2015/6/30  11:43 | 投稿者: masuko

 東京行きのいくつかの目的のひとつは冷え取り健康法の復習で、まきちゃん先生とかいう方の話を聞いてきた。
 40代の麻酔科のお医者さんで、自分が癌になってから冷え取りに出逢い、すっかりはまって勉強し、そしてこうやって全国を講演してまわって普及活動をしているらしい。冷え取り歴5年?って言ってたかな。
 私がこれを知ったのはかれこれ24、5年前ですかねえ。まだインターネットの時代じゃないし、どこでどうやってその情報を手に入れたんだか、忘れちゃいましたが、進藤義晴さんの本を一生懸命読んだ覚えがある。でも、あのころは絹の5本指靴下なんかどこで手に入れるんよ??だったけれど、いまでは重ね履き用のソックスやらの冷え取りグッズを扱う店、ネット販売は相当増えている。
 靴下の重ね履きはやったりやらなかったりで適当な24年間だけれど、お風呂の半身浴はけっこう意識してやっている。なんだか最近、半身浴では温まらないっていう説もでているそうだけれど、その説を言っている方は自分でちゃんとやってみたのかなあ。これは本当に温まります。汗がたらたらでて、ほっかほかになります。それから足湯もいいね。寒い日の朝、職場に行く前にちゃちゃっと短い時間でも熱いお湯に足をつけていくと午前中ぐらいはその恩恵にあずかれたなあ。半身浴は必ずぬるいお湯でね。でも足湯は熱いお湯のほうがサッと効果ある。

 やり方その他はここに詳しくありますよ。

 現代の生活の仕方は本当に身体が冷えるようにできているから、ちょっと強制的に身体をあたためる方法を取り入れないとだよ。みんな、自分が冷えているってことに気がついてないのよ。
 この方法をやって基礎体温をあげて妊娠した人はいっぱいいますよ〜。
 不妊も癌も、万病は冷えからきます。
 身体にしてきたこと、取り入れてきたモノで病気になるんだから身体にすること、食べるもの、取り入れるモノを変えれば病気は必ず治りますと力説していました。

 で、この講演、吉祥寺だったんだけれど、この駅に初めて降り立ったし、有名な井の頭公園っていうのにも初めて行った。日曜日、すごい人だった。
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2015/6/30  11:35 | 投稿者: masuko

 久しぶりに宇江佐真理さん。
 「斬られ権佐」って読んだかどうか・・・多分読んでないけれど、その話の後日談?
 権佐さんの孫のなでしこちゃんことお紺は医者のおとうさんの手伝いをしているんだけれど、血がさわぐんだかどうも捕り物好きでなんだかんだと事件を解決・・・みたいな時代劇捕り物風ホームドラマ。
 宇江佐さん特有の現代の話でも全然いいけれど時代物だとやんわりと伝わるねみたいな・・・。

 新幹線の中で読むのにはもってこいです。

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2015/6/29  20:04 | 投稿者: masuko

 東京一泊旅行で何読もうかなあって書店をうろうろ。「この時代小説がすごい」という雑誌を見る。2015年版の文庫書き下ろしの1位は高田郁さんの「みをつくしシリーズ」。2位が上田秀人さんの「百万石の留守居役シリーズ」だった。2014年版の1位は上田さんの「奧右筆秘帳シリーズ」とか。

 ほんじゃあまあ、上田さんを旅のお伴に連れて行くかっというわけで、購入。図書館はまにあわなかったからね。

 作者のコメントによると奧右筆と百万石は雰囲気が全然違うらしい。

 一の「波乱」は前の日から読んでいたから東京一日目の午前で読了。続きが知りたい。フィルムセンターにいく時に八重洲のブックセンター前を通ったので「エイ!仕方がない。二を買っちゃえ」となり、二日目の後半には読了。帰りの新幹線ではもう一冊持って行っていった別の本を読むことになる。今回、予定していた「こと」と「こと」の合間の空き時間がけっこうあったんでね、読書ができたというわけ。

 そうね。確かに面白い。
 でも、今まで私が読んできたものよりはぐっとぐっと歴史小説っぽい雰囲気になっている。
 家康時代の家康と家臣や外様大名との関係、誰が誰を裏切って、誰が誰のところに縁づいて、で、その子孫がこうで、あーで、家としての体面がとか、あの時の怨みが・・だからお家のためにとか武士の体面とか意地とか・・まあ、いろいろとややこしく四代将軍の跡継ぎ問題でこれだけたくさんの武将の名前がでてきてややこしい出来事を次々と書けるものか!!ってな感じ。

 出世争いの駆け引きもあり、少しだけロマンスもあり、アキさせない。

 シリーズ5まで出ているらしい。3、4、5は図書館で。節約しよう。


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2015/6/29  20:01 | 投稿者: masuko

