2018/10/11  22:20 | 投稿者: masuko

 久しぶりのウォーキング

 あちらに書きました⇒どうぞ

 
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2017/2/14  13:27 | 投稿者: masuko

 かなり久しぶりの奈良だった。

 JR奈良駅も近鉄奈良駅もきれいに新しくなっていた。

 夕方ついて御神楽をみた次の日はまずは奈良国立博物館

 時間があったので興福寺の五重塔やら鹿さんをみながら。

 宝物館はリニューアルのため休館だね。

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 こちらは博物館の旧館 なら仏像館の裏側から。迎賓館その他の設計で有名な片山東熊さん。重要文化財。
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 新館ではお水取りに関する展示。
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 二月堂のお水取りも興味深い。

 そして春日大社の国宝館へ。こじんまりなんで展示品はそう多くない。先日東京の博物館でみた展示は相当な量だったから、ちょっと物足りない感じ。

 あちらは春日大社のお宝だけでなく関連したものも展示してあったからね。

 2時からは申し込んでおいた神職または巫女さんによる解説付きの本殿参拝。

 ベテランの巫女さんで、とても分かり易く丁寧に説明してくださいました。
 
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 砂ずりの藤
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 樹齢700年 こんなふうに咲いているところをみたいものです。

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 若宮神社の方へ行くと立派な楠の木
 
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 神功皇后って。日本書紀とかの世界だね。西暦200年ぐらい? 

 まだまだ他にも見たいところはたくさんあったけれど、今回はこれにて終了。京都経由でおうちへ帰りました。

 奈良も好きだなあ。またゆっきり行きたい。

 それにしてもまたまた中国の方が多くて。日本中どこもかしこもですね。
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2016/9/13  11:36 | 投稿者: masuko

 小淵沢で身曾岐神社にお参りしてきた。

 この身曾岐神社は、御祭神・井上正鐵(いのうえまさかね)翁がお伝えになった古神道の奥義「みそぎ」の行法並びに徳を広く皆さまにお分けする神社です。

 だそうです。

 井上正鐵(いのうえまさかね)翁? 1790〜1849

 井上正鐵は寛政2(1790)年8月4日に安藤真鐵の次男として生まれた。寛政12(1800)年に母方の縁で今治の藩士、富田惣治の養子となり、その本姓である井上を名乗るようになった
 観相家の水野南北から観相と易学の極意を、長田徳本派の名医、磯野弘道から漢方を、さらに浅井仙庵から指圧を習った。そして、天保4(1833)年、井上は神秘体験を経て古神道に開眼、翌天保5(1834)年伯家に入門する。
 
 伯家では、「とほかみゑみため」は「天津祝詞の太祝詞事」と呼ばれる究極の言霊力を持つ詞ともされていたが、井上は指導者の振る鈴の音に合わせて「とほかみゑみため」と声に出して息を強く吐くという独創的な行法を確立した。「とー」と大きな声で、しかもできる限り長くのばしながら発声すること自体が息を長く吐き続けるという「永世の伝」になっている


伯家?

明治維新までのおよそ800年間、神祇官の長である伯(はく)を代々世襲した一族であり、伯家(はっけ)とも伯王家(はくおうけ)とも言います。
神祇官とは、もともと政治を司る太政官よりも上の位に置かれ、国家の祭祀を司る官庁でした。そのため白川家が伝承し忠実に継承する祭祀のやり方や行法は、古代より朝廷を中心として行われたもので、天皇御一人のためのものであり、秘儀でした。
しかし、明治維新後、国家神道体制となり、伯王神道は天皇との関係を絶たれ埋没。白川家も途絶えましたが、白川家の道統を受け継ぐ者たちは、その行法を民間へと広めていきました。当神社の御祭神・井上正鐵翁も、この白川家神祇伯王家の門流として、その奥義をことごとく相承し、後代へと伝えられました。


古神道?

