いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2013/2/24

井上ひさし作詞 釜石小学校校歌  いのち

「題名のない音楽会」をいつも録画して見ています。
先週の番組の中で紹介された校歌に感動しました。

釜石の奇跡と言われた、東日本大震災でいち早く非難して、大津波から逃れた子供たちのことは知っていました。
番組で岩手県の釜石小学校の校歌を聞き、それが井上ひさし作詞、宇野誠一郎作曲と教えられました。この二人は、1964年〜1969年に放送された「ひょっこりひょうたん島」の作者であり音楽担当者でもあります。
佐渡裕さんもおっしゃっていましたが、言葉の力は人を育てることをつくづく感じました。

とてもいい歌詞なので掲載させていただきます。
井上ひさしさんは、著作権が・・・と天からおっしゃるでしょうか?


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釜石小学校校歌
           井上ひさし 作詞
           宇野誠一郎 作曲

1.いきいき生きる  いきいき生きる
 ひとりで立って  まっすぐ生きる
 困ったときは   目をあげて
 星をめあてに   まっすぐ生きる
 息あるうちは   いきいき生きる

2.はっきり話す   はっきり話す
 びくびくせずに  はっきり話す
 困ったときは   あわてずに
 人間について   よく考える
 考えたなら    はっきり話す

3.しっかりつかむ  しっかりつかむ
 まことの知恵を  しっかりつかむ
 困ったときは   手を出して
 ともだちの手を  しっかりつかむ
 手と手をつないで しっかり生きる     


井上ひさしさんがお亡くなりになってから、ますますそのお働きがいかに豊かで愛に満ちていたかを知りましたが、こうして校歌という歌い継がれていく歌に、これほどまで生きる勇気と力をくれる「言葉」を残しておられたことに、敬意を表します。

震災後避難所として使われていた体育館にあるこの校歌をみて、
励まされた方がたくさんおられたようです。


子供たちは、いつも教えられていたように、地震がきたらすぐに避難を開始した。
どこにいても、その場から高台へ。
ここにいるというお年寄りを、泣きながら説得して、手を引いて逃げた。
小さい子の手をつないで一緒に逃げた。

ひとりで立って まっすぐ生きる
よく考えて はっきり話す
まことの知恵を しっかりつかむ


自分で考え、話し、行動する、手と手をつないでしっかり生きる子供たちが、
やがて大人になるとき
日本は、世界は、変わるでしょう。(そう思いたい)
希望を、勇気を、知恵をもちたいですね。



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アイヌ文様の美

northland-art-studioさんからお借りしました。

先人の知恵に学びたい。


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2013/2/20

「ある明治人の記録」  ひと

『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』  石光真人編著 (中公新書)をご存じですか。
「音の惑星」というブログを書いておられるCharlie(チャーリー)さんのところで見つけました。
おりしも大河ドラマは「八重の桜」
戊辰戦争で賊軍と言われた会津藩。
その上級武士の家に生まれた柴五郎が、自刃した祖母、母、姉妹を悼み、弔う思いで書き残した遺書。
今日2/20、一気に読み終えました。

まずその文章の格調の高さに驚きました。
昔の武家の教育、幼いころからの素読が、その文章にリズムを与えるのかもしれません。
柴五郎は、当時まだ10歳。薩長が攻めてきたとき、母の裁量で親戚の山荘へ行くようにと言われる。それは柴家の男子を一人でも残して家を断絶させないため。
今生の別れとは知らず、五郎少年は叔母に連れられて山へ行く。

こうして内容を詳しく書いていくと長くなりそうなので、本書の概略はチャーリーさんの「音の惑星」をご覧ください。

私がこの本を読んで痛切に感じたのは、歴史の転換期ということです。
少し前に「阿弖流為ーアテルイ」という東国の勇者のドラマがBSプレミアムでありました。この人物のことも私は全く知りませんでした。
坂上田村麻呂が東国を征伐した・・というような表現で、歴史では習いました。
その「征伐」された側の勇敢な指導者阿弖流為のことは、記録がほとんど残っていません。
いつの時代でも勝者が歴史を粉飾して記録することは、ままあります。

戊辰戦争でも、勝てば官軍という言葉があるように、錦の御旗を持った薩長が勝者になり「討幕し倒幕」しました。
賊軍の汚名を着せられた京都守護職についていた会津藩のその後については、私は白虎隊の悲惨な死は知っていましたが、そのほかはほとんど知りませんでした。

柴五郎は、87歳で敗戦の年1945年(昭和20年)12月に亡くなる。

10歳、落城降伏の後、江戸へ俘虜として収容され、その後下北半島斗南へ。
土地は荒れ果て悲惨な生活。まるで流刑地のようだという。
寒さと飢え。しかし武士としての矜持は捨てない。
父が五郎に「・・会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、のちの世までの恥辱なり。ここは戦場なるぞ、会津の国辱雪(そそ)ぐまでは戦場なるぞ」と諭す。

