いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/6/27

JINー仁 時空を越えて  ドラマ

多くの人々から支持されたドラマ JINー仁 最終回も見ごたえがありました。

江戸と現代 医学知識と歴史の事実

果たしてどのような結末が用意されているか、、興味津々だった人々・・私もそのひとりでした。

橘 咲さんの150年の時を経た恋文に涙する南方 仁。

これまでの知られている歴史の事実と、伝えられなかった出来事。
そこに想像の翼をはためかせて飛翔することは、誰にでも許されていること。

原作のコミックは読んでいないので、分からないのですが、
龍馬の船中八策が、ひとつ増えて九になっている。
しかも保険のこと。スポンサーにニッセイが入っていることと
関係があるのか、ないのか。
もしスポンサーを意識してなら、ちょっと嫌です。

あるいは、あえてニッセイにスポンサーになってもらったのか。

まあ、そのような些細なことは置いといて、
このドラマに聖書の言葉が出てくるのは、とても気になりました。

「神は耐えられない試練は与えられない」
「目には見えないけれど、聞こえないけれど、いつも共にいる」

咲と仁が見る夕陽の美しさ。

江戸、平成、その時代で光を輝かすものとなる。

2011年に生きる私たち。
20世紀から21世紀に移る「世紀末」を体験した。
1999年、ノストラダムスの大予言が実現しなかったことを知った私たち。
コンピューターがミレニアムに不具合を生じるかもしれないと危機管理室ができたり。

インカ帝国の遺跡やナスカの地上絵、エジプトのピラミッドの謎・・・

今より高度な文明が過去にあり、滅んだらしいという推測を証明できなくても、
否定することもできない。

古代の人は何を伝えようとしたのだろう。


医学の進歩は、目を見張るばかりで、江戸に現代の医学を持ち込むという設定は
とても興味深い。
ペニシリン・・・土着の医療として日本にあったという設定。

現代に帰ってきた仁が、図書館で調べたら仁友堂とその風変わりな医師たちが事実として記載されている。
物語を創造するというのは、想像力の翼を広げ、自由に空を飛ぶこと。。

与えられているその場で、全力を尽くすこと。
人の命を大切にする本当の医術のあり方。

毎週、励まされることが多かったです。


想いは時空を超えて届く・・・永遠の浪漫・・・



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遠い記憶

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風の翼



northland-art-studioさんからお借りしました。

時を切り取って残すことができる写真の妙を感じます。
いつも快くお写真を貸してくださって、
ありがとうございます。

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2011/6/20

最期まで寄り添う  いのち

6月19日日曜日の朝、ラジオから「神戸アドベンチスト病院・・・」という声が聞こえてきました。
NHKラジオ第2放送の「宗教の時間」という番組で、神戸有野台にある神戸アドベンチスト病院の院長 山形謙二先生が、ホスピス医療の現場から、キリスト教系病院のクリスチャン医師としてお話をなさるのでした。

番組のことは知らなかったので、驚きました。

いつも講演会などでお聞きする声。30分の放送。録音しながら聞きました。

先生がお出会いになった、多くのホスビスの患者さんのことをお話になりました。
死を前にして、家族や友人に愛されていることを感謝し、命ある限り希望を失わない。
そのような患者さんから受けた多くのこと。

患者さんを心から大事にしていることが伝わる看護。

私の父もここでみなさんに良くしていただき、素晴らしい最期を過ごすことができました。
イエスキリストを自分の救い主として受け入れ、死の恐れはなく感謝しつつ安らかに逝きました。

「神様のお恵みによって、ホスピス医療をさせていただきたい」と話される先生にとって、
深く心に刻まれた患者さんの一人が、私の行っている教会の名誉牧師だったK先生です。

K先生は、私の父と1歳違いだったので、父の入院中にお見舞いくださって意気投合、父を励ましてくださいました。そのときすでに先生も癌におかされておられました。
父が亡くなって1年後、K先生も神戸アドベンチスト病院のホスピスに入院なさいました。

K先生は、子供のお話がとても上手で、「Kおじさんのお話」というCDも2枚あります。大学時代は演劇部だったという先生の話術は、みんなを惹きつけるものでした。ユーモアがあり、素敵な紳士で、多くの人から慕われていました。

先生のお好きな言葉は、「インマヌエル」(主 共にいます)という言葉。

入院なさってからも、変わることのない優しい笑顔がありました。

多くの患者さんを看ておられる山形先生にとっても、K先生は違っていらしたようです。
「無理に平静を装うのではなく、内から湧き上がってくる平安、温かさ、明るさをもっておられた。」と言われる。

