いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2013/5/28

「ゴールデン・エンジェルス」  音楽

5月26日・日曜日午後1:30〜2:30
セブンスデーアドベンチスト西宮キリスト教会で小さなコンサートがありました。

8名のクリスチャン(男女4名ずつ)が、1年間ボランティアとして歌の伝道師になります。
ハーモニーを合わせるために十分な練習を積み、3月から海外コンサートを始めました。
この日は、夜7時には神戸キリスト教会でも讃美することになっていました。
メンバーの一人の女性は少し熱があり、到着後しばらく2階で横になっていました。心配しましたが、本番では少しも具合の悪い様子はみせませんでした。

20代の若い青年たちの歌声は、心に響き、とても力強く温かいものが胸に迫ってきました。
歌う前に目を閉じて祈っている姿。自分を見せるのではなく、神様のご栄光が現れますようにという底に流れる思い。

私の一番好きな讃美歌「Day By Day うつり行く時の間も」は5曲目にありました。

テナー2人とバスは、韓国の男性。バリトンは台湾の男性。
ソプラノとアルトは韓国の女性。メゾソプラノは日本の女性。
しかもこの日本の女性は、3年前まで西宮教会で理学療法士の学校へ通っていた男の子の妹さん。
英語で話し、日本語に通訳もしてくれていました。
8人すべて英語が堪能です。台湾の男性は中国語で話してくれました。

重い機材を自分たちで持ち運びつつ、モンゴル、中国、マカオ、香港、台湾、日本、韓国などの、学校、病院、老人ホーム、孤児院、刑務所、軍隊、そして教会を巡回して、美しく力強いハーモニーで、多くの人々に希望と慰めを与えています。


私の朗読の仲間で一番親しくしていただいている、(ご存じ次男の嫁の会の)Kさんと、Dさんが来てくださいました。
電車とバスでいらっしゃるのは初めてなので、同じ伊丹に住む、教会の私の親友Yさんとその友人と、塚口で待ち合わせ。コンサートのチラシをさりげなく持っているというのが、目印です。
初対面ですが、無事に合流して、4人は一番乗りで教会に到着。
本当に嬉しかったです。

また、教会の近くに住む私の友人Sさんと、Aさんも、教会からの案内のチラシを見て、来てくださいました。私からは声をかけていなかったのに、思いがけず来てくださって、嬉しい驚きでした。

友人たち4人と私は前から2列目の席に座って、降り注ぐ歌のシャワーを浴びました。

Kさんは家に帰ってからも、余韻が残っていると言ってくださり、私もとても満たされた恵みの時を過ごさせていただきました。

長い人生のうちの1年を、すべて神様に捧げるという経験を、若い時にする。
貴重な、祝福された日々を過ごしておられると思いました。

友人のSさんは、韓国語検定2級を持っているので、終わってから韓国の青年たちと韓国語で話していました。韓国にも何度も行っているので、あちこちの地名を言ったら、「僕たちよりも韓国を知っていますね」と笑っていました。


短い時間でしたが、爽やかな聖霊の風と、熱い思いを残して、ゴールデン・エンジェルスは西宮をあとにしました。
彼らの演奏会が、神様の祝福と恵み、喜びに満たされますように祈ります。



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ゴールデン・エンジェルス 2013年のメンバー

友人のSさんが今回の映像をYouTubeで流してもいいですかと、メンバーに聞いたら、
どうぞご自由にお使いください、ということでしたので、
あるいは近日中にご覧になれるかもしれません。
捜してみてください。

SDA福岡キリスト教会の方が、アップしてくださっているのを発見しました。6.4
どうぞお聞きください。

ちなみに、東北楽天のチアリーダーの名前も「ゴールデン・エンジェルス」だと知りました。
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2013/5/15

画家 アンリ・ルソー  絵画

『楽園のカンヴァス』原田マハ著

図書館に本を予約すると、人気のある作品は160人待ちとか、50人待ちはざらにあります。
この本もかなり人気で、いよいよ私のところへ順番がまわって来たときには、どうしてこの本を予約したのか、すっかり忘れていました。

だんだん思い出してきたのですが、ラジオで「キュレーター」という耳慣れない言葉を聞き、その職業が、博物館とか美術館の学芸員よりもっと専門的な知識を持っている人のことであると分かりました。
そのときに、この本を紹介されて読んでみたいと思ったのでした。
ゲストに来ていたのは、あるいはこの著者本人だったかもしれません。

