いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2010/9/28

ミス・ポター  ひと

ピーター・ラビットの著者 ビアトリクス・ポターの生涯の映画を見ました。

動物たちのしぐさ、自然の草花の描写があまりにも完璧なので、
私はずっと、ポターはお嬢さんの道楽で絵ばかり描いていた人かと誤解していました。
生活するために働く必要のない人ではありましたが、しっかりした考えの持ち主でした。

1902年に初めての絵本、ピーター・ラビットが出版されますが、
その時彼女は32歳。
裕福な良家の娘としてではなく、一人の人間、自立した女性、芸術家でありたいと願っていた人だと分かりました。

子供のころから絵を描くのが大好きで、動物を飼い、弟にお話を創って聞かせていた。
絵を描く才能は、父親譲りのものらしい。

父親は自分の叶えられなかった夢を実現してくれた娘を、真に理解して励ましてくれていた。
しかし母親は身分に捉われ、女は相応の相手と結婚するべきもの・・という観念から生涯抜けだせなかったようです。

イギリスの湖水地方の美しい自然の中にこそ、あのピーター・ラビットの世界がある。
1902年は、まだ馬車の時代です。印刷機も木製の部分もある。
貴族制度が残っていて、上流階級の社交の優雅さをみる。
ハリー・ポッターの雰囲気も感じられる駅。

(そういえば、うちのくず籠や本に挟んだ栞、お皿、トイレのマット,にも、ピーター・ラビットがいます。)

動物が友達だったビアトリクス・ポター。
ナショナル・トラストの運動をしていたことは知っていましたが、婚約者を亡くすという辛い経験があったのは知りませんでした。
4,000エーカーとは、どれほどの広さなのかよく分からないのですが、
彼女は国にその土地を寄付したとか。

開発業者と競り合うところも面白かった。

「日本熊森協会」も乱開発から自然を守ることが、人間の生活をも守ることだと言い、
その共感者は日本中にどんどん増えています。里山の保護、熊森の保存。

イギリスの湖水地方・・・映像で見るだけでも心が癒されます。


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滝見沼の秋   北海道 上川町

northland-art-studioさんからお借りしました。

やっとブログの画像等が修復しました。
日本の湖水地方・・・と思いたい・・・
沼と名付けられていますが、山の中、森の緑に囲まれた湖・・・
キタキツネや、熊が出て来るでしょうか。

物語を紡ぐことができるでしょうか。
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2010/9/21

ほんまもん  

「お義兄さんの人生は、ほんまもんだったわ。」
そう友人のKさんは話してくれました。

そのお義兄さんには、1度だけお会いしているのですが、お顔ははっきり覚えていません。
Nさんということにしておきます。

Nさんは、いわゆる特攻隊の生き残り。敗戦のとき江田島で軍艦から降りて、呉まで仲間とカヌーの大きいのをもらって、みんなで手漕ぎで渡ったとか。
お父さんは海軍の軍艦の艦長だったという。

Nさんの専門は内科医、その夫人Kさんのお姉さんは産婦人科医。
二人は結婚して、H市の被差別地区に小さな診療所を創って人々を診たという。
子供はいなかったけれど、ずっとそこで働き、大きな病院に発展させた。
自分の身なりは少しもかまわず、清貧で、赤ひげのようなお医者さん。
共産党員として、戦後の荒廃した土地で、貧しい人々の中で生活し、多くの人々から慕われた。
共産党の市会議員としても活躍した。

現在、Nさんは83歳、地域の訪問医療をなさっている。
あの風のガーデンの貞三先生みたいです。
診察をして、お年寄りの話をゆっくり聞いてあげる。
時には本を読んであげることもあるという。

人々の幸福を願って、自分にできる最善のことをするという
自分の志のごとくに生きた人。

「ほんまもん」の人生に、感動しました。


追記

ちなみに、このNさんのお母さんは90歳を過ぎてから、
身の回りのお世話のお手伝いに行ったKさんに
「この世の極楽ここにあり。どなた様か存じませぬが、
ご親切、ありがとうございます」と何度もおっしゃっていたそうです。

年老いて、なお、感謝の日々を過ごせたら・・・と思います。

この母にして、この子あり・・でしょうか。

自分は知らず、暴言を吐いてしまうことのないようにと
切に願います。

追記 2

Nさんは、今も6ヶ国語をNHKの語学番組を聞き勉強しておられるそうです。
常に前を向いて生きる、その姿勢はとても心強く励まされます。

今更フランス語・・と自嘲気味にとぎれとぎれに学んでいる私ですが、
遅々とした歩みでもいい、自分がやりたいと思うことを続けていこう、
そんな勇気をもらいました。


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ブログの調子が悪く、現在写真を表示できなくなっています。
玄柊さんのお写真を楽しみにしていてくださる皆さん、ごめんなさい。
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2010/9/19

薩摩藩 島津家  

9/18 教会で小島英伯先生の信徒セミナー第1回が午後からありました。

「大和民族の伝統と聖書」というテーマです。

京都の太秦にユダヤ人のキリスト教徒の痕跡が、かなり残っているということは以前からお聞きしていました。

秦氏(はたし)、すさのお神社、イザナミ・イザナギの言葉の秘密・・・・


薩摩藩島津家の家紋、○に十字は、キリスト教徒の印しに違いない。

など、大和民族の中にあるユダヤ民族とキリスト教の痕跡の数々について教えていただいた。


加賀乙彦の「高山右近」をやっと読み終えたのですが、
その中に、長崎のキリシタンを弾圧するように命令された藩のうち、
薩摩藩は、先にお触れを出し、信徒が脱出したあとそこへ行き、
信徒はいなかったと報告した、という。
他の藩は、かなりひどい拷問をしたらしいのに、薩摩藩は違っていた。


いろんな推定、推理がある。

大和民族の中のキリスト教徒の痕跡は、ご禁制によりかなり隠されているようですが、
なんとなく、分かってくることに意味があるかもしれない。


インディー・ジョーンズの「失われた聖櫃」を思いだしました。
十戒の箱は、どこかの洞窟にあるらしいという。


何かが見つかるかもしれません。

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2010/9/13

思いがけず  ひと

9月11日の土曜日は、関西地区青年礼拝がうちの教会で行われました。
京都、神戸有野台、大阪の青年たち約20人あまりが集合!

