いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2007/11/29

矢と歌−太田俊雄  ひと

「矢と歌」というロングフェローの詩があります。
自分が放った矢が、樫の木に刺さっているのを、ずーっとあとで見つけた。
自分が歌った歌を、友が歌い継いでくれているのを、ず−っとあとで知った。
という内容。

この詩を巻頭に掲げた『矢と歌−師弟物語』という本の著者が太田俊雄先生です。
新潟の日本キリスト教団の敬和学園高校の初代校長です。

私がこの本を図書館でみつけたのは、まだ20代のころでした。これは実話で、太田俊雄と、その恩師柴田俊太郎が出会い、その歌を歌いついでいく。
私はその歌を、私も歌い継ぎたいと切に願いました。

中学校で、国語の授業の最後の5分に『矢と歌』を少しずつ読んでいくのを、楽しみにしてくれる生徒たちがいました。(授業がそれだけ早く終わるというのも、魅力のひとつだったようですが・・)
全部読み終えて、みんなに感想を書いてもらって、私は新潟の太田俊雄先生に送りました。喜んでくださって、すぐにお返事をいただき、東京まで行くことがあるので、そちら(茨城県)へ寄りましょうか。と言ってくださいました。でもそのころもう高齢でご病気もあることを知っていた私は、遠慮して来ていただくことはしませんでした。お会いした方がよかったのかどうかは、いまでもわかりません。

*** ***
時代は日本が軍国主義に傾いていったころ、英語の先生だった柴田先生は神社で遙拝することが義務となっていても、「俺は耶蘇(ヤソ)だ。人が手で造ったものなど拝まんわい、空の青さはきれいだったぞ」と豪語する。太田はだからクリスチャンはだめなんだと思う。
柴田は歴史を読めといい、広い視野にたった考え方を語る。タバコを吸っている生徒を見つけても、その場では気が付かない振りをして、あとで太田に「あいつはあのままではだめになるから、お前から言ってやってくれ」という。その生徒は泣きじゃくり、心を入れ替え、優秀な成績で卒業する。
やっと自分の歌を歌い続けてくれるやつを見つけた。と柴田は太田との出会いを喜ぶ。
人を愛するとは、どういうことかをその生活で教えた教師を、私は知りました。

もちろん英語の先生となった太田は、後に新潟に敬和学園の創設に尽力を尽くし、毎年生徒を海外学習にアメリカへ連れて行ったり、広く世界を見ることを実践した。
太田先生はすでに故人となられましたが、いまは高校だけでなく敬和大学もできていることを今日、知りました。
市民大学講座開き、地域の方々と学生が謙虚に共に学んでいる。学校が地域に支えられ、地域に馴染んでいるということを知って、太田先生の歌はちゃんと歌い続けられているんだなあと感慨深いものを感じました。
** **

いっしょに「矢と歌」を読んだ生徒の中から、教師になった男の子がいます。残念ながら私が柴田で・・というようなことは無かったのですが、暖かい人柄の立派な国語の先生になったその子(もはや3人の子の父親ですが)に、私は『矢と歌』の本を贈りました。
16

2007/11/28

蜜柑−芥川龍之介  朗読

芥川龍之介の『蜜柑』という短編を3回(3か月)朗読で勉強しました。
昨日はその「おさらい」で、とても丁寧に初めから指導していただきました。

間(ま)の取り方を体感させるために、「文の切れるところでテキストを置いて、立って、坐って、きちっと読む箇所を確認してから、読んでご覧なさい」と先生がおっしゃいました。大きな間をとるべきところで、どうしてもワンテンポ早くなってしまうからです。そしてそれを体感した人はみごとにその間がとれるようになりました。すごい指導法だとびっくりしました。

