2016/4/30  10:59 | 投稿者: masuko

 美術館のはしごは結構疲れるが、まあ、せっかく上野にいるんだ。二つくらいは頑張れる!

 東京国立博物館の特別展「生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠」へ。

 こちらはそこそこの人数でゆったりとゆっくりと観賞できた。

 作品数がすごい。初期から晩年までの黒田を徹底展示っていう感じ。黒田に影響を与えた人たちの絵(師匠のラファエル・コラン、ミレー、モネ)もある。

 重要文化財の作品群もいいけれど、絶筆となった「梅林」その他の花や風景の絵も好きだな。

 東京駅の皇室専用玄関の壁画も手掛けたとのこと。空襲で消失してしまっているのは残念だ。貰った「お題」が「海の幸 山の幸」。明治の時代の産業、労働者の絵で海や山の幸を表した。皇室と労働者、面白い取り合わせの感じがするけれど、どういうお考えだったのでしょうか、興味あるな。でも、今、ネットで見たら、指示して人に描かせたらしいけれど?
 この壁画を映像や写真で紹介するコーナーもある。

 裸婦像を日本に根付かせようと躍起になったり、日本における洋画というもののあり方をずっとずっと追及していたんだろうね。
 
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2016/4/29  21:24 | 投稿者: masuko

 「物語のかなた 上橋菜穂子の世界」を読んだ。

 メルヘン、ファンタジー、児童文学・・・いろいろな言葉の意味?領域?みたいなものの説明は分かりにくかったかな。

 ネタバレ的なところは読まないようにして、上橋さんの世界を知ろうと思って読んだ。

 文化人類学者としての彼女の考えを知りたかった。上橋さんはオーストラリアのアボリジニの研究をしているんだね。その研究を通して得たものをベースに上橋さん独特の世界観がお話の根底にある。 

 藤本さんが考えるところの『なぜ、「守り人シリーズ」は面白いのか』はよく分かった。なるほどと思う。

 上橋さんのアボリジニについての思いを知りたくて、「隣のアボリジニー小さな町に暮らす先住民ー」という本を予約した。すぐに用意できたというメールをもらう。

 明日、取りにいってこよう。楽しみだ。ヤングアダルト向けのちくまプリマ―ブックスだから、分かりやすいかな。

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2016/4/29  20:53 | 投稿者: masuko

 ちょっと出かけたんで、アップしたいことがたまったね。

 東京都美術館で若冲展を観る。インターネットで前売り券を購入。自分の家でプリントアウトして持っていく。便利な時代だ。

 10時ごろに上野についた。雨の東京。この比較的年齢層の高い人々の流れはまさか動物園に向かっているわけではないな、もしかしてもしかして・・・・ウオー。すでに長蛇の列だ。

 いやーこれはチケット売り場に並んでいるんじゃない?? と思ったが、いやいや当日券を買いに行く人はわずかだ。すでにチケットを持っている人たちがその列を作っていた。

 展示室に入るまでに小一時間かかった。

 こういうのって入口が込み合う。どんどん先へ行って戻ってくればいいじゃん。って思って、ともかく、覗いて見れそうなところを選んで行ったり来たりする。

 それにしても凄い人だ。でも、なぜか今回はあんまりイライラしない。雨の中で並んで待つなんて最低!!だったんだけれど、まあ、暇人だしさ、たまにはいいじゃん、のんびり行こうぜって思って待った。
 
 相国寺の「釈迦三尊像」、宮内庁三の丸尚蔵館の「動植綵絵」は凄い見応えあり。近くによって観ることができたものは少ないが、以前購入してあった、単眼鏡が役に立った。細部までよく観ることができた。
 
 極彩色の鳥等の絵もいいけれど、水墨の蓮池図、好きだな。前回サントリー美術館で若冲と蕪村展で見た時とまた違う印象をもったり、いいなと思うものが違ったりした。
 
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2016/4/27  18:01 | 投稿者: masuko

 「ハープを弾くときに歌を唄う心で弾く」ということがちょっとだけ分かりかけた気がする。

 楽器を演奏するとき、「唄って」「歌って」という言葉を何度も耳にしてきた。小さな時にピアノを習ったり、学生の時に吹奏楽部で活動したり、大人になってハープを習ったりしてきたのだから、当然。