御祭神・井上正鐵翁が白川伯王家から伝授され、今日の身曾岐神社へと受け継がれているもの、それが古神道です。
古神道は私たち日本人の信仰、生き方の原点として、はるか縄文・弥生時代から育まれてきました。それが時代と共に洗練され、神祇官という制度によって約1300年もの間、菊のカーテンの内に秘められ、守られてきました。この完成された信仰を忠実に継承してきたのが白川神祇伯王家であり、その白川家から井上正鐵、そしてこの身曾岐神社へと、自然を教典とするいのちの信仰――古神道は受け継がれてきたのです。
私たち身曾岐神社では、この古神道の奥義に則った火の神事、水の神事を行い、神様の徳をお分けしています。


まあ、こういうことのようですが、この地にこの神社ができたのは昭和61年で昔からの古いお社ではありませんね。

空気がピーンと張り詰めているような感じでしたよ。

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2016/6/24  15:44 | 投稿者: masuko

 伊勢の旅で消化不良なんたらの話の続きです。

 今回は「白駒 妃登美」さん。

 彼女のHPより 人物紹介

 福岡県福岡市在住、埼玉県出身。
幼い頃より伝記や歴史の本を読み、その登場人物と友達のように対話することが何よりの楽しみで、「福沢諭吉が大好きだから」という理由で慶応義塾女子高校へ入学、慶応義塾大学経済学部卒業。

大手航空会社に国際線の客室乗務員として、7年半勤務後に退社、二児の母となる。母親になり、さらに大病を患った経験から、命を紡ぐことの大切さを実感し、2008年「結婚コンサルタント マゼンダ」として福岡を拠点に活動を始める。

歴史の話を交えての婚活カウンセリングや婚活セミナーが好評を博し、2009年より、歴史が苦手な人でも歴史が大好きになってしまう歴史講座を始める。講座では「こんな歴史の先生に出会いたかった」と、涙する参加者が続出。

2011年6月、人生に悩んだら「日本史」に聞こう」〜幸せの種は歴史の中にある〜を祥伝社から出版。TVやさまざまなブログ等で取り上げられ、現在10刷を数えロングセラーとなる。

2012年8月、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に発信するために、「株式会社ことほぎ」を設立。“和の心”と“洋の洗練された接遇“を結びつけた独自のサービス論をもとに、「出会いが人生を決める」「サービスとは生き方そのもの」という思いを伝える研修を行う。受講者のプロ意識を養い、意欲を向上させる研修や講演が好評を博し、年間に実施する講演会は150回を越える。


 大病・・・というのがありますが、伊勢の旅の講演できいた話によると、肺癌で、こういう状態で助かった人を知らないと医者に言われた程だったそうです。
 小さな子供さんの寝顔をみて毎日泣いていらしたそうですが、愛する子どものためにもう少し生きたいと思う強い気持ちと、子ども達のために自分の好きな歴史のこと、そこで学んだことを残しておこうと考えて本を作っているうちに「癌が消えています」ということになっていったそうです。

 お話が大変上手で、面白く、歴史上の人物や出来事をお話になりながら、日本の先人たちが大切にしてきた「心」を伝えよう、今の日本人の生活にその「心」をもっと取り戻してほしい、という主旨のお話をされていました。

 彼女のFacebookからコピペすると

 その息子も、4月に中学生になりました。あの時、私を生かしてくださったお天道様、自然界の恵み、先祖や先人たちの恩に心から感謝します。と同時に、「あの時、あなたを生かしてよかった」と私の命を生かしてくれた命の源に感じていただけるような人生にしなければ…との思いを強くしています。

 お天道様って懐かしい言葉ですね。小さい頃にはけっこうよく聞いた言葉かもしれません。

 消化不良というほどのことではないのかなあ・・・。

 お美しい和服姿で、さすがスチュワーデスをなさっていただけはある、明るい笑顔で、「君が代が大好きです」「恋の歌なんですよ。恋の歌が国歌って素敵ですよねえ」って言われたとき・・・

 あー確かに「君が代」という歌そのもには罪はないよな。それを利用した為政者、時代に罪があったんだよね。と一生懸命に言い訳みたいなことをしなくては、彼女の言葉を飲みこめない自分。

 学校の儀式で歌うことを反対し、ちょっとした運動をしたこともあるそんな私自身の歴史・・・今の私はいったいどう思っているんだい。

 そういうことを突きつけられたような気がしました。

 Facebookからキラキラ輝くスマイルや講演情報をいただきましょう。この人は、ただモノではない。

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2016/6/22  16:26 | 投稿者: masuko

