いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2011/1/30

ドーハ カタール  スポーツ

みなさんは、ご覧になりましたか。1/30午前零時からのサッカーの試合。

11時ころから香取親慎吾の番組にあおられ、少し眠かったのですが、決勝戦だからと観戦を決意。(ちょっと大げさ)

よく凌ぎ合い、両者なかなか得点できない。ついに延長戦。
ザッケローニ監督は、短期間でよく選手の信頼を得、士気を高め、結束を固くしていったと思う。
川島の顔つきが、W杯のとき(たぶん)のドイツのキーパーに似てきて、ボールを死守するという気迫、食らいついていく姿には感動する。

長友、本田圭だけでなく、あの8年前のドーハの悲劇の時から、日本のサッカー選手たちが、海外に移籍するほどの実力と、自信をつけてきたことを実感する試合でした。

午前3時まで起きていることは、めったにないことです。
逆にオーストラリアが1点入れていたとしたら、どっと疲れが出たと思います。
日本の勝利に疲れは吹っ飛びました。


朝刊には、0対0で延長戦突入・・・まで。

朝のニュース番組で長友から李へのパス、ゴールの瞬間を何度も見ました。
やっぱり自分の国の選手には勝ってほしい。


ささやかな感想を、選手たちの健闘をたたえて。

追記

試合後のインタビューで、ザッケローニ監督は「このチームには、信念と勇気、絶対かつという魂(精神)があった」と語った。団結力、ベンチにいる人達と選手たち、みんなで勝ちとった勝利でした。

友人たちも、川島の気迫のこもったプレーに感動した人が多いです。


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利尻島  夕陽に飛ぶ


northland-art-studioさんからお借りしました。
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2011/1/24

『古書の来歴』  

ジェラルディン・ブルックス著 森嶋マリ訳
『古書の来歴』という本を読みました。

サラエボ・ハガダーという500年くらい前の古い本が、どのような人々によって作られ、守られてきたか。事実を基盤に、空想力をふんだんに込めて書かれた歴史ミステリー。

1996年、ボスニア紛争が何とか治まったあとのサラエボから始まり、

蝶の羽 1940年 サラエボ
翼と薔薇 1894年 ウィーン
ワインの染み 1609年 ヴェネチア
海水 1492年 スペイン タラゴナ
白い毛 1480年 セリビア
ローラ 2002年 エルサレム

それぞれの章の間に、ハンナ 1996年 ・・・というのが入る。

「ハガダー・シェル・パサハ」というのは、ユダヤ人が過ぎ越しの祭の時に使う本。
ハガダーというのは、式次第という意味だと分かった。

ミステリーなので、謎が分かってしまうと面白くないので、詳しくは書きませんが、一冊の実在する美しい絵とへブル語で書かれた古い小さい本がたどった有様を
歴史を描きながら、その時代の人物の人生を描きつつ見せてくれる。

カトリックのキリスト教が、異端審問でどのようにユダヤ教の人達を迫害したか。
隠れキリシタンという言葉は知っていましたが、隠れユダヤ教徒がいた、無理に改宗させられた人達、殺された人達、逃れた人達、イスラム教徒でありながらユダヤ教徒を守った人達、、

主人公ハンナという古書の鑑定家の父親が実は・・・というのも驚きでした。  

扉の言葉
「本が焼かれるところでは、最後には人も焼かれる」
   ハインリッヒ・ハイネ

P291にあるジェラード・マンリー・ホプキンズの詩
「私のなすことが私である。
 私はそのために生まれてきたのだ」

そんなふうに言ってみたい。


私が行っている教会は、プロテスタント(新教)のキリスト教ですが、カトリック(旧教)の時代を越えて、初代教会という、キリストの弟子たち(ユダヤ教徒)が、イエスを救い主(キリスト)と信じたころに戻って、土曜日に礼拝している教会です。

ローマの迫害の時代を経て、コンスタンティヌスがニケーア会議をAD325年に開き、「不滅の太陽信仰」「ミトラス信仰」とキリスト教を融合して、日曜日に礼拝するようになった。
それはユダヤ教と区別するためだったとか。

子どもの頃は聖公会(イギリス国教会)の日曜学校、礼拝にいってました。
第7日に神様は休まれたと聖書にあるので、日曜日が第7日だと思っていました。
ところが、第7日は、カレンダーにあるように土曜日です。

だからユダヤ教には、とても親近感を覚えます。
イエスキリストも、ヤコブ・ヨハネ・ペテロ、、、12弟子たちはみんなユダヤ人でした。そして礼拝は第七日・安息日=土曜日に宮(神殿)で行っていた。


この『古書の来歴』を読んで、ユダヤ人の迫害の歴史を思いました。
ユダヤ民族の優秀なこと、放浪の民にならざるを得なかった悲惨な運命、宗教に根ざした民族の文化を守る姿勢・・・

