いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2008/5/30

1日朗読講座  朗読

毎年この時期になると、1日朗読講座がある。
もう10年も続いている講座。私はまだ5回というか、もう5回というか。

神戸近郊の市町村から180名くらいの人が集まってくる。
3日間に分かれて、1日60名くらいが、5〜6名の組に分かれて、それぞれ指導者が一人つく。その指導者は大先生が育成している人たちで、地域の各グループのリーダたち。

毎回指導者も、組のメンバーも違うし、教材も違う。
初見で渡されたテキストをみんなで読み、指導して貰って、最後には発表がある。
一人一人全員が、みんなの前で読む。
ものすごい緊張感が心地よい緊張感に変わるのは、
終わってしばらくしてから。。

短い文章だけれど、たくさんの知らない人の前で読むことはドキドキきする。
上がってしまって、読み間違えたりもする。
私の1番の課題は、とちらないということ。


今年の教材は、森鴎外の「高瀬舟」、芥川龍之介の「杜子春」、志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」のどれかと、金子みすずの詩を、各組が違う作品を与えられた。

私の組は「杜子春」だった。
口を利いてはいけないと仙人から言われて修行をしていた杜子春が、最後に「お母さん」と言ってしまうところ。
閻魔(えんま)大王の声をいかに強く大きく出せるかというのが、ポイントだった。
A4一枚に書かれてあるところを5人で分けて読む。
詩は「空のこい」、1人で読む。

どこを読むかはみんなで相談する。
金子みすずの詩は3月に発表したばかりだけど。。。
閻魔(えんま)大王の迫力は、なかなか出ないし。。。
どこも難しいので、ここを読みますと立候補する人はいなかった。
もぞもぞみんながしていたら、指導者の先生が、それぞれに聞きながら、だいたいのところを決めてくださった。

私ともう一人の人に、詩を読むかお母さんが苦しい息の下から、杜子春に語るところか、どちらがいいと聞かれた。もう一人の人が、詩を選んだ。
あなたは練習の時、セリフに「泣き」が入っていたから、じゃここを、と言われる。

間違えないで読めますように・・・と祈りつつ、最後から2番目が私達の組だった。
高まる緊張感!

間違えないで読めたけれど、感情移入しすぎたかな、、と思う。
思いっきり、息子に語りかけた。

会場の後かたづけが終わって、一緒に来たグループの4人で帰るとき、大先生にご挨拶をした。先生は、にこやかにひと言、「新しい人は上手だからね」、と今年初めて参加した、うちの有望な新人を誉めてくださった。
それは、「後の者が先になり・・」という聖書の言葉を思い起こさせる言葉だった。

間違えなかったからって、ほっとしていてはいけないよ。
毎日の練習を怠ったら、何年やっててもなかなか進歩しないよ。
練習しているかどうかは、ちょっと読みを聞けば分かるんだから。

私には、先生がそう、私におっしゃっているように聞こえた。
先生のにこやかな微笑みの陰から、厳しい戒めの「奥の声」が、はっきり聞こえた。

また、1年間。毎月の大先生の勉強会で研鑽して、かたつむりのような歩みでも、恥をかきつつも、やめないで続けたい、朗読道でありますよ。

心地よい開放感を味わったのは、帰りの電車の中で、仲間と話をしていたあの時だけだったかも。
あとは反省と自責の念、、満足してしまったら、成長は止まってしまうのだから。。
キリスト道と同じかも。。
でも好きだから、やめたくない!

クリックすると元のサイズで表示します

光りへの旅−NORTHLAND-ART-STUDIOさんからお借りしました
0

2008/5/26

試みのときに  光り

立派な人格を備えたヨブを試みることを、
神さまがお許しになったように、
すばらしい信仰をもっておられると思う人を、
時に残酷な現実が襲う。

若い夫も妻も、その母も、その子の誕生をわくわくしながら待っていた。
あと1か月もたたないうちに、その子の泣き声が聞こえるはずだった。
しかし、その子は泣かなかった。この世に生を受けることができなかった。

「あなたは、それでも信じますか」
時々神さまは、私達に問い掛けられる。
願いが聞き入れられなくても、
予想もしなかったことが起こっても、
奇跡がおこらなくても、
「たとえそうでなくても、主よ信じます」
そう言いたい。

