いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/10/30

秋のオルガンコンサート  音楽

Organ    meets  Brass X
オルガン ミィイツ ブラス  5  映画特集 2



オルガン      瀬尾 千絵
金管アンサンブル  SEYANA BRASS ENSEMBLE
           (セヤナ・ブラス・アンサンブル)


伊丹市立サンシティホールのオルガンコンサートに行くようになって、もう7,8年が過ぎようとしています。
最近は、秋と冬の共演者たちが定番になってきて、お馴染みの人々。
このセヤナ・ブラス・アンサンブルのメンバー6人も5回目、ほとんど同じです。
ただ、今年はトロンボーンに若い男性が初参加。もう一人の女性は同じ。
トランペットの3人も変わらず、ユーフォニアムの女性も同じ。
だんだん、その息が合ってきている、そんな気がしました。

そして、最後の曲のオルガン・アシスタントが、演奏者の息子さん。高校でトロンボーンを吹いているとか。すらりと背の高い子で、名前の紹介があったとき、私の後ろで熱烈な拍手が起こった。彼の仲間が応援に来ていたらしい。。。
お母さんの演奏を、息子が手伝う。ご主人はビデオ撮影・録画してCD作成。音楽一家。いいな。


第1部は、バッハ、ヘンデル、パッフェルベル、そのほか比較的現代の作曲家4人。
すべて短い曲でしたが、知らない曲目ばかり8曲。

なんといっても、今年の特集は映画音楽。

こちらは、聴衆の世代を意識してか、1960年、70年代の映画ばかり。
すべてみなさんよくご存知のもの。
1.スーパーマン
2.サウンド・オブ・ミュージック
3.太陽がいっぱい
4.アマポーラ(「ワンス・アポン・ア・タイム・インアメリカ」)
5.ジャングル大帝
6.ゴッドファーザー
7.慕情
8.スターウォーズ
アンコール 80日間世界一周


毎回いろんな趣向をこらしての演奏ですが、今回は、セヤナの人たちのソロがありました。
3.太陽がいっぱい トランペット(この曲をソロで吹くのが夢だったとか)  
4.アマポーラ トロンボーン (若手新人)
7.慕情 ユーフォニアム (NHKの「てっぱん」でも演奏してたとか)ゆったりと海を感じさせる音色でした。
8.スターウォーズには、ダースベーダーの格好をした人が舞台に出現。


6.のゴッドファーザーも古いですが、最近見た映画の中で、しきりに「ゴッドファーザーでは、こう言ってた・・・」というセリフがありました。
どの映画だったか、ちょっと思い出せません。

7.の慕情は、母と古い友人が好きだった曲。二人を想い出してしみじみ聴きました。


最初のころに比べて、だんだん楽な気持ちで聴けるようになったことと、
聴衆の数が、3〜4倍になったことは、驚きです。
近隣の市からもかなりいらっしゃっています。

生の上等な演奏が、1200円(前売り 1000円、シニア800円 小中学生500円)
ヨーロッパのように、これくらいで音楽を楽しめたら、どんなにいいでしょう。
市の助成に感謝。めざせ!文化都市。


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たそがれ

「ぶどうの樹」さんからお借りしました。
今年の秋の教会の薔薇はいかがでしょう。
お写真、ありがとうございます。



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落葉松の道  旭川  東神楽

nortjland-art^studioさんからお借りしました。


落ち葉の道を歩いてみたいものです。
いつも美しいお写真をありがとうございます。



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晩秋の落葉松   北海道 美瑛
northland-art-studioさんからお借りしました。


見事な紅葉ですね。
昨日、六甲山を越えて、有馬温泉の近く有野台へ行ったのですが、雨になって期待した紅葉は見ることができませんでした。
銀杏もおかしくて、黄金色に変わり落葉している木もあれば、まだ緑色のままのものもあり、秋の景色ではありませんでした。

11月になったら京都・奈良も色づくことでしょう。
自然界の秋のコンサートの始まり。
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2011/10/23

聖書を読んだサムライたち  

『聖書を読んだサムライたち』もう一つの幕末維新史  (守部喜雅 著)

西郷隆盛が読んでいたのは、漢訳聖書だった。
これは中国の清時代に上海から渡来したもの。
またフルベッキら宣教師が持ってきた英訳聖書。

それ以前の1854年(安政元年)日米和親条約、日英和親条約が締結されたころ、
長崎湾の波間に漂う小さな包を拾い上げた佐賀藩の家臣古川礼之助が、家老村田若狭守政矩に渡した。
それはどうも外国の書物であるようなので、オランダ語通訳に尋ねたところ、英語の聖書であることが分かった。

村田若狭守は、その内容を知りたくて、当時長崎にいたフルベッキのところへ3人の家臣を派遣して「聖書を教えてほしい」と言った。その後家臣たちは4年間研修を受けた。
1866年(慶応2年)ついに、村田若狭守は、フルベッキに会い、弟の綾部と共に洗礼を受けた。