 わかったようなわからないようなことだ。

 クラリネットを吹いていたとき、また、最近、仲間とリコーダーを吹くとき、ちょっとした短いメロディーを気持ちよく吹くことができていると、これが唄っているってことかなあなんて思ったりすることはあったし、今もある。

 でも、ハープは、どうも指の動き、テクニックに気持ちがいってしまいがちで、この指の動きによってどうやって「唄う」っていう状態を作るのか、今一、わからない自分をずっと認めてきた。

 なんだかんだ言ってもさあ、上手に弦をはじかなかったら、きれいな音が響かなかったら、唄うも歌うもないじゃんか・・・あー無理!!みたいなやけになる気持ちもある。

 先生が何かのイメージを言って「そう思って弾いて・・・ほら、音が変わったでしょ。」みたいなことは何度もあるけれど、曲一つを仕上げていく時にそれを隅々までいきわたらす。あるいはいつでもそれを成功させることはできないでいた。
 
 実は、先日、

 「魂と繋がる歌の唄い方ワークショップ」というのに参加した。名古屋までいったんだ。

 いわゆるヒーラーさんが主催しているものなんだけれどね、音楽に気持ちを込めるっていうことがどういうことなのか、ちょっとわかった気がする。

 前半は身体をほぐして7つのチャクラに響かせる声を出して、自分の丹田、骨盤の内側全部、まあ、子宮っていう言い方もあるかもしれないけれど、そこと「ハート」を繋げるイメージの持ち方を練習した。それから参加者それぞれが唄いたい歌を順に唄った。

 唄っている時にそのヒーラーさんが、色々なアドバイスをしてくれる。身体の力の抜き方、詩への気持ちの込め方、意識の置き所、etc.・・・。

 3曲目ぐらいになったら、巧いとか下手とか、音程があっているとかあってないとか、そういうことでなくて、自分が、「自分の心の声」を出している、歌を唄っているっていう実感がだんだん沸いてきて、とってもとっても気持ちよく唄えて、涙がでてきたり幸せ感が半端なかったり・・・・した。

 その時の気持ちを思い出しながら、歌を唄う心でハープを練習している。もしかして、技術だけではないかも、指がミスして音がおかしくなっても、根底に流れているもの・・・それが大事なのかも・・・そんな気持ちになってきた。

 このワークショップはFacebookで私がフォローをしている方が「いいね」をしたページから知った。直観だった。これやったら少し私は変わるかも、って。すぐに申し込んだ。

 音楽を今一歩深めるために・・・もしかして、って思って参加したけれど、それだけでなく、毎日の暮らし方の何かも変わっていくのかもしれない・・・なんて思っている。

 
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2016/4/26  16:01 | 投稿者: masuko

 梅雨に入るにはまだ少し間があるし、一番さわやかな良い季節だね。

 桜が終わると次はツツジかな。咲いているところもあるけれど、まあ、もう少しかかるな。

 マンション下の「なんてことのないスペースでベンチはあるよみたいな公園」に、なんじゃもんじゃが咲いている。なかなか綺麗だね。「ヒトツバタゴ」っていうのが本当の名前なんだ。清水と静岡が合併したときに記念植樹したものだってさ。

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 ドウダンツツジの白い小さな花が可愛い。

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 赤い葉っぱの新芽と白い花はなんだあ?? レッドロビンだってさ。モチの木の一種みたい。
 
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 写真を撮ってから図書館まで散歩。途中、静鉄の新型車両を2回みる。静岡駅方面へ向かって行った電車はまた清水方面へと折り返すからね。線路近くを静岡駅方面に向かって歩いていたわけだからまあ、2回見るってことはあるわな。これが走るようになってから3回くらい静鉄を利用したかもしれないけれど、ちょうど新型とはいかなかったな。一度乗ってみたいな。

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 3月末から走っている。一年にひとつずつ、新しくするそうな。なんでも毎年色を変えて7色、レインボートレインらしいが、一般の虹色とはちょっと違う静岡のものにちなんだ7色だそうで、いちごの赤、桜エビのピンク、みかんの黄色、わさびの草緑、お茶の緑、富士山の水色、駿河湾の紺色とか。富士山の水色って字にすると変だけれど、天気のいい青空の日に富士山を見たときって水色っていう感じするよなあ。

 新静岡駅にちびまるこちゃんのラッピング電車が停まっていた。なんでも車内放送がちびまるこちゃんの声だそうな。これにも乗ったことが無い。電車の場合JRを使う事の方が多いからな。
  