「蜜柑」は、これから無くてはならない果物です。蜜柑とコタツというのは、どうもセットになっています。しかし我が家の居間には、もうコタツはありませんが・・(矛盾)。

☆☆☆

「蜜柑」は短編で、めずらしくエッセーです。芥川が横須賀線の汽車にのって、、という1919年(大正8年)の出版なので、二等切符と三等切符とか、運水車とか、赤帽とか、その時代を感じさせる言葉が出てきます。
その汽車に「如何にも田舎者らしい娘」が乗ってきて、「私」はとても不愉快な気持ちでいる。トンネルに汽車が入ろうとしているのに、窓を開けようとする無神経にも腹が立つ。黒い煙が入ってきて咳き込んだ。しかし汽車がトンネルを出たとき、踏切に娘の幼い弟らしい3人の男の子たちがいて

「いたいけな喉を高く反らせて、何とも意味のわからない喊声(かんせい)を一生懸命迸(ほとばし)らせた。するとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降ってきた。私は思わず息を呑んだ。そうして刹那に一切を了解した。小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していたいくかの蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのである」

と名文は続くのでありますが、「暮色を帯びた踏切」と、「乱落する鮮やかな蜜柑の色」「私」が感じた「得体の知れない朗らかな心もちが湧きあがってくる」。。実に見事な情景描写と心理描写に、いまさらながら舌を巻いたのであります。。

蜜柑を食べるとき、この空に舞う蜜柑を、あなたも想像してみてください。

☆☆☆

芥川龍之介が、横須賀にあった「海軍機関学校」で英語を教えていたとは、知りませんでした。
横須賀線にいつも乗っているようだけど、作者自身はどこへ行こうとしていたのだろう、、と朗読の勉強会で話していたら、思いがけず、ある方から教官をしていたことを教えていただきました。
恐るべしネットの力、、、です。

最近「アマゾン病」に罹っています。探している本やCDが、すぐに見つかるので、時間の短縮にもなるし、あちこちの古書店の方とのめぐり会いもあります。。

こちらも、恐るべし、ネットの、、、です。
0

2007/11/26

落ち葉のプール  

ある方のブログに「落ち葉のプール」という看板の写真と、その「落ち葉のプール」に入っている子供たちと大人たちの写真があって、だれがこのようなユニークな発想をなさるのかと、とても愉しい気持ちになりました。
  (興味がある方は、リンク集から探し出してみてください)

この公園の運営は、ほとんどボランティアの方々でなされていると伺いました。
市民が家族で楽しめる公園というのは、あるようでない。
「ポケットの中の物に注意。落としてしまうと、まず見つかりません」というアナウンスが流れていたというのも、面白いです。
落ち葉の匂い、感触、樹に抱かれているような感じかしら。。落ち葉のベッドかな。。アルプスの少女ハイジのベッドを思い浮かべたり。。。洋服が汚れたって、洗えばいいさ。

息子が小学生のとき、「自然学校」という合宿が4泊5日でありました。篠山の山の中で。ターザンのようにロープにぶら下がったり、小屋をつくったり。雨が降ったにもかかわらず、息子は帰ってくるなり、「ずーっと自然学校だったらいいのに」と言ってました。インストラクターのお兄さん、お姉さんたちとも、涙の別れをしてきたようです。

合宿でなくても、「落ち葉のプール」で小さい子供たちは、何を感じ、何を想ったのだろう。私が子供だったら、絶対入っているな。

神戸の王子動物園は、子供は入園料がいらなくて、近所の子供たちは動物と親しむ機会が多かったと思います。動物を愛している職員たちの心意気でしょう。

近年、旭山動物園が話題になり、私の知人も何人か旅行の予定地に入れていました。ここの飼育係の方々も、人気があっても奢らずという姿勢だったそうです。旭山動物園も中学生以下は無料らしい。。いいですね。

身近に自然がある生活というのは、一番贅沢な暮らしのような気がします。
海辺と山に別荘があったら、、、、、、、夢は限りなく、、、、、、
0

2007/11/24

求めない−加島祥造  

    加島祥造さんの本『求めない』

       (今日はKG大学のN先生から、この本からお話を聞きました)