会津は「八重の桜」にも出てくる「日新館」という藩校で教育をしていた。武家というのはその格式、教養、学問、躾、厳しく守っていた。
「凛とした若者たち」と評される青年たち。

明治10年、西郷隆盛の西南戦争の時には、多くの会津藩士が「これぞ雪辱の戦い」と東京に集まったと聞く。

今まで薩長側からの戊辰戦争、西南戦争の小説やドラマしか見ていなかった私には、戦争、歴史の一面しか知らされてなかったことを知る。

柴五郎は、明治6年陸軍幼年学校、その後陸軍士官学校を経て、北京駐在武官、最終的には1919年(大正8年)陸軍大将、台湾軍司令官、軍事参議官という要職につく。

「柴五郎の人柄は温厚な武人であり、謙虚の美徳を備え、功を語るを好まず」と『北京籠城』の中で編者大山梓氏が書いている。(本文P148)

「実直さ、誠実さと、私心のない正確な判断力」は生来の資質と少年期の苦学で培われたものかと思う。
「終始一貫、澄みきった信念を貫かれた」と編著者石光真人がいうことも、その写真のお姿から分かる。

どの時代でも、ひとたび権力の座につくと、私利私欲にとらわれる者が多い。
しかし自分に与えられた分を果たし、その功績を誇らない生き方に、私は心魅かれる。

明治という時代を軍人として生きた会津の人、柴五郎は、日本の第2次大戦での敗戦を予告し、体験して亡くなった。

司馬遼太郎が「この国のゆくえ」を案じていたことが、しきりに思われる。

負けることにより、さらに人は強くなるのだろうか。

それなら、日本は1945年8月15日の敗戦、その後の年月を経て、強くなったのだろうか。
高度成長、所得倍増という言葉が飛び交い、経済大国と言われた時期もあった。
しかし、日本人の気質にある優れたものを、だんだんなくしてきてしまったように感じる。

優しさと厳しさ。筋の通った生き方。凛として生きる。潔く死ぬ。

柴五郎の中にある武士道の精神。
晩年、祖国の敗戦の色濃くなるころ、宮本武蔵に興味をもたれたという。
悟りの境地を得たいという、その心境を思う。

積読の「武士道」を読みたくなりました。

「サムライ・ジャパン」真の美しい精神を取り戻したい。

いろいろ考えさせられる貴重な本でした。
1971年初版いらい、ずっと版を重ねている意味が分かりました。






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回廊  司馬遼太郎記念館

northland-art-sutudioさんからお借りしました。

なんとなく、司馬さんが懐かしい。
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2013/2/19

ワンコインコンサート  音楽

兵庫県立芸術文化センター(通称芸文)では、ワンコインコンサートというのをやっています。
つまり500円で生の演奏を大ホールで聴くことができるのです。
ずっと行きたいと願っていたのですが、とても人気で、電話を30分以上かけ続けなくてはチケットを取ることができません。
すぐに完売するので、1,2回挑戦したのですが、売り切れました。。でした。

ところが幸いなことに、今日はワンコインコンサートのチケットを、朗読の仲間からいただいたのです。
その方とは、去年のクリスマスパイプオルガンコンサートで、偶然席が隣になったことで、お互いが音楽が好きだと分かった人です。
何よりもうれしい贈り物でした。

メゾ・ソプラノの山田愛子さん。ピアノは蜷川千佳さん。
お二人ともこの西宮にある神戸女学院の音楽部大学院を卒業なさった方。
山田さんは、西宮で小学2年生までを過ごし現在は神戸在住。
2005年秋に芸文が完成した年に大学院を卒業なさったとかで、建築中の芸文を見ながら通学した。
そのような身近なエピソードを話ながら歌ってくださいました。

ソロの生の歌を聴く、しかも今回私の席は2階正面。歌声が響き渡るのを上から聴くのは、とてもいいものだと実感しました。
演劇だったら前の席がいいかもしれませんが、音楽は必ずしも前がいいとは限らない。
この芸文の大ホールは、三面が4階まで座席があり、オペラにはうってつけ。
今年の夏には、「セビリアの理髪師」を佐渡裕指揮でする。こちらもチケットを取るのが難しいとか。。

曲目は知っている曲が多く、特に今回はドヴォルジャークの「わが母の教えたまいし歌」を聴けるのが、一番の楽しみでした。
グリーグの「君を愛す」も大好きな曲。
カルメンの前奏曲(ピアノソロ)やハバネラも良かったです。
高田三郎の「くちなし」という曲は知らないものでしたが、日本語で歌ってくださったので良かったです。これは母の歌。
千原英喜の「はっか草」も日本語。こちらは父の歌。
副題が「愛の歌」ということで、父と母への想いを歌われたのかもしれません。