村田若狭守が、聖書を読んだ時の印象は、
「私が初めて、イエス・キリストの品性と事業を読んだ時の感激は言葉に表せない。
かくのごとき人物を見たことも聞いたことも想像したこともなかった。
彼の品性と生き様に私の心は虜になった。」

当時はまだキリシタン禁制の時代でしたが、藩主鍋島直大(なおひろ)に報告したところ、
村田は、家老職を退き引退するという、軽い処置ですんだようです。
藩主が解明派で外国の文化に理解を示していたことが幸いしました。


坂本龍馬の甥の、坂本直寛(なおひろ)も、日本ハリスト正教会の信徒だった親戚の沢部琢磨と共に活躍。
坂本直寛は、1885年(明治18年)に、片岡健吉と共に高知で洗礼を受けています。
晩年、北海道へ開拓民として渡り、三浦綾子著『塩狩峠』の実在の主人公、長野政雄は、直寛の心を許せる信仰の友の一人だったという。


西郷隆盛、森有礼・津田仙・津田梅子、新島襄、山本八重、原胤昭、内村鑑三、新渡戸稲造、勝海舟、福沢諭吉、尾崎行雄、大隈重信。。。


歴史に名を残している多くの知識人たちは、キリスト教に入信するかどうかは別にして、
「聖書」とはどのような書物かと興味を持ち、読んでいた。

特に福沢諭吉は、キリスト教を排撃していましたが、英国聖公会の宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーを自分の子供たちの家庭教師として招き、自宅の敷地内に西洋館を建てて住まわせたとか。
後に長男一太郎、三女俊、四女滝は洗礼を受けており、孫たちも多くクリスチャンになっている。諭吉の二人の姉もキリスト教信者になった。
特に四女の滝は、YWCAの会長を20年も務めたそうです。

福澤諭吉は、11歳年下の宣教師ショーと25年もの、深い親交をもっていたようです。
1884年(明治17年)ころ津田仙は、「福沢諭吉をクリスチャンとは呼べませんが、キリスト教の友、と呼ぶことはできるでしょう。」と言っている。
その諭吉は、1901年脳出血で67歳で亡くなっていることを、初めて知りました。

勝海舟も、晩年にキリスト教の信仰を告白したそうで、横浜の教会にそのことを記した碑があるとか。

少し前に『キリシタン千利休』(山田無庵 著)という本を読みました。
南蛮屏風の絵から、解き明かしていくものですが、そのような推論、推理をしたくなるほどに、利休の精神・茶の道は、キリスト教の教えと似ているところがある。
交易の盛んだった堺にいて、利休が聖書を読んでいたことは想像できます。妻と娘はキリシタンだった。
山田無庵のこの本を読んで、利休の死後、遺族に依頼され肖像画を描いた長谷川等伯と、利休の親交のことを知り、等伯の晩年の竹林の水墨画の謎が、少し解けた気がしました。



幕末維新、明治の文化人、知識人たちの多くが、
新しい西洋の思想として、好奇心旺盛で聖書を読んでいた。
少なからずその影響を受けていたということは、事実だと確信しました。


しかし日本にキリスト教の布教は、広がらず、人口の1パーセントにも満たないキリスト教信者の数。

神社神道と、ユダヤ・キリスト教の関係には、歴史の謎が秘められているようではあります。


聖書を読んだサムライたちと、じっくり話してみたかった。



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秋色    旭川   雨粉


northland-art-studioさんからお借りしました。


秋がどんどん広がって、日本中の山々を錦秋に染めていきます。
どこの秋を見つけに行こうかと思案中です。

いつも素敵なお写真をありがとうございます。
大自然が身近にある生活、、いいですね。
ただ、気持ちがなければ、その自然の中にいても本当にその美しさを見ていない。
そういうことにならないようにしたいです。
夕焼けの空を見る時間も、大切にしたい。


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2011/10/10

小澤征爾   執念  音楽

76歳の指揮者 小澤征爾の芸術家の魂を見ました。

バルトークの「青ひげ公の城」は難解で、あまり演奏されないという。
食道癌の手術をして、死と向き合ったからこそ追求する芸術の高み。

15キロも体重が減り、体力の限界に挑むその姿は、鬼気迫るもの。
その執念と気迫に、サイトウキネンオーケストラのみんなが圧倒された。

小澤が求めているもの・音が、ひひしと伝わってくる、と語るコントラバス奏者。

75歳の誕生日には、チャイコフスキーの弦楽セレナードを第1楽章だけ演奏した。
その映像は、以前に見たものでした。楽団員のいたずらで途中からハピバースデートゥユーに音楽が変わる。。

その後、本格復帰を目ざして、どれほどの気力を奮い立たせたことだろう。
「ここへ戻ってこれたことが、嬉しい」という小澤征爾。

命を懸けて演奏する真摯な姿。

音を追求する執念。


私自身の生き方の甘さを示されたような気がしました。


音楽に命を懸ける本物の芸術家の姿に、魅せられました。



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綾なす光   高原沼   北海道



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余市の蓮


northland-art-studioさんからお借りしました。


光が降り注ぐ光景をありがとうございました。
いつもいいお写真を貸してくださって、感謝しています。


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