いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2012/6/22

マリー・ローランサン  

マリー・ローランサンとその時代展
  パリに魅せられた画家たち

4月14日から7月8日まで 神戸のポートアイランドにある
小磯記念美術館で開催されています。

友人のKさんがマリー・ローランサンが好きだというので、ご一緒することにしました。
昨日6月21日に行ってきました。

ほんわかした色使いの独特の女性たち
私も嫌いではありません。
母は、陶器に描かれたマリー・ローランサンの絵を、小さい額に入れて
トイレに飾っていました。

「ばらの女」という絵がありました。
ピンクの薔薇を一輪もっている女性。その一筆箋があったので、記念に買いました。

ミラボー橋の詩が大きく掲げてありました。
アポリネールとローランサンは、親交があったと後で知りました。

ルオー、ヴラマンク、ユトリロ、キスリングなどの絵もあり、
パリへ留学していた日本人の画家の作品もたくさんありました。
藤田嗣治、佐伯祐三はもちろんですが、今まで名前しか知らなかった
児島虎次郎の絵が8点もあったのには驚きました。
西洋風の絵でした。パリで暮らしているとその風、匂いに包まれて過ごしていると、
このような作風になるのか、と何やら納得しました。

荻須高徳という名前は聞いたような気がしますが、三岸節子という画家は初めて知りました。

小磯良平のアトリエを移築したところで、学芸員による解説がある時間だったので、
警備のおじさんに勧められて聞きにいきました。
神戸の詩人、竹中郁とは親友で、彼がモデルになって描かれたラグビー服を着た絵も教えてくださいました。
洗練されたふたりの紳士。神戸にふさわしい人たち。

生活にゆとりがあり、パリへ留学することができた日本人。
芸術というのは、そのような余裕があるところから花開くものか。

ヨーロッパに憧れた日本人が多かった時代。
永井荷風の「ふらんす物語」を読みたくなりました。


美術館の中庭に、たくさんの紫陽花が咲いていました。
雨は紫陽花にふさわしい。
雫のしたたりが青い紫陽花の花を引き立てているようです。


ゆったりとした午後のひとときを過ごしました。


うちはいま、紫陽花と百合がいっぱい咲いています。
百合の甘い香りが玄関付近にただよっています。
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2012/6/17

父の日  ひと

今日は「父の日」らしい。
いつごろ、だれが決めたのか、「母の日」に対抗?して「父の日」ができた。

神戸教会で、10時半から歯科医のI先生の告別式がありました。
教会でのご奉仕はもちろん、学校のPTA会長、ライオンズクラブの活動、歯科医師会での活躍、教会の長老会の立ち上げから、全国長老会の会長を3期なさるなど、その生涯は主に仕える者としての立派な模範となる人生であった。

長女も、長男も歯科医師になったけれど、
長男はアメリカの大学で歯科医の勉強をして、そのまま米国在住。高校を卒業して20数年家庭をもってロサンゼルスで暮らしている。

I先生は、きっと自分の歯科医院を継いでほしいと願っておられたと思う。
しかし厳しい父親に対する反発もあったのか、長男Kさんは帰ってこなかった。
そのKさんが、今日、親族の挨拶で、

「自分の知らなかった父のことを弔辞を聞いて知りました。
私は父を誇りに思います。」とおっしゃった。

母の日は覚えて、電話をしたり贈り物をしたが、
父の日は、何もしたことがなかった。
いま自分が息子から父の日を祝ってもらう立場になり、
父にすまなかったと思う。

と話された。

弔辞では、教会員の男性が、自分は19歳で父親を亡くした。
I先生は、歯の治療をしながらも、「イエスさまがまもなく来られます。」
と聖書の福音を語り続けられた。
歯医者さんへ行くのが一番嫌だった自分だけれど、いつしか、歯の治療を受けながら、I先生の語られる言葉を、真剣にむさぼるように聞いていた。
自分にとってI先生は、優しい「お父さん」のようだった。
I先生のように、笑顔でいたいけれど、今は涙が溢れて止まらない。

父と息子は、分かりあうのに時間がかかるようです。

実の息子は遠く離れていても、教会には父と慕ってくれる息子のような人がいる。

晩年のI先生は、清らかに老いられました。
静かで優しい慈愛に満ちたそのお姿を、私は忘れない。

人が生きていくとき、だれに出会って、どのように変わっていくか。
これも人生の不思議のひとつです。

*「主の聖徒の死はそのみ前において尊い」
   詩編 116:15
告別式の式次第にあった聖書の言葉です。



父の日
私は、78歳で亡くなった父のことを思い出す。
晩年はいつも「ありがたいことです」」と言って笑っていた。
若いころはハンサムだったらしい。
私が思っていた以上に、父は素敵な人だったのかもしれない。。。



