いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/2/22

春の訪れ  

2月も下旬になり、春の訪れをかすかに感じます。

うちの裏の幼稚園では、卒園が近いからでしょうか、器楽演奏の練習をする音が聞こえ始めました。
曲はドヴォルザークの「新世界」。

ひなが飛ぶ練習をするように、よたよたしている演奏が、だんだん上達していき、見事な演奏をお父さん、おかあさん、おじいさん、おばあさん、弟たち、妹たちの前で披露することでしょう。

幼稚園の季節ごとの行事を見ることはできませんが、気配を感じることができて、ほのぼのとした幸せに包まれます。

キリスト教系の幼稚園なので、讃美歌が聞こえてくることもあります。
大きな未来を背負った、おちびちゃんたちと幼稚園の前で会うと、なんだか力をもらうような気がします。

子どもたちの未来が、希望にあふれ、光輝くものとなるようにと
祈らずにはいられません。


*******

777のお祈りというのを、世界中のセブンスデー・アドベンチスト教会で始めました。
参加は自由です。
うちの教会では、登録しているのは、まだ2人ですが、だんだん増えていきそうです。

どういうのかというと、7日間=毎日。午前7時か、午後7時に祈る。
セブンスデー(第7日=土曜日、安息日)というのも含まれる。

信仰のリバイバルを求めるという、大きな祈りの課題もありますが、
自由に祈っていいと私は思ってます。

時間を決めると、同時に日本のあちこちで、世界のあちらこちらで祈っている同胞がいることを実感できて、心が強くされるような気がします。

携帯電話のアラームを毎日19:00にセットしました。
鳴動する曲は、ショパンの子犬のワルツ。
他の事をしていても、きちっと”午後7時”を告げてくれます。

祈りの力を、たくさん体験したいと願っています。


*******


追記

facebookというソーシャル・ネットワーク

エジプトのデモ、リビアのデモなど、中東の情勢を見ていると、
集団で何かをすることの功罪について考えます。

かつてヒットラーに熱狂した群衆。

群れるということの怖さを、最近感じています。

クリックすると元のサイズで表示します



タウシュベツ橋梁


northland-art-studioさんからお借りしました。


2

2011/2/13

「沈まぬ太陽」  ドラマ

金曜ロードショウ、4時間、ノーカット「沈まぬ太陽」は、ご覧になりましたか。
私は録画しておいたのを、2回に分けて2日で見ました。もちろんコマーシャルを飛ばしながら。

山崎豊子の原作も、ずいぶん前に読みました。単行本で全5巻あったのですが、どうなるのだろう・・と夢中で読みました。でも細かい内容はかなり忘れました。

御巣鷹山での日本航空の事故、私は神戸のTさんの家で、その速報をテレビで見たことを思いだします。知人が「123便は仕事でよく利用していたので、ぞっとした」とあとで聞きました。
123便にに搭乗する人達。この人達は亡くなるんだ・・と分かっているので、涙が出てきてしまいます。

主人公恩地元役の渡辺謙、いつもながらの熱い演技。名優の風格が出てきました。
信念を貫いて生きることは、苦しみに耐える勇気がないと出来ない。
「矜持(きょうじ)」という言葉が、心に残りました。
実在のモデルがいるという。

人が生きる目的はなにか。

行天四朗(三浦友和)に、「お前は寂しい男になってしまったのだな」と言う恩地の言葉。

真実を暴露し、死を覚悟した八木和夫(香川照之)が、最後のお別れをしたくて恩地を呼びだす。しかし早々に帰る八木の後ろ姿を見送る不審そうな恩地の姿。

組合活動をすると、「アカ」だというレッテルを貼られる社会。
闇の世界を動かすのは、お金。

ナイロビの自然、野生の動物、光の矢を射す太陽。

断片的にいろんな場面が思い出されます。


日本航空が破綻したとき、やっぱり・・という思いがあった。
人を大切にしない会社は、消滅していく。


小説を読んだ時一番強烈な印象を持ったのは、
ナイロビで錯乱状態になり、部屋で銃を剥製の動物に向かって乱射するところ。
人が精神的に追い詰められるとき、これほどまでになってしまうのだということを知った。


恩地と行天を対照的に描いているが、龍馬と弥太郎が最終的には同じ線で結ばれたのに対して、「沈まぬ太陽」では、恩地と行天の道は全くかけ離れてしまった。

自分の栄達を求める、金まみれの人生は、心からの爽やかな喜びというものはなく、いつも不安で、暗い。
しかしそれを追い求めている途上にある人間には、そこから降りることができないらしい。