 東京国立近代美術館フィルムセンターの映画はシルバー310円、その他520円でお安く、たくさんのシルバーがお集まりでした。ホールは広くてきれい。
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2015/6/28  20:19 | 投稿者: masuko

 沖縄の勉強をした後には、娯楽映画を。

 東京国立近代美術館のフィルムセンターで「特集・逝ける映画人を偲んで 2013-2014」というのをやっていた。

 本企画では、2013年1月1日から2014年12月31日の間に逝去された方々へのオマージュとして、70作品(60プログラム)を上映し、山口淑子(李香蘭)、三國連太郎、高倉健、菅原文太の各氏をはじめとする60名以上の映画人の業績を回顧・顕彰します。


 という企画。

 で、やっていたのは嵐を呼ぶ楽団というものだ。

 宝田明、高島忠夫、雪村いづみ、浅丘雪路、柳家金語楼なんかが出ている。

 ジャズバンドの結成から解散、再結成までを描いた恋と友情の物語。メンバー達との友情と恋、定石をふまえた物語展開とスピード感あふれる演奏シーン。さらに楽曲によってストーリーが展開する構成とセンス!

 と賞賛しているHPがありました。

 雪路さんのきれいなこと。いづみさんと雪路さんの歌の踊りは本物だ。男性軍は本物もあれば、吹き替えもありだね。

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2015/6/28  20:08 | 投稿者: masuko

 今、家に帰ってきてパソコンでHPを確認したら「沖縄うりずんの雨」静岡でも上映される。確か、この前HPを見たときには静岡はなかったと思うけれど、よかったよかった。いつもいくシネギャラリーさん、いいね。
 今のところたくさんの地方で上映されるようでもないようだ。是非、たくさんの方に観てもらいたい。
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2015/6/27  15:16 | 投稿者: masuko

Facebookのグリンピースジャパンのページで紹介されていた映画だ。東京神保町の岩波ホール。東京に行くついでに是非観ようと思った。ついでにグリンピースジャパンが招待券のプレゼントキャンペーンをやっていたので申し込んだ。当たるわけはないが−
ところがなんと招待券が送られてきた。
明日、東京に用事があったので今日から上京することにし、さっそくみてきた。
平和、戦争、沖縄、人としての尊厳を考えさせられる。
あまりにも沖縄について知らなさすぎたと反省させられた。
ホールは9割方埋まっていた。予定外の監督の挨拶もあり監督の想いも伝わってきた。
たくさんの人に観てもらいたい映画だ。携帯からとりあえず投稿します。
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2015/6/26  15:42 | 投稿者: masuko

 グランシップで歌舞伎を観た。

 片岡孝太郎さんの「壺坂霊験記」

 孝太郎さんは好きな役者さんの中の一人。

 鑑賞教室なんで歌舞伎の見方みたいなお話があったんだけれど、今回は女形のお化粧の仕方をその場でやってみせてくれて面白かった。

 グランシップは我が家目の前の駅の向こう側に行けばよいので近い。今日みたいな雨の日には濡れないで行ける・・・と言いたいところなんだけれど・・・
 我が家から駅のエレベーターまでの10メートルあるかないかの距離に3メートル?ほど屋根のないところがある。そして駅の向こう側へ降りると細い屋根がグランシップまで続いていて濡れないっていえば濡れないんだけれど、なんせ細い屋根だし、風が吹いたりするとなんとなく濡れる感じだし、どうせならもっと駅に近く建てればいいのになあ、この中途半端な距離で駅と離したのはなんでなんやなんて思いながら10分も歩かない距離を歩いていってきました。着物でいくと先着何名様かは記念品もらえたみたいけれど、こんな天気だとね、面倒だから着なかった。

 某特別支援学校高等部の生徒さんが学習の一貫で観劇されていましたよ。いいね。

 孝太郎さんはけっこうこまめにブログアップしているね。

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2015/6/25  14:19 | 投稿者: masuko

 面白かったね。江戸の暮らしからを江戸の絵師が描いたたくさんの絵を調べてまとめている。

 こんな絵がいっぱい。

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 文章もなかなかスパイスの効いた面白い文章。

寺子屋の教科書の項から抜粋
 もちろん、親がどのお師匠様を選ぼうが自由だった。自転車もなかった時代の「世間」は狭かったから、政府が厳重な資格などを決めなくても、評判の悪い師匠には生徒が来なくなって、淘汰され、殆ど実害はなかったのだ。 
 教員免許がないほどだから、教科書の採用も自由だった。今は、学校で教科書を自由に決められないそうだ。政府が正しいと認めたことだけ記載してあることを確かめるために教科書をこまごまと検定し、検定に合格した教科書しか使えないからだ。この点でも、民主社会の方が、江戸時代よりもはるかにがんじがらめなのである。

