いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2014/12/28

2014年最後の安息日  祈り

昨日27日は、2014年最後の安息日でした。
いつもは年末だからと、昼食はなしで礼拝が終わったら、みんなすぐに帰っていました。
しかし今年は、北海道の札幌の小学校へ教師として就職したY君が、西宮へ里帰りしてくれるという情報があり、教会のおばさんたちは大喜びで待っていました。

昨年沖縄の小学校へ教師として就職したN君も来れることになりました。
大学生だった4年間、二人は教会の奉仕を嫌な顔も見せずによくやってくださいました。

礼拝後、早速クリスマスツリーの片付けが待っていたので、彼らは苦笑していました。
「ツリーが残っているから、たぶん・・・と思っていました、、、」と言って。

教会の前のアパートの大学生たちも、Y君とN君が帰ってくるというので、
わざわざ帰省を遅らせて待っていてくれました。

教会に青年たちの姿と声がするのは、どんなに活気があることでしょう。

午前中の礼拝で、「ヨルダン川に足を踏み入れたときに、水が分かれて川を渡ることができた」
「私たちはイエス様からの宣教命令に従おう」という力強い花田牧師のお説教をネットの録画で聞いたばかりの教会員は、早速、大学生5人に、聖書の通信講座、全26巻を袋に入れて渡しました。
おいしい「ツマガリ」のケーキを差し入れ、夕食もかんぱ。

A先生ご夫妻がいらっしゃらなくなったので、特別のおもてなしはできませんが、
心ばかりの歓迎の気持ちを伝えました。

珍しい北海道のとうもろこしのお菓子と、沖縄の紫芋のシュークリーム。

小学校での行事・・・畑での収穫や、ハンドベルの演奏風景など、スマホで録画したのを見せてくれました。

教会の息子たちが、立派に成長している姿を見せてもらえて、
本当にしあわせです。

教会の交わりは、素敵です。
弱さももっていますが、やっぱり家族なのだ、、とつくづく思いました。

二人の青年教師の上に、神様の豊かな祝福と恵みがありますように。

ブログを訪れてくださったみなさまの上に、
神様の守りと平安がありますように。

2015年も良い年でありますように。


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鐘の音響く   写真/@Lapie fr

南仏ニースの教会です。
聞こえますか、鐘の音が・・・

らぴさんお写真ありがとうございます。
良いお年をお迎えください。
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2014/12/24

「メサイア」関西学院聖歌隊  音楽

昨夜12月23日(火)祝日
関西学院聖歌隊の「メサイア」を聴きに行きました。
近年、これを聴かなくては年が越せない状態になってきました。

ずっと教会に来てくれているchiさんは、とうとう4回生。ソプラノのパートリーダーをしています。
「メサイア来ますか?」と言われて、「行くよ!」と気軽に答えたのですが、
本当に今年は忘れられない「メサイア」になりました。

第3部の冒頭のソプラノのアリア、とても美しい曲で思わず口ずさみたくなる曲。
その曲を、chiさんがソロで歌ったのでした。
歌うことは聴いていなかったので、思わず隣のYさんと、互を突っ付き合いました。

前から2列目の右端に座っていたので、すぐ目の前にchiさんは並んでいました。
すーっと正面に出たときは、本当に嬉しい驚きでした。
聖歌、讃美歌を歌うのに相応しい声・・・ドキドキしながら聴きました。

声は天からの贈り物、、、生涯、主を讃美する歌を歌い続けてほしいと
切に願いました。

4年間、楽しいことばかりではなかったと思います。苦しいことも乗り越えて、辞めないで続けたご褒美。美しい思い出。
その瞬間を、共に過ごせた喜びを私もいただきました。

2年間、うちの教会にも来てくださっている聖歌隊なので、より親近感を感じています。
秘かに、フランチェスコと名付けている男子学生もソロを歌いました。
名前は知らないのですが、誠実で清らかな雰囲気があります。