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2016/4/26  12:31 | 投稿者: masuko

 すっかりはまったっていうほど夢中になっているわけでもないけれど、読み出すとやっぱりどうなる?どうなる?って読み続けてしまう。

 なかなかに込み入った内容でありました。

 上橋さんは沖縄のオバアやオーストラリアのシャーマンの老婆とか、たくさんの神がかりのお婆さん達と出逢って調査をしているようですね。文化人類学者っていうのは相当、フィールド調査するんだろうな。
 そういうことを研究してみたいって思って、それが面白くて好きで、そしてこうやってステキな作品も書いて収入もある・・・。
 
 誰かのブログで「これからは多くの人が『好きなことをしているウチにお金が入って来る生き方』ができるようになるよ」っていう件があったけれど、ホント、それが一番だよなあ。

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2016/4/25  12:12 | 投稿者: masuko

 「雲 黒斎」という人を知ったのは・・・・

 天下伺朗さんが主催しているホロトロピックのイベントにこの人の講演会があったから。へーどんな人?ってまたまたネット検索。

 そしておかしな題名の本を読んでみることに。

 「雲 黒斎」って「うん こくさい」。
 
 凄いいかめしい名前って思ったら・・・「なぬ、『うんこ臭い』!!だと〜〜〜!!」

 ふざけた名前だった。

 簡単に言えばスピリチュアルなんてものとは遠〜〜〜いところで生きていたんだけれど、うつ病になって強い薬を飲んだ時、どういうわけかそういう関係の本を一冊手にしてしまい、それを何度も読んでいるうちに守護霊とコンタクトをとれるようになり・・・
 その守護霊さんと話たことをブログに書くようになって人気が出て、それを本にしたってことらしい。

 本もたくさん出しているし、全国で講演をしているし、人生一変してしまったというわけ。

 いくつかこういう系のものを読んだけれど、一番分かりやすいかな。例が面白いし、ユーモアがある。
 守護霊が「雲」で彼が「黒斎」だそうな。実名は黒澤一樹。

 現実はその人の思いで成り立っている。

 「幸せになりたい」って思うと「幸せでない今の自分」を思っているということになり、宇宙さんはその人のその思いを実現させてくれる。つまりいつまでも幸せになりたいと思っていくような現実になっちゃう。なんで幸せじゃないんだろう・・・トホホホみたいな人生。

 でも、今、十分に幸せって思えば、宇宙は次々と幸せと思えるような現実を実現してくれる。
 
 引き寄せの法則もお釈迦さまのいうことも、カタカムナウタヒのいうことも、ルンルの植原さんがいうことも山川さん、越智さん、天下さん・・・・私が最近であういろいろな不思議関係、オカルトっぽかったり、怪しかったりすること、そういう人たち、みんなみんな使う言葉が違ったりアクセス方法が違ったりしてもそこに流れている「○○」は一緒。みんな同じ。

 うん。そうなんだよ。なんか自分の中で消化してきたものを感じてる!ありがとう!
 
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2016/4/24  9:24 | 投稿者: masuko

 写真集プラス追悼文集みたいな感じ。
 1章では「街道がゆく」で司馬さんが歩いたところなどを紹介。ちょっとした旅行ガイドブックにもなっているかな。
 昭和20年代に産経新聞の記者で美術担当をしていたということで美術品や作家さんとの出会いもいくつかあり、そういったことを2章で「美しきものとの出会い」として。
 3章は奥さんの随筆と自宅や記念館のこと。

 ところで司馬ワールドに惹きつけられ洗脳されるばかりではなく、彼がどういう批判を浴びているかもちょっと調べておくかな。それは歴史を勉強することにもなるだろうから。

 ウィキをみただけでもこれの何倍もあるから、ちょっと手に負えないかもしれないけれどな。
 
 より学究的な立場からは、実証性の面からも批判されることがある。司馬の著作の多くは、フィクション(作者独自の創作)であるにもかかわらず、高い実証性をもっているとの一般的なイメージにより、資料の誤読や資料批判の不徹底等による事実誤認などが問題点として指摘される(思想的批判と併せて書かれた場合、評論が評価の対象となった場合には歴史修正主義の亜種と批判される)。この立場の代表的論客は別宮暖朗、福井雄三などである。ほかに一坂太郎は、司馬の価値観を基本的には否定していないが、実証性については検討を行っている。歴史家の鈴木眞哉は司馬史観には多くの盲点があるとして具体的な例を挙げて批判をしている

