いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2008/9/29

有馬温泉記  自然

有馬温泉に友人たちと4人で泊まりました。

幼稚園、小学校、中学校まで一緒だった友達です。
その後はそれぞれ別な進路へ進みましたが、ずーっと続いてる仲間です。
思えば、19歳のとき、初めて友達と旅行したのも、このメンバーでした。

それぞれ家庭をもち、子どもたちも成人し、やっとまた4人での旅が実現したのです。
6年くらい前から、有馬温泉へ行くから。。。という声は聞こえてましたが、
なんだかんだで、掛け声ばっかりでした。

いつもは、私が実家に帰ったとき、4人でお昼ご飯を食べて、おしゃべりするのが楽しみでした。でも私の実家がなくなり、故郷へ帰る理由がなくなってしまい会えませんでした。

第二名阪が開通し、いままで3時間半かかっていたのが、2時間半で来れるようになり、ついに3人そろって車で来てくれました。

合流してすぐ、「そらいろのたね」というとても素敵な和食のお店へ行きました。
友達を連れて行きたくなるお店。でもこっそりと隠しておきたくなるようなお店です。
普通の住宅なので、まるで知り合いのおうちを訪問しているような錯覚に陥ります。
器も凝っていて、友達もとても喜んでくれました。

有馬温泉街で一番山の高いところにあるホテルに泊まりました。
お部屋は7階、レディースプラン10部屋限定のとてもお値打ちな部屋でした。
眺めもとてもよく、そして何より静かでした。
眼下には噴水のあるプールが見えました。
残念ながらお天気が悪かったので、
夜の星や早朝の朝日は見ることができませんでした。

でも「薔薇風呂」をやっている日でした。
9階の大浴場も広々として絶景。

夜と朝、3回温泉を楽しみ、大満足の友人たち。
食べきれないほどのご馳走。
こうして旅が実現したこと、本当に感謝でした。

今度は北海道へという声もあり、、いつか実現するでしょうか。

気心が知れた友達、気の会う仲間との旅は、本当に楽しかったです。

帰り道、高速道路を宝塚まで一緒に走り、ハザードランプをちょっと点滅して別れの挨拶をした私に、後ろで手を振ってくれる友達、、
私がインターを降りる直前、すれ違って互いに手を振ったとき、
なんだか熱いものがこみ上げてきました。

友情・・・かけがえのない友達・・・
年月をかけて育んできた心の交わり。
互いを思いやり、
しゃべりまくる旅。

この友達をこれからも大切にしたいと
心から思いました。


そして気持ちよく送り出してくれた、それぞれの家族にも
感謝を捧げたい。

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雨だったので、こんな感じでした。
緑の山に囲まれ、紅葉には早かったのですが、お庭も美しかったです。
有馬温泉の観光案内から写真をお借りしました。
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2008/9/25

Love Letter 小樽〜神戸  心象風景

Love Letter(ラブレター)
監督 岩井俊二 1995年
中山美穂・豊川悦司 柏原崇 酒井美紀
ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
私は中国語の字幕と吹き替えのDVDを持っています。

小樽と神戸を舞台にしたお話です。
「図書館・似ている」このキーワードから思い出したことがあるので、
ちょっと書き留めておこうと思いました。

初恋の人と瓜二つの女性が現れたら、プロポーズしますか。。。

*******
まだ学生のころ、自分の町K市の図書館ではなく、もっと大きいN市にある県立図書館へ通っていたころのことです。

そこはかなり広い閲覧室・自習室がありました。

ある日、にこにこ笑いながら、私のほうへ歩いて来た男子学生は、すぐ近くへ来て、はっとした様子で、決まり悪そうに私の前に座りました。

しばらくしてその人の男友達が来て、「似てるな、いっしょに来たのかと思ったよ」と話すのが聞こえました。

その人の女友達と私がとても似ていたらしいのです。

何日か過ぎて、次はその学生とその女友達が並んで座っていました。
私にどこが似ているのだろうかと、ちらちらとその女性を見ましたが、
私には似ているとは思えませんでした。

でも他の人から見ると、よほど似ているらしく、その女性と間違えられたことが、
また、ありました。
「本当によく似てるな、不思議だな」と言ってる声が聞こえました。
付き合っている人が間違えるのだから、顔だけではなく、雰囲気も似ていたのかもしれません。
なぜ違う人なのか、分からないというように、何度も、じっと私を見つめていました。

もちろん、どこの誰だか分かりません。
いまどうしているかも分かりません。

でも、どうしてか、その男性の影が、いまも私には見えるのです。
本当に嬉しそうにこっちへ来るのです。

きっとその男性は恋をしていたのでしょう。
彼女の影を見つけて、嬉しくって急いで来たら、
違う人(私)だったので、戸惑いとがっかりが混じった顔になったのでした。

影は、その人の代わりになれるのだろうか。。。


映画ラブレターの彼は山で遭難して、初恋の人に似た婚約者を残して逝ってしまうのです。
似てるというだけで、友達を差し置いてプロポーズしてしまったのに。


私に似ている彼女と、彼は、卒業後いっしょになっただろうか。
いまも彼女と私は似ているだろうか。
20代の時、よく似ていた私たちのその後の人生は、
決して似た人生を送ってはいないはず。
彼女はどんな影を刻んだだろう。
いま、会ってみたい気がする。

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初恋の人に似ている人が、いま現れたら、
あなたはどうしますか?

