2008/12/27  17:21 | 投稿者: 益子

 京都に行く新幹線で読んだ。アラスカに住んで大自然を撮り続けた写真家、星野道夫の奥さんが、彼の死後、彼と一緒に旅をしながら見た風景の写真や、彼の著作の言葉などをところどころに使って、奥さんの見た自然や彼のこと、そして彼との生活を書いたもの。結婚生活はわずか3年で、羆の事故で道夫さんは亡くなられてしまう。
 前から、彼の写真集を欲しいなと思っていた。この本の中にもとってもステキな写真がたくさん入っているけれど、なにせ、写真集というにはあまりにも小さい。やはり、大型サイズの本でいかにも写真集といったものを買おうと思う。
 きれいな、雄大な、そして「生きる」ことへのメッセージみたいなものを感じる写真だ。また、奥さんの文章も彼の文章もとてもいい。
 少し、はまってみようかと思う。
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2008/12/23  7:57 | 投稿者: 益子

 一昨日の晩、ブログ更新後、一冊読んだ。江國香織の「きらきらひかる」。面白かった。アル中でうつ病の妻とホモの夫、とその愛人・・・とおどろおどろしいような設定だが、コミカルタッチで、甘く、切なく、それでいて後味はさわやか、純粋さそのものってところか。江國さんはこういう女のひとだったんだー。とりあえず、挑戦の第一作目は満足。
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2008/12/21  20:35 | 投稿者: 益子

 急に読んだことのない作家の本を読もうと思い立った。もともと読書家ではない。最近はなるべく本に親しもうと思っているが、どうしても同じ作家の本になりやすく、なかなか広がっていかない。
 本屋にいった。新潮文庫に赤い派手な帯がしてある。「発表 今、読みたい新潮文庫 第○位」とある。10位にあがっている作家の作品を私は全く読んでない。ちょっと情けない。
 数冊購入。プラス、柳田氏の本に紹介されていた写真家の本や寂聴さんの雑誌の中で話題になっていた直木賞受賞作の井上荒野の「切羽へ」を購入。
 冬休みにどのくらい読めるだろうか。楽しみだ。
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2008/11/30  16:52 | 投稿者: 益子

 鎌田實の「いいかげんがいい」を読んだ。実は、先日作った年賀状の文面に、「適度ないい加減さをモットーにしたい」というのがある。そんな年賀状を作った日に本屋で見つけたのがこの本。思わず買ってしまった。
 「いい加減」という言葉には@ 仕事を最後までやり遂げずに途中で投げ出すさま。投げやり。おざなり。無責任 A相当な程度に達しているので、ほどほどのところで終わってほしいさま Bかなり。相当 C程よい程度。手ごろ。適当。などの意味がある。@だとかなりマイナスイメージだ。でも鎌田さんのいうのはCのプラスイメージ。ちょうどよく、バランスよく、陰も陽も、強も弱もというような感じ。そして、日本人はとかく、一所懸命、がんばって、完璧に・・・いう人が多く、ちょうどよくといういい加減さが足りない、だからもっと肩の力を抜いて、「いい加減」というものをイメージしてごらんという・・・そんなメッセージがいっぱいの本だった。
 「心が楽になる」内容だよ。皆さんにお勧め。
 ところで私の使ったいい加減は@かな?それに「適度な」をつけることで、Cに近づけているのかな?多分自分の中で、仕事を最後までやり遂げようとしすぎるな、責任を感じすぎるなという意味で使ったのだと思う。
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2008/11/23  8:25 | 投稿者: 益子

 ところで、2008年の読書量はあまりはかばかしくない。読書の幅もひろがらず、同じ作家のばかり読んでいる。まあ、それでも「読書している」とは全くいえなかった学生時代と20代、子育てで忙しいからといって絵本の読み聞かせ以外はできないと言い訳していた30代・・仕事が忙しいからとさらに言い訳していた40代前半、あの頃よりは恥ずかしながら40代後半からは本に親しむようになったと思う。今も介護で忙しいから・・・という言い訳は言わずに少しずつでも読書している自分に満足している。
 睡眠薬代わりの本でもよい。枕元にいつも何冊かの本をおいておく、そんな生活を続けていこうと思う。
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2008/11/23  8:14 | 投稿者: 益子