最期に山形先生がK先生の手を取ってお祈りをされたとき、「主が共におられ、守ってくださることを感謝します」という言葉に、アーメンとより一層、力を込めて手を握り返してこられたそうです。

信仰者とはこのような最期を過ごされるものかと、そのお姿に山形先生も深い感銘を覚えられたようです。


恐ることなく、すべてを神様におゆだねして、感謝して最期の日々を過ごせることほど、しあわせなことはありません。

主と共に歩む。主に寄り頼みつつ毎日を過ごしたい。
つくづくそう思いました。


最期まで寄り添う・・・
これは医師や看護師が患者さんに寄り添うことであり、
目にはみえないお方が、寄り添っていてくださることを知る。
神様が寄り添っていてくださると信じる。どんなに心強いことでしょう。

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northland-art-studioさんからお借りしました。
いつも清々しいお写真をありがとうございます。


「翼をください」を徳永英明が少年少女合唱団と一緒に「SONGS」で歌っていました。
東日本の被災地の方々への思いをこめて。
「悲しみのない 自由な空へ」という言葉が身にしみました。

鎌倉の鶴岡八幡宮の倒れた大銀杏に、今年も若い芽が出てきた。
復活の命を見ます。

奈良の天川にある大きな木が、療養中の徳永を、「大丈夫、大丈夫・・・」と言ってくれてるような思いで包んだこと。

自然の中に働く大いなる力、癒やしを思います。
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2011/6/16

オンカロ  10万年後の安全  映画・演劇

「10万年後の安全」という映画のことを知ったのは、どこからか忘れてしまったのですが、
少し前に近くの小さな映画館で上映することを知りました。
今朝、いつまでしているのだろうと調べたら、明日まで。しかも上映時間は1日2回、午前10時からと午後6時からと分かりました。
何かに背中を押されるようにして、気がついたら映画館の座席に座っていました。


この映画は、☢放射性廃棄物の最終処理場、世界で唯一フィンランドのオンカロというところに建設中のものを、多くの関係者の発言とともに記録したものです。
オンカロとは、フィンランド語で、隠れた場所。

10万年というと、過去にさかのぼるとネアンデルタール人の頃・・・
10万年の未来には、どんな人類がいるか予想できない。
この廃棄場所が「危険」であることを、いかに伝えるか。。。
「入るな」ということをいかに伝達するか。

不可能だろう。

ならば、この廃棄場所のことを「忘れることを、忘れないで伝える」
伝説、言い伝えとして私たちが聞いているように。

ピラミッドのファラオの棺が開けられないように、この核燃料廃棄物処理の扉が、永遠に開けられないようにしなくてはならない。。。

プロメテウスの火・・・人類は「火」を手に入れ、それを操ることによって地球上で他の動物にはできない文明を築き上げた。

キュリー夫人が見つけた放射線。その莫大なエネルギーで、人や物を破壊できることを知った人類は、原爆の実験だけでは終わらず、原爆を日本に投下した。


原子力発電所を造ったときから、その放射性廃棄物の危険について科学者は知っていた。

地震、戦争で損なわれないような場所に保管するべきだ。
海底は安全ではない。人類の母なる海を汚染する危険が大きい。


人間の好奇心についても語られた。
人を死に追いやるこの廃棄物を、「遺跡、墓、宝」だと思い発掘する考古学者はいるだろう。

私はふと、聖書にある、善悪を知る木」のことを思い出しました。
  「取ってたべてはならない。それを食べるときっと死ぬであろう」(創世記2章17節)

女性の科学者が、「それに近づかないでください。そうすれば安全です」と言っていた。

しかし、食べるなといわれると、食べたくなり。近づくなといわれると近づきたくなる」

取ってはならない、「神の火」を、人類は取ってしまった。
つくづくそう思います。


1453年ローマ帝国が滅んだのはわずか500余年前のこと、1000年後の世界を予測することすら難しい。
氷河期10万年説というのもある。
でもその前に、人類は、「火で滅びる」と聖書には書いてある。