友人は言った
「あらゆる絶望や悲惨をみても、
それでも人生は意味があるものだと思いたい」

光りあるものを信じ、求め、希望をもって歩む。
いまできることを、あわてずにやり遂げる。

先輩は言った
「こんな状況にあっても、神さまを恨まない、
文句を言わないようにしようと、心に決めた」

辛さで心が押しつぶされそうな時にも、
必死で神さまにしがみつき、
主を讃美します!!と叫びたい。

愛する人たちの上に、慰めと励まし、
癒しと恵みと祝福が注がれますように。


クリックすると元のサイズで表示します

断崖の桜(或いは聖母子像)−NORTHLAND-ART-STUDIOさんからお借りしました。
0

2008/5/24

安田講堂  心象風景

クリックすると元のサイズで表示します

東大安田講堂−NORTHLAND-ART-STUDIOさんからお借りしました。

この写真を見て、ある種の感慨を覚える方は、私と同世代か、それ以上の方でしょう。
あの60年代の学生運動から、もう40年が過ぎました。
その歳月を象徴するかのような、銀杏の樹々・・・・

安田講堂が隠れていることに、複雑な心境です。
あの若き日の情熱は、何だったのだろう。

といっても私自身は学生運動を、関心をもって見ている人でしかありませんでした。
友人は京都の大学にいて、バスで東京へ行きデモに参加したと話してくれたりしてました。

ビートルズを聴き、いっぱい話をした学生時代。。。

感慨にふけってから、また続きを書きたいと思います。

******つづきです*******

まだ学生だったころ、友だちとふたりで東大の学生食堂へ行って、昼食を食べたことがありました。
大学の構内へ、東大生を装って進入、ちょっとどきどきしました。
周りにいるのはほんものの東大生たち。ニセモノの私は、何だかじろじろ見られているような気がして、落ち着かなかった。

残念ながら、図書館までは行けませんでした。
もう一度行ってみたいところです。

「されどわれらが日々」(柴田翔)、「湿原」(加賀乙彦)その他にも学生運動の時代を小説にしたものがあるはず。あの時代をどのように描くか。。とても興味があります。
あのころの闘士たちは、企業戦士に変身したのだろうか。。

学歴社会という言葉があり、受験戦争といわれ、どんどん競争社会になっていった日本。
すべてを破壊すると叫んでいた彼等は、なにを壊して、何を作ろうとしたのだろう。
彼等は何を目指したのか。それは見つけることができたのだろうか。

あの時代を検証する作家は、どれほどいるだろう。。

ラジオからは、ビートルズが流れていた。。フォークソング。。反戦歌、、
どんどん社会は変化していった。

2000年、携帯とパソコンが学生生活をも変えていった。。。

やがて銀杏並木は安田講堂を覆い隠してしまうだろう。
門の外から講堂は見えなくなるのかもしれない。。

あのころのこと、話したいですね。
0

2008/5/19

薔薇園  

2008年春の薔薇を見ることができた幸せ。

午後から雨という予報を聞き、家から歩いて2分のところにある薔薇公園に急いだ。
遠くからでも見える平和モニュメント。朱色の三本の柱が立っている。
その碑文をじっくり読んで、このモニュメントを創作した人と、自分が同じところに立っていることを知った。

☆1991年5月  彫刻家 井上武吉 ☆

ここには自然と人間が幸せに調和し、
宇宙と交感できる詩的で
安らぎに充ちた平和な世界がある。
過去、現在、未来の時空を超えた
自由、平等、人類愛を象徴する3本の柱。
人が集い、語らい、そして精神は大空高く解き放たれる。
死者への弔いと生命の誕生、自然と人間の融合、
生きとし生ける者への慈しみと
生命の輝きに満ちた広場には、
無限の宇宙の中心が存在する。
地下深く根をおろす3本の柱と、
静寂の世界へと誘う空間は、
時空を超えて人々をやさしく包含してくれる。



見慣れた3本の柱の立っているところをよく見た。
並んだ柱の右前方には、半円球体がおわんを伏せたようにある。
そこから直線が出ていて、柱の左前方にあるピラミッドの中心部を結んでいる。
半円球体のところから、命の水が流れているように、
公園の中央を一筋の水の流れがある。
水は下へ流れて、中央部分になる小さな四角い池へ流れ着く。