先日の「SONGS」でイーグルスの「デスペラード(放浪者)」の歌詞、
「チェックアウトすることはできます。でも出口はないんです。」という言葉を思いだしました。
逃げ出すことのできる出口はない。
ここを出たかったら、チェックアウトする(死ぬ)しかない。


八木はいつも組合で書記長として闘ったときの写真を見ていた。
手帳に挟んで。
その手帳には、行天に黒い金を渡した日付が克明に記してある。
八木は最初から死を覚悟して行天の下にくだっていたのだろうか。
裏切り、報復を心に持ちながらだったのか。
あるいは、どこかで分岐点があったのか。


苦境にあえぎながらも信念を貫いた恩地。
袂を分かって、権力の側についた行天。
自分の命をかけて、不正を暴露し、権力に立ち向かった八木。

恩地を支えた家族・・ことに家庭を持った息子が父親を理解していく場面も心に残る。

人間の存在、命を大切に考えることができなくなったら、
その組織は消滅していく。

遺族への応対に誠実な心がこもっているかどうかを含め。

飛行機に手を振るのは、その安全を祈り見送る父親のようだと国見(石坂浩二)がいう。
靖国神社に参拝するのは、何を祈るのだと龍崎(品川徹)に怒る国見。


飛んでいる飛行機を見ると、そこに乗っている人達の命と、
航空技術という人間の叡智と研鑽、努力を思う。

自分の仕事に、熱意と誠意をもって努力している人達もたくさんいる。


いつもながら、批判・非難・誹謗中傷を覚悟の上で、現実を直視する小説をお書きになっている
山崎豊子さんの勇気と熱意に、心からの敬意を表します。




クリックすると元のサイズで表示します



沈まぬ太陽


northland-art-studioさんからお借りしました。


いつもありがとうございます。


追記

山崎豊子さんの座右の銘

「金銭を失うこと。
それはまた働いて蓄えればいい。
名誉を失うこと。
名誉挽回すれば、世の人は見直してくれるであろう。
勇気を失うこと。
それはこの世に生まれてこなかった方がよかったであろう。」

        ゲーテの言葉
2

2011/2/8

ふうさん  ひと

1月29日に急逝なさったふうさんのことを、今日2/8になって知りました。

教会の女性会でご活躍なさっていることはよく知っていましたが、もう30年あまりお会いしていません。
若いころ、千葉の楢葉でお会いして、広島へご一緒したのでした。
ご夫妻と親しくさせていただいていました。

千葉では、ご主人のS先生が東京養育院訪問のドライバーをいつもなさってくださっていました。
ふうさんの従姉にあたる人が私の同僚だったこともあり、よくお話をしました。

教会の女性専用のメーリングリストがあり、10月19日に熊森協会からの「ドングリを送ってください」という要請に応えて、ふうさんはメールをくださって、懐かしく近況報告をしたばかりでした。

ふうさんは優しくて信頼できるお姉さんのような存在でした。

今治教会で証をなさった録画が残っているそうで、けろちゃんに送ってもらいます。
1/30の告別式の日、広島の大和町は雪だったようです。告別式の写真を「天使のはしご」(けろちゃんのブログ)で見せてもらって、涙があふれました。

神様は、もう休んでいいよとおっしゃったのでしょう。
人間的な考えでは、もっと長くいてほしかったという思いがありますが、
神様の時は、突然来ます。


丁度昨日友人から教えてもらった、朝日新聞に桃井和馬という写真家が、42歳の奥さんをくも膜下で突然亡くされた、その『最期の10日間』という本の紹介記事を読んだばかりでした。
その桃井和馬さんも、クリスチャン。ご両親が牧師だそうです。

****20011年2月7日 朝日新聞より****

「死は人知の及ばない領域であり、神が私を支えてくれるかどうかは判断すべきではないと思っています。仮に神が支えてくれるとしても、人間に都合のよい支え方ではないかもしれない。」

ボンヘッファーという神学者は「神の前で、神とともに、神なしで生きる」と述べている。

だから奇跡を祈るのではなく、歯を食いしばりながら「あなたの判断すべてを受け入れさせてください。それを受け入れるだけの力を与えてください」と祈りました。

************************************

ここにもほんまもんのクリスチャンがいました。


「神の前で、神とともに、神なしで生きる」という言葉は、私を戸惑わせる。
あなたは、どこに立っているのか?と問われているような気がするからです。

チリのパタゴニアで見たという木の写真も、胸に迫る。
「風との折り合いをつけて、かっこ悪いけど立ち続けている。ああ、こういう生き方でいいんだ。何でいろんなことにとらわれていたんだ。」と
桃井和馬さんは、自然から教えられ励ましを受けた。

