いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2008/6/30

ライアの不思議  音楽

6月28日にライアのパンフレットをいただいた。
29日、夜の8時過ぎに送ってくださった、千葉のYさんにお礼と、どれを選んだらいいかという相談の電話をかけた。

あなたはどういう目的でライアを弾きたいの?と訊かれた。
わたしはただ、自分の魂の安らぎのために弾きたいんです、と答えた。
技巧を重んじ、技術を磨き、演奏会をしたいのではない。
Yさんが広島に転勤でいらしたとき、Yさんのライアの讃美歌を聴いて、ライアを弾きたいと思った方がおられるということをお聞きした。
その方と、Yさんと、私の願いは一致していた。


その後、私は、自分のブログのコメントを見て、驚いた。
なんと、Yさんからお聞きしたその女性が、現れたのです。
「ライアー掲示板」に、中古のライアを探していますと、書き込んだ私のコメントを読んでくださって、私のブログへ来てくださったのです。。。

その彩さんは、西宮教会で初めて目にしたライアを弾いていた方が、Yさんであることが分かって、驚いてコメントをしてくださった。

ライアを触ってから、知里幸恵さんに繋がり、そしてライア弾きのYさんの友人彩さんに繋がった。

カタログを見て、ファクシミリで小さい子供用のライアか、中古のライアはありませんかと、販売店のかたにお願いしたら、今朝、お電話があり、めったに出ないライアの中古がドイツから送られてきました。とのこと。

やはりどういう目的でライアを弾きたいかということがポイントのようで、
自分の魂の安らぎと慰めのために、讃美歌を弾きたいのですと言ったら、
いろいろ説明してくださったけど、ドイツの子供用の中古のライアが値段からいっても、一番いいようだった。

でも、腕を磨いたら?もっと音域の広い、ソプラノライアが欲しくなるかもしれない。
学生用や、演奏家用のものは、かなり大きいようだ。
でも癒しのために使われているのは、フリューゲルカンテレ(翼の箱形)の、
今回私が欲しいと思ったもののようだ。

音楽療法、ホスピス訪問とか、小さいほうが好まれるらしい。。
音楽を専攻したわけでもない私には、ぴったりかもしれない。

いままでは、心が沈んだときは、ピアノを弾いていた。
何かの曲を弾くのではなく、自分の心の欲する音を好き勝手に弾いて、
安らぎと、慰めと、満たしを得ていた。
魂の癒し。。。

ピアノが無くなったいま、ライアが与えられようとしている。
不思議な導き、、、、、

神様を誉め讃えるために、ダビデが羊の番をしながら弾いた竪琴。
十弦の琴をかき鳴らして讃美せよ。
ハレルヤ。

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フリューゲルカンテレ−翼の形のライア−多分これだと思います。
東京アンゲルスム−シカさんのHPよりお借りしました。
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2008/6/26

夢を与えられる  音楽

  賛美と証しのチャペルコンサート
     前田進一郎(テノール歌手)/
     アンダーズ・ウィーク ピアノ(レーナ・マリアの伴奏者)

神戸有野台教会で6/25日午後7時からのコンサートに行きました。

第1部 沖縄の歌、イタリアの歌
      
       Mamma  マンマ
       Volare  ヴォラーレ
       涙そうそう(涙がぽろぽろ流れる)
       芭蕉布  (ピアノソロ)
       Voglio vivere cosi 私はこのように生きたい

第2部   村沢秀和牧師(SDA長野キリスト教会)によるメッセージ

第3部  賛美と証し

       愛されて
       Amazing Grace  アメージング・グレース
       教会いちゃびらやー(教会へ行きましょう)
       Su nel ciel(天国にて)
         *イタリアの教会の礼拝の最後に歌われる讃美歌
          ・曲はhホルストの「惑星」のジュピターでした。(訂正)
       You raise me up ユー・レイズ・ミー・アップ
         *神様が私をその存在以上に高く掲げてくださった。
          その実感がある。感謝を込めて。
*荒川静香さんのエキシビションで使われた曲


その歌声は清らかで、プロとして鍛え上げられた、カンツオーネやオペラの声量豊かな張りのあるテノールでした。SDA教会の広島三育学院高校から昭和音大へ。卒業後音楽教師として働き、1998年より数度イタリアへ短期留学。2004年より沖縄に拠点をおき演奏活動を始める。

