いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2009/10/31

第8回 朗読ライブ  朗読

神戸の西、舞子ビラ神戸 あじさいホールで
昨日10/30 朗読ライブがありました。

山田朗読研究会という、朗読の指導者たちの発表会

前半は
詩集「愛の唄」より 桑原茂夫編集
 いわゆる詩の朗読でした。
田中浩之さんがバックでピアノを弾いてくださる。
 最後の「枯葉」は、あの枯葉を弾いてくださった。

次に東海林さだおのユーモアエッセイから 
「やかんの告白」
これは私達の会のリーダが読みましたが、会場の反応もよく、
結構長い文章ですが、最後まで面白く聞きました。

そして今回一番聴きたいと思っていた
太宰治の「駆け込み訴え」

これはイエスキリストを裏切った弟子、イスカリオテのユダの訴え。
4人の人が中世の修道士よのような、黒いフード付きのマントを着て
とても力強く、そして4人が一人のユダになりきって、
見事な朗読でした。
驚いたことに、出だしの音楽はバッハのマタイ受難曲の47番
「主よ憐れみたまえ」でした。
これはペテロの裏切り・・・
効果音の担当は、いつものKさん。
その鋭い感性と知識には、いつも舌を巻きますが、
今回もやってくれました!

休憩をはさんで、後半は

イソップ物語抄より  福沢諭吉 著
文語体で訳されたイソップ物語を聞くのは初めてでした。
「蟻とイナゴのこと」=アリとキリギリス
「牛飼う子供 狼と呼びしこと」=狼が出たぞー

大指導者山田烈子先生は朗読を始めて35周年、
それを記念してか、樋口一葉の「十三夜」を読まれました。
折りしも10/30は、十三夜、、奇遇でした。
最初は山田先生おひとりで、後のほうは、ピアノの田中浩之さんが車夫となり、
朗読デビューでした。衣装も決まっていて、なかなかでした。

山田先生はシャンソンも歌われるからでしょうか、
その朗読はとても力強く、声に張りがあり、さすがです。


朗読と音楽の演奏は似ている。
表現者としてとらえると、ピアノも歌も朗読も同じかもしれない。

充実した、中身の濃いライブでした。

帰りに「いい朗読を聞くと、自分もまた頑張らねばという気持ちにさせられる」
と語られた81歳になられるHさんの言葉に、
身が引き締まる思いをしました。


電車から見た海。
須磨の海岸、波打ち際を走る列車。
残念ながら海に沈む夕陽は見れませんでしたが、
暗くなった夜空に、十三夜を見ました。



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northland-art-studioさんからお借りしました。

これはいずこの月でしょうか。



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これは10月30日の十三夜です。
私が携帯で撮ったので、よくありませんが。。。
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2009/10/26

メメント・モリ  いのち

神戸有野台教会の秋の医師による講演会の最終日は
山形謙二院長による
メメント・モリ(死を忘れずに生きる)
というお話でした。

このメメント・モリという言葉はラテン語で、
中世の末期に合言葉のように語られたもので、
その不思議な響きは、ずっと前から気になっていました。

  友人が藤原新也の著書に「メメント・モリ」というのがあると
  教えてくださって、アマゾンへ走りました(まだ着いていませんが)


山形先生は話題になった「おくりびと」の映画の話から、
ご自分が16歳の時にお祖父様を亡くされた時の経験、
三育学院の木工部だったから、そのお棺をひとりで作られたという。。

平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声・・・風の前の塵に同じ」
加賀乙彦の『死刑囚の記録』から
無期囚は無感動な薄められた時間を生きるが
死刑囚は残り少ない毎日を大切に、凝縮された生き方をする、、と。

『わが涙よわが歌となれ』の著者、原崎百子さんが亡くなって30年になるそうですが、
その死の直前の44日間にわたる日記には、「いまこそキリストの道を命がけで進んでいく」と書かれていたと。