知らない言葉に、注釈が本文に括弧つきで書いてあるのも助かりました。

深い青色=ウルトラマリン
ウルトラは「何かを越えた向こう側」
マリンは「海の」
作者の言葉に込めた深い意味を思います。

最高傑作=マスターピース
私の師の作品=マスターズ・ピース
こういう言葉遊びも、翻訳ではルビをつけてなければ味わえません。


作者も古書の修復作業や、学芸員の苦労・専門知識について、相当の人達から聞いたり、書物で調べたりしたようですが、翻訳者も専門家に当たって、かなり調べたようです。
その努力の跡がうかがえました。

物語の展開と関連が、とても見事です。

映画化されるようなことも書いてありましたが、「ダビンチ・コード」や「天使と悪魔」のような、宗教を扱った興味深い映画になりそうです。

作者はオーストラリア生まれの女性ジャーナリスト。
手ごたえのある小説を、久々に読ませてもらいました。



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薔薇   ぶどうの樹さんからお借りしました。



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翼    northland-art-studioさんからお借りしました。



翼と薔薇の紋章って、どんなでしょう。夢と想像力をかきたてられます。
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2011/1/17

チェーホフ  文学

『チェーホフ自身によるチェーホフ』 ソフィ・ラフィット著 吉岡正敞訳

1957年に「永遠の作家叢書」としてパリで出版された本が、2010年8月やっと日本で出版された。
そのことを心より感謝する。
これほどまでに、チェーホフのことをよく理解して書かれた本はないと思う。

チェーホフの本は、何冊か持っています。友人の影響で『サハリン島』という、難解で読みづらいとされる本まで買いました。
まだ読んではいませんが、ぱらぱらと見た感じでは、それほど読みづらいとは思いませんでした。

そして、このサハリン島での流刑囚たちの聞き取り調査こそ、実証主義者で無信仰者と言われるチェーホフの内面を変化させた。

作家の人生、その魂の軌跡を、作家自身が残した手紙、作品から読み解く。
しかもこれはフランス人のロシア文学者が書いた。しかも女性。
結婚して家庭人でありながら、文学者として多くの著作を残している。夫も同じ学者だから理解があったのだろうか。

チェーホフに興味がおありの方は、本書を読んでくださったらと思いますが、
一部引用して、その魂の遍歴をご紹介します。

P206「物質主義者で無信仰者である彼が、本質的には宗教的な不安にとりつかれ、直感的には迫りながらも、認識するのはまだ遠い真理のために苦しんでいるのである」

P163「私は私の頭脳で、かくも苦しんできた私の魂で、今しっかりと、人間の使命は全然存在しないか、あるいはただ一つのもの・・・・隣人に対する自己犠牲にみちた愛の中に存在するか、どちらかだということを理解したのです」
 (『無名氏の話』)1983年。この年は『サハリン島』出版の年でもあります。


P162「チェーホフ自身が自分の傑作と考えていた非常に短い短篇『学生』も、全篇宗教的詩情にあふれている。・・・・・・
P163『人間の中で死ぬものは、われわれの五官に委ねられたものだけだ。しかし、この五官の外にあるすべてのもの、おそらく無限で想像しようのない崇高なるものは存在し続ける』(『手帳』)」

P167「実証主義者、この無信仰者は、最大のキリスト教詩人にも値するページを残した。晩年の『谷間』(1900年)は、この観点から特に注目すべきものである。」


44歳で亡くなるチェーホフ、レフ・トルストイに心酔し、その後離れる彼が、その心の底で求めていたものは、美しく崇高なもの。

人間は変化成長していく。
「もし」と言っても始まらないことだけど、チェイーホフがもっと長生きしたら、どのような作品、詩を残したかと空想する。

また、チェーホフがなぜ病身をおしてサハリン島へ行ったのか、その答えが分かったような気がする。医者であり、科学者である彼の実証主義者の立場から、流刑者の実状、罪なく牢獄にいる人達のことを調べたい、知りたいと思った。
その深い内面の苦悩を知るには、彼の手紙を読み、作品を読むこと。

『谷間』と『桜の園』を読まなくては・・・と思う。



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「月山」


northland-art-studioさんからお借りしました。


今年の月山には、どのような雪が積もっているでしょう。
大雪の地方の方々、被害が少ないことを祈ります。

そして今日は阪神淡路大震災、16年も過ぎました。
当時幼稚園の年長さんだった長男、まだ幼稚園にも行ってなかった次男が、今は大学生。
今朝息子と、幼稚園のバスが行ってしまったのを、マンション5階の玄関から見送ったことを、思い出話に語りました。
当時は兵庫県三田市にいたので、大きな被害はありませんでしたが、親戚友人が神戸にたくさんいたので、おにぎりと水を持ってかけつけたことも思い出しました。

亡くなった方々を悼み、残された遺族、遺児の方々のしあわせをお祈りします。
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2011/1/12

101歳!  ひと

2001年1月11日、私は3年ぶりに故郷の桑名へ帰りました。

義理の伯父が101歳で亡くなったという知らせを受けたからです。
95歳でも自転車に乗って坂を下り買い物へ・・・と聞いてはいましたが、病気らしい病気もなく、介護度ゼロ。
長男夫婦と暮らしているが、自分の部屋は2階にあり、亡くなる数日前まで階段を上り下りしていたという。
足腰が立たなくなり、3日ほど寝たきりになり、末後の水を口にして安らかな眠りについたという。
自分の家で最期を迎えることができたのも、しあわせなことでした。