伴奏のピアノの音は、教会堂の天井へ昇り、そこから降ってくるような響き。海の上を漂うような心地よさ。ジャズピアノのような流れる旋律。スウェーデン人。17歳でボストンのバークレー音楽院に入学。ソリストとして、またジャズトリオを結成してヨーロッパ、日本、アジアで活動する。1989年からレーナ・マリアと共演し日本で20回以上にわたるコンサートツアーをする。


☆☆☆☆☆☆☆

音楽が嫌いだった中学生の男の子が、3年生になったときひとりの音楽教師と出会い、音楽大学へ行きたいと、ピアノを習い始める。遅い出発である。
両親も友だちもやめた方がいいという。高校3年生になったときには、ピアノの先生から進路を変更したほうがいいと手紙をもらう。

それでも前田進一郎さんは、夢をあきらめなかった。

浪人させることは出来ないと親に言われ、祈って、祈って、大学に合格した。
その後、三育小学校・中学校で音楽教師をしながらお金を貯めて、短期で何度かイタリアへ留学する。
親からの仕送りがあるわけでもなく、奨学金で学んでいるわけでもない。
周囲の金銭にゆとりのある学生が授業をさぼったりするなか、食費を削るため1日2食で、スーパーで一番安いパスタにトマトソースをかけ、毎日、ずっと食べ続けた。

どうしても欲しいCDをたくさん買ったとき、勉強のために観たいオペラのチケットを手に入れたときは、24時間食事をしなかったそうだ。断食祈祷にしようと、神様に苦しさを、不満をぶつぶつ言いながら、目の前に食事を用意して下さいと祈りながら、空腹に耐えた。

人の心に響く歌を歌うために与えられた、大いなる恵みという困難。

「神様が共にいてくださると知ったとき、平安があたえられました。
神様が与えて下さった不思議な道を進んでいく。
どうか、みなさん神様の恵みを、心を開いて受けとめてほしい、1度だけでもいいから。
もっている夢は必ずきかれます」

風邪をひいて、咳に苦しみながら、聴衆に訴える。
でもさすがプロ、その歌声はすばらしく、歌うときは体調の不良を感じさせない。
祈りつつ歌っていることが伝わってくる。

2008年はプッチーニ「ラ・ボエーム」、ヴェルディー「ファルスタッフ」、モーツアルト「魔笛」に出演が決まっているという。

愛知県芸術劇場での「ファルスタッフ」は、新人のためのオーディションだと思い込んで行ったら、有名なプロの歌手がたくさん来ていて、もうだめだと思っていたのに、沖縄の自宅に電話がかかってきて、アルトロフの役をお願いしたいといわれる。
神様が自分の前に立って歌って下さったに違いない。
9月に歌うとき、神様を讃美する気持ちで歌わせていただきたい。
弱い信仰の私であるのにという言葉を何度もおっしゃった。

「自分がこうしてプロのテノール歌手になったことに、自分でも驚いている。
子供の頃の自分を知っている人も、驚いている。
これは神様が与えてくださった夢だから、どんなに苦しくてもあきらめることなくがんばれたと思う」

このコンサートは、上手な歌とピアノを聴くというものではなかった。
神様の愛を知って欲しいという、熱烈な思いのこもったものだった。

最後のYou raise me upの歌詞は、自分の気持ちそのものだとおっしゃっていた。
−神様が自分の思いを遙かに超えたところへ、私を高く掲げてくださった−


与えられた夢は、必ず実現する。
神様が共にいてくださって、力を与えてくださる。

神の前に謙遜に歩み、神を讃美する二人の姿は、尊く美しかった。


困難な中にあっても、希望をもって生きること、
そこには平安と喜びがあるという、生きた証人だった。
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富良野・本幸−northland-art-studioさんからお借りしました。
  いつもありがとうございます。

☆☆

長くなってしまいましたが、You raise me upの歌詞があまりにもいいので、訳詞を載せます。

心が沈んで、魂が疲れ果てたとき
困難にぶつかり、重荷を感じているとき
私はここで動かずに、静かに黙って待っています
あなたが来てくださり、私の隣りにそっと座ってくださるまで

あなたが私を高く掲げてくださるからこそ 
私は高い山へも登っていけます。
あなたがいて下さるからこそ
嵐の海を歩いていくことさえ出来るのです。

あなたの肩の上にいるとき、私は強くなれます。
あなたは私を、私以上の存在にするために励まし
共にいて、私を高く掲げて下さいました。
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2008/6/22

