若い真摯で優秀な学生たちの声に感じたのか。

狂気にかられてヒットラーを支持した国民。
いまの時代から見ると、どうして・・と思うことも、
その時代の奔流に流されているときには、見えず盲信してしまう民衆。
ドイツと日本、同じだった。
見えていても、それを口にすることは命の危険を伴うことだった。

このような映画を、ドイツ人が制作したことに敬意を覚えます。
本当の勇気がなければ、できないことです。
先の大戦を真正面から見つめ、その過ちを謝罪する気持ち。
「安らかに眠ってください。過ちは繰返しませぬから」と誓った言葉が、広島の平和公園にある。
私たちは、敗戦を、その歴史を、見ないことにしてはならない。


クリックすると元のサイズで表示します

「白バラの祈り」  映画のポスターより
1

2015/7/26

パウル・クレー 秘密のメッセージ  絵画

日曜美術館は、録画しているのですが、なかなか見る時間がありません。
今日は久しぶりに見ました。「パウル・クレー 秘密のメッセージ」

好きな画家です。
ドイツ人の父とスイス人の母。音楽一家だった。
1879.12.18〜1940.6.29
60歳で難病で亡くなる。

第1次世界大戦に従軍している。

抽象画家で、美しい色彩、絵に込められた謎。
人は抑圧されると、内なる力が漲(みなぎ)るのではないかと思った。
「来たるべき者」という絵に込められた希望。
私はそこにキリストを見た。

ナチスの迫害を逃れてスイスへ。

真っ向から反対を主張するのではなく、
芸術家は自分の表現手段を使って、秘かな抵抗をする。
横暴な権力者への反骨精神は、静かで熱い。

「芸術は見えないものを、見えるようにする」と主張していた。

「グラス・ファサード」という作品の裏に描かれていた少女へのレクイエム。
50年後に、上から塗っていた絵具がはがれることを予測して、あるいは期待していたのだろうか。
クレーが訴えたかったことは、彼の絵画を見る人に、どのように伝わってきていたのか。
あるいは、どのように私は見るのか。

「パルナッソス山」も、なぜかとても魅了される。

9月19日から兵庫県立美術館で作品展「パウル・クレー だれにも ないしょ」があるとか。
スイスのベルンの美術館へはとうてい行けないので、
いまから楽しみです。

「クレーの天使」は、谷川俊太郎が言葉を付けて小さい本になっている。
あの天使たちは、亡くなる前に描かれていたと知った。
本棚から取り出してまたじっくり見たい。

早速図書館へ5冊ほど予約。
わくわく。

クリックすると元のサイズで表示します

パウロ・クレー 「来たるべき者」

クリックすると元のサイズで表示します

パウロ・クレー  「グラス・ファサード」

絵は日曜美術館のHPからお借りしました。
(パウロ・クレー センター)
1

2015/7/21

マグノリア  

マグノリアの香が好きです。
なので匂い袋とか、ロウソクとか持っています。
しかし、泰山木や、こぶし、木蓮が、マグノリアと呼ばれていることは、知りませんでした。
白い木蓮も好きな花です。

そのことをブログ友達のらぴさんのお写真で知ったばかりだったのですが、
奇遇にも、昨日また、マグノリアの話題が出ました。

春季聖書セミナーの第4回目(最終回)
事務局の提案で、希望者は講師と共に昼食をご一緒にということでした。

いつもセミナー友達3人で、ランチをしている同じ場所だったので、
参加することにしました。
ただ一人の友だちは札幌へ行っていてお休み。

参加者は22名で、3つのテーブルに分かれました。
講師はたぶん真ん中のテーブルだろうと思い、
私とMさんは奥のテーブルの端っこに座りました。
ところがどういうわけか、講師が私の前に座られることになりました。

同じ三重県出身ということもあり、話が弾みました。
また、国際基督教大学でも教えておられたそうで、
私の古い同僚のM先生のことをご存じですかとお聞きしたら、
知っておられました。(私は教授ではありませんが)
また現在神学部の2回生のW君のことも、よーく知っておられて
彼のうわさもしました。

その講師A先生がお好きな花が、マグノリアだったのです。
米国アトランタに留学しておられたとき、その甘い香りに慰められたそうです。
泰山木は私は見たことがなかったのですが、
なんと関学の財務課前と法学部前にあるとか。
5月末に花が咲くそうで、残念ながらいまは花を見れません。
来年は気を付けて、見に行きたいです。

「マグノリア」という映画もあるようですが、
私は名前に魅かれて「マグノリアの花たち」という映画を以前見ました。

マグノリアの香に包まれて、心静かに安らぎの時を過ごしたいです。

みなさんは、どんな香りがお好きですか。




クリックすると元のサイズで表示します

         写真/@Lapie fr

これは撮れたてのらぴさんの泰山木です。
南仏ニースのマグノリアの香が、あなたに届きますように。
0

2015/7/13

ラヴェルまつり  音楽

NHKFMの「きらクラ」という音楽番組をいつも聞いています。
昨日はラヴェルまつりでした。
第1回は、ベートーベンまつり
第2回は、シベリウスまつり
そして第3回が、ラヴェルまつりでした。