そして一番の驚きは、サン・サ−ンス作曲のオペラ「サムソンとデリラ」から2曲を最後に歌われたことです。
2日ほど前、聖書通読の箇所がちょうどサムソンのお話でした。
怪力のサムソンは、美しい女性に弱く、ことにこの妖艶なデリラの誘惑には負けてしまう。怪力の秘密は髪の毛を切らないことにある、ということをとうとう話してしまいます。
そして最後はデリラの民族ペリシテ人につかまって、両目をえぐられ盲目になり、3000人以上のペリシテ人を巻き添えにして建物を崩壊して自分も死ぬ。というものです。
サムソンはユダヤ人。民族間の争いは聖書の時代から現在まであるのですね。

デリラの歌う「あなたの声に私の心は開く」という一番最後の曲を聴いて、また驚きました。私はそれが「サムソンとデリラ」からの曲とはつゆ知らず、大好きな曲の一つだったのです。
ピーターパンの敵「フック」という映画で、女の子が歌ったのもこの曲でした。

曲名を知らないで好きな曲というのは、私にはいっぱいあるのですが、
今日はこの曲がデリラの歌と覚えました。

私は一人でいると、よく知らない方から声をかけられます。
(声をかけやすい容貌?なのかもしれません)
今日は途中で退席しなくてはならないからと、一番端に座っていた私に、真ん中のほうの席と代わってほしいと言われました。
開演までその70代くらいの女性と話をしました。
その方も音楽がお好きなようで、サンシティーホールのパイプオルガンコンサートのことをお話したら、とても喜んで、「今日はこのことを教えていただいただけでも、来た甲斐がありました」と言われる。

2000席はほぼ満席。
このような大きな場所で歌うのは、どんなに気持ちがいいことだろうと思いました。
マリア・カラスはソプラノですが、大勢の人を魅了するその舞台も、このような人々で埋まっていたのだろうか、、などと想像する。

とても満たされた時間を過ごすことができました。
帰ってからお礼の電話をしたら、ローソンに電話すると結構このチケットも取りやすいと教えていただきました。よくいらしているようです。
気軽に生の演奏を、、、私もその手でこれからも聴きに行きたい。と思いました。

終わってホールの外に出たら、なんと視覚障害者の方とその付添の方に出会いました。
中山財団の主催するコンサートが小ホールであるとか。
落語や能などの公演もする芸文、大いに活用されている様子。
音楽監督の佐渡さん、がんばっています。

駐車場へ着いたら、携帯電話がないことに気が付きました。
そういば、座席を立って帰るとき、「携帯が落ちていますよ」とどなたかがおっしゃていた。よもや自分とは思ってもいなかったのですが、それは私だったようです。
すぐに大ホールへ戻って係りの女性に話したら、すぐに持ってきてくださいました。

1日で、3日分くらいの出来事があったような気がします。

ワンコインコンサートは、若手のこれからという人たちの演奏の場、
ここからどんどん世界に羽ばたいていってほしいものです。

近くにこのような文化施設ができたこと、本当に感謝しています。



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ニュードーン  ぶどうの樹さんからお借りしました。

二人の若手音楽家にこの花を捧げます。
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2013/2/12

歌舞伎 市川團十郎  ひと

歌舞伎の市川團十郎さんが66歳でお亡くなりになりました。
慎んで哀悼の意を表します。

私は自分に禁じているものが、いくつかあります。
歌舞伎もその一つです。

子供のころ、母がテレビで歌舞伎の中継を見ていることがあり、
その華やかな舞台、奇抜な模様の衣装、隈取の派手な化粧、このような世界もあるのだ・・
これは日本文化の伝統的な演劇として、大事にしなくてはいけないのだなと思っていました。

友人は、大学の時に、歌舞伎のサークルに入っていて、京都の南座へ、当時人気だった女形の坂東玉三郎が大好きで、よく見に行ってました。

私はもし自分が、歌舞伎を見に行くようになったら、熱中してあれこれ調べ、追っかけをする、そのような予感があったので、歌舞伎は封印していました。

たまにテレビで見ることがあり、よく出来た芝居の内容の面白さ、その芸のすごさに感心してはいました。

第12代市川團十郎は、19歳で父親を亡くし、海老蔵から團十郎へと襲名するにあたり、大変な苦労と努力をなさった。

その風貌からにじみ出てくる大らかさ、温かさ、優しさ、真面目さ、立派な役者さんだと分かります。苦労しておられるから、人の気持ちの分かる慈愛に富んだ人になられたのかもしれません。