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ナナカマドーnorthland-art-studioさんからお借りしました。

三浦綾子さんの好きな木です。
ちなみに彼女をキリスト教の信仰に導いたのは前川正さん。
彼が病気で亡くなってから、彼に似ている三浦光世さんが現れました。
似ているということで、警戒した綾子さんでしたが、
光世さんは前川さんと綾子さんの魂の交わり感動し
綾子さんを励まし、彼女は癒され、病床から起き上がることができ、
結婚し、その後キリスト教信仰者の作家となった。

似ているというのは、不思議なこと。

正さんは取り去られたけれど、光世さんを与えられた。
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2008/9/24

エディット・ピアフー愛の讃歌  ドラマ

エディット・ピアフー愛の讃歌(原題:La Mome)

去年の9月に上映され話題になったこの映画、
岸洋子さんが、ピアフのレコードを友人に借りて聴いたことがきっかけで、
クラシックからシャンソンへ転向したということを知り、DVDを借りてきました。

ピアフのおおよその生涯は知っていましたが、
映画では年代があちこちに飛び、少し分かりにくかったです。
けれど、アカデミー主演女優賞をとったマリオン・コティヤールは、
ピアフの特徴をよくとらえ熱演していました。

その生い立ちは恵まれてはいませんでした。
3歳から7歳まで目の病気で盲目になっていたけれど、
聖テレジアの廟へ巡礼して奇跡的に治ったとは知りませんでした。
カトリックの信仰をもっていたようで、テレジアを通してイエス様に、
お願いするというのは、変な感じだけれど、キリストへの信仰を持っていたらしい。

伝説の「オランピア劇場でのコンサート」で十字架の首飾りがなければ、歌わないといったのは、本当なのだろうか。

ピアフの人生は、別れの人生のような気がした。
幼い時可愛がってくれた娼婦のティティーリアから引き離され、
共に励ましあって生きてきた、親友モモーヌは感化院へ、
歌の才能を見出してくれたパパルゥは殺され
恋人マルセル・セルダンは飛行機事故

歌に生きた人。
「私は語るように歌うのよ」という言葉が心に残った。

最後の方で、女性記者にインタビューされ、若い女性へひとこと、
「愛しなさい」aimer(エメ)を繰り返す姿は、
マザーテレサを思わせる。

フランスでもっとも愛されている歌手、
「パリの魂のような声ね」と言ったのはマレーネ・デートリッヒ
親しい交わりがあったとは知りませんでした。

1960年ころ捧げられた「私は後悔しない」(水にながして)という曲は、
ピアフの人生そのもの。

愛の讃歌は、死を超えた愛。

苦しみから逃れるために、モルヒネを注射しなければ生きられなかった
その壮絶な生からうまれた、愛の歌だから魂に響くのだろうか。

人生を理解するには、人は苦しまなければならない。

47年のその生涯は、愛の生涯だと思う。
何人ものシャンソン歌手を見出し、育てたことは、
この映画では強調はされてなかったけど、
人を愛し、歌を愛したピアフは、
その魂を受けついた人たちの中に
今も生き続けていると思った。

ピアフの歌は、何か他の人とは違う、
それは「あの光」を見たからだろうか。
いつも守ってくれる「あの光」を。

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エディット・ピアフーCDジャケットより
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2008/9/23

白鶴美術館の虹  美術館・博物館

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お墓参りの帰りに、白鶴美術館(神戸)へ寄りました。

いつ行っても閉館していた私設美術館が、今日は開館していました。
秋季展「古代中国 青銅器と文字文化

白鶴美術館は二棟が渡り廊下で結ばれ、美術館は上の写真にあるように、
まるで大きな蔵の中に、重要文化財が保管されていて、それを見せていただいている、
そんな感じでした。
壁は蔵と同じ厚さ、窓はたくさんありますが、鉄の厚くて重そうな扉がついています。
一階の回廊(ベランダです)になってるところも、お天気が良かったので外に出て、よく手入れされたお庭を眺めることができました。雨の日は出れません
建物の裏から庭へ小川が流れるようになっていて、小さな茶室もありました。
かなりの高台にあるので、見晴らしがよく、海も見えます。静かで小川のせせらぎも聞こえます。

写真の中央、少し上の方だけ見える大きい燈籠のようなものには、奈良の音声菩薩と同じ様式の文様がありました。

庭には、冷たいお水のサービスがあり、縁台に座っていただきました。
もみじの木が、ほんの一部紅葉していました。

青銅器は、きちんと詳しい説明書きも添えられて、壁面と、陳列ケースにそれぞれ一つずつ入れてあり、ぐるっと回って全体を見れるようになっています。
床は古い木目込みで、歩くとなんともいえないいい音がします。
天上には、さすがに白鶴酒造、、四角く区切った中に、何十羽もの白い鶴が丸くデザインされています。
二階へ上がる階段の手すりは、京の五条の橋の欄干のようでした。古くて擦り切れた青くて白い模様のある、年代物の絨毯が敷いてありました。歴史の重みを感じます。