並んだ柱は、カタツムリの渦の流線の中心にあって、水が少したまっていた。

いままでピラミッドや半円球体があることは気づいていたけれど、
それが直線で結ばれていることは知らなかった。
制作者の意図が何か隠されているように思った。

これから薔薇園へ来るたびに、その謎を考えてしまいそうだ。
あなたは、どんな意図が隠されていると思いますか。


薔薇は咲きほこっていた。すべての花が開き、一番咲きのその花たちは、いまにもその花びらを散らしそうだった。
赤薔薇と白薔薇が屋根をおおう。壁の薔薇もすべて花をつけていた。
ホワイトクリスマスという薔薇の香りが高い。
一番香りが満ちているところのベンチでしばらくその香りを愉しむ。
人の波は、昨日の日曜日ほどではないようだ。

スケッチブックを手にした人、ニコンのカメラと望遠レンズ、三脚をセットして、じっと薔薇の前でカメラのファインダーを覗く人が、何人もいた。

いつも座るお気に入りの場所−
(建物は見えないで、木々に囲まれた薔薇だけが見える一番高いところ)で、ゆっくり薔薇を愉しむ。

そのとき、赤い半袖のTシャツに、ブルーの半ズボンをはいて、白い帽子(キャップ)を被った2才くらいの男の子が目の前をトコトコ走る。そのあとを若いお母さんがついていく。
ひとめぐり。
その男の子は階段を上り、煉瓦の低い垣根を廻り、黄色い薔薇の横を下り、そしてまた階段を上り、、、、同じ所をトコトコ走る。4周め、7周め、10周め。。
忍耐強いその子のお母さんは黙ってあとをついていく。
煉瓦の垣根のところでは、確認するように必ず後ろを見ながら走る。手を広げて私のほうに向かってくる。そして黄色い薔薇のところを曲がって下る。
この子はいつまで回っているのだろう、、14周め。。。
この子が走るのに飽きたら、私も帰ろう、、と思っていたら、ついに15周めを周ろうとしたとき、お母さんに手を引っ張られて、名残惜しそうにそこを離れた。。

同じことを飽きずにできる、、、子どもの世界、、、
今年は赤いTシャツの男の子に会えた、薔薇園。

朱色の3本の柱の意味を初めて知った。
人類愛(友情、友愛)、この言葉は、漱石が『こころ』で到達した心境であると、知ったばかりだった。


☆宇宙と交感できる詩的な・・・
☆時空を超えた自由、平等、人類愛・・・
☆無限宇宙の中心が存在する・・・(こんな大胆な言葉を使っていいのだろうか)

モニュメントの地下には、コンサートもできる空間がある。

くるくる周る男の子も出現する・・・ここは、実はすごい場所だったのだ。。。

薔薇たちはそのことを、きっと知っていて、でも素知らぬふりをして、毎年、毎年、誰に見せるためでもなく、美しく咲いて潔く散る。。。

クリックすると元のサイズで表示します

ブラックティー「ぶどうの樹」さんよりお借りしました。

クリックすると元のサイズで表示します

薔薇公園
0

2008/5/17

夕べの祈り  心象風景

私たちは、時に自分の中の弱さ、醜さ、傲慢さに気づかされることがある。
その時、逃げないで、その事実に向き合い、それを受け入れ、克服する。
それは苦しいこと、辛いこと、削り取られること、火で精錬されること。


今日、ひとつの祈りを聞いた。
内面の闘いに勝利した人が、涙とともに祈った。


−−− 夕べの祈り −−−

天のお父様
  花が眠りにつき、
  小鳥がねぐらに帰るように、
        私を、あなたのみ腕の中で憩わせてください。

人を傷つけてしまったあのことば、
     怠け心に負けてやり残したあの仕事、
    心の中で弄(もてあそ)んだとげとげしい思い、
あなたのみ手をはねのけて突っ走っしまった、あの時
    対面を取り繕ってしまった後味の悪さ
      かたくなな自分を認めようとしない意固地さ
 あなたのため、と言いながら、
小さなプライドも満足させてしまったあの奉仕。

  「もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら
      神は真実で正しい方ですから、
        その罪を赦し、
すべての悪から私達をきよめてくださいます。」


神さま、今日一日の、私のすべての罪を赦し、
すべての悪からきよめてください。


  あなたが喜んで受け入れてくださった私の小さなわざ、
   私の心が必要としていた励まし、
               笑顔、
                優しさ、
                 ぬくもり、
                  不思議な出会い・・・・

 みんな、みんな、ありがとうございました。

          あなたの御愛と平安のうちに、
             眠りにつかせてください。  
     


クリックすると元のサイズで表示します

イブの夜の月−NORTHLAND-ART-STUDIOさんよりお借りしました。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