 先日の伊勢の旅ので体験したことはアップしましたが、実は、大事な気持ちをまったく語っていません。

 消化不良なので文章にできないでいます。

 ちょっとしたカルチャーショックですかねえ。

 自分の中の何かを整理するためにも、どういう人の話を聞いたかをまとめてみます。

 今日は「赤塚高仁」さん。三重県にある赤塚建設の社長さんです。健康に害を及ぼすと思われる建材をいっさい使用しないで、住むだけで健康になるような生体エネルギーの高い家作りを目指している方です。

 Amazonの彼の本の紹介のところにこうありました。

 日本の宇宙開発の父、糸川英夫博士の一番の思想後継者。日本とイスラエルの交流に人生を捧げた糸川博士の遺志を継いで『日本テクニオン協会』会長を務める。

 この方のお話は面白い。笑えるし、泣けます。皆さん、泣いていました。

 私は泣きませんでした。そういう感じの話になったとき、食い入る?睨み付ける?ように赤塚さんを凝視して話を聞きました。それは、私の真心のつもりです。

 彼は、「パウロ」の声を聴き、「キリストの教えを伝えるように」と言われ、パウロから「どこに行くにも私が一緒にいくから」と言われている人です。

 キリスト教は大嫌い。でも、そのパウロの言葉を聞いてから聖書をとことん読んで、聖書に書いてあるキリストの教えは真実の教えだと思っている・・・・。

 聖書と古事記にはつながるものがあり、つまり、天照大神はキリストで、天皇はキリスト・・・

 そういう話をする人です。

 彼の話のどこかに「?」という気持ちを持ったとしても、彼が世界の平和を祈ってやまないことは確かでした。

 日本人が誇り高く、徳のある行動をして、誰もが幸せを感じられる世の中になっていって欲しいと心の底から願って、そしてこういう講演会をしていることも伝わってきました。

 講演終盤あたりではもしかして「パウロ」が乗り移ったかな、憑いた?っと思われるような、雰囲気、オーラを感じました。

 消化不良です。

 週末に送信されるという彼のメールマガジンの登録をしました。もう少し、彼の考えを知ってみてもいいかとは思っています。



 

 
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2016/6/20  13:37 | 投稿者: masuko

 伊勢神宮の月次祭を見たいと思ったのはただの興味・・・という記事をアップしました。

 その続き。五十鈴川の禊も「もろに」興味本位というヤツ。

 滝に打たれるとかそういう感じのものを一度してみたい、どんな気持ちになるものかなあ。どうやってやるのかなあ・・・って。

 禊とはウィキによると

 神道で自分自身の身に穢れのある時や重大な神事などに従う前、又は最中に、自分自身の身を氷水、滝、川や海で洗い清めること。類似した水垢離(みずごり)と呼ばれるものがある。
 地域によっては、一定の年齢に達した児童は通過儀礼としての禊を行って初めて「1人前」と認められる場合がある。
 服装は白装束が原則だが、男子は褌で行う場合もある。
 各地の裸祭りの中には、通過儀礼としての禊が祭り化されたものも多い。
 禊型の裸祭りでは真冬に氷水を浴びたり川や海に入る場合が多いが、この変形として温泉の湯、泥、甘酒、赤飯、等を掛け合うものもある。
 御輿等を担ぎながら水を浴びたり川や海に入る場合も多いが、これも禊の1種と考えられる。
 神事の前に於ける行として、一般参拝者が手水で清めることも禊の1種である。
 一方で川や海、滝に入る禊を行う者もある。神社関係者などの研修会等で行われる他、寒中に精神鍛錬の意味合いをもって、神社が主催し、氏子らを集めて行う事もある。
 武道修行者が上記の機会等に、寒稽古の一環として行うこともある。また稽古の前に冷水を浴びてから稽古を行う武道家もいる。


 寒いときではなかったので冷たさは気にならなかった。足元の砂利がずるずるって滑りそうでそれがちょっと怖かったかな。これ以上は深いところに入らないで、ってちゃんと位置は決めてくれる。天気がよければ蛍が飛ぶ時期だったそうだが、雨が降っていて残念だった。

