いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2009/3/31

優しい心  

夜9時半ころ、「まだ起きてますか?」というメールが携帯へ。
「もちろん」と返信。
きっと長いメールが来るのだろうと心待ちにしていたら、
「今玄関にお花を置きました。お母様のお供えに、遅くなってごめんなさい」とメールが。

あわてて玄関の外へ出てみると、素敵なピンクの紙に包まれたシンピジュームの大きな鉢が置いてありました。

すぐに「豪華な、綺麗な、立派なお花をありがとうございます。
びっくりしたよ。その後お父さんはいかがですか」と返信。

すると今度は携帯電話が鳴りました。
残業が終わっての帰りに、花を届けてくださったのです。

その優しい心に、感動しました。

ご自分のお父さんも入院なさっていて、大変なのに、
私の母のことを思ってくださるなんて。
母は、明るい華やかなものを好んでいたので、
ピンクのラッピング紙に包まれた、白に淡い紫色のたくさんの花のついた鉢を、
どんなに喜ぶことだろうと思いました。
亡くなって1年も過ぎて、こうして私の友達からも思ってもらえるとは、
しあわせな母だと思いました。

花か果物をいただくのが、一番嬉しいと言っていた母でした。

どうして地上に花たちが咲くのか・・・
わかりました。

アラスカの大地に咲く、可憐で強い花たちも、
熱帯の鮮やかな色をした花たちも、
温室で大事に育てられる花たちも、
みーんな、優しい心を伝えるために咲く。

目に見えない心を、かたちに変えた花たち・・・

おおきな、おおきな慰めを、ピンクの紙に包まれたシンピジュームはくれました。
神秘な花を、ありがとうM.I.さん。
とっても嬉しいです。


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いただいたお花・・・携帯で写したのですが、ピントが・・・すみません。
優しいベールで被われていると思ってください。

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アップで撮ってみましたが、いまいち。
シンピジュームかデンドロか、いっぱい種類があるので、正確ではありません。
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2009/3/29

スプリング コンサート  音楽

小夜の夢
〜オルガンとハープ 朗読による〜

いつものサンシティ・ホールでのパイプオルガンコンサートが
昨夜ありました。
アンケートを書いた人の中から、2組4名様ご招待という
その2組に抽選であたって、ご招待でした。
もう何年も行っているからでしょうか、受付の女性から
「いつもありがとうございます」と声をかけられました。
「今日は招待券をいただきました。ありがとうございます」と答えました。

プログラム
第1部
オルガンソロ       J.S.バッハ
  トッカータとフーガ ニ短調
  コラール「神の御業は麗し」
  『フーガの技法』より 第一曲「コントラプンクトゥス T」

ハープソロ
  「森の泉のほとりへ」     トゥルニエ
  「亜麻色の髪の乙女」     ドビュッシー
   セレナード         パリッシュ・アルヴァース

第2部
  朗読&ハープ&オルガン
    バレエ音楽「眠れる森の美女」より   チャイコフスキー

オルガンソロはドイツの教会にいるような気分で、
ハープソロはフランスのシャンゼリゼのテラスで。
朗読とハープ、オルガンは、ロシアのマリンスキー劇場で。
と内容を紹介されました。

久しぶりに聴く、バッハのオルガン生演奏。
演奏者がいつも教会で弾く讃美歌ですと言われた「神の御業は麗し」
私は知らない讃美歌でしたが、心の奥深く沁みて、ほぐされていくような感覚。
円形の天井の高いドームの音響はいい。

ハープ奏者には、いつも憧れと尊敬を感じるのですが、
高音から低音まで、ゆったりとした音から細やかな音色まで
そして何十本もある弦を、間違えずに弾くその技巧。
見事、すごい、すばらしい。
森の泉のほとりへと魂がゆきました。
ドビュツシーの亜麻色の・・・もよく聴く曲。
とても心地よかったです。

朗読はプロのアナウンサーの人。
声も美しく、こなれた読みでした。
ペローの絵本からということでしたが、
グリム童話では、「いばら姫」、こちらでは、「オーロラ姫」でした。
魔女が5人来るはずでしたが、こちらでは6人の妖精とカラボスという魔女。
死の呪いを百年の眠りに変えるのはリラの妖精。
やはりみんな魔女のほうが自然かと・・・

音楽も2曲しか知っている曲はなく、
チャイコフスキーだ!と期待したのですが、
ちょっとはずれ。

でもこのホールで朗読を聞くのは初めてで、
試みとしては、良かったです。

ハープの音色は、いまも耳に残り、
魂に力をくれます。

手ごろなコンサート、これからも続いて欲しいです。

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豊かな水の流れを感じます。

north-rand-art-studioさんからお借りしました。
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2009/3/24

朗読発表会  朗読

今日三回目の朗読発表会がありました。

1年間勉強した教材から、それぞれ選んで朗読します。
長い作品は2人、3人で読みつなぎます。

前半の司会は私。後半の司会は次男の嫁の会のDさん。
いろいろ経験するようにという先輩の配慮です。

プログラム
1.「卵」 俵万智著
2.「おしどり」 小泉八雲作
3.「やかんの告白」  東海林さだお著
4.「よだかの星」 宮澤賢治作

〜休憩〜

5.「かわうそ」 向田邦子作
6.「五木の子守歌」 樽谷浩子著
7.「ふるさとの村」 山口崇著
8.「武原はん」 渡辺保著

朝、10時から会場の準備や、マイクのテスト、出入りの練習など。。
講師の先生がいらして昼食を共にして、12時半からいよいよ発表会。
みんな緊張しているので、食事もあまり喉に通らない様子。
そして気になるWBCの情報を、会館のロビーへ見に行く人もあり・・・
4回、1対0で勝っている、とみんな喜ぶ。

