いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/12/29

「坂の上の雲」 第3部  ドラマ

「坂の上の雲」第3部、完結編が終わりました。
3年前に司馬遼太郎のこの大作をNHKがドラマ化すると知った時、私は3年間見ることができるだろうか・・・と思った。

かねてから、「坂の上の雲」は司馬遼太郎の作品の中でも素晴らしいと聞いていましたが、文庫本で全8冊という長さに恐れをなして、読んでいませんでした。
友人からのお勧めもあり、ついに原作を映像化の先に読み終えることができました。

第3部は、主に旅順の戦い、203高地の奪還、バルチック艦隊との戦いという、日露戦争の圧巻の場面なので、やはり事前にその詳しい内容を知っておいて良かったと思いました。
CGを巧みに使い、迫力のある場面がたくさんありました。

私は基本的には、反戦主義なのですが、あの時代、もしロシアと戦わなかったら、もしロシアに負けていたら・・・・今頃は日本は共産主義の国になっていたかもしれません。
いわゆる植民地になっていた。
そう思うと、死んでいった多くの兵士たちに、頭を下げるほかありません。

(ただ、いつまで国と国は争い、その力を競い合うのか。
 虚しさも感じます。)


財政的にも、軍事力も、大いに劣っていた日本が、ロシアに勝つことができたのは、奇跡でした。
天が日本に味方した。
そのころ、ロシアには500万人のユダヤ人がいて迫害、虐待されていた。それを憂えたアメリカ在住のシフというユダヤ人が、金策に走る高橋是清に会い、多額の資金を貸してくれた。
日露が戦うことで、帝政ロシアが弱体化することを願って。
事実、ロシア革命を進めた一因は、この戦いにもあったという。


明治維新後、日本は国家となり、民衆も戦うことになった。
世界に恥じない近代国家を作ろうとした。
司馬遼太郎は、その時代を、非常に楽天的であったという。
一だの白い雲を見つめて、進みつづけた。

秋山好古、真之兄弟と、正岡子規を主人公にしたところに、司馬遼太郎の鋭い目を感じます。


歴史の歯車を動かしている、目に見えない力。


人類は、どこからきて、どこへ行こうとしているのか。


2011年3月11日、東日本大震災・大津波・原子力発電所爆発・放射線の流出・核廃棄物の最終処理不可能・・・・

日本は、ヒロシマに続き、フクシマを経験させられた。


これから日本は、世界は、地球は、どうなっていくのだろう。

様々なことが、心をよぎる年の暮れです。

被災地の方々の上に、必要な援助と、心の支えが与えられますようにと祈ります。


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利尻島  暁に飛ぶ

northland-art-studioさんからお借りしました。

2011年も、たくさんの素敵なお写真をお借りしました。
本当にありがとうございます。
自分では写真はうまく撮れませんので、
貴重なお写真を掲載させていただけて、
心から感謝しています。

これからもどうぞよろしくお願い致します。
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2011/12/18

2011年 クリスマス  音楽

2011年のクリスマスは、私には1週間早くやってきて、
12月17日に教会とサンシティホールでありました。

教会では、午前にクリスマス音楽礼拝をしました。
今年は、教会員でトーンチャイムという、ハンドベルより軽量の音の出る楽器で演奏しました。メンバーが多少入れ替わり3曲演奏しました。
クリスマスの讃美歌
★エサイの根より
★もろびとこぞりて
★きよしこの夜

いつものように電気を消して、ロウソクに火を灯し、キャンドルサービスをトーンチャイムによる「きよしこの夜」の調べのなかで行いました。

短い牧師のメッセージが間にあり、安らかなひとときを過ごしました。

午後は、クリスマス会。青年会のW君が企画と司会をしてくれて、大いに盛り上がりました。
4組の教会員による讃美歌の合唱。
「20の扉」という自分の背中に貼ってある言葉をあてるゲーム。
プレゼント交換は、回るくなって座り、1.2.3.4.5という掛け声のもと、ぐるぐるプレゼントを回し、何回目かで手元にあるものをもらいました。

23名くらいなので、なんだかんだと、もたもたしながらも、にぎやかで、笑いの絶えないクリスマス会でした。

心が柔らかく解放されたような気持ちで、夕方6時半からはサンシティホールでのクリスマスコンサート。
もうお馴染になったオルガンとヴァイオリンとチェロの演奏。

よく知られた曲ばかり15曲で、大好きな曲も2曲あり、とても満たされました。

曲目をご紹介します。
第1部
*G線上のアリア/J.S.バッハ
 この曲はいつ聴いてもいい。
*ハンガリー舞曲第5番/J.ブラームス
 一番有名な第5番。
*ゴロンドリーナ/メキシコ
 知らない曲でした。
*エストレリータ/M.M.ポンセ
  曲はよーく知っていましたが、題名は初めて知りました。
  ゆったり流れるような感じです。「小さな星」という意味。
*ラ・パロマ/S.イラディエル
  知っていました。スペイン語で「鳩」という。
*Volevo un gatto nero(黒猫のタンゴ)/F,パガーノ
  世界中に広まった、あの曲です。
*ボカリーズ/S、ラフマニノフ 
  大好きな曲。チェロのソロ+オルガン
  むせび泣くようなチェロの響きが心に沁みました。
*バッハの名に寄るプレリュードとフーガ/F.リスト
  知らない曲。リストは器用で派手な人だと再認識。