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神居古潭(カムイコタン)の新緑


northland-art-studioさんからお借りしました。


父と子の絆、親子の架け橋
いろんな架け橋があります。
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2012/6/10

自然散策  自然

6月9日、午後から教会の人たち14人で、車5台に分乗して自然散策に出かけました。
当初、バラ公園へ行く予定でしたが、やはり薔薇は5月。
いいお天気で満開、その後の雨で、薔薇は悲惨な、惨憺たる状態になってしまって、
とても薔薇の香りを楽しむような状況ではありません。

急きょ、「農業公園」へ変更しました。
駐車場もできたようなので安心して、みんなで出かけました。
早朝は雨でしたが、午前中は曇っていて、午後からも何とか雨は降らない予報。
出発するときは、日が照って、暑くもなく寒くもない、とてもいい気候でした。

近道したはずの私とA先生の車が一番遅くなり、待っていてくださった人たちからは「どこへ行ってたの〜」と言われながら、全員そろって緑の木々が茂る公園へ。

薔薇も少し残っていて、きれいに手入れしてあったので、無残な姿の薔薇はごく少数。
菖蒲がきれいに咲いていました。これからもっとたくさん花が開きそうで、つぼみがいっぱいありました。
牡丹の季節は豪華らしいです。「また来たいね」と話しました。
紫陽花があるかと期待しましたが、見かけませんでした。

菖蒲園の中には、木の板が渡してあって、菖蒲の花の中でも記念撮影。
三々五々ゆっくりと歩きながら、みんなで散策するのは、とてもいいひとときでした。

21歳の若い男の子は、先週老人施設で実習をしてきたばかりの教師志望の学生さん。今日もその延長のようだねと、みんなで笑いました。

車椅子を押しているのは、小柄な女性ですが、義母さんのお世話をなさってきた人なので、とても慣れておられました。普段はご家族の介護を受けておられますが、時にはこうしてほかの方からの手助けもありがたいことだと思いました。

森林浴は癒しの効果があるといわれますが、
本当にそのようで、今朝は疲れが少しも残っていません。
心と体が癒されたようです。

青年会主催のこのような行事、これからもできたらいいな。



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ブルー ヘブン  
この薔薇も咲いていました。

ぶどうの樹さんからお借りしました。
2012年の教会のバラはいかがでしょうか。
またお邪魔します。


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今年の伊丹荒牧バラ公園

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2012/6/4

彫刻家 佐藤忠良展  美術館・博物館

6月3日日曜日、滋賀県守山市にある佐川美術館での
生誕100年 彫刻家 佐藤忠良展に行ってきました。
京都を通過するので渋滞するかと思ったのですが、予想に反して往復とも混雑はなく1時間半で到着。

琵琶湖大橋を渡ってすぐのところにある、佐川急便の私設美術館。
自然に囲まれた敷地内に、ゆったりと2棟の建物があり、
1つは佐藤忠良館、もう一つは平山郁夫館。他に小さな茶室の棟もある。
二つの建物の間には、水を張った中庭があり、ガラス張りの廊下から、光に輝く水の動きを見ることができる。
二つの館を結ぶこの字型のところが、喫茶室になっていてそこからも水面と木々の緑が見える。

今回は、宮城県美術館からたくさんの彫刻や絵画が来ていた。
NHKの日曜美術館で見ていた作品もたくさんあって、本物に出会えた喜びに満たされた。
ふつう、展覧会では「作品に手を触れないでください」という注意書きがある。
ところが、この展覧会では、手のマークがついている作品は”触ってもいい”という。
入ってすぐ早速女の子の顔を触っていたら、係りの女性が飛んできました。
左手の指輪がカチカチと作品に触れて鳴ったからです。
そのあとは、右手で触るように気を付けました。

2001年三浦綾子、1997年斉藤秀男、1977年王貞治、他にもたくさん知っている顔の彫刻が。
しかし、似ているようですこし違う。
1961年の映画「人間の条件の」小さいレリーフがあったのは、嬉しい驚き。
徳永直の「静かなる山々」の表紙も装幀。

NHKのアナウンサーだった山根基世さんは親しくしておられて、作品説明の音声ガイドの声も担当なさっていたし、5/26には彫刻家笹戸千津子さんとの記念対談もあったらしい。
澤地久枝さん、安野光雅さんも言葉を寄せておられた。

佐藤忠良さんは2011年3月30日に98歳で亡くなられた。
女優の佐藤オリエさんのお父さんと言ったら、わかる方もいると思う。

福音館書店のこどものとも、の絵本もたくさん描いておられる。
あの「大きなかぶ」もそうだったとは、知りませんでした。
私はあれは、ロシアの画家が描いたものだとずっと思いこんでいました。
日本人の絵だとは、しかも佐藤忠良さんとは思いもよらなかった。

