いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2014/1/22

ターナー展  絵画

 神戸市立博物館で「ターナー展」をしています。
久しぶりにお会いする友達のOさんと一緒に行ってきました。

英国風景画の巨匠
確かに風景画を確立したその功績はたいしたものだと思います。
後世の多くの画家が影響を受けたことでしょう。
18世紀末、絵の上手な少年として近所の人たちにも認められ、
理髪店を経営する父は、息子の絵を飾って、売ってもいたらしい。

絵画の学校へ進み、順調に地位も確立。
その学校の教授にもなっている。
パトロンもついて、恵まれた環境で制作にいそしむ。

夜の空に架かる虹の絵は、印象的でした。
崇高さを求め、絵になる自然の風景を求めてイタリアにも旅をする。
ヨーロッパをスケッチ旅行する。

色彩の始めとか、実験的なことをしている習作や、スケッチブックの絵がたくさん展示してあった。本人は、人に見せる作品として描いたものではない。
それを21世紀、東洋の国、日本で多くの人が見ていることを、ターナーが知ったら、
何と言うでしょうか。

有名になると、下書きの絵でも認められる。

残念ながら期待したほどの感動はなかった。
心に迫ってくるものがない。

光をとらえようとしている絵は、とても良かったです。
いつもなら、気に入った絵の葉書を何枚か買うのですが、今日は1枚も買う気になりませんでした。
なんだか、少し残念。

漱石はターナーのどの絵が、心に残ったのでしょう。
「坊ちゃん」で確かめたいような・・・

Oさんと楽しいランチをして、おしゃべりをして帰りました。
おいしい1日ではありました。
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2014/1/16

レ・ミゼラブル  映画・演劇

2012年12月に公開されたミュージカル映画。
監督 トム・クーパー
ジャン・バルジャン:(ヒュー・ジャックマン)
ジャベール警部:(ラッセル・クロウ)
ファンテーヌ:(アン・ハサウェイ)
マダム・テナルディエ:(ヘレナ・ボナム・カーター)
マリウス:(ディ・レッドメイン)

今までのミュージカル映画と違って、歌をその場で歌うので、感情移入がしっかりできた。
と出演者が言っていました。
従来はほとんど、先に歌をスタジオで吹き込んで、現場ではクチパクというのが普通だったようです。

歌えて、演技できるという役者たち。すごいです。

子どものころ、「ああ、無情」という題で読んだ記憶があります。
ジャン・バルジャンという名前はとても印象に残っています。
パンを一つ盗んだことで19年牢獄に。
でも詳しい内容はほとんど覚えていませんでした。

今回映画で見て、とてもキリスト教の色濃い作品だったことに気づきました。
 赦し・憐れみ・愛

Le Miserablesは、惨めな人、哀れな人 

憎しみだけで生きてきたジャン・バルジャンが、仮釈放後教会の銀の食器を盗んで捕まる。
しかし司祭が「それは私があげたものです」と警官に言う。

可愛そうなフォンテーヌの遺児コゼットを愛して育てることで、生きる意味をみいだす。

人は生きることの意味を知りたいと願う。
なぜ働くのか。なんのために働くのか。
生きていくためには、働かなくてはならない多くの人々。

1815年フランスの社会は、フランス革命後、王政が復古して貧困層が多く格差社会だった。
物乞いをする人々。
贅沢な暮らしをしている貴族。

作者のビクトル・ユーゴが伝えたかったことは、何か。
「愛することは、生きる力」という言葉が、映画の宣伝の言葉。

正義を守ることに情熱をささげたジベール警部は、なぜセーヌ川へ身を投げたのか。
赦されて、命を助けられて、生きる意味を失うとは、どういうことなのか。

やはり原作を読んでみなければ・・・と図書館へ。
図書館にあるいろんな翻訳の本を、すべて予約しました。
読み比べて、(といってもすべてではありません)自分にすっと入ってくる訳のものを読もうと思いました。

もちろん原語で読めるわけもなく。。
(『星の王子さま』も中断中)

1985年に作られたこのミュージカルはとてもヒットしていた。

過去には、ジャン・バルジャンをジャン・ギャバンが演じていて、(見てはいませんが)うってつけの役かな、と思ったり。

主題歌の「夢やぶれて」が、ずっと耳に響いて流れていて、サントラ盤をアマゾンへ・・・

かなり長編ですが、がんばって読みたいと思っています。
できるでしょうか。。。。。

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2014/1/12

「見上げてごらん、夜の星を」  いのち

とても仲良くしているお友達のお母様が亡くなりました。
85歳。ご病気になられて、そのお世話をするために、末娘である友人K子さんは、鹿児島から神戸へご両親を連れてこられました。
K子さんの娘さんは看護師さん。とても献身的におばあちゃまを看護なさいました。
「これほど介護をなさる家族は見たことがない」と言われるほど、K子さんもそのご主人も、よくお世話をなさいました。

私はお会いしようと思ったのですが、気を使われるから・・と遠慮していました。
でもやはり1度お目にかかっておけば良かったと悔やまれます。
接する人たちを、癒してくださるおばあちゃまだったようです。

教会の小礼拝堂での家族葬でした。
孫娘のピアノ伴奏で、孫息子のバイオリン演奏。
前奏は「G線上のアリア」でした。

讃美歌も歌いましたが、おばあちゃまがお好きだったという歌
「見上げてごらん、夜の星を」をピアノとバイオリンの伴奏でみんなで歌いました。
その歌詞は、おばあちゃまの生きてこられた、まさにそのままで、泣きながら歌いました。