第2部
*おくりびと/久石譲
 これはチェロのための曲。映画の河べりの場面を思い出しました。
*愛は華、君はその種子/A.マックブルーム
   この曲はとても好きでしたが、題名が分からなかったものです。
   宮崎アニメ「思い出ぽろぽろ」に使われたそうです。
   このアニメは見ていないのですが、都はるみが歌うとか。
  映画「ローズ」の中で歌われる歌だと分かりました。
  私はこちらのほうで、覚えていたのでした。
  「The Rose」Bette Midlerの歌声が好きでした。
  You Tbeで聞くと美しい薔薇の花が次々にあらわれます。
*わが愛のすべて/岩代太郎 
   1997年NHK朝ドラ「あぐり」の挿入歌
   吉行淳之介・和子のお母さんの実話。
   見ていたのに、この曲、覚えていませんでした。
*東京ディズニー・ファンティリュージョン・ファンファーレ
 白雪姫
*クリスマスキャロル・メドレー
 柊飾りて
 神の御子は今宵しも
 サンタが街にやってくる
 もみの木
*アメイジング・グレイス
 アンコール演奏でしたが、なんだかジャズっぽい演奏でした。


メリー・クリスマス!!

みなさまも、楽しい時をお過ごしになられますように。


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追記

12月20日
ハンドベルクワイヤ・クリスマスコンサートへ行ってきました。
関西学院ランバス記念礼拝堂で。
1986年から始まったそうです。

教会の青年W君が出るので、応援?に友人と一緒にいきました。
向かって右側の前から4列目に座りました。友人が手を振って、私たちを確認して笑ってくれました。

20人のメンバーで、男の子は3人だけ。
W君は、まだ2回生ですが、たぶん中学からハンドベルをやっていたと思います。
教会でも、トーンチャイムの指導をしてくれていますから。。

背が高く180センチくらいあり、素直で可愛い子です。

きよしこの夜とか、ジングルベル(ジャズ風)などのクリスマスの音楽だけでなく、
ラプソディー・イン・ブルーとか、パイレーツ・オブ・カリビアンなどもありました。

それぞれに、華麗な編曲で、見事な演奏でした。
さすが大学レベルか・・・
トーンチャイムを使ったり、ベルを木琴のように叩いたり、中のハンマーの部分をはじいたり、木魚のような音も出ていました。

礼拝堂は、ほぼ満員で暖かく家庭的な雰囲気でした。
今日12月21は大阪のシンフォニーホールでのクリスマスコンサートに出演です。
連日頑張れるのは、若さの証拠ですね。すごい。


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追記 2

12月23日 関西学院大学聖歌隊の「メサイア」を聴いてきました。
去年も行ったのですが、教会のN君が出ているので、友人のYさんを誘って行きました。

毎年、微妙に選ばれる曲は違うのですが、
新入生が入って、人数が多くなったからか、とても迫力がありました。
倍音(天使の声)が、聴こえたような気がします。

天井近く、天使がいるかもしれない、、と思うと、なんだかじーんとしました。
かすかに百合の花の香りがしたような気がしたのですが、
これは幻聴ならぬ、幻香でしょう。

特に向かって左のパートからとても力強い響きがしました。

ソロは、6人。
三回生でバスのN君は、まだソロはとれませんでした。
N君も背が高いのですが、隣にいた彼以上に背が高く体も大きい男子学生がソロを歌いました。

「メサイア」は、キリストの降誕から、十字架、復活を歌っていて、
大好きで、CDで何度も、何度も聴いています。

外国でも、有名な礼拝堂で録音されたものがありますが、
やはり祈りの捧げられている礼拝堂で聴くメサイアは、格別でした。

来年も、癖になりそうな予感。
ただ、会場がやや寒くて、もっと防寒の服装で来ないといけないと思いました。

彼らは、今日24日と25日は、東北へ演奏旅行。
宮古と釜石にある教会を訪ねるようです。
21日には、大阪のシンフォニーホールでの演奏もあり、青春の輝く日々です。

一生、思い出に残ると思います。

Yさんは、N君とW君にと、お年玉をあげていました。
その気持ち、よく分かります。
教会の可愛い、可愛い、青年たちです。
世の光、地の塩として、いい働きをしますように。
ちなみに、彼らは二人とも教育学部。いい先生になることでしょう。
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2011/12/8

