2009/12/29  21:32 | 投稿者: 益子

 今年の読み収め。吉村昭氏の「冬の鷹」を読んだ。「解体新書」の日本語訳に携わった前野良沢と杉田玄白の二人を比較しながら話しは進む。良沢を主人公とし、良沢の生き方に吉村氏は尊敬ともいえる思い入れをし、玄白には冷ややかな批判の目を向けているように感じる。同じ時代を生きた平賀源内や前野良沢と懇意だった高山彦九郎(京都の三条大橋のところで御所の方に向かって座っている銅像の人)の話しも加わり、例によって詳しく資料を調べつくしただろうと察せられる筆運びで歴史のある一面を描き出していく。
 面白かった。
 おまけに良沢はアスペルガーだなあ、平賀源内はADHDだ・・・なんて思いながら読んでいた。
 歴史を動かしてきた偉人たちには今で言う発達障害の方たちが多かったのだろうなあ。
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2009/12/23  8:20 | 投稿者: 益子

 「次郎と正子ー娘が語る素顔の白洲家ー牧山桂子著」読み終えました。とっても読みやすく、面白かったです。それにしても家事をいっさいできない母親(皿洗いさえできない・・・正子さんが洗ったものは後で洗いなおさなければならなかったそうです。)もいるもんなんだなあ、その娘さんはちゃんと家事ができるようになるんだから、「母親の家庭的さ」という基準はあんまり娘に影響しないかな・・・なんてちょっと自分に置き換えて、娘がもし家事が苦手でも私のせいじゃない・・・と都合よく思ったりして、あちこち声を出して笑いながら読みました。
 自分の「感性」を正しいと信じ、自分の思うことをはっきりと主張して強く生きてきた次郎と正子さん。その生き方はわがままだし、はた迷惑だったりもしたみたいけれど、でもとってもすがすがしく豊かな生き方だなあ!!
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2009/11/3  16:40 | 投稿者: 益子

 細川佳代子さんの著書を読んだ。とにかくすごい!こんな行動力のある人もいるんだなあ。自分がやろうと思ったことをどうにかして実現させる、その実行力、人を動かす力・・・ボランティアの心、感動を伝え広げていく・・・んーうなってしまった。
 「可能性への挑戦」「勇気の翼」などの言葉がでてくる。自分には何ができるのだろうか・・・
 学校の教員なんかよりこういう一般の人たちの方が、知的障害の人の可能性を開かせ、育てていく力を、ずっとずっとたくさんたくさん持っているのかもしれない・・・
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2009/10/25  8:11 | 投稿者: 益子

 佐藤愛子の我が老後6。大正十二年の生まれということなので86歳かな。確かにまだ生きている・・・という思いをご本人ももつのかもしれない。数日前に89歳の森光子が園遊会で天皇と話している様子が報道されていたが、ちょっとこんな言い方したら申し訳ないが「お元気でしっかりしているおばあさん」という様子でもなく「おばけ?」って思ってしまった。80代、90代で現役で活躍しているっていう人たちはすごいよねえ。
 ところで本の内容は気軽に読めるエッセイで、それほど「けしからん!」と怒りまくっているわけではないけれど、少しトーンダウンしているものの、やっぱり「不愉快」と怒っている内容かな。
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2009/10/7  18:59 | 投稿者: 益子

 読売新聞東京本社、文化部次長という肩書きの尾崎真理子さんという人が寂聴さんにインタビューした内容をもとに文学史としてまとめたもの。尾崎さんの考えを書いてあるところ、寂聴さんが言ったことを文にしたもの、寂聴さんが今までに小説なり随筆なりで書いたもの、の3つの部分を字体を変えて並べながら寂聴さんの小説家としての歴史を4つにまとめて構成してある。こういう仕事はすごいね。一人の作家の書いたもののすべてを知り尽くし、そして寂聴さんという人そのものも知り尽くして一冊の本にしていくのだから。。「はじめに」のところに「近代文学史上の人物にこれほど多く接し、多くの知恵を与えられてきた人もいない。(中略)宇野千代、平林たい子、円地文子、佐多稲子、有吉佐和子、彼女たちはどんな作家だったのか。どんな言葉を交わしたのか、川端康成は、三島由紀夫は・・・・。『今なら直接、本人に確かめられる』(後略)」とある。そういう意味で一人の小説家の作品史ではなく文学史と題してあるのだろう。確かにそういう読み応えがあった。
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2009/9/28  21:13 | 投稿者: 益子

