いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2008/6/11

ルノアール・ルノアール  絵画

京都国立近代美術館で「ルノアール+ルノアール展」が開催されています。

友人が招待券を新聞屋さんから2枚貰ったからと、誘ってくださった。
天気予報は雨だったけれど、雨天決行とばかりに待ち合わせの阪急河原町駅へ向かう。
久しぶりの阪急京都線−長岡天神−桂−烏丸と駅の名前も京都らしくなる。
桂駅では女子大生らしい若い女性がたくさん降りていった。

友人は、雨が降らないように一応お祈りしてきたけど・・・と。私は雨の薔薇園に続いて、雨のルノアールかと覚悟していた。曇っていたので、行列もなくすぐ入館でき、来館者は通常よりずっと少なく、じっくり3時間も過ごしました。家に着くまで雨は降りませんでした。

オーギュスト・ルノアールの絵は、あまりにも有名でよく知っていましたが、その息子ジャン・ルノアールが有名な映画監督であることは、会場へ行くまで全然知らなかった。「大いなる幻影」という名作があるらしい。

展覧会は4つの章に分かれていた。
「家族の肖像」「モデル」「自然」「娯楽と社会生活」

父の画いた絵を明らかに意識してつくった映像。会場には映画の抜粋が15点も、同じテーマの絵の横で写されていました。対比して見るようにということです。
たとえば、水浴びをする女性、ブランコにのる若い女性、ダンスをする女性、、
息子ジャン・ルノアールが、いかに父の影響を受けているかということが、よく分かりました。

「自然・生きる喜び・美しい平和な光景」追求したものは、同じでした。

絵画と映画、、、、
昨日、写真とナレーションと音楽だけの「ヤーチャイカ」(私はかもめ)という映画を、谷川俊太郎・覚和歌子が中心となって作られたということを知ったばかりだったので、
この父の絵画を映画で表現したという、父と息子の関係が、とても興味深く、また、こうして見ることになった不思議を感じました。

絵画とか写真という静(動かないもの)と、
映像と音楽、言葉という動(動くもの)。。
形として残るものと、その瞬間に消えるもの・・・・
たとえば演奏会での音楽は消えるけれど、それを録音したものは残る。
劇場でみた舞台での演技は消えるけれど、それを録画したものは残る。

どちらがいい、ということではないが、CD,DVDで見ているだけは飽きたらず、コンサートや観劇に行く。
美術全集で見る絵の、本物を見たくなって、美術館や博物館へ行く。

絵画を映画にした・・・父から息子へ受け継がれていったもの。。
それはとても暖かい、優しい、平和なもの。息子の姿を描いた絵が、最初のコーナーにいくつかあった、その暖かい父親のまなざしを思う。その父の愛に息子は応えた。そういう親子の交流を、多くの人は求めている。。

そろそろ帰ろうかというとき、修学旅行の中学生たちと、外国人の団体客が到着して、混雑する一歩手前でした。

別の階で展示されていた、「近代の美術・工芸・写真」については、また後日。。

どうも2008年は美術館巡りの年になるようです・・・

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ルノアール「ぶらんこ」
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