またK牧師のホスピスでの最後の様子に心打たれたこと、
K牧師は山形先生が最期の近いことを告げられた時、
「もう妻には語るべきことすべて語ってあります。私は死の準備が出来ています」
と言われ、詩篇23編の「たとえ死の陰の谷を歩むとも、災いを怖れず」という祈りの言葉に、強く手を握り返してくださったそうです。
インマヌエル(神われらと共にいます)という聖書の言葉が一番好きな、
明るく、揺るぎないその信仰者の姿に深く感銘を受けたと。


メメント・モリ(死を忘れずに生きる)とは、
メメント・ドミニ(神を忘れずに生きる)ことである。

死に向き合ったとき、神と向き合う人生

そこに命に至る希望を見いだすこと。



講演会が終わって、ホールでお礼をいい、握手したその手は、
とても柔らかく温かかった。
優しい笑顔の謙遜な先生にならいたいと思った。




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サハリンの虹

northland-art-studioさんからお借りした、
アレクサンドロフスクのグリゴーリーさんの写真です。

グリゴーリーさんの許可は受けていないのですが、
よろしくお伝えくださいませ。

国境を越えて、出会いの輪は繋がっていきます。
グリゴーリーさんは郷土史家ですが、この度アレクサンドロフスクの図書館で
小熊秀雄の展覧会と講演会をなさいました。
詳しくはリンクしてあるnorthland-art-sutudio(玄柊)さんのブログでお読みください。
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2009/10/25

雲の柱  

 -昨日のS牧師のお礼拝説教をお聞きして-



3,500年前、日本がまだ石器時代のころ、
イスラエルの民は、モーセに率いられてエジプトから脱出した。
その数およそ200万人。

12の部族ごとに隊列を組み、祭司がかつぐ契約の箱を守りながら。

その出発と停止は雲の柱により示された。
夜は火の柱が宿営を照らす。

聖書に描かれた壮大な民族の移動。

神さまの臨在が、目に見える形で、
イスラエル民族すべてに示されていた荒野の40年の旅。

目に見えない神様を信じている。
神さまが共にいてくださるということを
いつも覚えていたい。

空の雲を見ること
そこに神さまのまなざしを
感じる。



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落葉松の丘   旭川

northland-art-studioさんからお借りしました。

心落ち着く風景です。
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2009/10/20

オリゲネス  朗読

聖書は文字通りに読むな!ーアレクサンドリアのオリゲネス

これが今日のセミナーのテーマです。
講師は土井健司教授。

最初にピアノの演奏について触れ、
ベートーベンの熱情をケンプやバックハウスとシュナーベルに楽譜の解釈の違いがあるにしても、生の演奏をしなければ、どんな曲も具体的な音楽としては響かない。
とおっしゃる。

聖書も、「声」として、生きた言葉として理解する。
古代、人格的なものを感じさせる書物として、聖書を朗読していた。
会堂で人々は聖書の言葉を「聴いた」。

書かれた聖書は、干物だと先生はいわれる。
古代では書かれた文字としてではなく、
語られた言葉として理解していた。

そして「よきサマリア人」ルカ10章25節-37節を読み、
最後の「行って、あなたも同じようにしなさい」という言葉、
このーあなたとは誰かー
それは朗読を聞いたーあなたがたーである。
イエスのーわたしへのー語りかけである。

敵対するユダヤ人を助けるサマリア人のこの親切は、
普通では出来ないこと。
それが出来るのは、恵まれた時であり、
自ら隣人になっていく与えられる瞬間がある。
そう先生はおっしゃった。

人生の中には、心の動く時がある。
隣人に対して、サマリア人のように「その人をみて憐れに思い」ということがある。
そういう時が来たら、「行って、あなたもそのようにしなさい」。

それがイエスにならいたいと思って生きている者の生き方である。

語られた言葉に対して、我々がどう生きていくのか。


「楽譜が作曲者の語りかけだとすると、演奏家はその都度、
生演奏によってこれに答え、曲を自分で実現しなければなりません」
(『古代キリスト教探訪』P66 土井健司著)

