いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2012/7/26

沖縄 琉球国  自然

神戸文学館で「神戸の作家たちと沖縄展」を見てきました。

いただいたパンフレットには、

「沖縄返還調印により1972年5月15日、琉球諸島および大東諸島が日本に返還されました。そしてその半年後の11月、兵庫県・沖縄友愛提携調印式がありました。・・・・」
という言葉で書き始められていました。

敗戦の時の沖縄県知事、島田叡さんは神戸の人。摩文仁の丘の「島守の塔」に多くの人々と共に眠る。

作家としては、
灰谷健次郎『太陽の子』1978年。渡嘉敷島に住む。
島尾敏雄 「ヤポネシア」という言葉を作る。沖縄と日本の歴史のからみあいを考える。
岡部伊都子 人間の心の中の「二十七度線」は消えたかと問う。1992年。

三人の写真や、履歴、アルバムなどがありました。
それぞれに、沖縄との関わりを深くもっている人たち。
岡部伊都子さんは、婚約者を沖縄戦で亡くしている。
「こぼし文庫」という小さな私設図書館を沖縄の民家に作った。


復帰40年、沖縄の歴史を知る。

山崎豊子の『運命の人』をドラマで見て、本も読んだ私にとって、
この沖縄の日本復帰という事実は、さまざまなことを考えさせられる。

展示はとてもささやかな場所に、少ない写真と資料があるだけでしたが、
沖縄の地図を見て、一緒に行ったKさんが、
「これはどう見ても、日本の領土というよりは、琉球王国だね」と言った。
8月上旬に沖縄を旅するKさんは、この展示を喜んでおられた。
できたら普天間飛行場近くへ行き、その騒音を体感してきたい、とおっしゃっていた。
Kさんは、広島で原爆にあったけれど、奇跡的に守られた人。

確かに、沖縄の舞踊、衣装、色彩を見ると、そこには中国の明との交易、韓国朝鮮文化の影響を見ないわけにはいかない。
薩摩藩は、独自で琉球と交易をしていた。

2か月ほどまえ、私は琉球ガラスに魅せられて、
碧い海の色をした琉球ガラスのコップをネットで買いました。
『運命の人』の中に、コカコーラのビンなどを原料にして琉球ガラスを作ると書いてあり、一人のガラス職人の女性が出てきたからです。
沖縄の特色ある絵の描かれた黄色い包装紙で包まれ、
青いガラスの箸置きを2つ、おまけでいただきました。
碧いガラスのコップは、亡き弟の写真の前に飾っています。

沖縄は、日本に帰属する前は、平和な琉球王国として、いろんな国と独自の交易をしながら、楽しく踊り、笑い、歌いながらみんな生きていた。

琉球という独自の文化を育んでいた。

それは北のアイヌ民族と同じで、自分たちの生活様式があり、特色のある織物を身にまとい、先祖からの言い伝えを守り、自然の中でその生態系を乱すことなく、穏やかに生きていた。


権力闘争、領土拡張、自分さえ豊かになればいい、、、、
こんな考えがはびこるのは、その根っこは、どこにあるのだろう。

人間の本能として持っているものだろうか。
としたら、戦争はいつまでも無くならない。

互いに分け合う心を持って、穏やかに暮らす。
誰がその均衡を破るようなことを、最初にしたのだろう。

日本から台湾へと続く、琉球弧と呼ばれる島々・・・・

いまそこには、アメリカの基地があり、オスプレイという事故を頻繁に起こしている飛行機が配備されようとしている。


琉球国の独立はもはなやく、沖縄はどこへ返還されたかも分からなくなってきている。

人は幸せな人生を送りたい、、と漠然と思い、口にする。

幸せの形は、さまざまで、色もいろいろ。

碧い海に浮かぶ島、大陸、
いろんな人たちがいて、さまざまな夢をみる。



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沖縄の海   ラターレインさんからお借りしました。

のりさんが、今度沖縄の海に潜れるのは、いつのことでしょう。。。

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2012/7/20

いじめ  田中泯  いのち

7月20日 今朝の朝日新聞1面の「イジメを見ている君へ」に
田中泯さんの「今の自分カッコいいか」という文章がでていました。

舞踏家と書いてあるのには、驚きました。
実は私は「龍馬伝」の土佐藩参政 吉田東洋役で、初めてこの田中泯を知って、
その存在感、強い個性を認識したからです。
「たそがれ清兵衛」でのあの見事な剣術捌きの余吾善右衛門も、田中泯とは知りませんでした。
「トルストイの家出」の朗読トルストイ役もそうだったとは。
そういえば「八日目の蝉」のタキ写真館の滝役もすごかった。