 確かに、独断的な言い方っていうのは感じるし、作り話という雰囲気より資料を調べ尽くしての見解というように読み取れる文章だからね。

 でもさ、まあ、どういうことにしろ、事実を書くっていうのは無理さ。そんなものはこの世に存在しない。どれもこれもその人が見た感じたモノだけがあるわけで、3人いれば3個の別の風景がそこにはあるわけでしょ。だからまあ、司馬さんがみた感じた風景を読んでいるんだなっていうものをちゃんと持っていて「歴史書」と勘違いしないことだよね。

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2016/4/23  22:37 | 投稿者: masuko

 司馬遼太郎に何故か引き寄せられるということを数日前にアップした。予約した本を図書館にとりに行ったついでに書架を覗き、軽そうなものを2冊。いきなり「昭和前期の日本の失敗」に話しがつながっていくような重いものは読めない。

 「草原の記」はモンゴルに関する随筆だが話しはかなり広範囲に及ぶ。年代や内容があちこち飛ぶ。

 しかし一定して流れているのは司馬さんのモンゴル語を習う程のモンゴルへの思いだ。それはその自然を愛し、そこで生きてきた遊牧の人々を愛し、さらに大陸ならではの領土をめぐる争いに翻弄されながら生きてきたことに敬意を持ち、誰にあてるでもない憤りと諦めを感じているという思い・・・なんだと感じたが。

 地理に弱く、イメージしにくい複雑な歴史の話しも多かったが、上記の「思い」には共感できて面白く読んだ。

 誤算だったのは、「満州国」あたりの日本の所業もやはりかなり関係があるわけで、避けていた日本の昭和前期にも触れられていたことだ。まあ、とてもあっさりとさわりだけしか語っていないのだとは思ったが。
 
 歴史に関してかなりの資料を調べつくした上で、一般的な見解とは違う独断的なご意見をお持ちになっている様子もあちこちに見うけられそれもまた面白さかもしれない。

 ではもう一冊は次の投稿で。

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2016/4/22  22:45 | 投稿者: masuko

 ちょっと健康関係の会だったんだけれど、その会で渡部千里さんっていう方のハーモニカの演奏を聞いた。

 すごい。ハーモニカでこういう演奏ができるんだ。びっくりだ。メロディーと伴奏を両方やったり、ビブラートをかけたり、和音で鳴らしたり、2個重ねて吹いたり、途中で別のハーモニカにさっと変えたり(音域の関係)・・・・・どうやって吹いたり吸ったりしているんだろう、舌はどう動かしているの?? 多少奏法についての説明があったけれどオクターブで出すっていうのがあった。ドとそのオクターブ上のドを一度に吹いて鳴らすということはその間の吹いてなってしまう部分を舌でふさいでいるということだ。そんなこと出来るんだああああああ

 ともかく凄い。

 ブラームスやドヴォルザークもやれば、シャンソンも、タンゴも日本の唱歌も様々なジャンルの曲を吹きこなしていた。

 ネットで探してみたらこういう紹介があった。

 渡部千里は、8才より15年間、石川澄男氏に師事。この間各種コンクールに入賞。1973年に第5回「世界ハーモニカ・テープコンテスト」に上位入賞。1977年より5年間、アメリカ在住期間には、主に日系人社会での各種イベントにて演奏。1978年には、アメリカディズニーランド「ジャパンフェスティバル」にて演奏。過去にペギー葉山さん、山本陽子さん、内館牧子さん等の芸能人や文化人のパーティーやトークショーにも出演。近年は「MOA美術館能楽堂」「熱海後楽園ホテル」等の他、「東急ホテル」「全日空ホテル」等でのディナーコンサートにも出演し多方面にて活躍中。

 さらになんでこの会に来たかというと・・・他のブログでは

 渡部千里さんは、2004年 健康診断でPSA9.9 細胞診の結果8個中6個からがん細胞が見つかりましたが、それ以後自分で治すと決め泌尿器科の診察は一切拒否し現在に至っているとうすごい方です!

