2014/12/16  21:41 | 投稿者: masuko

 10月15日の投稿に69位だったけれど予約したと書いてありました。2ヶ月でやっとこわちきの番でやんす。
 伊三次の弟子の結婚話や息子の伊予太の絵師としての悩みなど、お文さんの出番が少なかったな。昨日の夕方、ヨガの後で図書館によって借りてきて、寝る前に9割方読み終えて、今日、ハープのレッスンに行く前に返してきました。

 安心して楽しめるシリーズです。

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2014/12/15  11:56 | 投稿者: masuko

 「群像」に2013年8月から2014年7月まで連載していたものをまとめたもの。すぐに本になっちゃうのは出版社も急いでいる?
 70歳ごろから、「いつ死んでもいい」って言っていたけれど、そうはいっても元気で元気でっていう文がここ何年も続いていたが、ずいぶんと老人になっている。あたりまえか。92歳だものな。圧迫骨折で入院下後は長くは歩かず車椅子を利用しているようだ。ネットのニュースでみたところでは胆嚢癌の摘出手術をして経過は良好で自宅療養中とか。
 それでもこうやって文章を書くのだもの、凄いよなあ。
 なんでも、宝塚歌劇団の100周年記念の合唱曲の作詞をし、その式典では佐渡裕さんがその合唱の指揮をしたとか。
 
 寂庵でお手伝いをしてくれている若い女の子との交流を主な内容にしながら、いろいろな縁ある人々との思い出話等をまぜて寂聴節が続く。

 ちょっと生き飽きたというようなことも言うし、そろそろ筆を折らないとみっともないかとも言う。

 芸術等を生業にされている方は引き際っていうのも考えるだろうねえ。

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2014/12/12  15:02 | 投稿者: masuko

 キムラ緑子さんのブログをみていたら、今、ちょっとお仕事一段落みたくて、のんびりしている様子でこの本を読み返していて「みんなに読んで欲しいな」って・・・さっそく図書館にあったから借りてきた。
 芸人という言い方をしていいかな、芸人の戦争の記録として面白い。東海林太郎さんとかと一緒にあちこち慰問の旅をしている。さらに昭和の芸能界史にもなっている。森さんのことというより、そういう読み方で楽しめたよ。歌手や喜劇女優という経歴が、森さんの良さを作ったんだろうね。
 私の森さんの印象は日曜劇場や「時間ですよ」「2丁目3番地」そんなテレビ番組で楽しませてくれた気さくでおもしろいにっぽんのおばさん、おかあさんってところだなあ。 
 晩年の「放浪記」への執念のような取り組みが度々報道されていたからか、まあ、一度観てみようかと2006年に名古屋に観に行った。有名なでんぐり返しも観てみたかったし。その時のブログがこれ。この時、森さん86歳という計算であっているかな。まあ、凄いです。立派。ただ、そこそこギョッとするっていうか、あんまりいいもの観たなあっていう感じはしなかったですね。そんなに頑張らなくたってイイじゃん。「放浪記の森光子」になんでそんなにこだわるのかな、それでなくても立派にみんなの心に残る女優さんなのになって思ったりした。
 2年前の11月10日に亡くなっている。森繁久彌さんも高倉健さんも11月10日が命日だ。


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2014/12/11  11:26 | 投稿者: masuko

 「予定調和から連鎖調和へ」に出て来る不思議なおばあさん。迫登茂子さん。何でも神の声が聞こえるとか。
 ネット検索してみると本やら愛の詩をアップしているページやらがでてきた。
 図書館HPを検索してみると3册でてきた。そのうちの一番最近のもの(2003年だけれど)を借りてみた。
 小学校の先生、地域の寺子屋、民生員などをされていたそうだ。そんなある日、1988年58歳の時に突然、何かにとりつかれたようになり、紙の上に勢いよく鉛筆を走らせ始めたとのこと。自分でも何が起きたのか分からなかったそうです。いわゆる自動書記ってやつですね。時々、突然に言葉が沸いて出て来る。自分の意志でなく書かされているという感じで紙に書く。そうしてでてきた言葉を詩集にしているとのこと。
 この本はそういう詩集の発行や一ヶ月に一度、家を解放して誰にでも集まってもらいいろいろなお話をしてきた活動等から講演依頼をうけたりラジオ番組の一コーナーをになうようになったりして、そこで話をしたことをまとめた本。
 詩と日々の生活で感じたことのいろいろ。
 一日100回ぐらい「ありがとう」って言うぐらいいつも感謝の気持ちが湧いて出て来る。嬉しくて幸せな気持ちになるとのこと。そう思うようになったらなんでも巧くいく、楽しい・・・。
 なんでも心の持ち様だよね。同じひとつの現象に対して「マイナス」にとらえず「プラス」に捉えて有り難い、感謝、ありがとう・・・って思えば次の一言が違うし、次の行動が違ってくる。そうすれば次の周りの反応、次の現象が違ってくる。幸も不幸も結局は自分が引き寄せているんだよ。
 たまにはこういうのを読むのもいいかな。ピュアな心に触れて少しは自分の心もきれいになっただろうか。