求めない−
すると
もっと大切なものが見えてくる
それは
すでに持っているもののなかにある


求めない−
すると
いま自分にあるものが
素晴らしく思えてくる


求めない−
すると
ひとの心が分かりはじめる
だって、利害損得でない目で見るから


あらゆる生物は求めている。
命全体で求めている。
一茎の草でもね。でも、
花を咲かせたあとは静かに
次の変化を待つ。
そんな草花を少しは見習いたいと、
そう思うのです。

ぼくが「求めない」というのは
求めないですむことは求めないってことなんだ。

すると
体のなかにある命が動きだす。
それは喜びにつながっている。

☆☆☆

いかがでしたか。

自分の利益を求めるのではなく、他の人の利益を求める生き方、、、
そこに喜びが溢れてくる。。

加島祥造さんの、大いなる逆説。
何か、はっとさせられる言葉でした。

「求めよ、さらば与えられん」

人々の祝福となる生き方を、「求めて」いきたいのです。
3

2007/11/23

おおかみの恩返し  朗読

 さすがに水曜日と木曜日の2日連続での朗読訪問は、疲れました。でも呼んでくださるところがあるのは、感謝です。

特別養護老人ホームには、年2回(6月と11月)訪問させていただいています。
健康体操をもう30年も指導しておられるM先生からの依頼で、3年くらい前から体操の時間に割り込ませていただいています。

はじめに沖縄の島唄、ザワワのサトウキビ畑、などの曲に合わせて体を動かしました。もうちょっと汗をかくほどです。。

ホームのみなさんは、どちらかというと朗読より、一緒に歌ったり、体を動かすことが愉しいようです。だからいつも短い民話をもっていきます。そして歌をいっぱい歌います。音楽教師だったSさん(男性)は、歌詞を大きな紙に筆で書き、そこには水彩ですてきな絵も画いてあります。

この秋は、「おおかみの恩返し」という大分県の民話。

お話は、ある日男が山で、歯が痛くて困っているおおかみの、口の中にささっていた骨を抜いてやった。その数日後、今度は山の頂で男が、50〜60匹もいる小さいおおかみの群れに取り囲まれたところを、その骨を抜いてやったおおかみの大将に助けられる。という内容です。
おおかみ、男、ナレーション、音楽の4人でしました。

そのおおかみの役のKさんという女性は、このところ、大蛇、タカと動物の役が多く、早く人間に戻りたい・・と笑っていらっしゃるのですが、その表現力、迫力はすばらしいものです。

そして今回のおおかみは、言葉ではなく、ウォー、イテテ、ウォーだけですべての感情をみごとに表現なさいました。私たちは練習のとき、その迫真の演技というか声に、思わず笑ってしまうほどでした。
これは家では練習できませんから・・と。でもすっかり、なりきって嬉しそうなウォー、感謝のウォー、威嚇するウォー、再会を喜ぶウォーと演じわけ、方言で話す男の役の女性との息もぴったりでした。

驚いたのは、そのお話の最後のほうで、何と客席の方から「ウォー」という応答?が返ってきたことです。70人ほどの方が集まってくださっていましたが、一体感を得られたようでした。ほとんどの方が車椅子です。病室から連れてきてもらったり、デイサービスにいらしている方も集まってくださいました。

ボランティアが自己満足や、偽善になってしまう危険はあります。息子にときどき偽善じゃないのかといわれます。でもこうした愉しい交流の時は、歓びをみなさんから与えていただく時間です。決して私たちが何かをしてあげているなんていうのじゃなくって、良い時間を共に過ごさせていただいている。そんな充足感を与えていただきました。嬉しそうに歌いながら帰って行かれる姿を見送りながら、来させていただいて良かったと思いました。

さて、6月は何をしようかな。。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