しかしそれ以前に、クラシック・バレエ、モダンダンスのダンサーとして世界的にも知られる人だったとは、存じませんでした。

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朝日新聞から引用させていただきます。

 協調性ばかりが求められる世の中だけど、僕は孤独が大事だと思う。
 誰にも見られていないときにこそ、本当の自分がいるんだ。

 ・・でも周囲に知人がいない孤独なときにこそ、カッコよく生きてほしい。
 僕が思う「カッコいい」の意味は、自分の生きている理由を自分で考え、
 自分の意思で行動できることだ。

*********************


私にとってカッコいい生き方とは、
失敗したとき、人を傷つけてしまったとき、
ごめんなさいと謝ることができること。

言い訳ばかりして、保身術の鎧で身を覆っている人は
カッコ悪いと思う。

そして孤独を恐れないこと。
独りでいることを大事にする。
自分の意思で決断し行動できることも大切。


役者というのは、いろんな性格を演じることを要求されるけれど、
その役者の生き方が、最後には問われるのだと思う。
何をめざして、どうなりたいと思って生きているか。

小津安二郎が、「演じなくてもいい、あなたのそのままを撮るのだから」
と言った言葉を思いだした。
隠し切れない自分という存在。


田中泯の生き方、やはりそうだったのか、という気がしました。
気骨のある、筋金入りの人柄は、そのように生きてこられたのだ。

「舞塾」という舞踏団を結成しておられる。
そこで磨いてこられた個性が光る。



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萱草の咲く海  サハリン アレクサンドロフスク 2009.7.13

northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。
3年前のサハリンの旅のお写真ですね。


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2012/7/7

断食祈祷  祈り

7月7日の朝7時から夜の7時まで、全国の、そして世界中の私の属している教会で
断食祈祷を行いました。

時差があるから、その祈りは国から国へリレーされていくようです。

このような試みは、初めてのことでした。
水分の補給はしっかりするように、とのご注意などもありました。
土曜日なので、教会で安息日の礼拝があり、時間はあっという間に過ぎました。
いつもの昼食はなく、礼拝のあと希望者が残り、
讃美歌を1曲歌い、そのあと誰かが短いお話をする、
また讃美歌を歌い、心を動かされた人が語る。
そのような楽しい1時間を過ごしました。

いつも、午後から30分くらいの祈りの会をしていますが、
今日は特別の祈りの会ということもあり、
聖霊に満たされ、熱い思いが湧き上がる経験をしました。

祈りは、各自がひざまずいて、声を出さないで口をパクパクする、通称ハンナの祈りをしています。会堂は静謐で清い時が流れます。
日本中の兄弟なる教会で同じ時間に祈っていると思うと、厳粛な気持ちになりました。

へりくだって、神様の前に自分の心をさぐる。
そして「とりなしの祈り」をする。
=自分の家族や友人、地域の人たちのことを思い祈る。

私にとっては、久しぶりの断食でしたが、とても気持ちのいいものです。
すっきり爽やかな心地になります。
飽食の時代、週に1日くらいこのような日があってもいいような気がしました。

日本にあらゆる意味での「復興」が起こるようにと
心より祈ります。
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2012/7/1

花菖蒲  

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この写真は、尼崎の農業公園の菖蒲です。

私の中に、なにか書かなくてはいけないものがあったのに、
それが隠れて見えてきません。

心の底の深いところにあるものは
蒼い哀しみ

断片的な映像が
現れては消える

「舟を編む」
言葉を拾う

確かな光がある
碧く輝く光がある

なにかしなくては
時間がないとだれかがいう

言葉をならべてみても
心はみえない


*これはつぶやき、というものですね。
 気になさらないでください。
自分でも得体のしれないものを抱えています。


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