 「the 寂聴」なる雑誌が昨年の暮れに刊行開始され、2ヶ月に一度発行されている。第1号は購入したが、寂聴さんかぶれもいい加減にしておこうかと思い、その後は買わずにいた。先日、本屋に行ったときに、5号と6号で「寂聴のお遍路」と題して四国八十八ヵ所巡りを特集している事がわかったので手に入れた。四国八十八ヵ所巡りにはなんともいえない憧れがある。 
 四国八十八ヵ所巡りに、いつか行ってみたいと思っている。夫は退職したら歩き遍路をするぞと張り切っている(一人で行くと言っていて、私と同行することはまるで考えていない)。全コース歩くと4、50日はかかるようだが、今、とても歩き遍路がはやっているそうな。旅行社でも数泊を何回かやって全コースをバスで巡っていくツアーを企画している。母は15年ぐらい前だったろうか仲間でジャンボタクシーを予約してやはり数回で全てまわっていた。どちらにしても、普通一般の勤め人にはなかなかできないことだ。私も退職したら・・・と思うが、介護もある程度一段落していないと、長くは家を開けられないのではないかと思う。そんな先のことと思わず、3連休などを使って行けるときにこつこつ行くという方法もある・・・・しかし、どうせならある程度は一気にまわりたいものだ。特にこれといって信心深いわけではないのだけれど、無心になるとか、祈るとか、ひたすら・・・とか日常とは違う行いに没頭してみたいという憧れがある。
 ところで雑誌の方は書き下ろしの短篇もあり、対談やらインタビューやらいろいろな特集もあって読み応えがある。担当の編集者が商売上手なのかな?
 
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2009/9/26  20:51 | 投稿者: 益子

 佐藤愛子さんとピーコの対談。面白そう!と思って、「あの世とこの世」がどういうことを意味するのか、中をぺらぺらとめくって確かめもしないで買ってきた。結局、霊のお話。「ほー」「へー」と読んだ。私は死んだら無になるとは思っていない。「千の風になって」ではないけれど、死んだ人の魂はどこかで近しい人を見守ってくれているような気がしている。しかし、この話はそんな優しい話ではない。成仏しない霊が悪霊になって・・・的な話。「憑依=魂がのりうつる」とか悪霊のせいで次から次におかしなことがおきるとか、守護霊とか、霊視とか霊能者とか・・・まあそんな話。当然、江原さんとか美輪さんのことも話題になる。
 読んでいていやではなかった。うそだろうとも思わなかった。だからって私の生活と霊との関係を真剣に考えてみたりしようとも思わないけれど、でも、いろいろ二人が対談して最後に「太陽を仰いで祈る」=「日拝」が大事という話があって、それってもともと人間だれしもそういう気持ちが自然にあったはずだよな、今の世の中では忘れられてしまったものなのかなあって思って納得している。もう一つ納得したのは、「行為ではなくて想いが大事」というところ。「親切にしよう、明るくほがらかにしよう、謙虚にしよう、素直になろう、感謝しよう」という想いがいつも体の中にあるのが大切でそういう想いのある人のことを「波動の高い人」というそうな。こういう想いって昔は理屈でなく、そうあるべきだと親や年寄りや近所の伯父さん小母さんとかが小さな子に教えしつけてきたことなんだよね。霊の話がなんでこういう道徳臭い話になるのかは読んでいただけば分かるけれど、悪霊なんかに憑かれないようにするには波動をあげて生きていく必要があって、波動をあげるというのは、まあ要するに、祈るとか感謝の気持ちとか、前向きな自己の人格形成への努力ってことなのかな。まあ、そんなこんなのお話でした。
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2009/9/24  22:27 | 投稿者: 益子

 森見登美彦の太陽の塔を読んだ。連休に帰ってきた娘が読んでいたので、読み終えたなら置いて行って・・・と頼んで読んでみた。
 森見さんは1979年生まれというから30歳。京都大学の農学部大学院を出ている。この作品は2003年大学院時代に書いたもので作家デビュー作。いきなり日本ファンタジーノベル大賞を受賞している。さらに2007年には「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞受賞。次は「夜は・・・」を読んでみよう。
 ファンタジーという言葉は幻想的という意味だよね。この本は確かに何がホントで何が頭の中で考えたことなのか???という感じ。でも全体には大学生のそれも男子のなんともいえないどろどろの「若さ」「潔癖さ」「純真さ」「紳士性」「内なるストーカー性」「臭さ」「きたなさ」「恋愛へのあこがれ」「世間というものへの抵抗」「大人になることへの抵抗」「自意識過剰」・・・そんなものでいっぱいだ。
 そして、懐かしい京都の地名がいっぱい出てきて、あー私の下宿の近くのあの道のことをいっているのかしら・・・なんていう場面もあり現実感を持って楽しく読んだ。
 娘はどんな気持ちで読んだのかな?男の人の気持ちが少しはわかったのかしら???
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2009/9/23  13:29 | 投稿者: 益子

 佐野洋子さんの辛口、毒舌エッセイはくせになる。電車の中なんかで読むのに気軽でよい。というわけで、読みかけだった本を電車内で読み終える。70歳を過ぎたらしい佐野さんが50代に書いたものを3年ほど前に一冊の本にまとめたとのこと。題名は書いたことを本人が「覚えていない」ということらしい。佐野さんの厳しいようでとっても優しい、大雑把のようですごく繊細な感性は私にはないものなのだろうけれど読んでいて共感できてしまうのは、佐野さんの文章力が人を楽しませるものだからかな。
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2009/9/15  18:49 | 投稿者: 益子