宮城県の美術館の玄関には、「大きなかぶ」のレリーフがあり、
自由に触ってくださいとあって、子供も大人もその感触を楽しんでいるとか。
同じようなものがありましたが、館外貸し出しをしてくださっているのでしょうか。

あれこれ発見があり、思わず手帳を出して書いていたら、
先ほどの係りの女性がまた飛んできて、
「館内では鉛筆しか使ってはいけないのです」といわれる。
私が「シャープペンシルなんですけど」と言ったら、それも駄目だといって、
先の尖った鉛筆を貸してくださった。
「たびたびすみません」と私は笑って言いました。

心に残った忠良さんの言葉
「科学には自然科学と社会科学があります。
しかし知ることだけでなく、感ずる心を育ててほしい。
それが芸術というものです。」

ちょっと言葉が違うところもあるかもしれませんが、
知識だけでなく、感性を磨くことの大切さを
おっしゃっているのだと思いました。

「きれいに描いてやろうというような、卑しい心が起こったときには、描くのをやめる」
というような言葉もありました。

これは、星野富弘さんが「人を励ましてやろうというような気持ちが起こってきたときは、それが消えるまで静かにしていて描かない」と言われたのと同じ。

また、最近展覧会にいったばかりの、熊谷守一さんも、「うまく描こうなどという心を持つな」というようなことをおっしゃっていた。

本物の芸術家というのは、そこまで自分を誇る気持ちを削ぎ落さないと、真実のものはできないと知っている。
そのことを改めて思いました。


正面玄関へ行く外の廊下を歩いていると、水を張った庭に飛び上がった蝦夷鹿が迎えてくれる。それも忠良さんの作品。
帰るとき携帯で写したのですが、遠くてうまく写っていないので、
女の子の像をお見せします。


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画像を右回りにしても、掲載しようと思うと横向き。何度やってもうまくいきません。
首を横にかしげてご覧くださいませ。
不慣れですみません。。。


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これは、「ボタン」という作品です。
祈っているようにも見えて、ハッとさせられます。
佐川美術館のサイトからお借りしました。

蝦夷鹿は、検索してみてください。
会場にもありましたが、完成品は外にあるもの。

大きい「緑の風」の彫刻もたくさん展示してありましたが、
やはり彫刻は、自然の中に置いたほうが生きるような気がします。
外のものは、触ることも自由だし。
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2012/6/2

ラ・カンパネラ  音楽

リストのラ・カンパネラ(鐘)という曲をご存じですか。

私はふじ子・ヘミングの演奏が好きなのですが、
2,3日前、長男がヴァレンティーナ・リシッツァという女性のピアニストの演奏の速さはすごいから、YOUTUBEで見て、、と言いました。

長男がそういう音楽の話をするのは、珍しいことで、どういう心境の変化か、音楽の好きな彼女でもできたのか?とあれこれと心の中で思いました。

検索してみると、金髪のやや若い女性が、知らない曲をすごい速さで演奏していました。
指の動きのアップを見ると、その動きの速さに驚くばかり。

長男は、ふじ子・ヘミングのラ・カンパネラと比較して聴いてくれという。
最初にリシッツァのラ・カンパネラ、
早鐘、やたら先を急いで打ち鳴らす鐘。その速さはすごいけれど、半鐘のように打ち鳴らす印象。しかし確かに正確に曲を奏でてはいる。
低音の響きは美しいと思った。

次にふじ子のラ・カンパネラ。
先ほどのリシッツアに比べて、指が太いのが目につく。しかし音と音の間にある、かすかな間・・・そのわずかな時が、私の心に余韻を残し、鐘の音に耳を傾ける余裕をくれる。
彼女の高音はきつくはなく、清らかな音を響かせる。

やっぱり私はふじ子のラ・カンパネラが好き。

長男は、絵画が画家の個性で違うのは分かるけれど、
同じ楽譜を演奏しているのに、その音が、その音楽が、演奏者によって異なるということが、わからないという。

それが芸術というものよ、と私は答えたが、
つくづく、同じ曲を意識して比較して聴いてみると、その音色、雰囲気の違いがよく分かる。

苦労してヨーロッパでピアニストとして過ごしたふじ子の日々が、
その音には刻まれている。
混血のゆえに若いころは相当な美人であったようだ。
ふじ子のお母さんは、美貌と天与の才能におぼれてしまうことがないようにと思ったのか、
かなり厳しい教育をしたようだ。
そうしなければ、この子は高慢になって、息の長い演奏家としては続かないと思ったのではないかと思う。

モンマルトルに住めるようになったことが、夢のようだと語る老いた婦人、
ふじ子の生涯は、今は幸せ。
けれどどこかその姿に、寂しい影を感じてしまう。

彼女の家には、もう猫たちはいないのだろうか。


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音声菩薩    奈良

northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。
音楽は原始、太古から人の生活にあったのでした。
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