いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2008/2/28

優しさ  心象風景

やっと疲れがとれてきました。

早く日常に戻ったほうがいいと思っていたら、仕事の依頼が早速きました。

非日常のことがあると、人の優しさが身に染みます。

たくさんの方が、自分の都合をキャンセルして、別れを告げるために来てくださって、涙を流してくださいました。

グループホームで、母がいかに大切にしていただいていたか、よーく分かりました。
もちろん、ここがいい!と選んだのは私ですが、本当に良いところへ導かれました。

家族が支えてくれたことは、もちろんですが、
インターネットで知り合った友が、メールで励ましてくださったことは、予想すらしていなかった事で、感動しました。
励ましの写真集も届きました。こういうことが可能な世の中になったのですね。

ブログを読んでくださっているたくさんの人たちが、お祈りしているよ。とOさんが教えてくださいました。まったく知らない方のお祈りもあったのですね。
ありがとうございました。

優しさに包まれる、というのはこういうことだったのか。。。

つくづく、自分のいつも行っている教会の人たちは、兄弟姉妹だったのだということを感じました。顔をみるだけで、ほっとしました。

血縁の不思議も思います。遠くから哀しみを共にするために来てくれました。


言い尽くせない、感謝を、ブログを借りて申し上げます。

   み・な・さ・ま  あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す

あなたの やさしさに つつまれました


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2008/2/26

逝く  いのち

母は、仲の良かった兄の後を追うように、逝ってしまいました。

いつもパタっと逝きたいといっていた言葉どおり、
心筋梗塞で倒れ、1週間入院して、最愛の息子を待って、
やっと駆けつけた息子に手を取られ、「お母さん」との呼びかけに応え、
それまでの荒い息づかいが、すーっと安らかになり、
一晩息子に看病され、2日後の朝、静かに息をひきとりました。

グループホームの方がほとんど全員、病室に駆けつけてくださって
最後のお別れをしてくださいました。

H牧師とKさんNさん、Sさん、ホームの施設長ご夫妻は、私より早く病室に来てくださってました。
その朝は大雪、車で行けるかどうか、、、と心配したら、太陽がぐんぐん昇り、道路の雪を解かしてくれました。
山を越えて、病院へ。そして教会へ。

昨日、SDA西宮教会でH牧師の司式で、とても温かく優しい雰囲気の清々しい告別式をしていただきました。

教会の方々、グループホームの方々、たくさんの方々が母を送ってくださいました。
親族の者も、教会でのお葬式は清々しくていいと、しきりにいっていたようです。

みなさんの真心に包まれ、母は幸せな最後を迎えました。
ホームの方が、「まるで観音さんのようなお顔だ」とおっしゃった、まことに穏やかな、安らかな顔で眠りにつきました。

いつかは迎えなければならない時と、覚悟はしていましたが、それは突然やってきました。父が亡くなったのと同じ79歳でした。

キリストの再臨のとき、父と母は再会するという希望を、告別式で与えていただきました。そのとき、いっぱい涙を流した弟も私もそこにいますように。。。。
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2008/2/19

寿命  いのち

人の寿命というのは、生まれた時から決まっているのだろうか。。

そうだとしたら、寂しいような気もする。
特に短い命と決められていたら。それが分かっていたら。。
人の寿命は、自分では決められないし、分からないところに妙味がある。


17日の早朝、まだ夜明け前、電話のベルで起きた。
早朝の電話が、いい電話であるはずもなく、、
グループホームにいる母が救急車で病院に運ばれたという知らせでした。
急いで、高速道路を車を飛ばし、病院に到着。
肺炎だろうということでした。
ぜいぜいという息。しかし呼びかけには応答するし、まあ1週間もすれば退院できるかな、と思った。

ところが次の日、転院するので、至急来て欲しいという連絡が病院から。
また急いで高速を飛ばしていくと、すでにグループホームの施設長と事務長も来てくださっていた。
検査の結果、どうも心臓の具合が悪いようなので、循環器専門の病院へ。
また救急車で。そんなに遠くないので、助かった。
救急車を車2台で追う。

その時の母は、もう意識がないのでは、、、というような様子。
いろんな検査の結果、すべての臓器が弱っていて、心筋梗塞を起こし、心室中隔穿孔という心臓の壁に穴があいているとか・・・・
明日をもしれぬ危篤状態。。