NHKの追悼番組で、その舞台、得意の型をいろいろ見て、精進すること、伝統を守ること、あれこれ考えさせられました。

少年時代から、星を見るのが好きで、天体望遠鏡をのぞく姿から、内面の深さと広さを思いました。この世を離れて大空へ想いを馳せる。
星をみることは、父親を偲ぶことでもあったのではないでしょうか。
宇宙からの力をもらう。
そういえばNHKの「宇宙の渚」にも出演しておられた。
根っからの天体少年、その心をなくさずに生きてこられた。

白血病を克服して、パリのオペラ座での興行、フランス語での口上、、、
新しい歌舞伎座のこけら落としを前に、亡くなったことは、とても残念です。
共に励んでこられた、尾上菊五郎さんの悲しみも深いと思いました。

受け継がれていく伝統、業・・・・
海老蔵さん、がんばってね。


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蓮の花

northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。
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2013/2/6

虹と蛇  自然

私は、虹を見るのがとても好きです。
雨上がりの夕暮れなど、期待して空を見上げます。
ふと、どうして虹の漢字には、「虫」という文字がついているのだろう・・と疑問を感じました。
そういえば、蛇にも「虫」がついている。
友人に、どうして「虫」がついているのでしょうね、と話したら、
「虹という漢字」「蛇という漢字」でインターネットで検索したら分かります。
というお答え。
早速検索して驚きました。

蛇が海中に沈んでいて、それが空に昇ると虹になる。
というのです。蛇が空を飛んだら、それは龍です。
虹は、龍だという古代の人の発想。
思ってもいないことでした。目からうろこです。

聖書では、虹は、ノアの洪水のあと、神様がこれからは人類を洪水で滅ぼすことはしない、という約束、契約の虹であると言います。
虹は神様からの応答だと思うと、虹がでないかなと、いつも思います。

しかし、蛇はエバを惑わした欺瞞者で、蛇が歳を経ると龍になると、聖書はいいます。
蛇や龍は、悪魔の象徴でもあります。

また、モーセが出エジプトのあと、荒野をイスラエルの民を率いて旅をしていたとき、
人々が食物のことで不平を言ったとき、神様は火の蛇(炎の蛇)を下された。それにかまれると人は死ぬ。民が助けてくださいと言ったとき、モーセは火の蛇(燃える蛇)=「青銅の蛇」を作るように神様から命じられた。その青銅の蛇を見上げた者は、癒されて生きる。ということがありました。
しかし、そんな蛇を見上げて治るわけがない、と考えた人たちもたくさんいて、見上げることをしなかった人たちは死にました。
神様の言葉を信じて、言われたようにする・・・これが信仰です。
信じて見上げた人は生きる。

なぜ、青銅の蛇なのか。蛇は悪の象徴のように思われているのに。

海に沈んでいる蛇=悪
空に上がった龍=善

そう考えると、虹の光は、上げられた青銅の蛇(龍)ということになる。

虹と龍がこのように結びつくとは
想像もしていなかったことでした。

地に落とされた蛇=悪魔
天に上げられた龍=虹=救い主イエス・キリスト

そのように想うと、ますます虹を見たくなります。

古代の人たちは、大空を飛ぶ龍を、虹に見たのでした。
本日の私の発見です。



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シャガール ノアと虹

追記

この絵をよく見たら、白い虹に人がいる。しかも片方の翼は赤く、血に染まっているかのようです。シャガールはユダヤ人ですが、ここにキリスト(救い主)イエスを見たのでしょうか。十字架の血、復活、昇天。
シャガールの絵は他のものも、一つの画面に、たくさんの場面を描いている。
この絵にも、横になっているノア。燃える祭壇。多くの人。アブラハムとイサクと子羊(雄牛)も見える。右には蛇のような形も。

青銅の蛇は旧約聖書の民数記21:5〜9.
新約聖書のヨハネによる福音書の3:14にも
「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければならない。それは彼を信じる者がすべて永遠の命を得るためである」と書いてあることが分かりました。

やはり、虹=龍=キリストイエスというのは、本当のようです。
上げられた燃える蛇。
それから、疫病ではなく、人々が荒野の旅で食物のことで不平を言ったときに、火の蛇(炎の蛇)を下され、それにかまれて人々が死ぬ。かまれても青銅の蛇(燃える蛇)を見上げたとき生きる。
ミケランジェロもシスティナ礼拝堂に青銅の蛇のお話を描いていることもわかりました。
2005年には『青銅の蛇を探せ』という本が米国ではベストセラーになったとか。
また、正教会で主教の持つ杖には、この青銅の蛇がデザインされているそうな。

ネット検索で、簡単にいろいろわかりました。



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夜明けのシルエット   美瑛

northland-art-studioさんからお借りしました。
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