 久しぶりの読書記録。布団に入ってから眠気を呼ぶために読書しているようなものなので、なかなか読み進めることはできないが、それでもいつかは読み終えるというもの。
 吉村昭の「大黒屋光太夫」を読んだ。吉村昭の著書の中にいくつかある、「漂流もの」のひとつ。江戸時代、商売のために江戸と地方を船で行き来している間に時化にあい、操縦不能になってしまった船が流れ着いた先はロシア領。ロシアに限らずそういった漂流民というのは多く存在していたようだ。多くの人は海の上でまたは異国において死に絶えていったのだろうが、めぐり合わせ、縁、タイミング、運命、その人の努力・・・いろいろなことが重なってのことだろう、日本に戻ることができた人もいたようだ。大黒屋光太夫と一緒に船に乗っていた仲間の一人も歴史の流れの中で幸運にもロシアの女帝の許しをうけて日本に戻り、その後、ロシアについて学ぶことのできる貴重な人材として幕府の庇護をうけて生きていく。そのため彼らが日本に帰ってきてから話したことがたくさん記録に残されていたようだ。その記録の中にはずっと人から省みられることもなく眠っていて、吉村昭が調査することで浮かび上がってきたものもあるらしい。
 人の人生には何が待ち受けているか分からないものだ。北朝鮮の拉致事件ではないが、あまりにも唐突で、あまりにも苛酷で、あまりにも理不尽で・・・とても承服できない、とても受け入れられないということも起きるのだ。それでも人は生きていかなくてはならない。自分におこる出来事をどのように受け止めて生きていくかということが、結局はその人の人生や大げさに言えば歴史を作っていくことなのだと思ったりして読んだ。
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2008/10/20  21:34 | 投稿者: 益子

 津村節子のエッセイを読んだ。吉村昭の奥さんだ。夫婦で小説家というのもあまりないらしい。焼き物や伝統工芸に詳しく、「日本の伝統美」と題して、20数編。「創作の舞台裏」と題して、自分の作品について5編。「わが師、わが友」と題して、瀬戸内寂聴や丹羽文雄など知人に関することが数編。「家族の情景」お孫さんとの出来事などを数編。さらに「夫が遺したもの」が8編。やはり夫である吉村氏に関するエッセイが読み応えがあった。「夫は死ねば無になると言っていたから、夫の霊魂などあるはずがないが・・・」というような表現が何度か出てきた。その表現の前後には今でもいつも夫の魂を感じている津村氏がいる。時には「夫を見た」とも書く。また「吉村の見る私の中には物書きの女しかいなかったのである。孤独の思いを抱きながら死んだかれの不幸を思い、私は霊魂のない彼に対して、悔いを背負い続けていかねばならない」とも書く。果たして吉村氏の霊魂はきっと「そんなことはない、幸せだった」と言っているのではないかと思うのだが、「死ねば無だ」といっていた人の霊魂はないのだろうか???「そんなことはない、私のそばにいつも彼がいる・・・」とは津村氏が書かないところがいいのかなあ。
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2008/10/14  21:35 | 投稿者: 益子

 吉行和子のエッセイ「老嬢は今日も上機嫌」を読んだ。この忙しいのに本が少しずつでも読めるのはうれしい。まあ、眠り薬のようなものだけれど。
 吉行一家はみんな文章を書く。兄の吉行淳之介、妹の吉行理恵はそれが本業。父の吉行エイスケも一応作家かな。母の吉行あぐりは美容師さんだけれど、晩年けっこう本をだしている。そして和子さんは女優さんだけれど、なかなかさわやかな面白い文章を書く。
 友人のこと、演劇のこと、俳句のこと、家族のこと・・・いろいろな話題だが、なかなか面白い人柄を感じさせる。富士真奈美と岸田今日子さんの3人組の仲良しさんで一緒に仕事もたくさんしてきたようだが、この3人組じゃあ、あまりにも個性的な女の集団すぎて、近くにいたらたまらないだろうね。オーラーがまぶしすぎるというか毒にやられちゃうかも。それも岸田さんが欠けてしまって寂しくなってしまったようだ。
 和子さんの人生は芸術を生きるって感じだなあ。そういう創造的なことをして生きている人って楽しい?だろうなあ。
 だれでもが芸術家になれるわけでなし、平々凡々の人生を歩んでいくことの方が多いわけだけれど、それでもなにか人生を面白がる、チャレンジする、自分の感性に従う、そんなことが大切なのかなって思った。それが私自身の人生を創造するというか、豊かにするというか・・自分の人生だもの、「〜ねばならぬ」みたいな世間体的なしばりで自分をしばる必要はないよね。もっと自由なひろーーい心、とらわれない心で残りの人生を送りたいなあ。
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2008/10/1  21:05 | 投稿者: 益子

