いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/8/21

映画 人間の条件  映画・演劇

8月15日月曜日から20日土曜日まで、BSプレミアムで、山田洋次監督推薦の日本映画「家族編」50の一つとして、ついに「人間の条件」が6夜連続で放送されました。
ご覧になりましたか。

とても優れた映画だということは知っていましたが、戦争ものなので見る勇気がなかなかでなくて、ずっときました。

ブックオフで、五味川純平の原作を手に入れていましたが、第1巻を少し読んでだけでした。すんなり内容が自分の内に入ってきました。読めそうだと思ったのですが、放置。
今はレンタル店でもこの映画はありません。そろそろ見たいな、と思っていた矢先のテレビ放映でした。録画して見ました。

とても重い内容です。
ヒューマニズム(人道主義)という言葉を中学生のころよく聞きました。
それが至高の道徳である、そのように教えられました。

1945年8月、日本が戦争に負けてから、民主主義とか、科学万能主義が学校教育で中心になり、今も世の中の価値観の基準であるかのようです。
「自由」という言葉も、一人歩きしてしまって、本来の意味がそこなわれ、「何をしても勝手だ」と誤解している人たちもでてきた。

自由には、責任が伴う。

主人公「梶」は、ヒロイック(英雄的)だと批判する人もいるという。
しかし人間が人間であるためには、どうしたらいいのか。
その問いに、作者は答えていると思う。

正しいと思うことを言うには、勇気がいる。それを実行するには、力がいる。
人間愛、人を大切にすることを、机上の空論に終わらせないために、梶は信念を貫き、それを実践した。

「こうありたい、こうあらねば」、その原作者の思い(理想)を、監督小林正樹と撮影の宮島義勇、そして仲代達矢は、見事に表現したと思う。4年の歳月をかけて。

1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)に公開されたものなので、よく知ってる俳優たちがとても若く、当時はまだ無名だった人もいる、佐藤慶、田中邦衛、川津祐介。

「会いたい奴には、いつか会えるもんだ」
人生には不思議なめぐり合わせがある、確かに。


中国人の捕虜のリーダー王亨立が、「同胞がこれ以上殺されないように」と梶を助けるためにみんなと立ち上がり、足を踏みしめじわじわと前へ進み抗議する。

「人間の隣りには、必ず人間がいるものだ」
祖国は違っても、「人間」は「人間」を知る。
言葉ではなく、行いで知る。

常に、前へ、前へと向かって進む梶の姿は、勇敢です。
そうなりたい、そのような勇気と力を持ちたいと思います。


悲惨な戦争をできるだけ現実的に描こうとした。
そこには真実がある。
五味川純平も小林正樹も、兵役の体験者。
反戦の思いを持ちながらも、徴兵拒否をする勇気はなかった。


自分が体験したことを、残さねばならないという使命感、天命を与えられたと思う。


9時間31分、、映画館でオールナイトをするようになったのは、この映画からだとか。
若いときに、オールナイトでご覧になった方もおられるでしょう。
封切りのときに、行かれた方もおられるでしょう。

ずしんと重いものが、私の心に残りました。

そろそろ私も、原作に挑戦する時が来たようです。





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羽衣の滝   天人峡 北海道 東川

雄大で涼しげです。



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宗谷岬   日本最北の地
この先には、ロシアが、中国が、広い世界がある。


northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。
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2011/8/18

天平の甍  ひと

井上靖原作の「天平の甍」は、まだ読んでいないのですが、
1980年に作られた熊井啓監督の映画を見ました。

鑑真和上役の田村高廣が、自分の父親(坂東妻三郎)も、今の自分の年齢のころにやりたいと思ったに違いない役だと言っていたので、気になっていました。

そうしたら、偶然テレビですることが分かり、録画しました。

中国政府の文化部の多大な協力もあり、壮大な中国の自然がとても美しかった。
平山郁夫画伯の絵を見ているような場面もいくつかありました。
鑑真和上は偉大だったと、つくづく思いました。

木造の鑑真和上像を見に行ったことがありました。その像と去年訪れた唐招提寺のことが思い浮かびました。
最後のほうで、唐招提寺のあの円柱のところを歩く場面も出てきました。

鑑真55歳のとき、中国で高僧と言われ、その働きも評価され、弟子も多く、民衆からも慕われていた。
その地位や名誉に少しもとらわれることなく、仏陀の教えを伝えて欲しい、戒律を授けることのできる僧侶に来て欲しいという、日本の僧侶の願いに応えた。


日本への渡航を決心してから、12年、67歳になりすでに失明していたにも関わらず、5度目の密航をも決心する。
この不屈の精神の力の源は、民衆への愛。

このまま中国でゆっくりなさったらいいではないかという問いに、
「私には国のへだても、人間のへだてもない。天運のめぐるように、私の心はすべての人たちと共に歩むつもりだ」と答える。