葬儀の読経を聞きながら、私は心のなかで「あっぱれ!」「お見事!」と言ってました。
明治、大正、昭和、平成の世を生き抜いてきた人。


息子たちが語る父親像は、「自分のことしか考えない人だった。だからストレスがなく、長生きした」と身内だけに厳しいけれど、やはり百年を生きるというのは、唯ごとではないし、唯者ではないと思う。
「百歳まで生きる」その言葉どおりに元気で百歳を迎えた伯父さんに、会ってその人生を聞いてみたかった。3人の息子とその嫁、一人の娘とその婿。3人の孫娘たちの涙に送られて旅立った魂。その人生の軌跡を思う。


私の両親の葬儀に、神戸まで来てくれた従兄夫婦たちとも再会した。
ずっと故郷を離れていた私が、何十年ぶりかで従兄や従姉たちに会えたのは、父の病気がきっかけ。

子どもの頃に共に過ごした時間は、懐かしい思い出話になって親近感を増す。
つくづく血縁というのは、ありがたいことだと思う。

お葬式ではありますが、別れは悲しいのではありますが、なんだか101歳というので、めでたいような錯覚を覚える。


定年を過ぎてもまだ現役で働き、第2の人生を楽しんでいる従兄たちに、「百歳への道を目指して頑張って」と言うと、笑っていた。


一人で車を運転して行ったのですが、今まで3時間半以上かかっていた距離が、新名神が開通したお陰で、2時間〜2時間半で行くことができました。


ふる里はありがたいもの。
昇る真朱な朝日をちらっと見て往き、沈んでゆく夕日に向かって復路を走る。心配した雪も山肌を白くしているだけで、晴天のお陰で道は大丈夫でした。

行ってよかった。
すべて守られ、感謝でありました。


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大空を舞う


northland-art^studioさんからお借りしました。


大きな鳥が夕陽の中を 力強く舞い上がるように
一つの体が静かに目を閉じ 虚空へ消えた。
その軌跡は 残された者の心に残る。
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2011/1/9

翻訳  

翻訳というのは、本当に難しいと思います。

『おおきな木』というシルヴァスタインの有名な絵本があります。
私の知人は、それを紙芝居のようにして、みんなに語ったこともありました。
木と少年のお話。

なぜいまごろ『おおきな木』の広告をするのだろうと思っていたら、最近村上春樹が新訳を出したからでした。
本屋さんへ行って、その新しい『おおきな木』を読んで驚きました。
以前のは、木は男性のような書き方で表現してあったのです。
すべてを少年に与えつくす木。
ところが、原文ではその木は、Sheと書いてあったのだそうです。
そして村上春樹の文章は、木を女性として表現してありました。
与えつくす愛=母性。木の印象がかなり違ってました。

物語としては、以前のものも感動を与えるものではありましたが、新訳では、より深く作者の意図を読み取れました。
いままでのは、なんだったのだろう・・・・・


子どもの頃は、少年少女文学全集とか、ジュニア版○○とかで、主に外国の物語を読むのが好きでした。でも中学か高校のころ、翻訳のぎごちなさが気になって、それからは日本文学の名作を読むようになりました。

いまでも、翻訳のまずさで読む意欲をなくす小説もあれば、見事にこなれた訳に感心することもあります。


『星の王子さま』の版権が50年を過ぎたとかで、少し前にたくさんの新訳が書店に並びました。私はずっと内藤訳で親しんできたからか、どうも新しい訳に馴染めません。
「ねえ、羊の絵をかいて」という王子さま。
この「ねえ」を、「すみません」とか、「お願い」とか、苦心の跡がうかがえる。

パイロットである私と、王子さまの関係をどのようにとらえるか。
翻訳者の気持ちで、印象が微妙に変わる。

王子さまは子どもだけれど、大人の私と対等、あるいは大人の質問にはあまり答えないという点で、より上位に立っているとも考えられます。
だから直訳したら「すみません」とか「お願いします」という言葉でも、パイロットの私が、当然羊の絵を描いてくれるものと思って、「ねえ」と呼びかけている内藤訳がいいと思うのです。

ただ、新訳の文章全部を読んだわけではないので、より良い表現も新訳にあるかもしれません。著者との感性の一致がどれほどあるか。問われるところです。


聖書も、文語訳、口語訳、新改約、新共同訳、詳訳、、はてはリビングバイブルまで、様々な訳があり、微妙に違う。
私は口語訳が一番馴染んでいるのですが、文語訳ではっとすることもあり、また新共同訳でええっ?と思ったり、成程と思ったりする。英語で読むと簡潔に分かることもある。


「原文で物語を読む時、読解と翻訳は違う」と加藤恭子先生に言われた。
その言語の美しさを、翻訳するのではなく、そのままに味わう。

フランス語の響きと詩的な美しさを、自分の感性で感じたいと願う今日この頃です。


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湖の朝     北海道 和寒

northland-art-studioさんからお借りしました。
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