 吉村昭氏の本。今年の8月末に出されている。亡くなった後に生前にあちこちの雑誌に書いたエッセーを集めて本にするというのは、やはり流行作家という証なのかな。雑誌の名をみると「旅」「三菱重工」「三菱重工グラフ」「中央公論」などなど。小説を書くための取材旅行の話などが多い。面白く読んだ。
 
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2009/9/9  23:52 | 投稿者: 益子

 やらなくてはいけないことがあるというのに、そういう時に本が読みたくなる。吉村昭氏の奥さん、津村節子さんの自伝的小説。本屋で急に目に飛び込んできた。戦争が終わって短大生になったころのこと、吉村さんとであって結婚することになったころのこと、小説家をめざして夫婦で葛藤していたころのこと・・・など、家族のことや関係のあった作家のことなども書かれている。
 小説家になるというのは本当に大変なことだなあ。そういった創作活動、芸術活動を仕事に選ぶというのは、どうしてもそうしないではいられないという心の奥深くから突き上げてくるようなものがあるのだろうね。
 面白く読んだ。
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2009/8/23  20:01 | 投稿者: 益子

 旅行中に久しぶりに吉村昭の小説を読んで、中毒現象。また読みたいなと思い、そうだ、前に買って読んでないものがあったような・・と本棚を探すと出てきた出てきた。「天に遊ぶ」原稿用紙10枚以内の超短篇集。「私は『天に遊ぶ』という題をつけたが、それはこれらの短篇を書いている折の私の心情そのものであった。天空を自在に遊泳するような思いで、書きつづけたのである。」と後書きにある。吉村さんはこの超短篇をかなり楽しんで書いたようだ。
 10枚であっても、登場する人物の現在、過去がおおよそつかめて、人となりも見えてきて、そして短いエピソードを通して「人間の姿」として読み手の心になんらかのインパクトを与える・・・小説家ってすごいな。
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2009/8/22  17:51 | 投稿者: 益子

 江國香織さん。第15回山本周五郎賞受賞作。恋する女たちの愛のいろいろな形を江國さんらしいタッチでかいた短篇集。
 新幹線の中で読むには軽くて読みやすかった。
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2009/8/20  19:37 | 投稿者: 益子

 佐渡までの道中、新幹線の中で読もうと思い、文庫を2冊購入。最近気に入っている江國さんの恋物語と友人のブログで紹介されていた吉村昭の「漂流」。吉村さんのものは久しぶり。
 どちらも旅行中に読んでしまったが、漂流はとってもタイムリーだった。佐渡の定期観光バスのコースの中に、「千石船展示館」が入っていて、江戸時代の千石船を復元したもの、制作行程のビデオ、道具の展示など、「漂流」を読むのにはもってこいの内容だった。全然意識していなくて、たまたま友人のお勧めで読んだ本だったのだけれど。
 とても面白かった。千石船はちょっとしたシケにあうと沖に流され、舵を失い、沈没したり漂流したりすることが多かったとのこと。多くの海の男たちが死んでいった。その中でも、この話はアホウ鳥だけが生息する鳥島に流れ着き、仲間が次々と死んでいくが一人生き残り、後から同じように漂流して、島にたどり着いた人たちと力をあわせて生活し、極まれに流れつくおそらく沈没しただろう船の残骸を使って、船を作り、生きて祖国に戻ってきた長平という船乗りの話。長平は12年間も無人島に生き抜いた。実話。吉村さんのことだからいつものように調べて調べて調べ抜いて書いた小説なのだろう。
 河もない、湧き水もない、植物もほとんどそだたないような岩だけの島でどうやって12年間も生きたのか、最初の何年かは火さえなかった・・・全く一人になってしまった時もある・・・読んでいて、長平の知恵に驚かされもするし、襲ってくる絶望感に胸が痛くなるような思いもする。さらに、それでも「生きる」ことをあきらめず困難に立ち向かっていく長平の勇気、神仏への強い信心、仲間への思いなど「人間」の心の不思議さ、強さに心を打たれる。
 写真は船大工の里「宿根木」。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
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これは観光案内のサイトからいただいた写真。千石船展示館の千石船
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2009/8/12  22:29 | 投稿者: 益子

 佐野洋子さんのエッセイ「がんばりません」を読んだ。1985年に書いているからだいぶ前だね。かなり辛口で面白い。何度も声を出して笑ってしまった。洋子さんは相当な読書家だ。幼いころ、学生のころ、他にすることがなかったから本を読んだといい、本を読んだことが自分の役に立っていると言わないどころか、何も役に立っていないと断言し、それでも「私は他に楽しみがない」という。本を読むことはとても大切で若いときには云々、かんぬん・・・とお説教がましい言い方は恥ずかしくて、照れくさくて、とってもいえない、実際、こんなに本を読んだって、私程度の人になるだけ・・的でいつでも自虐的。そんな洋子さんだ。
 息子さんのことを語るところはかなり面白く、ちょっと親ばかでもある。この上なく愛していて、さらに一目おいていて、「けっこういけているヤツだ」と思っていることがよくわかる。
 小・中・高と清水にいたようである。とっても親近感をもってしまう。
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