すべて、真理を会得した人は同じだと思いました。


私の行っている教会も、日本人留学生がアメリカの大学で「日本の同胞にもこの真理を伝えてほしい」と、宣教師派遣の要請をみんなの前でしたとき、その大学の学長自らが日本に明治29年(1896年・明治三陸地震の年)に来てくれました。



他のキリスト教会も、仏教も、あらゆる宗教を伝える、その最初の1歩を刻んだ伝道者魂を思いました。

伝えたい、伝えなければ!!という思いは、上から与えられる意志のような気がします。


中国から仏教とともに医療、薬、建築技術、陶工、木工、仏師、、、多くの進んだ文明が伝えられました。
日本と中国の交流は、平穏な歴史の事実ばかりではありませんが、異国へ来て多くの技術を伝えてくれた人々に、感謝します。

鑑真和上とそのお弟子さんたちは、勇気と愛がある人たちでした。





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2011 心願の花   余市の蓮

northland-art-studioさんからお借りしました。

光に輝いて咲いていますね。
天上の花は、清らかです。

唐招提寺の戒壇院の近くに蓮の池がありました。
いつか蓮を見に行きたいです。

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2011/8/16

田園風景  

森の中で暮らしたい。
田舎暮らし(カントリーライフ)、簡素な生活(シンプルライフ)に憧れ続けています。

ターシャ・テューダの庭の写真のカレンダーを、今年は飾っています。
毎年「星野富弘の詩画 カレンダー」だったのですが、緑に囲まれる生活をしたいと思い続けています。

8/14義姉の一周忌が、兵庫県小野市の日蓮宗のお寺であり、出かけました。
渋滞を心配して、始まる3時間も前に家を出ました。
ナビは49分で到着しますと言ってました。

結局、ナビのいう通りで、55分で到着。
始まるまで時間があるので、小野の産地直売のところへ行き、名前しか知らなかった
パッション・フルーツを買う。
ちょっと時期が早く、値段は安くはありませんでした。
家に帰って食べましたが、プチプチの種があり、匂いもきつく、甘味は少なく、いまいちでした。もっと熟してからだったら、美味しかったかもしれません。

小野は算盤の製造で有名です。

一面の畑の中を、ゆったりと舗装された道路が伸びていて、穏やかな田園風景。
こんなところに住めたら、気持ちがいいだろうと思いました。
でも、古くからある共同体は、余所者を受け入れることは難しいような気配。


たとえ、このような自然に囲まれたところで生活できなくても、
エロシェンコの詩のように
心は自由に、伸びやかに生きたい。



  ****「わたしは心に」******

            ワシリー・エロシェンコ作
           (盲目のロシアの詩人・童話作家・エスペラント語を話す                大正13年から数年間日本に滞在、新宿中村屋に寄宿)

      1
 
 わたしは心に 火を燃やした
 どんな暴力も それを消すことはできない

 わたしは胸に 焔を燃やした
 死とても それを消すことはできない

      2
 わたしが この世に生きるかぎり
 火は燃えつづけるだろう

 天地がこの世にあるかぎり
 焔は燃えつづけるだろう

 火は その名を人類への愛といい
 焔は その名を自由への愛という



     *自由を求める魂の歌に 私の心も歌います。
      短い詩ですが、とても率直な思いがあらわれていると思いました。


エロシェンコが、盲学校にいたとき、李鴻章が訪ねてきた。その手や腕に触らせてもらったたら、とても賢く優しい人だと感じた。しかし先生たちは、白人が優秀であって、有色人種は下等であると教える。それはおかしいと、李鴻章に会って思ったという。

思想をも矯正する教育。価値観を1つしか認めない。
国が人々を縛る、圧制。
粛清という名のもとに、どれほど多くの人々が殺されていったか。
ロシアの闇を知る。

「鷲の心」という童話も、心の奥に響いてくる物語でした。
本当の勇気とはなにか。
考えさせられました。

孤高の生き方、人に流されないで、信念を貫く生き方をしたい。



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飛沫    北海道   東川


northland-art-studioさんからお借りしました


このお写真は、マイケル・ケンナに通じるものを感じました。
迫ってくるものがありますね。
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2011/8/7

祭り  阿波踊り  ひと

「新日本紀行」という番組を偶然見ました。
徳島の阿波踊りの特集です。

古く江戸時代からある盆踊りが、いつしか阿波踊りと呼ばれるようになり、

「お鯉さん」と呼ばれる「阿波よしこの」の美声の歌い手が歌うレコードで、全国に知られるようになったとか。
そのお鯉さんが100歳で歌う声を聞いて驚きました。張りのある美しい声。夢が叶い、初めて踊りの場所に桟敷を設けてもらって歌った。

祭りというのは、その音を聞くだけで胸が踊る。
阿波踊りは、美しく逞しい踊り手に憧れ、小さいころから稽古をするという。

その道20年の踊りの妙手は、その形に改良を加え、より美しい踊りを追求してきたという。


民衆が踊りだす。見ている人も踊り出す。
戦時下で禁止されても、空襲を受けた次の年から、人々は焼野を踊りだす。

祭りというのは、地域の結束、絆を強める。
年齢の違う人たちが集まり、その技を教え伝えていくことで、人が育つ。
いわゆるストレスの解消。。
古くは民衆の不満を発散させるためのもの、、と言われてもいたけれど、
現代でも、祭りがあるから、地元へ帰るという若者は多い。
とくにこちらでは、岸和田の「だんじり祭り」が熱狂的です。