「奇跡の教室」 橋本武先生  ひと

「奇跡の教室」のことは、ご存じでしょうか?
私はまた、ラジオで聞いて興味をもちました。

2009年にはNHKの{ザ・コーチ」という番組で取り上げられていたそうです。
灘校に50年勤めた国語教師、橋本武先生99歳。

戦後まもなく、墨で塗りつぶさなくてはならなくなった教科書をみて、
教科書を使わない授業を始める。
「結果がでなければ責任はとる」という覚悟のもとで。

中学3年間は、中勘介の「銀の匙」を使い、ガリ版で刷った教師の手作りの「銀の匙研究ノート」で学ぶ。
それは日本語教養講座のようなものとなり、どんどん横道へそれて、興味を持ったことを広げて調べて行く。
小説を体感するためにと、いろんな工夫をする。
明治のころをしのばせる昔懐かしい駄菓子を集めて袋に入れ、一人一人に配る。それが授業の中で行われる。

美術の時間と提携して、凧を自分たちで手作りし、絵を描き、運動場で上げる。

「魚編のつく漢字を集めてみよう」とか、「二十四節季について調べよう」とか、1月には百人一首のかるた会、優勝者には鉛筆1本。

知る楽しさを子どもたちに教えることは、教育の根幹。
本当の人間を育てる。注入より抽出。
東大合格者数が目的ではなく、生涯探究心を忘れない生き方、
自分に与えられた能力を最大に生かす、その方法を教える。

橋本武先生の授業は、そういうもの。

私学で少人数で、6年間持ち上がり。自由に教えられる。

こんな学校へ行ってみたい・こんな先生に子どもを教えてもらいたい・・・
そのように思う人達は、とても多い。


そして今や、灘中学受験のために、小学生は塾通い・・・・
これでいいのだろうか???

橋本武先生の目的は、人を育てることだけれど、
人々は、東大合格者数1位・・・そこに目を向けている。


橋本先生は、生徒たちを競争させるために課題を与えているのではない。
しかし、有名塾へ入って、外で遊ぶことも少なく机にかじりつかされている幼い子供たち。

何かがおかしい。
どこで狂ってきたのだろう。


坂の上の雲第3部が始まりました。
松山の秀才は、東京の開成という予備校で学ぶ。
日本の指導者を育てたい、優秀な人財(人材)を集めたいという明治政府の思い。
学業をするお金がなくても、学びたいという秀才には奨学金や、育英資金を出してくれる地方の名士や、国の制度ができてきた。


確かに、国の指導者は、本当に優れた人物であってほしい。


橋本先生の教え子たちの多くは、その人生を磨きつつ、有能な働きをしている。
20年、30年たって灘校での学びの実を結んだ。
自分たちが、いかに素晴らしい教えを受けていたかを知る。
それは、「生きる力」を身に付けること。

丸暗記の詰め込み主義ではない、考えることのできる人財を育てるべきだと、
文部科学省は、いま言っている。
かつての「ゆとり教育」は、その本来の目的を果たせず、失敗に終わったと言われている。


人は、それぞれ個性が違い、得意な分野もさまざま。

学校の勉強だけでは、人の価値は測れない。

物を作ることに長けている人もいれば、音楽を生み出すことに長けている人もいる。

どんなことであれ、それを喜んで、誇りをもって仕事をしている人は、幸せだと思う。
与えられた仕事に、精一杯励むことのできる人は、幸せだと思う。

橋本武先生ご自身、様々なことに興味をもち、熱中し、生き生きと「今を」生きておられる。

「日本一の学校を創りたい」という灘校初代校長の志は、確かに果たされたのだろう。
でも、そこを目指して猛勉強している(させられている)生徒たちは、「今」幸せなのだろうか。。。。。


橋本先生のなさったような授業を受けられたら、楽しかっただろうと思う。
橋本先生のような授業を、したかった。


受験戦争という言葉を思うと、なんだか、複雑な心境であります。。。
「競争」させられるのは、いやです。





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森の夕暮れ

northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。

いろんな木があっていいのだと、この写真を見るといつも思います。

人は、みんな違って、みんないい。
金子みすずの詩を思います。


******追記*****

中高一貫教育というのは、受験が1回なくなる。
しかも思春期の、知識を一番吸収し、感受性も強い時期・・・
このときに、少人数でこのようないい教育をしてくれるなら、
親としては、やはりわが子を入れたくなるだろう。
その気持ちはよく分かります。

息子さんが灘校だった友人は、「とても自由な雰囲気だよ」と言っていた。
その意味が橋本武先生のことを知ってよく分かりました。
教科書にとらわれないで、教師も熱心に研究し、工夫する授業をする学校が、
日本にたくさんできたら、優れた人財が育つかもしれません。

*ただし、「優れた」というのは、テストの点数がいいというだけではありません。
「生きる力」を身に付けている人物です。
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