各教会の青年による讃美歌と、男女二人の青年の証。
いつもとは違う雰囲気での活気のある礼拝でした。

出席者は普段の倍くらいの人数で、50人以上でした。

昼食はおうどんとパトラック(持ち寄り弁当)で歓迎しました。

ほとんど知らない青年なので、自己紹介をしてもらいました。
そこで、思いがけない人に会いました。

一人は録音奉仕会のメンバーで、今回私の録音を校正してもらったばかりのSさん。
摂津富田集会所からいらっしゃった演劇をしている男性。
よもやお会いできるとは思わず、びっくりして「Yです」と本名を言いましたが、
ぴんとこなかったようでした。
モネです、と言ったら良かったかもしれません。

Sさんのブログには、時々コメントをさせていただいていたのです。

もう一人は私の隣に座っていた若い女性。
なんと福岡教会からいらしたとか。名前を伺って、びっくり!
私の友人の姪御さんでした。
そのKさんのお父さんである、友人の弟さんもよく知っています。
18歳・・・こんなに可愛いお嬢さんがいらしたとは。
何んとなく、友人に似ていました。

どんどん世代交代していくのですね。

かつての同僚たちは要職について活躍をしているし、
教え子たちも、中堅として立派に働いている。


青年たちが教会に来てくれて、本当に嬉しかったです。
教会のおばさんたちは、自分の青春時代を思いだして、
ときめいた十代のころを懐かしく回想したりしました。


教会の若い力が育っていってほしいです。


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黎明  北海道 美瑛

northland-art-studioさんからお借りしました。


追記

もう一人、昼食召し上がらないで帰られた女性は、嬉しい再会でした。
駐車場までお送りする車の中で、「わたしYさんに以前お会いしたことがあります」とおっしゃる。
なんと、彼女が高校生のとき、部活でチェロを練習していると聞いて、
彼女のお母さんにヨーヨーマのチェロのCDを、テープにダビングして、お嬢さんにと差し上げたことがありました。
「あのテープは、何度も、何度も聴きました」と言ってくださいました。
もうすっかり綺麗な娘さんになっておられて、大学までは自宅だったけど、
今は姫路で働いているとか。
毎週週末には自宅へ帰っておられるらしい。
今もチェロは弾くという。私の大好きな弦楽器です。
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2010/9/10

ちんにゅうしゃ  動物

三日ほどまえの夜 長男が変なものがいるから、ちょっと来てという。
普段は、絶対立ち入り禁止を宣言している自分の部屋へ、
来てくれというのは、非常事態?だと思った。

うちの男性3人みんな、虫とか、ムカデ、ゴキブリに弱い。
やっつけるのは、いつもわ・た・し。

「何がおるの?」と聞いても、「なんか分からん」と言う。
「ゴキブリ?」と聞くと、「もっと大きいやつ」と言う。

よっこらしょと階段を上がり、長男の指さす天井を見上げると
何やら黒いものがへばりついている。

よーく見ると、それはコウモリでした。

虫とりの網でもなければ、捕まえることは出来ない。
二人で、どうしたらいいかと、散らかった部屋の中を見る。
窓は東と西と南に小さいのがある。
なんとか、窓から外へ出したいと思い、クーラーを消して窓を開ける。
私が掃除機のホースを天井へ向ける。
「やめてくれ!」と悲痛な叫び。「飛びまわったらどうするの」という。

「じゃ、どうするの?」と聞いても、なんの策もない。
ビニール袋がある。
ここへ入れることができたら・・・と思う。

じっと見ていても、コウモリもじっと動かない。
このまま、コウモリと寝るのはいやだという。
・・・考えていてもはじまらない。

やおら、掃除機のホースでコウモリを触ったとたん、
飛んだ!
東の窓から出たか・・と思ったけれど、西の壁の近くにハンガーに掛けてある
たくさんの洋服のあたりに落ちた。

どこへ行ったかと探しても、ほとんど黒っつぽい洋服ばかりで
なかなか見つからない・・・
と、その時、黒い洋服の肩あたりに、じっと身をひそめるコウモリを発見。
持っていたビニール袋を、かぶせるようにして捕まえた。

袋の中で、じっとしている黒い物体。
西の窓の外へ袋を出して、振った・・・・

音は聞こえないけど、どうやら飛んでいった模様。
やれやれ、一件落着。

全く、どこから、いつ、入ったのか、見当もつきません。

それにしても、いまどき、部屋の中でコウモリを見るとは。

****

子供の頃、やはり夜、コウモリが2階の部屋を飛び回り、
父が格闘のすえ、網で捕まえて、外へ逃がしてくれたことがあった。
あのころは、たまにヤモリが壁を這い、大きな蜘蛛が現れることもあった。


外では鈴虫が鳴いています。
やっと朝夕の涼しさに、秋を感じるようになりました。
夏の最後のコウモリ騒動でした。


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旋回   旭川

northland-art-studioさんからお借りしました。


遠くを飛んでる姿を見るのは、いいのですが・・・・
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