未来のことを問われると、そこにいた人々はみな、「分からない」と言った。
「危険です、近づかないで」としか言えない。

しかし私たちは、この時代に、人類を滅亡させる火を手にしていることを、忘れてはならないと思った。

福島の原子力発電所が地震と津波で破壊された今、
これからどのように進んでいくべきか、
考えるべき時だと思う。



この映画が、いろんな圧力に屈することなく、テレビで放映されたらと思う。


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利尻島  夕陽に飛ぶ


northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。


追記

映画はドキュメンタリーという感じで、人々の語りも多いのですが、
歴史の流れを示す直線が横に引かれて、そこにキリストの十字架と、その左右に何かがあって、それが合体する映像が流れました。
DVDではないので、戻って再生できないので、左右の2つが何かよく分からなかったのですが、
欧米社会では、やはり「キリストの十字架の出来事」というのは、大きな位置を占めているのだと思いました。
西暦も、キリストの誕生を起算点にしています。(後に、計算の誤りが指摘され、実際には4年早かったとか言われています。)
しかし現在、世界の共通の暦は西暦です。

***
余談

予想、推測、想定・・・不確かなことがいっぱい。想定外。
しかし「自然」は、余兆、しるしをくれることを、吉村昭の『三陸海岸大津波』で知りました。
津波が来る前に、大漁があり、井戸水が渇れたり、濁ったりする。
前兆を見て、町の古老は警告したとか。

明治29年、昭和8年、昭和35年・・・大津波を経験しているこの三陸海岸。
そのことを知りながら、福島の海岸にある原子力発電所、無防備な燃料タンク、、
人間の無知か、傲慢か、効率、利益優先か、、、

恐ろしいと思わなくなる無神経さ。自分に被害が及ばなければいいと考える愚かさ。
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2011/6/14

善き人のためのソナタ  映画・演劇

このところあまりビデオを借りていなかったのですが、メール会員割引のお知らせが来たので、久しぶりにレンタル店へ行きました。

以前にも気がついていたDVDですが、友人からのお勧めもあり、「善き人のためのソナタ」を借りました。

昨夜は途中までしか見れなかったので、今日は午前中から見ました。
内容は詳しくは書きませんが、見終わって胸がいっぱいになりました。


ときは1984年冬、ベルリンの壁が崩れる5年前の東ベルリン。
国家保安省=通称シュタージという名前は、松尾文雄の「リンデンの葉、散り逝きて」にも出てきました。監視国家の実態。
その職務に忠実なヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)が、監視していた劇作家ドライマンとその恋人で女優のクリスタ。彼らの生活を見ることによって、自身の内面が変化していく。
原題は「他人の生活」(Das Leben der Anderen)

人間の自然な感情を、国家が抑制する。
たとえば尋問をするのに40時間睡眠をとらせないことを、非人間的だと言う学生の名前をチェックする主人公ヴィースラー。彼は社会主義を信奉して大学で教えていた。

その主人公がやがて西側の本=ブレヒトを読み、「善き人のためのソナタ」を盗聴のヘッドホーンから聴き涙する。

国家の思想を純粋に信じて、その不正を糾すことに忠実である人が、組織の権力者の欲望による虚偽を目の当たりにすることで、真実を求める芸術家をかばおうとする。

冒頭で「人間は変わらないよ」と権力者は言う。
しかし人間は変わることがある。


その結果、自分自身の昇進は消え、ひどい閑職に追いやられることにも甘んじる。
自分が正しいと思う良心にしたがって行動したとき、悔いは残らず安らかな心で生活できる。

映画の最初のほうと、最後のほうに出てくる同じ劇の演出が、ベルリンの壁があった時と、崩壊してからと、いかに違うかも「成程」と思いました。

HGW××7・・・・この意味を知っている人は、映画をご覧になった人。


最後の言葉、「いや わたしのための本だ」というヴィースラーの澄んだ目に、私は胸がいっぱいになりました。

自分が得をするのではない、損をすることが分かっていても、信じる道を歩む勇気、潔さ。
やっぱりここに憧れます!


1989年にベルリンの壁が崩壊してから、1991年には機密文書が本人に限り閲覧が可能になったという。

自分の夫、妻、友人が、密告者であったと知ることもあるという。。。。
監視国家の恐ろしさは、かのジョージ・オウェルの「1984年」で読んでいた以上でした。
  *いま気がついたのですが、この映画の舞台は、1984年の冬の東ベルリンの物語でした。監督は意識してこの年を選んだのでしょうか。