そして見つけたのです。
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とうてつき龍文方卣(りゅうもんほうゆう)・・・「とうてつき」という漢字はあまりにも難しくて書けません。ごめんなさい。

中国 紀元前1300年ごろ、商(殷)の時代のもので、重要文化財。
下の四隅が鼻で、それぞれ左右に目があって、大きな角もある羊。
蓋には小鳥、そして持ち手のところは双龍・・
この龍も、羊も、どこかおかし味のある、ユーモラスな表情をしている。
この容器の中にはお酒(お神酒)が入れてあって、魔物がそれを盗みにこないように、羊が大きな八方目で見張っているとか。

説明によると、この時代、龍が天より下って河川に水を飲みにくる、
それがだと信じられていたというのです。

あなたはご存じでしたか。
私は龍と虹が結びついている話は、初めて聞きました。
虹が出るとき、水を飲んでいる龍を想像してみます。今度から。

このところ、虹にこだわりのある私にとって、
これはとても驚くべきニュースでした。

そのことを知るために、ここへ来た!と思ったほどです。


この白鶴美術館は、昭和6年白鶴酒造七代目嘉納治兵衛が、古希を記念して設立したもので、昭和9年に完成。私立美術館のさきがけともいえるものだそうです。
鶴翁と呼ばれ、正倉院展が明治初年に開かれたときは、その手伝いをしたというほどの、若いころから古美術愛好家だったようです。
昭和26年に90年の生涯を終えられたけれど、
今も美術館は人々の鑑賞や研究に役立っているという。

財産家が、自分の楽しみに明け暮れるのではなく、
このような貢献をなさるのは、立派だと思った。
大原美術館もそうだけれど、このような小さい美術館は素敵。
お金儲けのためでない、社会への還元、文化の発展、偉い人だと思った。
11月には大学教授の講演会や、二胡と揚琴の演奏会もあるようです。

今年の芸術の秋の幕開けは、こうして始まりました。

よい祝日でありました。
お墓参りした御蔭?・・いや神様の贈り物!感謝。

*写真は白鶴美術館のHPからお借りしました。ありがとうございます。
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2008/9/21

青春の光と影  音楽

フォーク界の妖精と言われたジュディ・コリンズの
青春の光と影をはじめて聴いたのは、
映画の予告編で曲が流れたとき。暗い海辺を歩いている人影。
その美しい旋律に、何という曲だろうと目をこらしたら、
スクリーンの左下の隅っこにー青春の光と影ーという白い文字があった。

しっかり記憶に留めたけれど、その映画を見ることはなく。
ただその音楽だけが忘れられなくて、
いつかレコードを買いたいと、ずーっと思って40年。
いまやレコードはなく、CD.
「悲しみのクラウン」というジュディ・コリンズのCDを
ついに手に入れました。

1.悲しみのクラウン
2.青春の光と影(想い出の曲)
3.風に吹かれて(懐かしい曲)
4.アルゼンチンよ泣かないで(大好きな曲)
5.雨にぬれた朝(讃美歌、世のはじめ、さながらに)
6.悲しみのジェットプレーン〜故郷に帰りたい(カントリーロード)「耳を澄ませば」で使われていましたね。
7.時代は変わる(大好きな曲でしたが、曲名が分からなかったもの)
8.バーバラ・アレン
9.レット・イット・ビー(ジュディのもいい)
10マイ・ファニー・ヴァレンタイン(ジュディ節)
11.エンブレイサブル・ユー
12.グロッカモーラの様子はいかが
13.決めた心
14.アメイジング・グレイス(讃美歌)

ほとんどの曲が懐かしいものですが、
歳を重ねた妖精の安定した歌唱に癒されます。


青春時代の激しさ、苦しさ、その情熱は
歳をとっても、消えるものではない。

「青年が年老いてゆく そんな馬鹿なことがあるか」
小熊秀雄は「若い薔薇へ」という詩で、そう叫んだ。

「人間は心を洗う手はもたないが
心を洗う心はおたがいにもっているはずだ
葉がこぼしたものを土が吸ったように
君の渡した美しいもので私は顔を洗いたい
自然の子としての人間の力を祝福して
ある共同的なもののために
今日は乾杯しよう」(小熊秀雄詩集「乾杯」より)

いつも青年の心で、お互いに心を洗いたい。

青春の光と影
遙か前方には
未知の希望が輝いている

いつかまた
あなたが青春の自分に
出会うとき

その心には
同じ焔が
燃え続けている

驚いて見つめるとき
その影は
あなたに光を投げかける

さあ、勇気を出して
かつて夢見た
未知の希望をいまその手に


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若き日の小熊秀雄ーnorthland-art-studioさんからお借りしました
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