もう一人、うちの息子に少し似ている男子学生もいて、
息子がこうして歌ってくれていたら、どんなに嬉しいことか。。といつも思っています。

クリスマスにふさわしい、キリストの誕生・十字架・復活を歌った
ヘンデルのメサイア。
今年も聴くことができて、本当に幸せでした。

聖歌隊のみなさん、熱心な指導をなさっている水野先生
ありがとうございました。



ただ、どういうわけか、この日、2回も転倒してしまいました。
なんとか守られ、そんなにひどい打撲でなかったことは感謝です。

神様の平安と恵み、守りと祝福が、
みなさまの上にありますように、
心よりお祈りいたします。


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これはランバス記念礼拝堂ではなく、
SDA西宮キリスト教会でのコンサートです。

裕子さんからお写真お借りしました。
いつもありがとうございます。
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2014/12/21

クリスマス・コンサート  音楽

昨日、12月20日(土)午後6時30分〜8時すぎまで
サンシティホールのクリスマス・コンサートへ行ってきました。
クリスマスの定番、毎年行くコンサートが定着してきたのですが、
このコンサートもそのひとつです。
メンバーも変わらず、パイプオルガン木谷和子、ヴァイオリン松田淳一、チェロ後藤敏子。

今年は大好きな曲が3曲もあり、フィーリングが合ったコンサートでした。
クリスマスといっても、クリスマスの時期にする、、というだけで、
曲目は、さまざま。
最後にクリスマスキャロルとして、よく知っているクリスマスの賛美歌
「諸人こぞりて」「ホーリーナイト」「牧人ひつじを」「神の御子は今宵しも」「ホワイトクリスマス」がありました。

プログラムを開く前に、
「誰も寝てはならない」を聞きたいな、、とふと思ったのですが、
なんと第2部の終から3曲目にありました。
プッチーニのトゥーランドットからのこの曲は、荒川静香のイナバウワー、パバロッティの歌声。
しかし、ヴァイオリンとチェロの響き、それを支えるパイプオルガンの細やかな音色。
これもなかなか良かったです。
パイプオルガンは、オーケストラに匹敵すると言われるゆえんがわかります。

「タンホイザー序曲」も大好きな曲。ワーグナーとヒットラーのことなども話されました。

第1部は、バッハの教会カンタータ147番。
よく知られている「主よ人の望みの喜びよ」

エルガーの「愛の挨拶」
バッハ「トッカータとフーガ」・・・オルガン
たっぷりとバッハを聞かせていただきました。
グリュッツマッハ「聖なる賛歌」・・・・・チェロ
不思議な音色でした。
ヒナステラ(ピアソラの作曲の先生)「パンペアーナ第1番・・・ヴァイオリン
この曲はヴァイオリンのすべての技法が散りばめられていて、ほとんど演奏されることがないというもの。松田さんのがんばりに、みんな、うなりました。

久石譲 ジプリメドレー
エルガー 威風堂々第4番
 よく聞く1番(旋律が下がる)ではなく、4番(旋律が上がる)

***
第2部は最初の4曲は 歌の曲。
いとしのクレメンタイン
ティコ・ティコ
オー・ソレ・ミオ
帰れソレントへ

3人の息がよく合っていて、編曲にも無理がなく、
ポピュラー曲も、なかなか荘重に演奏なさっていました。

「誰も寝てはならない」
「タンホイザー 序曲」
「クリスマスメドレー」

アンコールが、
Time to say good bye

この曲も大好きです。
過去にさよならする・・・という意味。
年末に聴くにはふさわりい曲でした。

最後に、みんなで「きよしこの夜」を歌って
クリスマス・コンサートは終わりました。


今回は、招待券を2枚いただきました。
アンケートに答えた人の中から抽選で、いただけるというもの。
嬉しかったです。
なので、今度も、気合を入れてアンケートに答えました。

小さい会場なので、Uさんにもお会いすることができました。
16日の関学のクリスマス礼拝では、会場が広くてお会いできなくて
残念でした。
同じ朗読の仲間で、コンサートが大好きな方とめぐりあえてしあわせです。