 吉村昭の私の普段着をよみ終えた。かなり晩年のエッセイ。取材旅行のこと、日常のもろもろも思い、肺結核にまつわる話し、などなど短くて軽やかで爽快な語り口で読みやすく面白い。
 さて、全く違う話だが、東北にある玉川温泉をご存知だろうか。強い酸性のお湯で癌など色々な難病に大変によいというお湯だそうだ。旅館やホテルもいわゆる湯治場として、自炊しながら長く寝泊りする施設が備えられているようだ。そこの温泉が掘り当てられて、お湯が田沢湖に流れ入るようになって、あまりに酸性がつよいので、田沢湖の魚が全滅してしまったそうだ(明治時代)。岩盤は北投石という岩でその岩がまたとても効能があるらしい。で、その石を使った岩盤浴のできる温泉が熱海にもあるとのこと。(玉川温泉にあるホテルの姉妹店)お食事はマクロビオティック(菜食)のようだ。ちょっと行ってみたいねえと姉と言っている。いついけるかな。楽しみにしておこう。
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2008/9/13  7:13 | 投稿者: 益子

 吉村昭の「桜田門外の変」を読み終えた。決行が近づいてからは筆に弾みもついて(上)よりは面白く読めた・・が・・今までの彼の歴史小説の中では登場人物に魅力を感じずに終わってしまった。
 明治維新前夜の出来事への興味は尽きない。次は何を読もうかな。
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2008/9/8  21:56 | 投稿者: 益子

 「篤姫」で瑛太が演じている小松帯刀さんは実際どういう人なんだろうって思って読んでみた。なかなかの人だったらしい。この人なくては明治維新はありえなかったと言えるらしい。幕府側からも、朝廷側からも、薩長や龍馬などの相反するすべての人々から信用され、身分の違いを超えて話しをすることもでき、うまくまとめていく力を持った薩摩の若い家老だったようだ。明治維新直後に病気で35歳でなくなっている。西郷や大久保と一緒に激動の時代を日本国のために生きてきたのだから、彼がもう少し生きていたら西南戦争はなかったかも・・・なんていう話も聞いたことがある。
 ともかく、この時代のキーパーソンだった割には今まであんまり知られていなかったようだ。
 面白い本だった。明治維新のからくりがまた少し分かったような気がする。
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2008/8/16  10:13 | 投稿者: ますこ

 例によって、吉村昭の幕末もの。今までの中では一番読むのに苦労している。なかなか登場人物が身近になってこない。どうしてかな?
 それでも少しずつ読みすすめて上が終わった。下のはじめはいよいよ襲撃決行といったところだ。
 テレビの篤姫も前回、桜田門外の変をあつかっていた。
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2008/7/20  21:41 | 投稿者: 益子

 ぐいぐいと読み進めた。さすがに後半になってくると、幕府の腰抜け加減が目立ってくる。慶喜がどうも・・・
 明治維新にむかう歴史の大きな動きのきっかけがこの生麦事件だったのではないかというのが、吉村さんの結論のようだ。これをきっかけに、薩摩はイギリスと戦争をし、そこで、攘夷などが愚かしい考えであることを思い知らされ、開国論に方向転換していく。同じ頃、長州でも同じような転換がおこり、敵対していた薩長が急速に結びついて、倒幕へと動いていく。
 どちらにしても、すべての人の動きが歴史を作っていく。だれも主人公がいない。それでも面白い歴史小説なのだ。吉村さんの眼、吉村さんの絶対にこうであるはずだというような想像力からくる文章が巧みにちりばめられていて、面白さを作り出しているのだろうと思う。
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2008/7/19  20:03 | 投稿者: 益子