アンリ・ルソーという画家の絵は、とても不思議で、「物語」を想像させます。
みなさんも美術の教科書などで「眠るジプシー女」とか「夢」などの作品をご覧になったことがあると思います。

この『楽園のカンヴァス』は、ルソーの絵を研究し、その情熱に魅せられた男女が、「夢をみた」という物語を1日1章ずつ読むという設定です。(フランス語で書いてある本です)

男性はニューヨーク近代美術館のアシスタント・キュレーター。
女性は倉敷の大原美術館の監視員。

とても良くできた作品で、引き込まれて読みました。
「夢をみた」という作中の物語の年代は1906年から1910年、ルソーが亡くなるまで。
貧しいルソーはモンパルナスのアパルトマンの4階に住んでいますが、モンマルトルにあるピカソの洗濯船に行ったりもします。
あの時代の詩人アポリネールや、その恋人で画家のマリー・ローランサンなどが出てきたり、芸術の香りのするパリでの物語。

謎解きの要素が多分にあるので、詳しい内容をお話するわけにはいきません。

しかし、久しぶりに心を揺さぶられる、絵画を題材にした素敵な小説を読ませていただきました。今日が図書館への返却日なので、昨夜と今朝、がんばって読み終えました。
ニューヨークのMoMA(モマ)と呼ばれる近代美術館へ行ったような気分にもなりました。

本物の絵のもつ力、、、、その絵に魅せられた男女。
絵の中に出てくるヤドヴィガという女性までが、生き生きと動き出す。
生きている絵。永遠を生きることを選んだヤドヴィガ。

40歳を過ぎてから、描かずにいられなかったアンリ・ルソーの情熱。

満たされた読書の時間を過ごすことができました。

アンリ・ルソーの大きい画集を、図書館で見てみたくなりました。

いつでも好きな画家の、本物を見ることのできる美術館が近くにあったらどんなにいいかと
つくづく思いました。

****本文P158〜******

「動物園や植物園は、この世界の『奇跡』が集まるところ。
アートを理解するということは、この世界を理解するということ。
アートを愛するということは、この世界を愛するということ」

「自然の神秘と人の営みの奇跡を見つめ続けたからこそ、あんなにも素直で美しい生命や風景の数々を描くことができたのだ。唯一無二の楽園として」

**************

世間からは、日曜画家とか税関吏画家などと言われていたルソーは、ピカソに大きな影響を与えていたとは知りませんでした。
後にキュビズムといわれる前衛的、近代的な絵画。美を追求する魂。
最初から日の当たるところを歩き続けていたピカソと対照的なルソー。

その絵の真価を見いだし、多くの人に伝えるのが、画商や美術館の仕事でもあると
あらためてよくわかりました。

これほどまでにのめりこめる(研究できる)そのような画家と出会うことも
人生における幸運のひとつですね。





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暁の光


northland-art-studioさんからお借りしました。

いつも素敵なお写真をありがとうございます。

ここにルソーの絵を持ってくることはできませんので、
神様の造られた自然の美しさを、じっくりとご観賞ください。
神秘の光がとどきますように。
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2013/5/7

湖北  かくれ里  

この連休は、みなさんいかがお過ごしでしたか。
私は大勢人の集まるところは、あまり好きではないので、連休は毎年、家にいることにしていました。

ところが、今年はどうしても琵琶湖の北、湖北の隠れ里へ行ってみたくなりました。
宿は3月に押さえました。5/5と5/6。
山を少し登ったところにある、ひっそりとした庵。
食事はいまいちでしたが、家族的な人数で雰囲気が良かったです。

お祖父さんの喜寿を祝ってか、老夫婦と息子娘の3家族、小さい孫たちが5人。
子供たちの騒ぐ声が、なんだか家族旅行を一緒にしているような気持ちにさせてくれました。

琵琶湖は近くて、よく行きましたが、湖北はずっと遠いような気がしてなかなか行く機会がありませんでした。
友人から白洲正子の『かくれ里』という本や、井上靖の『星と祭』を教えてもらい、何年か前に読み、いつか行ってみたいと思っていました。

奈良の飛鳥園の撮影した国宝「十一面観音像」も見てみたいと思っていました。

天気予報は曇りでしたが、なんと二日とも快晴。いい気候でした。
バイクのツーリングの人の多いこと。
オープンカーにも、一番いい季節。


長浜市の渡岸寺にある「十一面観音像」は、お堂に祭ってあるのではなく、
耐火式の蔵のような建物に安置してありました。

その昔、戦乱で大火に見舞われた時、村民はこの観音様を土に埋めて守ったとか。
左手に持った水差しに蓮のつぼみはなく、
後ろにある光背も消滅。台座もなかったそうです。
しかしそのおかげで、十一面観音像の後ろを見ることができました。
頭の後ろには顔が1つ。明らかに笑っているとしか思えない顔。
通常は見られないものです。