銀のしずく  音楽

6月7日にライアという竪琴の本物を、やっと見て触ったということを書きました。

その後、友人のHPで

銀のしずく ふるふるまわりに
金のしずく ふるふるまわりに

と石に刻まれた歌碑の写真を見ました。
どこかで聞いたような・・・と思い、はっと気づきました。
ライア弾きの木村弓さんのCDのタイトルです。
さっそく歌詞カードを見てみると、原作:知里幸恵訳「アイヌ神謡集」より
とあるではありませんか。

アイヌの人達の古い弦楽器、トンコリの音色とライアの音色・・・
微妙に違うけれど、どこかで繋がっているような。

ずっと欲しいと思っていたライアを触ってから、すぐにこの銀のしずくの歌碑を見たことの不思議。

知里幸恵さんは、19歳で亡くなってしまったけれど、
その詩才は高く評価されていた。彼女はアイヌ民族に伝わる神謡を、ローマ字でその音を記し、日本語に訳した優秀なアイヌの女性だった。
そしてクリスチャンでもあった。

早速「アイヌ神謡集」と「アイヌ民族」(本多勝一著)と「アイヌ歳時記・二風谷のくらしと心」(萱野茂著)を注文した。

トンコリをつま弾きながら、歌い語ったものだろうか。
私はライアを弾きながら、語りたいと思った。

そこには生きる知恵が語られている。

アイヌの人達も、韓国の人達も、日本人から迫害を受け、虐げられた辛い歴史がある。
そこへ宣教師たちは、キリストの愛を伝え多くの人達が信じた。
祖先が語り継いできた物語を、キリストの愛を知った人が残した。

バチュラー八重子という歌人は、宣教師の養女となり、ロンドンにも留学した当時としては稀な経験をもつ女性。アイヌの人でクリスチャン。その歌は深淵を見つめた人のものだった。

アイヌ語で話すことができる人は少なくなったという。
言葉を守ることは、民族の存続に繋がる。

失われゆく民族の誇りと伝統、文化。
しかし何とか残していこうとしている人は、アイヌの血をひく人達だけでなく、日本人にもいる。アイヌ語の講座もあるという。

ユーカラという言葉の響きに、心ひかれた十代のころを思い出す。


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薔薇のしずく−northland-art-studioさんからお借りしました
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2008/6/19

富士山  ひと

静岡県に生まれた作家、藤枝静男を友人から教えてもらって「悲しいだけ」という本を読んだ。

昭和54年(1979年)に出版されている。
彼が奈良をよく訪ねていることを知り、私は想像の翼を広げて果てしなく飛んでいった。

いまから書くことはそうだったらいいな、というあくまでも私の願いで、本当のことではありません。

もし、その人が藤枝静男だったら・・・というお話。

1970年代前半のころ、確かな日付は忘れてしまいましたが、通学で長距離の電車に乗っていたとき、一人のおじいさんに話しかけられました。若かった私にはおじいさんと見えましたが、まだ60代くらいだったかもしれません。

どういうことを話したか、どんな顔をしている人だったか、すっかり忘れましたが、何だか話が弾み、その人は静岡に住んでいて、富士山の大きなポスターを送ってくれるというのです。
だから住所、氏名を教えたわけでした。。昔は人を疑うことはあまりしなかったようです。

それから何日かして、本当に富士山のすばらしいポスターが送られてきて、私は自分の部屋の机の後ろの壁の高いところに、それをずっと貼っていたことを思い出したのです。

もしその人が、奈良から浜松へ帰っていく藤枝さんだったとしたら、どんなにいいだろう・・・などと考えたのでした。

あのころはおじいさんに話しかけられることがよくあって、ある人は同じ市に住んでいる呉服屋さんで、後から母に話したら、祖母をよく知っている人だったと分かったこともありました。孫の嫁にと思われたのかもしれません。。(本当です)


のどかな、よき時代だったのでしょうか。

富士山のおじいさんに、お礼の手紙を出したのは覚えているけれど、いつしか疎遠になってしまった。

本当は、どういう人だったのだろう。
どうして話しかけてくれたのだろう。

一期一会の心が温かくなる思い出。

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こんな感じの富士山でした−名前がよく分からない方からお借りしました。
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2008/6/16