 とのことでした。今日参加した会は自然のお手当関係の会でした。それについてはまた後日。

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2016/4/21  20:03 | 投稿者: masuko

 最近のブログを読み返すと、ほとんどハープの練習と読書に明け暮れているみたいな感じね。自分ではそれほど読んでいるって思わないけれど、軽いものばかり読んでいるからすぐ読み終わるね。

 後書きで作者本人が大人にはこの「闇の守り人」が人気があり、子どもには「精霊の守り人」が支持されていると書いている。
 確かに、前作より面白いと思って読んだ。

 こういう物語を描ける人ってどんな生い立ちでどんな研究をしているのかなあってウィキを読んでみた。なるほどそれなりの生い立ちだなあ。
 

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2016/4/21  16:14 | 投稿者: masuko

 最近、「いいね」って思っている三浦直樹医師の本。

 野口法蔵さんの座禅断食を知ってぜひやってみたいと思いそのお弟子さんたちの断食会をネットでいろいろと探し、みつけたのが昨年、参加した「おもいかね座禅断食」「天下伺朗さんの瞑想断食」「岡山のわら百姓屋敷の座禅断食」。

 さらにまだ参加できていないもので三浦先生が主催するもの、沖縄の越智啓子さんのもの、吉野の金峯山寺で行われる物の6つを探しだしだ。松本で野口さんが直接指導するものはネット公開していないそうだ。

 三浦先生のクリニックのHPを見たりFacebookをフォローした1りして彼の医療についての考え方について知ると、「代替医療を基本」と言ってしまえばそれまでだが、患者に寄り添い応援するものの、治療は患者自身が考え決める、病気を治すのは医者ではなく本人という基本の考えが貫かれていて大変共感を覚える。さらにセルフケアのためのいろいろな講習会を企画実施していることにも頭が下がる。

 この本から少し紹介。

 断食を行おうとする人に、最後にもう一つだけ伝えたいことがあります。
 「私たちは楽しむために生まれてきている」
 ぜひこの意識を持ってほしいということです。
 もし、あなたが・・・(略)・・・「死にたくない」という思いで断食をしようとしているのなら、やめたほうがいいでしょう。
 なぜなら恐怖心で取り組む健康法は、常に緊張を伴っているため、効果が得られにくいからです。(略)「断食をするのはただ健康のため」という人にもお勧めしません。

 病気であろうがなかろうが、いつか肉体を卒業するその日まで目いっぱい楽しむこと。その目的のために、今をどう生きるか、何をするかを選択することが大切なのです。
 
 医師としてもただ寿命を延ばすだけの治療に私はやりがいを感じません。命に抗うことは最初から負け戦とわかっていることです。それよりも、生まれてきた以上、いつか肉体を卒業するときまでどう幸せに生きるか、そのお手伝いをすることが私の役割だと思っています。


 奥様はオーラソーマ、クリスタルヒーリング、ヨガ、ゆるゆる体操、エンジェル気功などをされている方。昨年の暮れに大阪で奥様のクリスタルヒーリングワークに参加したことは以前にアップした。

 お二人の作った「自然療法研究所 花音(かのん)」のHP

 朝食は豆乳ヨーグルトだけだったり、リンゴニンジンジュースだけだったり、まったく水分のみだったりという毎日だけれど、さすがに週一とはいえ昼食まで抜くのは簡単ではない。

 まあ、少食をモットーにすることと、また、断食会に参加しようかなと思う今日この頃であります。

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2016/4/20  21:02 | 投稿者: masuko

 速い。時間の経つのが速すぎる。

 地震の情報に明け暮れているうちに4月も下旬だ。

 何を送れ、どこどこへ、Amazonでもいいから、いや送らない方がいい、必要なものはどんどん変わる。ついたころにはいらないってこともある。余って困ることもある。お金の方がいい、ここへ振り込んで、ふるさと納税したら、所得税控除になる寄付はこちらへ・・・・

 シェア、拡散希望なんていう言葉にもドキドキする。

 ネットのチカラで世の中を動かしていくことに、動かされることに慣れていない。

 いろいろな情報が飛び交って煽られている自分におたおた。すぐに現場に入りボランティアで支援する人たちの素晴らしさに圧倒され、あんた、何にもしないの、できないのって怒られているような・・・・そんな気分にもなる。

 どうしようかなあって思っている朝、ときどきのぞく「齋藤一人」さんのブログでちょっとほっとする。


できることをやる

 はい ひとりさんです。
この世には大きなことをする人もいれば 小さなことをする人もいます。
でも、どちらも尊いのです。今、自分がやれること 一生懸命やると幸せになるようにできているのです。