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ハリスト正教会  函館

northland-art-studioさんからお借りしました。

サンシティホールは、円錐形の屋根で、外から見ると教会のようにも見えます。
雨もあがり、たくさんの方が聴きにこられていました。
生の演奏を気軽に楽しめる場を、感謝します。
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2014/12/17

関西学院クリスマス礼拝  祈り

昨夜 12月16日、関西学院クリスマス礼拝に行ってきました。
クリスマス礼拝は、これで3回目です。

一昨年は取り壊しが決まった古い中央講堂での最後のクリスマス礼拝。
歴史のあるその建物の中に入れたことは、幸いでした。
去年は工事中であるために、中学高校の礼拝堂でした。
ここも古く雰囲気のある建物。
ここに入ることができたことも、嬉しかったです。

そして新しくなった中央講堂での最初のクリスマス礼拝は、
創立125周年を記念するものでもありました。

聖歌隊には、OGやOBもおられて、中学高校大学の聖歌隊に大学のグリークラブも一緒。
総勢何人だったのでしょう。
ハンドベルも吹奏楽部の演奏もありました。

パイプオルガンは、正面右の2階。とてもよく見えるところに外国製の新しいパイプオルガンが設置されました。

中央講堂は新築されたとはいえ、校内のほかの建物との調和をとるような色調の外壁。
内装も、以前の雰囲気を損なわないように配慮されているような気がしました。

一番ありがたいのは、入口に入るのも、建物の中も、階段がなくゆるやかなスロープになっていることです。
足元を気にせずに前に進めます。
また車椅子の方にも優しいです。

院長はアメリカ人の女性ルース・グルーベルさん。
クリスマスのメッセージ「ふたりのマリアと赤ちゃん」
英語で通訳がつくのかな、、と思ったら、きちんとした日本語で話されました。
聖和学院と合併して小学校から大学院まで一貫した関西学院になってから就任されたと思うので、もう8年近く日本におられることになります。
日本語を積極的に習得されたその努力に頭が下がりました。

125周年に合わせて、ベツレヘムという異郷の地でお生まれになったイエスさまと、
ニューヨークから上海に来て、第一子ウォルターが生まれたランバス夫妻。
マリアとメアリー、、母親の名前は同じ。
慣れない土地での出産、、、、
「先がわからない状況に置かれたときも、神様のお導きが勇気づけてくださることを
心に留めましょう。」という結びの言葉。


クリスマスの賛美歌を何曲かは会衆も一緒に歌えます。
いつもは終わってから芝生広場の電飾された大きな二つのクリスマスツリーの前で行われるキャロリングも、昼間の雨を配慮して、講堂のなかでみんなで歌いました。

クリスマス礼拝ならではの讃美歌の数々・・・

ただ、今年は一緒に行く約束をしていたYさんの都合が悪くなり、
会場でお会いするはずだったUさんにも会えなくて、
A先生ご夫妻は横浜へ帰ってしまわれたし、、で
ひとりで参加しました。

なのでなんとなく寂しかったです。

いつもより少し行く時間が遅かったからか、駐車場も2台前で満車。
ほかの駐車場もすべて満車。。。
仕方がないので、マンションの横の奥に入った道に駐車しました。

11月12月は、教会のクリスマス行事もあり、関学のコンサートなどは夜が多く、
こうして寒い夜に出歩いているからか、
喉が痛くなり、咳も出て、風邪の菌に捕まってしまいました。

なんとかひどくならないように、今日から3日間はのんびりゆっくり家で過ごします。

しかし、年賀状がまだできていない・・・のです。

みなさんはもう年賀状、書かれましたか?