祭りがあるところで生まれた人は、しあわせだと思います。

小さい子供から、青年、壮年、老若男女、熱い・暑い夏を迎える徳島。

「眉山」という映画で、いかに阿波踊りが人々の心の拠り所になっているかを感じましたが、今回の番組では、徳島の人たちの郷土愛、祭りに懸ける意気込みが伝わってきて、じーんとして涙が出てきました。

「守るもの」をもっている人たちは、しあわせです。

有名連の人たちは、その古くからのゆったりしたリズムを守り続け、逞しく地を這うように踊る男踊り。きりりとして色香のある女踊り。

藍染が盛んな徳島。
阿波踊りの練習風景を見に行きたいような気分です。

1年に1回、すべての思い、力を注ぎこめる祭り。

かつては、夜が開けるまで踊りあかしたという阿波踊りも、今では12時を過ぎると一丁回りという町の中をめぐる踊りに苦情が出るという。

20年踊り続けてきているという女踊りの妙手が、警察への苦情の通報があり、警官から止めるようにと言われて、「最後に踊りをおめにかけて終わろうと思いましたが、残念です」と集まった人々に深く頭を下げる。
人々が今年はもうこれで終わりかと思った時、妙手は3人で鳴り物なしに、静かに踊りだす。。。

その姿に、お上、官と呼ばれるものに屈しない、民衆の底力を見たような気がしました。


*人を大切にする心は、かのメザシの土光と言われた、亡き土光敏夫の経営方針。
上に立つ人が、働く人たちを大切にするとき、この大地震で、半年かかると言われた工場の再開が、2ヶ月でできたという。
それは会社が従業員の生活を守ることを第一としたことによる。
家を流された人には、会社がアパートを探した。しかも正社員とパートの区別なく。

東日本の被災地の土光さんの工場で働く人たちの力と、
阿波踊りに命を懸ける人々の姿が、重なりました。

涙が出てきたのは、その人たちの”屈しない底力”を見たからかもしれません。

人々のやる気、生きる勇気を引き出すのが、祭りの力なのかもしれません。

あなたのところには、お祭りがありますか。



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水田 東神楽    北海道


northland-art-studioさんからお借りしました。

神楽という地名は、豊作を祈って人々が踊り楽しんだところでしょう。
祭りは、神様に捧げるものでもありました。
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2011/8/5

草花の絵  絵画

手描きの絵が葉書に書けたら・・・
ずっと憧れつづけていました。
朗読の仲間で最年長の84歳になられるHさんは、暑中見舞いも、年賀状もいつも手描きの絵と上手な筆の文字で書いてくださる。

時が熟したのでしょうか、私はついに24色の色鉛筆を買いました。
書店で絵手紙の本を参考になるかと思って探したのですが、私が思っている絵とは違いました。
全面に雑多なというか、暑苦しいような絵が、我が物顔にあって、個性的というのか下手な字がのたうちまわっている。
味があるという言葉でくくることもできますが。。。
どうも違う。何かが違う。


水墨・水彩墨画の本もあり、それこそが理想。
でも今さら独学で水墨画を描けるわけもなく。

葉書の片隅に、草花の絵をこそっと描きたい。

書店の向かいにある文房具など置いている店で、12ヶ月の花を片隅に書いた絵葉書がありました。それを買ってお手本にしようかとも思いましたが、草花の写真の本や、植物図鑑もいいかなと思ったり。。

友人に何気なくその話をしたら、福永武彦の『玩草亭 百花譜』という本があると教えてくれました。以前どこかで福永武彦の絵を見た覚えもあり、アマゾンで検索してみると、とても安価で上中下の文庫本がありました。
早速注文。(バーゲンでの半額、安価というのには弱いです)

昨日届いたその本は、まさに私が求めていた草花でした。
軽井沢の山小屋風別荘で、つれづれに描いたというその草花は、野に咲くもので、
可憐で清楚で優しい。

若い頃お世話になったTさんのお庭には、たくさんの野の花が咲いていたことを思い出します。


本来なら、実物を見て描くのが一番いいのでしょうが、初心者はまず模倣から・・・
まるで野の花の押し花を見ているような感覚。


最近クレーの色彩の絶妙な変化が気になっている私です。
色を重ねることで生まれてくる新しい色。

朗読の先輩Hさんに倣って、聖書の言葉も書いてみたい。

自分がやりたいことができる歳になってきたことを、実感している今日この頃です。



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エゾエンゴサク
貞三さんの花ことば「妖精たちの秘密の舞踏会」



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エゾノツガザクラとアリ

northland-art-studioさんからお借りしました。


こういう高山植物も描いてみたいです。

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