さいとうひとり


 ちょっとカンパ。静岡で熊本支援をしている団体に。直接持っていったら、「あー大赤字で助かります。ありがとうございます」って言ってもらって・・・ボラだってごはんも食べれば、寝るところも必要、熊本までのガソリン代だってバカにならない。お金はいくらあっても困らないだろう。

 支援は長期戦だろうから自分にできることをゆっくり考えよう。

 あー4月下旬かあ。速いなあ。

 ハープの発表会の曲はまだ、バッチリというところまでいかない。ちょっと焦ってきた。がんばれ。できると思わなければできるようにはならない。

 長い練習時間でなく、短く何度もっていう方法で今日はやってみた。練習の仕方を工夫しよう。声に出して歌いながら弾くっていうのもやっている。歌のイメージに音が似通ってくるような気がする。
 指の動きが完璧でないことへの練習方法は・・・考えよう。やるしかない。

 

 
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2016/4/19  15:12 | 投稿者: masuko

 時代小説を読むようになって、理由はよくわからないけれど、司馬遼太郎はパスって思ってきた。
 
 ところが、淡路島への旅行をきっかけに「菜の花の沖」を読んだ。

 これっきりにしようとその時も思ったけれど、図書館へいったり書店にいったりするとな〜んとなく目の中に入って来る。

 で、こんなものを買って来た。面白かった。

 磯田道史さんの紹介する司馬さんはとても魅力的だ。

  司馬さんの文学というのは、読み手の人生をよりよくし、また読んだ人間がつくる社会もよりよくしたい、という、強い思いがこめられた作品です。
 司馬さんにとって、日本の失敗というのは、やはり「昭和前期」でした。昭和を題材にした小説はついに描くことはできませんでしたが、もし司馬さんが昭和史の小説を書いたとしたら、何を言いたかったかは、むしろその時代を影絵のように塗り残していることでよく見えてきます。司馬さんが描けなかった、影絵のように塗り残してしまった部分には21世紀を生きる私たちが考えなければ行けない問題がたくさん含まれています。
 
 「どうしてこういう国になってしまったのだろう?」という疑問が彼に小説を書かせた動因でした。(中略)私は司馬さんの文章を読むとき、その出来事がなぜ起きたかという因果関係を彼がどのようにとらえているかを文脈から読み取るように心がけています。
 戦争体験をもつ司馬さんは「なぜ日本は失敗したのか」「なぜ日本陸軍は異常な組織になってしまったのか」という疑問から、その原因を歴史のなかに探るようになります。
 
 戦国時代、濃尾平野にできた権力体は、われわれの社会の直接の素源だ、と思っていたふしがあります。だからこそ、司馬さんは『国盗り物語』でかなりの時間をかけて斎藤道三を書いています。「信長生成過程」という化学物質が生成されてくるときの化学反応式を解くような作業です。


 てなわけで、ぐいぐいと司馬遼太郎に引き寄せられている。

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2016/4/18  22:09 | 投稿者: masuko

 また、読んじゃった、あさのあつこ

 この前、弥勒シリーズの「地に巣くう」を読んだ時、けっこうブーブー書いちゃったのにね。まあストーリーは面白いからね。
 
 とっても複雑な事情を抱えた主人公、腹をさぐりあうような会話・・・そういうのがあさのさんの得意とするところらしい。

 でも、これは登場人物がいい人だから、まあ、読みやすい。弥勒シリーズはねえ、いい人とは言えない部分があるからねえ、辛くなる。

 これ、シリーズ2冊目なんだ! 
 
 1冊目がでたとき、気がつかなかったなあ。主人公の複雑な事情っていうのがそこに書かれているかな。また読んじゃおうっと。 

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 江戸の町、竹林に囲まれたしもた屋で、産んではいけない子どもを孕んだ女たちを受け入れ、子堕ろしを行ってきた「闇医者」のおゑん
 稀代の毒婦か、無垢な童女か。夫と通じた女中の子堕ろしを頼みに来た女将の態度は、いささか奇妙だった―闇医者の許に持ち込まれるのは、一筋縄ではゆかぬ事件ばかり。


 子堕ろしって言っても基本、産ませたい、小さな命を大切にしたいっていうのがおゑんの方針。だからどうしてもその女達の複雑な事情に深く関わってしまうっていう訳だ。

 面白かった。
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