一昨年から入会した3人の新人は、勉強熱心で有望な人達。
先輩達も、難しい作品を、果敢にこなし、
真ん中にいる、私達も何とか頑張らねばと・・・

やはり自分で読むより、語ってもらうほうが、
作品のイメージが、より鮮明になる。
81歳になられる白髪の美しい老婦人が読まれた
「よだかの星」
空を二つに切り裂いて・・・という部分、
私ははっきりとその情景を見ることができた。
そしてまた、燃えて飛ぶよだかを、あのように絵本で表現なさった
伊勢英子さんの絵を思い出したりした。

講師の先生はいつも、自分がその年齢で、あのようにしっかり読めるか、
読みたいものですが・・・とおっしゃる。

私は、間違えないでは読めたけれど、何だか不完全燃焼。
練習の時は、全然そうでもなかったのに、
「ふるさとの村」の鳴門海峡で敗戦直前に船をグラマンに銃撃されて
百余名ほどの若い予科練習兵たちが亡くなったことに、
胸がつまってしまった。

読み手が感情を入れすぎて、流されてしまうと、
聞き手には伝わらない。
そのことはよく分かっていたのに、不覚にも、
涙こそこぼさなかったけれど、胸がつまってしまった。

皆さんが、あまりにもお上手なのに、気後れしたと言ってもいいかもしれません。

また4月から、研鑽の日々・・・
毎日練習!!と掛け声は勇ましいのですが、
時々読めない日もあります。

まあ、生涯学習だと思い、焦らず、落ち込まず、落ちこぼれないように
続けていきたいな、と思っています。

全員の発表が終わり、講師の先生の講評をお聞きしつつ、
紅茶とマドレーヌをいただく。
また、誰かがロビーに走り、WBCが延長戦に入ったと知る。
その後5対3で、連覇と聞き、みんなで大喜びしました。
というおまけ付。

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木蓮の白い花が咲きました。
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2009/3/20

野の花  

図書館で『野の花』という写真集を借りてきました。
いよいよ返却するとき、手放せなくて、またいつものアマゾンへ・・・
ほぼ半額。射程金額。。。
というわけで、いま手元にあります。

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角川書店発行/写真・構成 浅川トオル/文 森沢明夫

欲しいと思った理由は、その写真の美しさだけでなく、
和歌があちこちに載っていたこと。

私の大好きな桔梗。
秋ちかう野はなりにけり白露の置ける草葉も色かはりゆく(古今和歌集 紀友則)

表紙は、白詰草(しろつめぐさ)クローバ。
これはアイルランドの国花だという。

春の季語でもある、いぬふぐり。
このオオイヌフグリの属するクワガタソウ属は、
属名をヴェロニカ。ゴルゴダの刑場へ引かれていく
キリストの汗をぬぐった聖女の名前に由来しているとか。

そんな逸話もあったりして、パラパラと見てるだけでもほっとします。
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野原で見かける、小さい花たち。
心が慰められます。

木に囲まれて、静かな時を過ごしたいと願っているのですが、
薔薇公園の横の道を毎日通りながらも、
車から降りて一息つけない、
心を亡ぼしている日々です。

野の花にも宇宙を見る。
その心を失くしたくない。

私の心がかさかさと音をたててる
その音が聞こえますか。

魂の休息は、やわらかな感性を保つこと・・・
どうも秘訣はそのあたりにあるような。


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えぞのつがざくら
可憐ですね。

northland-art-studioさんからお借りしました。
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2009/3/17

下へのぼる歌  ひと

3か月ぶりに、またキリスト教講座が開催されました。

今日は学校創設者ランバスの生涯を映像で紹介されたあと、
61歳から山谷伝道に生涯をささげた牧師
中森幾之進のことを話された。
彼はこの大学の卒業生であるという。

講師の澄田新先生は、父親も牧師であったけれど、
ずっと反発していて、いろんな仕事(電気屋、パン屋)をして、
キリスト教書籍の出版の仕事をしていたときに
山谷へ取材に行き、そこでこの中森幾之進と出会い、
牧師になる決心をして、28歳でこの大学に入学なさったという。

『下へ登る歌』というのは、中森の著書であるけれど、
ずっと以前に私はこの本を読んでいた。
だから中森幾之進という名前がでたとき、とても驚いた。

中森は1904年に徳島県鳴門市に生まれるが、
23歳のとき聖書に出会い、吉野川で体を洗い、
クリスチャンと自称したという人。
25歳のときに教会で洗礼を受ける。

「山谷の人々と生活の場を同じにして、ただ共に生きようとした人」
「一教派、一宗派の伝統や教義に固執するような伝道者ではなかった。
浄土真宗の教えや、親鸞の思想について深い理解を持っていた。
彼は只管打坐の精神、そこにイエス・キリストがおられるという
生き方をした」

澄田先生はそう語られた。
そして中森幾之進との出会いがなかったら、
今日の自分はないと言われる。


「下へのぼる」とは、キリストの謙遜の精神、奉仕(人に仕える)の精神だと思う。
人は、すぐに傲慢になり、自分が何かをしたという。
けれど、天のみ国への道は、へりくだりの道。

「私は弱い時にこそ強い」という聖書の言葉を
中森牧師は、その本の表紙に書いて澄田先生に贈呈したという。
1981年77歳で亡くなるまで、苦悩の連続であったけれど、
1977年、イスラエル・ヨーロッパへの巡礼の旅の記念に
歌集を残すほどの歌人でもあった。

一人の宣教師によって創られた学校が、
120年経って、20万人以上の卒業生を出し、
それぞれの地にあって、実を結ぶ。
不思議な縁であり、恩寵だと思う。

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これはどこの教会でしょうか。

northland-art-studioさんからお借りしました。
いつもありがとうございます。
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