奇しくも「演奏としての朗読」(幸田弘子著)を勉強している私に
キリストにならうものとして生きたいと思う私に
語られた今日の言葉でした。

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家に帰ってから、いただいたテキストをじっくり読みましたが、
先生が語られたその言葉のほうが
どんなに生き生きと私に響いてきたか、
よーく分かりました。

(干物である)文字を、声として発することの意味が
心から納得できました。


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  湖 旭川 当麻町の明け方

northland-art-studioさんからお借りしました。

宇宙の力の源をみるような・・・
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2009/10/18

オルガンーオータムコンサート  音楽

昨夜、激しい雨と雷の中、
チケットを電話予約していたオータムコンサートに駆けつけました。

いつものオルガン・ミーツ・ブラスの4回目。
もうお馴染みになったセヤナ・ブラス・アンサンブルのメンバー7名と
オルガンの瀬尾千絵さん。

今年は「ヨーロッパ名曲紀行2009」というテーマ。
第1部のバッハのパッサカリア ハ短調を聴いた時は、もうこれで
来た甲斐があったと思ったほど、15分の演奏はこれぞオルガン!
「かゆいところに手が届く」そんな心地よさでした。
好きな曲だからかもしれませんが。。。

ところが第2部は、とてもポピュラーな曲ばかり、
しかも私の好きな曲がいっぱい。

1.トランペット・ボランタリー (J.クラーク) いい感じです。
2.G線上のアリア (J.S.バッハ) よーくご存知の名曲。
3.水上の音楽より アリア  (G.F.ヘンデル) この曲も大好きです。
   バッハとヘンデルは同時代の作曲家ですが、同じアリアでも、
   曲風は司会者の方のおっしゃるとおり、本当に違います。
4.ノエル第10番 (L.C.ダカン) 
   とても有名なクリスマス曲です、と紹介がありましたが、
   残念ながら私は聞いたことがありませんでした。
   フランスの古いクリスマス民謡をもとにしているそうです。
5.カバレリア・ルスティカーナより 間奏曲 (P.マスカーニ)
   曲を聴いただけで、そのメロディーが浮かんでくるほど好きな曲。
6.オンブラ・マイ・フより ラルゴ (G.Fヘンデル)
   オルガンコンサートでは定番になったような、大好きな曲。
7.仮面舞踏会 T「ワルツ」 (A.ハチャトーリアン)
   浅田真央がスケートで選んだ曲・・そうです、あの曲。
   ドラマチックな演奏でした。
8.交響曲第9番”新世界”より ラルゴ(家路) (A.ドヴォルザーク)
   小学校の下校の時によくかかっていた曲として知ってる人が多い曲。
9.タンホイザーより 大行進曲
   最後にぴったりだった元気をくれる、好きな曲。
アンコールとして
   コンサートマーチ アルセナール


今回は最前列の左のほうの席だったので、演奏者の表情や
オルガンの楽譜の色のついたしるしまで、しっかり見えました。
雷雨の中、たくさんの人がいらしていました。
やはりこのサンシティのホールの音響はとてもよく、
ブラスの方々には、この響きはとても満足感を与えてくれるようです。

ブラスの編成は、トランペットが5人で男性4人と女性1人。
ユーフォニアム1人(女性)、トロンボーン1人(女性)。
トランペットが、二人だったり、3人だったり、4人だったりでした。
トランペットのソロとオルガンというのもありました。

今回初めて気がついたことは、
オルガンのパイプが、7つの木の仕切り(ボックス)の中に入っていること。
真ん中に3つと、両側に2つずつ。7というのはキリスト教では完全数・・

そしてブラスのメンバーは、フルだと7人。

(いままでよく、会話が弾むなと思うと、いつもそこには7人いました。)


大げさではない、気楽に行ける、市民の豊かな音楽の場。
温かい飲み物のサービスコーナーがあるのも、おもてなしの心を感じる。
今年もオータム・コンサートに来ることができて、本当に良かった。
帰るときには、雨もあがっていました。



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オホーツクの光り

northland-art-studioさんからお借りしました。

神秘的な光景ですね。まばゆい光りの中からなにかが始まるような予感。
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