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2014/12/8  11:21 | 投稿者: masuko

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 とても分かりやすく、音楽のことだけでなく、能楽全体についての入門書になっている。知りたいと思うことが書いてあった。

 実はこの本、図書館の本ではない。我が家にあった本。
 考えてみれば我が家にたくさんの関連本があるはずだった。夫は歌舞伎も能も邦楽も面白いと思えば本、資料を揃える。能関連の本もあるに決まっていたのだ。灯台もと暗し。ちなみにこんな感じ。
 
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 さて、そこそこの知識は得たが、やっぱりこれは感性だな。どう感じるかっていうことだもの。しかし、能のお話は霊性がかなり強いね。ほとんど幽霊のお話だものね。今年の私のテーマにぴったりだ。





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2014/12/5  17:43 | 投稿者: masuko

 もう一冊保江さん関係

 死亡診断書を書いて貰ってから30分くらいして生きかえったという木内さん。その間、未来や過去やあちこち行って来た!!!今までに3回死んだことがある?!?!彗星探検家として知られている方だそうです。

 とんでもない話ではありますが、これ、読むと、「あり!」って思います。

 あちこち行って見てきたことを世の中の役に立てたいと活動しているようです。

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 「太古の水」っていうのを発明したそうです。
 
 こういうページもありました。



 
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2014/12/5  17:09 | 投稿者: masuko

 またヨガスタジオでお知り合いになった方が貸して下さったよ。

 前回、保江さんの本で投稿したブログで読んだ本2冊のちょうど時系列には中間に位置する本かな。

 自分に起こるいろいろな出来事、人との出逢い等を書き連ねているんだけれど、結局は

 イイ加減(ちょうどよい具合にという意味で)に生きる。明日できることは今日やらない。ぼーとする時間も大事。でちょっとだけ、人や物事に対して「愛」を持つ。愛を持って対峙する。そうすると、まるで神様が仕組んでくれていたみたいに出来事や人との出逢いがうまく絡み合って、良い方向へ進んでいく。
 舞う、ダンスするそんな気持ちや動作も神様とつながるよ。

 ということを言っているみたいだよ。

 とっても不思議な現象とかがたくさん紹介されて「トンデモ本」みたいではあるけれど、でも、すべてのことは因果応報、袖振り合うも他生の縁、和眼愛語・・・てな仏教の教えと対して変わらないように思ったよ。

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2014/12/1  11:48 | 投稿者: masuko

 能についての多田さんの造詣の深さ、文章の鋭さもさることながら、多田さんという人そのもの自体が凄いねえ。
 
ウィキより

1934年3月31日 - 2010年4月21日 日本の免疫学者、文筆家である。東京大学名誉教授。

茨城県結城市出身。旧制茨城県立水海道中学校(現・茨城県立水海道第一高等学校)・茨城県立結城第二高等学校を経て、千葉大学医学部進学、在学中に安藤元雄、江藤淳らとともに同人雑誌『purete』に詩などを寄稿。千葉大学医学部第二病理学教室に勤務、1964年医学博士(千葉大学、題は「遷延感作ウサギにおける抗体産生の変貌」 。のち教授、1977年東京大学医学部教授、1995年定年退官、東京理科大学生命科学研究所所長。[1]。1971年に抑制(サプレッサー)T細胞を発見するなど免疫学者として優れた業績を残す(現在ではサプレッサーT細胞の存在には疑問符がつけられている)。野口英世記念医学賞、朝日賞(1981年)[2]、文化功労者(1984年)を受賞[1]。瑞宝重光章(2009年)。
50代になって執筆活動を多く行い始め、『免疫の意味論』(青土社、1993年)で大佛次郎賞[1]、『独酌余滴』(朝日新聞社、1999年)で日本エッセイスト・クラブ賞、『寡黙なる巨人』(集英社、2007年)で小林秀雄賞を受賞。
能の作者としても知られ、自ら小鼓を打つこともあった[1]。謡曲作品に脳死の人を主題にした『無明の井』、朝鮮半島から強制連行された人を主題とした『望恨歌』、アインシュタインの相対性理論を主題とした『一石仙人』、広島の被爆を主題とした『原爆忌』がある。
2001年5月2日、滞在先の金沢にて脳梗塞を起こし、一命は取り留めたが声を失い、右半身不随となる。だが執筆意欲は衰えず、著作活動を続けた[1]。晩年まで文京区湯島に在住した。
2006年4月から厚生労働省が導入した「リハビリ日数期限」制度につき自らの境遇もふまえて「リハビリ患者を見捨てて寝たきりにする制度であり、平和な社会の否定である」と激しく批判し、反対運動を行った。2007年12月には『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』(青土社)を刊行した。
2007年には親しい多くの知識人とともに「自然科学とリベラル・アーツを統合する会」を設立し、自ら代表を務めた。
2010年4月21日、前立腺癌による癌性胸膜炎のため死去[1]。76歳没。関連著作が、没する前後にはいくつか出版された。