深き淵より  いのち

毎年、医師による連続講演会が神戸有野台教会で行われる。
木曜日から日曜日まで、神戸アドベンチスト病院の医師たちが講演してくださった。

最終日の昨日は山形謙二院長の「深き淵より」という講演会だった。

真の人生は出会いから始まる−マルチン・ブーバー

昨年の山形先生の講演会に、衛星放送のライブでSDA苫小牧教会で参加なさった札幌のある婦人がいらっしゃった。
そのAさんは癌になり絶望しておられたとき、山形先生の『隠されたる神』を読み、神様を求めSDA札幌教会へいらっしゃるようになった。助けと支えを求め、神様に出会われた。

詩編130編の1節〜2節
深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。
主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈る私の声に耳を傾けてください。


このような祈りに主が答えてくださった。そして再発しても、もう死への恐れはなく、

詩編130編の5節〜6節
わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によて、わたしは望みをいだきます。
わが魂は夜回りが暁を待つにまさり、夜回りが暁を待つに、まさって主を待ち望みます。

この聖書の言葉のとおり
深き淵から希望の光りを見いだし、救われた魂として、主を待ち望むようになられた。

その婦人はできれば神戸へ来て山形先生にお会いしたいと思われた、しかし体調がおもわしくなく、旅行は無理。そこで今年の1月18日に札幌教会の招きで、先生が北海道へいらした。その日は大雪で、旭川はマイナス38度とか。札幌駅まで車で迎えに行く予定が、教会に一番近い地下鉄の駅へ長靴を持ってのお出迎えとなった。

山形謙二先生の著書『隠された神』という本は、深い絶望の淵から助けを求める魂に、神様を呼び求めるようにと励まし、多くの人の支えとなっている。
院長として、ホスピス病棟で、山形先生は献身的に、謙遜に働かれ、ときにはしゃれを言って患者さんを励ましておられる。その暖かいお人柄を慕う患者さん、看護師、職員は多い。

キリスト者が、キリストの愛を行う。
神戸アドベンチスト病院が、ますますキリストの愛に満たされ、人々に奉仕する病院として丘の上で輝いて欲しいと願った。

****

そして先生のもう一つのお話も、心を打った。
アメリカにアーミッシュと呼ばれるクリスチャンの人達がいる。彼等は18世紀ころの生活を維持し、従順、謙遜、質素な生活をしている。(映画「目撃者」でご覧になっている方もあるだろう)
そこへ散弾銃を持った男が、「自分は神様に怨みがある」と言って、アーミッシュの少女達7人を殺し、5人に大怪我をおわせた。
その時、娘を殺されたアーミッシュの人達は、自殺したその犯人の妻や父親の所へ行き、自分たちはあなたを赦しているからと、彼等を慰め、励ましたという。

マタイによる福音書5章43節から45節の
「隣り人を愛し、的を憎め」と言われていたことは、あなたがたの聴いているところである。しかしわたしはあなたがたに言う。的を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして天にいますあなたがたの父の子となるためである。

というみ言葉を行った。全米の驚く人々に対して、アーミッシュの人達は、「自分たちも神の前には罪人であり、赦すということは、キリスト教の昔からの教え。赦さないという選択肢は自分たちにはない」と答えたという。

多くの人達は、肉親を殺されたとき、「決して赦さない、犯人を死刑にしてくれ」という。それが普通の反応だ。
しかし、本物のキリスト者には、赦すという奇跡、恩寵が与えられる。

アーミッシュの人達の本物の信仰を見せてもらった。

自分が神様から赦されているという自覚がなければ、
人が人を赦すということはできないと思う。

詩編130編3節4節7節8節
主よ、あなたが罪をすべて心に留めれるなら、主よ、誰が耐ええましょう
しかし、赦しはあなたのもとにあり、人はあなたを畏れ敬うのです。
イスラエルよ、主を待ち望め。慈しみは主のもとに、豊かな贖い主のもとに。
主は、イスラエルを すべての罪から贖ってくださる。


神に対する畏敬(いけい)の念がなくては、人を赦すということはできない。

アーミッシュの人達の合い言葉は、JOY.
Jesus firsu   神様が一番
Others sekonnd  他の人がその次ぎ
Yourself last    あなたが最後


自分が一番、他の人はその次ぎ、神様が最後の生活を送ってないかどうか。。
反省しました。

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Glory栄光−northland-art-studioさんからお借りしました
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