K牧師の告別説教も、とても慈愛に満ちた、慰めと希望を与えてくださるものでした。
自分の言葉で語ること、、、とても大切だと思いました。
2年間、おばあちゃまやそのご親族との交わりのなかで、K牧師自身が感じられたこと、考えられたことを話されました。

人の一生は、3行で言える。
「生まれた。
 生きた。
 死んだ。」
しかし、その人が、いかに生きたかで、その行はふくらむ。
おばあちゃまは、人のことを第一にして生きてこられた。

ご兄弟みんなが、おばあちゃまにとって、一番いい方法を模索したこと。
そのすべてが良かったと、親族の方々を慰め、励まされました。

最後にお顔を拝見しましたが、触りたくなるほど愛らしいお顔でした。
優しい、優しい人柄が、現われていました。
いつも自分のことより、他の人の幸せを思って生きてこられた。。。
なかなか出来ないことです。

K子さんから、いっぱいお母様のことをお聴きしていましたが、
想像していた以上の方でした。

そのように生きたい・・でも遠く及ばない自分を自覚しました。

母として足りない自分。
まだ遅くないでしょうか、日々反省しつつ、目標に向かって進むこと。

K子さんのお母様は、熱い思いを私に残してくださいました。
4人の兄弟を同じように愛してくださった。
お兄さんのご挨拶も、思いのあふれたものでした。

心に深く残る告別式でした。
出席させていただいて、良かった。

残されたお父様、K子さん、ご親族の上に、主の慰めがありますように。




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「芍薬・シャクヤク」の花を おばあちゃまに ささげます。


  【見上げてごらん 夜の星を】

 見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を ぼくらのように 名もない星が
 ささやかな幸せを 祈ってる

  手をつなご ぼくと 追いかけよう 夢を
  二人なら 苦しくなんかないさ

 
 見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が
 ささやかな幸せを うたってる

 見上げてごらん 夜の星を ぼくらのように 名もない星を 
 ささやかな幸せを 祈ってる


自分の幸せよりさきに、周りの人の幸せを祈り、歌えるような人生を送る
そういう人には、なかなかお目にかかれない
名もない小さな星であるわたしも
暗い夜空に輝きたい
 
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2014/1/2

2014年年の始め  光り

2014年 年の始めのお慶びを申し上げます。
みなさまの上に、ご多幸がありますようにお祈りいたします。

今年は教会の元旦礼拝に行かなかったので、
清々しい元日ということはできませんでした。

かといって神社へ初詣に行くこともないので、
ニューイヤーズ実業団駅伝を見ていました。
2日3日は、いつも箱根駅伝を見るのを楽しみにしていますが、元旦の実業団駅伝を見るのは初めてでした。亡き父の勤めていた会社も出ていて、序盤に何度も名前を言ってもらって、宣伝に一役かっていました。

人が苦しくても必死に走る姿には、励まされます。

たとえ、辛いことがあったとしても、自分の道を走りぬこう。。。

暗闇に輝く光を見つめて、走り続けよう。。。

良い年になりますように。

日本が混乱と迷走の道に進まないことを祈ります。



今朝、現代語訳(尾山令仁訳)聖書のイザヤ書2章4節
「主は世界を裁く。
すると、世界は二度と戦争をしなくなる。」
という言葉を読みました。

口語訳聖書では
「彼(神)は、もろもろの国のあいだに裁きを行い、
多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはその剣(つるぎ)を打ちかえて鋤(すき)とし、
その鎗(やり)を打ちかえて、鎌(かま)とし、
国は国に向かって、剣(つるぎ)をあげず、
彼らはもはや戦いのことを学ばない。」

という長い言葉を、端的に「世界は二度と戦争をしなくなる」と訳されたのでした。

この聖書の言葉は、「八重の桜」で、八重の兄、山本覚馬が同志社英学校の卒業式で述べた言葉でもありました。

「打ちかえる」とは、鉄を打ち直すことである。
そういう認識が私にははっきりとはありませんでした。
剣を鋤に、「持ち替える」というように受け取っていました。
同じことではありますが、「打ちかえる」とは、その産業を軍事産業ではなく、農耕作業にするということ。

平和を願うこと、日本が敗戦後たどってきた道でした。
軍需ではなく、民需。経済大国を目指してひた走り産業を盛んにした。
しかしモノづくりから、土地ころがしになって、額に汗をすることなくお金儲けをするようになり、結果「バブル・大きな風船・がはじけた」のでした。

日本が戦後すぐに経済を立ち直したのが、1950年からの朝鮮戦争の軍需景気だったのは、
申し訳ないような気がします。

血を流さないという理想の国。
世界中の国が、それを目指したら、
「世界は二度と戦争をしなくなる」。

真の平和を願う人が、ふえますように。

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このお正月に読もうと思っていた井上ひさしの「吉里吉里人」を読み始めました。
理想の国を創ろうというものらしい。
図書館から借りてきていたのですが、あまりの面白さに、アマゾンへ。
東北弁が出てくるのも、「八重の桜」で耳に馴染んでいたので、どこか懐かしい。

「吉里吉里 国歌」も東北の言葉。
何度も何度も読んでいると、その意味が分かってきました。

「九条の会」を立ち上げた井上ひさしさんの博学にも魅かれます。
日本の憲法、平和憲法と言われているこの憲法を、守りたい。
それが国を守ることでもあると思う。

自分の国を愛さない人はいない。
わたしもあなたも、そして他の国の人も自分の国を愛している。
その心・気持ちを、互いに尊重したい。
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