ラヴェルといえば、「ボレロ」ですが、
そのほかにも、私は作曲者がラヴェルと知らないで、
好きな曲がいっぱいあることに気が付きました。

中でも、「亡き王女のためのパバーヌ」は大好きでしたが、
この曲の作曲者がラヴェルとは、最近まで認識していませんでした。
とほほほほ。

去年の4月末に亡くなったE夫人は、自分の葬儀の時に、
この曲を流してほしいと指定なさった曲でした。
その時も、私はラヴェルの曲とは思わないで、
ああ、私の好きな曲だ・・と思ったのでした。

この番組では、いろんな企画があるのですが、
このおまつりのときには、「私の好きな曲」と共に、
「みんなが選ぶ一位の曲の予想」もします。

そして、有名な「ボレロ」を抜いて一位になったのは、
この「亡き王女のためのパバーヌ」でした。

2位が「ボレロ」3位がピアノ協奏曲。

ラベルの曲とは知らないで、その題名に魅かれて聞いていた曲も
何曲かあります。
「夜のガスパール」「クープランの墓」「マ・メール・ロア」。

「ダフニスとクロエ」「シェラザード」「水の戯れ」も有名です。

「展覧会の絵」のオーケストレーションも、よく聞きました。

今回のラヴェルまつりで知った曲は、「三つの歌」。

「鏡」もとても不思議な曲でした。

曲は知っていても、題名や作曲家が分からないという音楽は、
私にはいっぱいあります。

ラヴェルまつりで、改めてラヴェルの曲なのだと理解した曲がたくさんあり、
私は結構ラヴェルが好きだったのだということを、発見しました。

音楽も私の生活には、なくてはならないものです。
でも、一番好きな作曲家は、、、と言われても、
まだ絞りきれません。

たくさん好きな作曲家がいて、いいですよね。





クリックすると元のサイズで表示します


モーリス・ラヴェル
  1875.3.7〜1937.12.28    写真/ウィキペディアよりお借りしました

このようなお顔だったことも、フランス人だったことも、
まったく無頓着でした。

いろんなきっかけを与えてくれる、ラジオ。
ありがたいことです。
好きな曲が、突然ラジオから流れてくる瞬間も、至福の時です。
0

2015/7/6

「花燃ゆ」  ドラマ

NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を見ています。

視聴率が低いと言われていますが、そのことは私には問題ではありません。
吉田松陰には、ずっと興味を持っていました。
学生のころ友人と、萩と津和野を旅しました。
レンタルサイクルで、萩の町をまわりました。
もちろん松下村塾へも行きました。思っていたよりもこじんまりとした家でした。
簡素であることは、清々しさへ通じていたようにも感じました。

昨日は、いよいよ主人公文の夫、久坂玄瑞が自刃しました。
入江九一も同じ禁門の変(蛤御門の変)で、亡くなり、
吉田稔麿も池田屋事件のときに死んでいて、
松下村塾の四天王と言われた3人が二十代の若さで志半ばで亡くなりました。
後は友の志をもって高杉晋作が奇兵隊を動かす。

このような歴史の激動の時にあって、
つくづく女性はその歴史の表舞台には立つことはなかったのだと
思い知りました。
歴史をつくるのは、男なのだと痛感。
城を守ることに協力したといっても、所詮、女子供のやること・・
しかし、いろんな戦いがあります。
それぞれ分に応じて働くべし。

文が城へ上がることを希望したことは、作家のフィクションかと思いました。
あたかも大奥のような女性の諍(いさか)いを、どろどろと描くのかと思うと、
いささかうんざり。
これはドラマを盛り上げようとする作為からか・・と勘ぐったのですが、
どうも事実であるらしい。
夫久坂の死を受け入れたくないという思いからか、、、文の心情はどんなだったのだろう。


お家取り潰しに抗議して、上司のところへ押しかける姿には、
違和感を感じてしまいました。どうも文の個性がみえてこない。

松陰の死、吉田、久坂、入江の死。
會津・薩摩と長州の敵対も、背景としてさらりと描かれているからか、
歴史を描いたドラマとは言えない。

歴史の陰に生きていた一人の女性の生涯を描く難しさを、思いました。
家族の愛、いたわり、優しさに焦点を当てているとも思えない。。

これから小田村との再婚、、どのように描いていくのか、

何だか、少し気持ちが離れてしまいそうな前回7/5のドラマでした。



クリックすると元のサイズで表示します

NHK公式サイトより
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