早速弟に電話をする。延命治療はしていらない、とずっと母は言っていたことを互いに確認して、覚悟を決める。

ナースステーションの横の、回復室で母の横に泊まる。
多臓器疾患の一歩手前です、、などと予断を許さない状況であると、若い誠実そうなドクターから告げられる。

今日は、偶然にKさんが教会でH牧師に会い、母のことを話してくださった。すぐにH牧師が病室に来てくださって、お祈りをしてくださった。

その後、グループホームの元職員で、大変お世話になったNさん、Iさん、Sさん、Kさんが来てくださって、大いに刺激を与えられた母は「水が飲みたい」とか「都まんじゅうが食べたい」とか話すほどに意識がしっかりしてきました。H牧師の(霊験あらたかな)お祈りのお陰かもしれません。

2年前にも、ヘルペスで、もうだめか、と思ったけれど、ますます元気に。
今回もそうであってほしい。
人の寿命というのは、人には分からないし、決められないのだから。

母の寿命がもう少し、あと20年(100歳まで)とは言わないけれど、
元気になって、憎まれ口をたたくほどに回復して欲しい。

糖尿病、狭心症で心臓は弱いはずだけど、結構母の心臓は強い。

Kさんが夜、病室に来てくださったときは、本当の姉妹のようで、
とても嬉しかった。信仰の兄弟姉妹たちの祈りと励ましが、力になり、慰められることを、また実感し、感謝しました。

すべては、み心のままに。。。

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2008/2/14

赤ちゃん  いのち

この世に命を受けて、まだ2日しかたっていない赤ちゃんを見てきました。
まだ48時間しか生きていないのです。
Y子さんの4番目の赤ちゃん。女の子です。

新生児室には、たくさんの赤ちゃんがいました。生まれたてのほやほや・・・
みんな目を閉じて、無心に眠っています。
まだ、名前もついていません。
ガラス越しですが、生まれたばかりの、本物の赤ちゃんをじっくり見るのは、何年ぶりでしょう。
もし孫ができたら、こうして私は「うちの孫が一番可愛い」と思って見るのでしょう。
写真も撮るでしょう。

いのちから、いのちへ。生命の連鎖。。。
誕生したばかりの命に触れると、人は優しい気持ちになる。
どんな人生を送るのか、、未知のすばらしい可能性が光る。
赤ちゃんが可愛いのは、親が愛をもって育てるように、ということらしい。
子供は3歳までで、一生分の親孝行をする、というのは本当だと思う。
その最初の3年間を、親と過ごすことができなかったら、
それほど哀しいことはない。親にとっても、子供にとっても。

すっかりお母さんになっているY子さんは、優しい聖母のような慈愛に満ちた、ゆったりとした佇まいでした。いままでは年賀状のやりとりだけでしたが、最近ブログでおしゃべりをするようになって、親近感を覚えていました。家に帰ってからよく考えたら、27年ぶりの再会でした。

Y子さんの伯母さんですか?と言われたことが、とても光栄な、素敵な思い出になりました。そう、伯母さん。ずっと、ずっと見守っていたい。
娘にしては歳が近い。そう、伯母さんと姪という関係がぴったり。

27年の時空を越えて、こうして会えたのは、
この赤ちゃんのお陰。

ようこそ、赤ちゃん。
幸せな、祝福に満ちた、未来へ。
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2008/2/12

祈り  心象風景

春と秋に1週間ずつ、祈祷週という祈りの週があります。
昨年の秋の祈祷週は、どういうわけか、ずれて、ずれて、とうとう冬の祈祷週になってしまいました。それも12月から1月へと、年越し祈祷週に。

礼拝がある安息日(土曜日)の午後、昼食後、残れる人たちが会堂で「祈祷週の読み物」を輪読し、その後祈りのテーマをあげて祈ります。いつも10こくらいのテーマが出されて、ホワイトボードに書きます。前の週の祈りの感謝がテーマになることもあります。二、三人に分かれて祈ります。

折しも我が家の長男の大学受験、
みなさんが心を込めて、気合いを入れて?お祈りしてくださいました。

近くのみなさん、遠くのみなさんの祈りと、神さまの大きな憐れみで、何とか合格できました。
心より感謝いたします。

去年合格したところから、よもやの不合格。
不安になったときは、讃美しました。
こういう時こそ、讃美の力。

前日に熱を出したり、ある時は受験票を忘れたり、、
二浪はないよ!が私の口癖になっていましたが、
忘れた受験票の番号は01926(行く二浪)。

ほっとしていますが、まだなかなか実感がわきません。

早く入学金を振り込みたい!
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