 ここにある多田さんが作能された「原爆忌」は声を失い、半身不随になってからの作品だもの。今回読んだものも病後のもの。

 後がきから

 三日目に意識が戻ったときは、体が麻痺し、声を失っていた。叫んでも声はでない。(中略)そんな中で、まだ自分であるかどうかを確かめるために、声のない謡を恐る恐る語ってみた。初めは「羽衣」の一節を口ずさんだ。声は出なかったが、全部覚えていたので安心した。これで、私は生きていることを実感した。大げさかもしれないが、能が私を精神的に救ったのである。(中略)死地を脱した後も、能は闘病中の私に大きな心の支えになった。どんなに苦しい、絶望の日でも、能の一節を思い浮かべて耐えた。(中略)こんなに謡を「いいなあ」と思って謡ったことはなかった。それは皮肉にも声を失ってからのことであった。(中略)しかし、音を想像することは出来る。古人は「心耳で聴く」といった。「心身」で鼓の音を聞き、無音の謡曲を謡う。すると見えない舞台に舞が見えてくる。私はともすると絶望的になる入院中も私の「脳の中の能舞台」で、いくつも能の名曲を鑑賞した。不思議に心が休まり、苦痛による精神の崩壊を回避できた。

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2014/11/25  19:13 | 投稿者: masuko

 この方のものは初めて読んだ。改題して文庫になって最近発売されたみたい。「恋情からくり長屋」。それを本屋でみてなんとなく読んでみるかと、図書館で。

 雰囲気が違う。いままで読んだ時代小説と。どう違うのかな。「味わい深い」と評していいと思う。でも、また彼の物を読むかというと・・・・どちらかというと苦手なタイプかな。

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2014/11/25  19:05 | 投稿者: masuko

 乗り物の中や枕が変わって寝付けない夜に。旅は意外と本が読める。
 諸田さん、デビュー当時の短篇。


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2014/11/19  17:14 | 投稿者: masuko

 薦めてくれる方がいて読んでみた。過激な題名。

 糖尿病のメカニズム、糖尿病の合併症が恐ろしいこと、炭水化物を抑えた食事にすることと適度な運動をすることで血糖値を下げることが出来ること、最近の糖尿病治療状況等がよく分かった。

 日本人はそもそも膵臓の働きが弱いそうだ。

 縄文時代から弥生時代になって稲作をするようになったころから米食中心が始まったとすると、人類の歴史の中で炭水化物をこれほど摂取する食生活はまだまだ日が浅いといえるのかもしれない。

 とりあえず、摂りすぎないことや運動するということが大事だと思う。

 そして、血流をよくするというのも大事のようだ。合併症は糖尿病による血液の流れの滞りから起きるとな。だとすると、ここ1年ほど、朝晩15分くらいずつ毎日やっているらくらく毛管運動は予防になるなと思った。

 らくらく毛管運動関連のページはこちら

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2014/11/17  19:49 | 投稿者: masuko

 「東京大学医学部系研究科・医学部救急医学分野教授、医学部附属病院救急部・集中治療部部長」という肩書きの人がこの題で何を言っているのか、大変興味があって読んでみた。
 とても真面目で科学に対しても霊に対しても真摯に向かい合っている。自分の経験や考えていることにおごることなく「生命」の神秘に対して謙虚な気持ちを持っている・・・と感じる文章だった。
 
 御本人が経験した霊的な経験だけでなく、欧米の優れた実績を持つ科学者達がスピリチャルな世界のことについても熱心に科学的に研究したいろいろな事例についても勉強され、紹介している。

 本書のモチーフは極めてシンプルです。人間の知識は微々たるものであること、摂理と霊魂は存在するのではないかということ、人間は摂理によって生かされ霊魂は永遠である、そのように考えれば日々の生活思想や社会のとらえ方も変わるのではないかということ、それだけです。

 とあとがきで言っている。

 大変面白く読んだ。神の存在や霊の存在を考えることが今の自分の生き方をよくすることでなくては意味がないよな。矢作さんはまだまだたくさん本を出している。もう少し読んでみたい。

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2014/11/15  21:57 | 投稿者: masuko