 吉村昭の「生麦事件」を読んでいる。カバーに書かれているものを引用。「横浜郊外の生麦村でその事件は起こった。薩摩藩、島津久光の大名行列に騎馬のイギリス人四人が遭遇し、このうち一名を薩摩藩士が斬殺したのである。イギリス、幕府、薩摩藩三者の思惑が複雑に絡む賠償交渉は難航を窮めた―。幕末に起きた前代未聞の事件を軸に明治維新に至る激動の六年を、追随を許さぬ圧倒的なダイナミズムで描いた歴史小説の最高峰。」
 と、いうわけで、篤姫の「あ」の字もでてこないけれど、斉彬、久光、小松帯刀、大久保、慶喜、家茂、などなど俳優さんの顔を思い浮かべながら読んでいくことができるお話。先週、家定がなくなったので、この生麦事件あたりの話は来週あたりかなあ。まあ、特に大河ドラマとは関係なく、幕末の歴史を堪能できる。ただただ、日を追っての出来事を書いてあるだけのように感じるけれど、そこは吉村昭の歴史小説の仕掛けがあるのだろうね。なんだか、面白く、どんどん読めてしまう。不思議だ。
 私は割りと幕府びいきなんだなあ。幕府が腰抜けのように描かれるお話ってけっこうあるような気がするけれど、薩摩や長州のように「藩」ではなく「国」として諸外国と向かい合おうとしているように感じて、つい味方しながら読んでしまう。
 母を2件の医者に連れて行った。待合室でかなり読み進めた。医者のはしごも疲れるね。今日はそれで一日終わった感じ。実際は朝から午後の1時ぐらいで終わっているのにね。午後は知らない間に時間がすぎてしまったって感じだ。
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2008/7/7  20:10 | 投稿者: 益子

 篤姫の時代考証を担当している原口泉さんの本「篤姫 わたくしこと一命にかけ」を読んだ。どうも、篤姫にはまっている。吉村昭さんの本も江戸の終わりから明治時代を生きてきた人の話しをいくつか読んで、とても面白かった。また、読みたいと思っている。(なぜかこのごろ近くの本屋で吉村の本はどの出版社のものもほとんど売切れている)
 この時代の人の話しになんで興味がわくのかなあ。
 歴史といっても、今の日本と繋がっていることを感じることができるというか、今の日本の根っこのことがわかるというか、人の出逢いとそこで起きたことは過去から未来へと因果を繰り返しているってことが面白いっていうか・・・この国をどうにかせにゃという気概がかっこいいというか・・・うまく言い表せないのだけれど。
 篤姫で言えば2枚の彼女自身の写真がどの本にも載っている。明治の時代の立ち姿と座っているものとの2枚だけれど、断髪している。明治の初めにあんなに短い髪の毛の女の人っていただろうか。立っている方の写真は、きりっと目を見開いて意思の強い太っ腹という顔をいかにもしている。大奥で多くの女たちを束ねて最高の地位にいた人。徳川家を守るため、江戸に総攻撃を仕掛けてくる実家である薩摩の隊長に「わたくしこと一命にかけ」と嘆願書を書いた人。縫い物が好きで明治になってからはよく針を持ち、勝海舟の着物を縫ってあげたりした人。彼女の人となりが感じられるいろいろな記録が残っているようだ。
 一人の女の人として会ってみたかった、お話してみたかった・・・そんな気にさせる人だ。自分の信念のある、誇り高いひと、豪華絢爛たる大奥にいたのに貧乏なんか平気で、お嬢さんではないしっかりもの、そして冗談も通じて面白くてチャーミングな人、・・・そんな雰囲気が写真からも読み取れる。
 テレビのドラマと史実とはずいぶん異なっていることだろうけれど、テレビはお話として面白く楽しんでいる。俳優さんたちの魅力もあってミーハー的に楽しんでいる。
 そして本当に生きていた歴史上の彼らのことも、とってもとっても魅力的だから、もっともっと知りたいという気持ちになってしまう。
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