どうぞみなさん、ご自愛くださいませ。




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2014年の神戸ルミナリエ
裕子さんからお借りしました。

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2014/12/2

追悼  びわこのおばさん  いのち

また追悼いたします。

若い頃から大変お世話になったびわこのおばさんが、83歳で亡くなりました。
4年前から体調がすぐれなかったそうですが、
昨年の夏に広島の友人F子さんと訪問したときは、まだご自宅で過ごしておられました。
しかし、弱られたという印象はもちました。

初めて静子おばさんにお会いしたのは、教会の福井集会所でした。
夏休みに仕事で福井へ行った時に、偶然息子さんとご一緒にいらしていたおばさんにお会いしました。
それから6年くらい経って、京都で働くことになったとき、F子さんと一緒に、教会のびわこ集会所へ毎週土曜日(安息日)行くようになりました。
びわこ集会所は、現在は教会になっていますが、そのころは静子おばさんのご自宅にみんなが集まっていたのでした。
今から30年も前、みんな若かった。
5台の車に旗を付けて、一緒に旅行したこともありました。

私の信仰は、びわこ集会所で自由で寛容な、広い視野をもつことができました。
もしびわこ集会所へ行ってなかったら、とても狭い教義的な堅苦しい信仰になっていたと思います。

びわこ集会所には2年間くらい通いました。
京都から神戸へ移動していたころです。
その後、広島の山奥へ戻ってからも、静子おばさんは、何かと気にかけてくださって、
よく長電話をしました。

私の縁談のことで、東京駅の銀の鈴で待ち合わせたこともありました。
静子おばさんが尊敬するという荏原に住む方を、一緒に訪問させていただきました。

親戚のおばさん以上に親密なお交わりをさせていただいていました。
親身になってご意見をくださいました。


おばさんは64歳のとき、親戚の経営する米子の幼稚園の園長になられました。
おじさんの支えがあってこそできたことです。
皆生温泉のリゾートマンションにお住まいで、神戸のT子さんと一緒に訪問して、大山や、松江城やキタローロードを案内していただきました。
そのころはとてもお元気でした。

幼稚園を引き継いだ時は、園児30名。しかし現在は新しい園舎を新築して園児は103名。
米子で人気の幼稚園・保育園になっているそうです。
昨年の夏、新築の幼稚園と、その隣に新築された二世帯住宅のおうちを見せていただきました。

長男のお嫁さんが、子育てをしながら保育士の資格を取り、現在は園長を引き継いでおられます。

専業主婦だったおばさんの変身は、見事でした。

11月30日の日曜日、米子でお葬式がありました。
車で3時間半ですが、行かなかったら一生後悔すると思い、
9時半に始まるお葬式に出るため、高速を飛ばしに飛ばして3時間で到着。
おじさんや、ご家族の方々はとても驚いて喜んでくださいました。

柩にお花を入れるとき、私は「ありがとうございました」と最敬礼しました。
おじさんが柩に駆け寄って、「Yさんが来てくださったよ」とおばさんに声をかけてくださいました。

礼拝堂は補助椅子を出しても足りなくて、会堂の外の部屋にいらした方もたくさんいらっしゃいました。

人生でこんなにも深くお交わりすることのできる人は、5人もいないでしょう。

「人の役に立ちたい」というキリストの愛を実践なさった静子おばさん。
私のようにお世話になった人がたくさんいらして、涙を流し、お別れを惜しんでおられました。

お孫さんたちも社会人になっていたり、高校生だったり、、、。
息子さんご家族、娘さんご家族に、その奉仕の精神は確実に受け継がれています。

そして、血縁はありませんが、信仰のご縁をいただいた私も、
その愛と奉仕の精神を受け継いで、実践させていただきたい。
そう強く願いました。

もう、あの優しい笑顔を見ることはできない、
あたたかい声を聞くことができない。
そう思うと涙が出てきます。

同じく83歳で亡くなった高倉健さんの生き方も見事でしたが、
びわこの静子おばさんの生き方も見事でした。
信仰に生きる人生とは、このようなものであることを見せていただきました。

主のご再臨の日に、ふたたびお会いできる希望を持って
キリストの心で日々を過ごしたい。


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これはセブンスデー・アドベンチスト旭川キリスト教会です。

いつもありがとうございます。

noethland-art-studioさんからお借りしました。


十字架の中心に月が・・・
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