 友人のブログの記事を読んで面白そうだなあっと思って。確かに面白かった。
 NHKの番組を作ったディレクターが番組では伝えきれなかった部分も含めて調べたことのすべてを書き尽くしたという感じの内容だ。
 辞書ってこうやって出来ていたんだーという面白さや驚きもあれば、言葉の持つ不思議さ、魔力みたいなものにそら恐ろしさを感じたり、ふたりの人物の凄さに圧倒されるとともになにかちょっとむなしいような気持ちにもなった。むなしいというのはなんでそう思ったのか自分でもよくわからないけれど。んー。三省堂側の思惑や編纂者としての強い想いやプライドや何かそういうものすべてがやけに人臭くて、やりきれないような・・・そういうことかな。辞書ってもっと神聖なものって思っていたからかもな。でも、それが世の中ってものなのでしょう。
 終章の最後は『新明解』三版のこの語釈でしめくくられている。

 よのなか【世の中】
 同時代に属する広域を、複雑な人間模様が織り成すものととらえた語。
 愛し合う人と憎み合う人、
 成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、
 常に矛盾に満ちながら、
 一方で持ちつ持たれつの関係にある世間。


 それにしても佐々木健一さん、どんだけ辞書を読んだんだろうね。言葉の砂漠にどっぷりと浸かって溺れてしまっただろううな。当分、辞書は見たくないって思わなかったかな。

内容紹介
2013年にNHKBSで放映され、ATP賞最優秀賞(情報・バラエティ部門)に輝いた、『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男』がついに書籍化!
辞書は小説よりも奇なり。 これはことばに人生を捧げた二人の男の物語です。
『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』を知っていますか? 両方合わせて累計三千万部の国民的ベストセラーです。お世話になった人、なっている人も多いでしょう。
でも、この二冊を書いた見坊豪紀(ひでとし)と山田忠雄のことはほとんど知られていません。この二人、実は東大の同期生。元々は二人で一冊の辞書を作っていました。
その名は『明解国語辞典』。
戦時中に出されたその辞書は字引の世界に新たな新風を吹き込みました。
戦後も二人の協力関係は続きますが、次第に己の理想を追求して別々の道を歩みはじめ、見坊は『三省堂国語辞典』を、山田は『新明解国語辞典』(赤瀬川原平さんの『新解さんの謎』でブームとなった辞書です)をほぼ一人で書き上げることになりました。
一冊の画期的な辞書を作った二人の人生が、やがて戦後辞書史に燦然と輝く二冊の辞書を生みだすことになったのです。
しかし――。『新明解』が出された一九七二年一月九日。 ついに二人は訣別のときを迎えます。以後、二人は会うことはありませんでした。
一冊の辞書がなぜ二つに分かれたのか? 二人はなぜ決別したのか? 二人の人生をたどりながら、昭和辞書史最大の謎に迫ります。
ディレクターが番組では割愛したエピソード、取材秘話、放映後に明らかになった新事実などを盛り込んで、書き下ろした傑作ノンフィクションです。


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2014/11/10  23:04 | 投稿者: masuko

 西村伊作、メルレ・ヴォーリズ、一柳満喜子とくれば、浅子ママでしょ。広岡浅子の存在が気になってきた

 友人のブログの引用。確かにその通り。私も浅子ママは気になる存在。
 読んでみましたよ。

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 近代日本の夜明けに「おんなの時代」を先どりしたスーパーレディがいた。銀行、鉱山を事業の柱に据え、日本女子大学、大同生命の創立にもかかわった、さっそうたる女性の一代記。 

 明治時代の女実業家。すごい人です!!

 三井が彼女の実家なんだけれど、三井家もすごいねえ。それから明治の実業家っていうと渋沢栄一のことも知りたくなる。

 ひとつの本が次々といろいろな興味を呼ぶ。それが読書の楽しみのひとつだね。
 
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2014/11/7  17:25 | 投稿者: masuko

 白州さんの文章はズバッと切るっていう感じで好きだ。「誰がどう思おうと私はこう思う」そういう文章だ。
 早い話、能を観るときもそれでいいって言っているような気がする。「私はこう感じる」それでいいんだよね。

 室町時代の観衆は、少年の清純な肉体に、古代の神々が半裸の巫女に見たそれと同じ魅力を感じたに違いありません。歌舞伎の女形が、女以上になまめかしいのは誰しも認めることですが、そうでなくとも男が女に扮装するという抽象的な美しさは、広くいえば仏像にまで通じる美しい人間像の典型ではないでしょうか。そういう神秘的な美しさを、同性愛(ナルシズム)の卑俗な趣味と結びつけたのがお能です。(中略)世阿弥は教養の高い人にも、低い人にも、同じように面白く見えるのが念願だったのです。

 お能に雰囲気をつくり、風情を与えているのは、言葉の力ではなく、意味でもなく、肉声であり、その抑揚であり、更に言えば姿の美しさなのであって、囃子が音楽でないように、謡は文学ではないことを・・(略)

 暮れに観るのが楽しみになってきました。

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