苦しくても、耐えて立ち続ける。


最愛の奥様を亡くされた、S先生の上に、神様からの慰めがありますようにと祈ります。

そういえば、今日訃報を聞いたブッチさんも、5年前に奥様を亡くされたのでした。


クリックすると元のサイズで表示します


northland-art-studioさんからお借りしました。


哀悼の想いをこめて・・・・
2

2011/2/3

あなたは だあれ  ひと

とても感じのいい、信頼できる女医さんの眼科へ行ってきました。
そこで、今日、とても面白いことがありました。

私が受付をすませて、椅子に座ると、見知らぬ女性が、「あっ、意外なところでお会いしましたね、こんにちは」という感じで、会釈をしてくださいました。
私もなんとなく会釈を返しながら、じっとその人の顔をみたのですが、まったく覚えがありません。
PTAのときに一緒に委員をした人だったかしら?などと頭をめぐらせましたが、思い当たる人はいません。


一週間くらいまえも、図書館の外で、「まあ、お目にかかるとは、驚きました」という感じで、一人の女性から会釈されました。そのときも、「えっ、誰だったかしら」と思いながら、なんとなく会釈してすれ違いました。
あとで、朗読の会に、2回くらい出て、すぐに止めた人だったかな・・・と思いました。違うかもしれません。

そんなことがあったので、ああ、また人違いしておられるな。。と思ってました。
ところが、その人は、自分の診察が終わると、わざわざ私のそばにきて、話しかけてこられました。
「こんにちは。足をどうかしはったの」と女性。
「あの、人違いだと思います」と私。
「えっ、△△に住んではる方じゃ、ないですか」とその女性。
私「いえ、違います。私、よく間違えられるのです。似た人がいっぱいいるみたいで。なんとおっしゃる方ですか」
女性「名前が、すぐ浮かんでこないんやけど、△△に住んでいはる人。そういえば、なんとなく、もう少し若かったようなと・・・」

そのとき、私の診察の順番がきて、名前を呼ばれました。

「どうぞ、その方によろしく」と私は診察室へ。

背後で、「Mさん、Mさん」、とその女性が受付で会計のために呼ばれているのが聞こえました。


たぶん、待合室にいた人達は、知り合いが出会って、話してる・・・と思われたことでしょう。


気持ちよくおしゃべりできて、良かった。
この次、またどこかでお会いしたら、私はMさんを覚えているかしら。


****
今日は節分ですね。
子どもたちが小さかったころは、豆まきもしましたが、いまは豆も食べません。

ただ、こちら関西では、いつごろからか、「恵方巻き」(えほうまき)といって、巻きずしを1本、切らないで、しゃべらないで、恵方を向いて食べる、、、という風習があります。

1か月くらい前から、スーパーでは、「恵方巻き」の予約を受け付けています。

私はそれには、乗せられないぞ・・と思っていたのですが、
乗せられた家族が、「恵方巻き」を買ってくるようです。。。

何かいいことが、あるかもしれません。

みなさまのところでも、そんな風習ありますか。チロルさんが、三重県でもやっていると教えてくださったような気がします。
なんだか、毎年お聞ききしてるような。

ちなみに、今年の恵方は、南南東だそうです。


みなさまに、いいことが起こりますように。


クリックすると元のサイズで表示します



northland-art-studioさんからお借りしました。


先日、日曜美術館で、蓮の花の襖絵を、どこかのお寺に奉納なさった日本画家のことをやっているのを見ました。かなり老齢でしたが、眼光鋭い方でした。
あとで、その画家の名前を調べます。
20双くらいあったような気がします。


小泉淳作という日本画家でした。

心に残った彼の言葉。

「そのものの存在感を引き出してやらないといけない。綺麗だけではない、美しさを引き出す。それは自分の存在をも確かめようとすること。」

「生と死の接点にいるということを理屈抜きで感じる」

「絵の完成というのは、どこで自分を許すかということ。関所を心の中に持っていないと」

2010年4月に東大寺の大仏殿に奉納なさったようです。

「この絵は自分のものじゃない。自分を無にして描いている。だから自分のサインは入れない。千年先の人に、名もなき絵師の仕事として見てもらえばいい」

かっこいいですね。名誉欲などから、完全に解放されておられる。

「蓮は永遠の花です」

早朝に起きて、蓮の花の開くのを数知れず描いてこられた画帳を見た。

今まで描かなかったという、桜の襖絵も、本当に見事なものでした。

その時代に選ばれた芸術家・・・・
そういう人がいるのですね。
2



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