そのような国に、日本がならないようにと、祈るばかりです。

壁崩壊から17年後、このような映画を創ることができるようになったドイツ。監督は西ドイツの人で当時33歳。4年間の資料調査、多くの人に聞き取りをしたという。

その脚本を読んで、名のある俳優たちが少ない出演料で出てくれたようです。


東ドイツの人たちは、いまどのような生活をしているのでしょう。
監視国家の党員だった人、あるいは監視されたり牢獄へ入れられていた人たち、
本当の自由は、どこにあるのだろう。
その生活は以前にくらべて潤ったもの、自由なものになったのだろうか。
およそ10万人といわれる当局で働いていた人たちは、いまどのような職業についているのだろう。
教えられた価値観が、変換することは、その後どのような人生を送るのだろう。


人間に生まれつき備わっている感情=喜怒哀楽、善悪の判断、、
そして教育や経験によって培う価値観・・・
あれこれ考えさせられました。


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タウシュベツ橋梁

水が引いたときに姿を見せるという、もう使われていない橋。


northland-art-studioさんからお借りしました。
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2011/6/10

小さき花  

ゆっくり、静かに本を読める図書館は、私の憧れです。
やっと希望に近い図書館にめぐり逢いました。新しくできた市の西分室です。
イオンの入るショッピングビルの2階の片隅にあります。蔵書の数はとても少ないのですが、ここはネットで予約した本を受け取るのには最適な場所です。

図書分室の外に、閲覧室兼休憩所のようなところがあります。
壁にそって本が読めるように机が細長くあり、小さいライトと椅子が横に10くらい並んでいます。
二人が向き合える肘の付いた椅子と小さい机が2セット。ソファーセットが1つ。
売り場から横にそれた片隅にあって、通路を隔てて眼科と美容室があり、アロマの店もあっていい香りがします。

昨日、初めてその図書館へ入りました。
冊数は少ないのですが、私が読みたいと思う種類の本が多く、”相性”がいいと感じました。

5冊ほど借りました。『雲のピアノ』というあまんきみこ 作/いせひでこ 絵
児童書なので、すぐ閲覧所の肘掛椅子に座って読んでしまいました。
絵もやさしく、猫や野ねずみ、子うさぎ、きつねが出てくる不思議な世界で、心が安らぎました。

そして今日、『小さき花』を読みました。
加島祥造=文・画 金澤翔子=書

書に惹きつけられたのと、加島祥造のだからと借りたのですが、
このダウン症の少女、翔子さんのことは、初めて知りました。
”本物”でした!
これは賢しらな大人には決して書けない、天来の書。
その魂に迫ってくる力強さに驚きました。

創作書道というのが、流行しています。
ペン習字のお手本のような字に比べたら、面白い絵画を思わせる書。
「龍馬伝」の題字の紫舟さんや、「篤姫」の文字の武田双雲さん。
それぞれにすばらしい書だと思います。

でも、その人たちには感じなかったものを、金澤翔子さんの書から感じました。

ひとことで言ったら”天来の書”
そこには計算も打算もない。感性の輝きがあり、他のだれにも真似できないような字を書いています。

初めて翔子さんが祥造さんに出会った日も、感動的でした。
加島祥造の個展にお母さんと行ったとき、そこに祥造さんがいました。翔子さんは、その姿を見ると「お父さま」と声をあげて懐に飛び込んだ。二人の姿は神聖で侵しがたいものだったとお母さんはいう。
翔子さんのお父さんは10年前に亡くなっている。その父の命日に出会って以来、祥造さんは、翔子さんの「谷のお父さま」になったという。


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加島祥造いわく、

老子は、この「知性脳」を捨ておき、「根幹脳」と「情動脳」を活かせとずっと言い続けてきました。原型としての人間のよさを取り戻せと切実に説いています。

「知識脳」が絶えず過剰な刺激を受けることで不当にのさばり、人の競争心と所有欲を煽り、人間社会をこんなにバランスのかたよったものにしてしまった。

彼ら(玄や翔子)のようなバランスー「知性脳」(とくに情報脳)を静めて、安息のバランスを少しだけでも取り戻せないかとサジェストしたいのです。

この本では、そういう「人間の根源の美しさ」・・・・人の目を求めず、命のかぎりただ咲く花のような美しさを伝えたいと思ったわけです。

          2010年10月   於 伊那谷 晩晴館  加島祥造
*****

このような域に達したいものだと、日頃念じている私にとって、かけがえのない1冊に出会いました。

みなさん、ぜひ書店か図書館で手にとってご覧ください。
感動を分かち合えたらと願います。


このような書と絵を書いて、絵手紙を出したい・・・
それが最近のわたしの夢です。



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2011年5月25日の荒牧バラ公園
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