木の柵で囲ってあるだけで、ぐるっと周囲を回って拝観することができるのです。
もちろん、入るときに靴は脱ぎます。
説明の録音の女性の声が、見学者が集まると始まります。
それが終わると、ボランティアらしきお爺さんが、簡単に解説してくれて、質問にも答えてくださいます。
私は3回、説明の録音を聞きました。
お爺さんにもいくつか質問をしました。

一木造のこの観音像ができたときは、木目の見えるまま、金箔が貼られたのは鎌倉時代だそうです。
その立ち姿の美しいこと。妖艶とも思える腰つき。流れる衣の線。
柔らかな表情。
一番上に乗っているお顔も観音様というのは、珍しいものだとか。
この顔があることで均衡が保たれて、1メートル90センチの容姿が見る者を慰める。
決して威圧的ではなく、差し出された右手は、人々を救済したいという思いが現れているそうです。

こんなに間近で、親しく?拝見することができるとは思ってもいませんでした。
私は拝むことはしませんが、他の人もほとんど拝んだりしてなくて、展覧会で彫刻を見るのと同じ感覚でした。

私がいた時には、一人だけ女性が像の前に座って拝んでおられました。

この十一面観音像に会うことができて、来た甲斐があった、と思いました。

他にもたくさんの観音像があるようでしたが、他は見る気持ちがしませんでした。


余呉湖で昼食を、、と思ったのですが、あいにく食堂は閉鎖されていて、多くの人はお弁当を持ってきていました。
釣りをしている人たちや、ハイキングの途中の人、キャンピングカーを引いている車もありました。
静かで穏やかな湖でした。


次の日、かくれ里と呼ばれる、菅浦へ行きました。
この日も快晴。
湖の近くを車で走りました。景色のいいところでは止まって写真を撮ったり。
時間の制約がないので、気ままにゆっくり走りました。

つづらお・・という言葉どおりの入り組んだ岬をめぐりました。
鳥が水面すれすれに飛び、餌をとっているのも見れました。
ここは時間がゆっくりながれている。

展望台の標識がありました。
ほとんど対向車もなく、バイクが後ろから追い抜いていくばかり。
途中で、サルの親子にも会いました。

奥琵琶湖パークロードと名付けられていて、展望台にはたくさんの車やバイクがあり、たくさんの人が休憩していました。
お土産はここで買いました。
竹で編んだ小さい籠のセットを思わず買ってしまいました。

元来た道を下り、いよいよ菅浦と標識のある道へ。
しばらく行くと、三方、行き止まりの看板。
大木をぐるっと回ると、なんとそこは「須賀神社」
裸足で石段を登らないといけない・・とガイドブックにあった神社です。
ところがよく見ると、かなり上のほうまで舗装してあり、階段ではありませんでした。
階段は無理と諦めていたのですが、思い切ってその平らな道を登りました。
ゆるい上りです。そして「心洗」と書いてある手水場へ着きました。
ここからは土足厳禁。しかしスリッパが用意してあり、ここで靴を脱いでスリッパを借りました。
石を組んだ階段が20段くらいありましたが、手すりが真ん中にあるので、それを持ってよじ登りました。

とても小さな、しかし清々しい神社でした。
淳仁天皇を祀ってあるそうで、菊のご紋と桐の紋が鴨居に彫ってありました。
すぐ後ろの建物には、鈴のついた太い紐が下がっていて、ここでお参りするようでした。
街灯も設置してありました。

家人と私のほか、誰もいなかったのですが、降りていく途中で1組の男女とすれ違いました。山でよくするように互いに挨拶をしました。

湖岸に面したところに白い藤の花房の棚があり、とてもいい花の香りがただよっていました。
藤の花の匂いかどうかは、分かりません。

湖水が岸を打つ波の音が聞こえるばかりで、人は歩いていません。気配もありません。
時折、荷台に物を積んだ地元の人の軽トラックが通るくらいです。
集落へはよそから来た車は入れないようです。

手つかずの自然・・・これからも守ってほしい。
バスが2時間に1本しか来ないところ。
このままずっと変わらないでいてほしい。

この次は、「つづらお荘」に泊まって、竹生島にかかる月を見たい。です。



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渡岸寺  国宝  十一面観音像

ウィキペディアにあったのをお借りしました。
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