 気合いをいれるために大きな声を出しながらの準備体操や入水の儀式、水につかってからの短歌の朗詠や沈黙、決められた通りに。

 100人以上の男女が参加したが、私語もなく、誰もが緊張し、動作もきびきびして・・・いい雰囲気。

 そうだなあ、さっぱりしたって感じかなあ。もう少し、水の温度が低いときにチャレンジした方が印象深いものがあるかもねえ。主催者さんは真冬にも行っている。

 「清める」という考え方はずいぶん古くからあるんだろうね。

 喧嘩やもめごとを「水に流す」っていう言葉もある。

 「水」には神聖なものを感じるよね。

 よい経験でした。病みつきにはならないと思うけれど。

 どなたかのブログの写真を拝借します。鉢巻はしませんでした。こんな感じ。夜8時ごろでした。この写真の方々より、肩までしっかり漬かったよ。そういう指示でしたので。

 女性は白い浴衣のような装束を。男性はふんどし。

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2016/6/18  18:15 | 投稿者: masuko

 伊勢の神宮は正式の名前は「神宮」のみで伊勢神宮と呼ぶのは通称なんですね。お伊勢さんというのが、親しみやすくていいかな。

 さて、今回「月次祭(つきなみさい)」というものを奉観しました。

 神宮のHPによると

月次祭 6月15〜25日

 豊受大神宮(外宮)
由貴夕大御饌ゆきのゆうべのおおみけ 6月15日 午後10時
由貴朝大御饌ゆきのあしたのおおみけ 6月16日 午前2時
奉幣ほうへい 6月16日 正午

 皇大神宮(内宮)
由貴夕大御饌 6月16日 午後10時
由貴朝大御饌 6月17日 午前2時
奉幣 6月17日 正午

 6月の月次祭は、10月の神嘗祭、12月の月次祭と共に「三節祭」と呼ばれる神宮の最も由緒深い祭典です。
浄闇の中、午後10時と午前2時の二度にわたって由貴大御饌の儀が、明くる正午には奉幣の儀が行われ、皇室の弥栄、五穀の豊穣、国家の隆昌、並びに国民の平安を祈願します。
祭典は、両正宮に引き続き6月25日まで、別宮をはじめ摂社、末社、所管社に至るすべてのお社において行われます。


 外宮の夜10時からのもの、内宮の夜10時からのものを二晩連続で見ました。

 誰でも入れるというわけではなくて、一団体30人までということであらかじめ申し込み、申し込みが多ければ抽選なのかな、許可されないこともあるようです。

 今回、参加した催しの主催者はそういう手続きを済ませてくれてあったわけです。

 暗い、遠い、16日の内宮の時は土砂降りの雨の中で傘がじゃまということもあって「見た」というより「感じた」「その場の空気を吸った」というものです。それで充分ですけれど。そもそも見学者のためにしていることではありませんので。

 雅楽の調べも聴こえてきました。笙(しょう)や篳篥(ひちりき)の音です。太鼓はなかったと思います。静かで落ち着いた厳かな調べでした。

 ちょっと画像検索したらいくつか出てきました。報道陣にはカメラ撮影がゆるされていましたからね。今年の分ではないでしょうけれど。

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 伊勢志摩経済新聞の記事のコピーです。

 月次祭は、外宮で15日の22時と16日の2時の2回、アワビやタイなど豪華な食事を奉納する「由貴大御饌(ゆきのおおみけ)」、16日12時に皇室より送られた布などを奉納する「奉幣(ほうへい)の儀」が執り行われ、内宮(ないくう)でも同様に16日の22時と17日の2時の2回の「由貴大御饌祭」、17日12時「奉幣の儀」が繰り返され、同25日までの期間に全ての神社で同様の祭典を執り行う。

 神宮さんには1000年以上の歴史があって、ずっとずっとこの祭は続けられてきたのかなって思ったけれど、月次祭ということで調べてみると応仁の乱のころから衰退して明治初期に復活したようですね。

 なんとなくピ〜ンときたので即、申し込んだ催しでした。

 「知りたい」と思ったのだと思います。興味本位ということです。

 主催者さんは、お伊勢さんにも神様にも非常に思い入れが強いので、参加した人は来るべき人たち、選ばれた、来る意味がある人たち、そういうタイミングの人・・・・的なことをしきりと仰っていました。

 さあ、それはどうでしょうか。ちょっと分かりません。

 私の持っていた興味を満足させてはくれました。

 こういう世界もあるのです。日本にはた〜くさんの神社がありますからね。神職の方もた〜くさんいらっしゃるわけです。そういう方々がどんなことを思って感じて大事にして生きていらっしゃるのかちょっとは身近に感じてもいいよなと思います。少なくとも、お正月には初詣をし、お守りとか買うのですから。
 


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