江戸の医者の項から抜粋
 現代の日本人が医院、病院で診察してもらう病気の70パーセントは、放っておけば自然に治るそうだから、江戸時代以前の病人の大部分も、我慢しているうちに治ってしまったのだ。現代医学による、診察、治療を受けないと病人が死ぬのなら、人類は何万年も前に絶滅していただろう。

飾る装うの項より抜粋
 欧米に一歩でも近づくのが文化だと情けない風潮が半世紀も続き、いかに洋服を着こなすかをファッション雑誌などで教えこまれたおかげで、洋服はなんとか身についた。だが、西洋の真似ばかり上手になった日本人が、伝統的な自分たちの衣装である着物を着るとまるで借り着のようになってしまった。

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2015/6/23  17:47 | 投稿者: masuko

 ん。言いたいことはよく分かった。訴えたいことが伝わってきた。とっても大事なことだと思う。
 きれいな映像もたくさんある。

 でもちょっと編集が下手かな。何気にダサい。

 HPはこちら
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2015/6/22  14:04 | 投稿者: masuko

 食べない人ってどんなんよ!!! 秋山さんは食べない、飲まない人。

 優しいまなざしで気さくな感じで面白おかしく、時々、専門の(弁護士だから)法律のことをたとえ話に交えたりしながらあちこちに話が飛んで、まとまるんかしらと思わせながら、巧く、話を筋に戻してあっというまの楽しい2時間半でしたね。彼が厳選した豆で入れた珈琲をごちそうになりながら。

 自分の頭を整理する意味でメモをみながらまとめてみますね。


@今、こうやってこの場に私と皆さんとが集っているってことは奇跡のようなものなんですよね。それぞれの人の先祖代々のどこか一部の出来事が違っていたらみなさんも私もこの世に存在しなかったかも知れないわけで、偶然というかもう奇跡。これを有り難い、凄いと感じられる事が大切です。

A「蘇生」っていう映画みてください

(しばらくこの映画に関連したEM菌その他の話)

B死んだことがないから怖い、体験したことがないことは誰でも怖い。でも、未来っていうのは実在しないわけでそういうわからないものに不安を持って今、この実在している今を生きるか、それよりわからないんだからいいことがあるかもなあって期待して生きるかはまあ、それぞれの選択、自由ですけどね。(Cに話は続いていく)

C自由ってなんでしょう。・・・(いろいろ例え話があって)不当に介入されないってこと。自分のあり方は自分で決めるってことですよね。
「みずからのよし」
由っていうのは由来、オリジナル、源ってことです。
自分の中心からはなれないってことですね。
誰かのいいなりは自由じゃない。他人の目を気にしていて自由か?
自分に対していやなことを言うのはそれはその人の自由だと思い、それをどう受けとめるかはこちら側、自分の自由。善悪でさばかない。善か悪かじゃなくて好きか嫌いか、どっちが美しいか、どっちが素敵か、どっちに行きたいか・・・自分のこころの中心の感性が決めればいい。
内なる感覚に耳を傾けて行動することです。

それには静かな所に身をおくようにして、忙しいっていうのは心を亡くすてことでしょ。忙しくしない方がいいです。忘れるっていう字は亡くすの下に心がある。これはいいね。不都合なことは忘れちゃえばいいんです。過去の嫌な事は忘れる。いい加減が大事なんです。
未来はどんな素敵な事がおきるんだろうってイメージする。描く。それが物事が始まる原動力です。

D今の世の中はインターネットがあって誰でも発信力があります。誰でも出版社みたいなものです。その力は地球環境に影響を与えられる力です。下手に使うと地球は壊れちゃいます。この力をいかに調和的に使うかです。

E脳波がβ→α→θと高次になっていくと高いほど地球の宇宙のエネルギーの摂取力が高いです。低い時はガツガツと食べ物を食べる状況ですが、脳がすごくリラックスしてきてαからθになってくるとプラーナの摂取率が上がるんです。

F誰でもエネルギー、プラーナは摂取しています。日なたぼっこしていて気持ちいいなとか、森を歩いていて癒やされたなあっていうような時はエネルギー、プラーナを摂取しています。

Gいかにリラックスできるかということです。眞のリラックスというのは自分の本質の所のレベルでいるということです。

人が肉体と魂でできているとして自分の本質は魂の方ですよね。
魂は「たま」「しい」に分かれます。「しい」っていうのはかなしい、うれしい、おそろしい・・・感情です。だから自分の本質は「たま」です。
「たま」つまり「御霊(みたま)」です。これは光です。波動です。美しく、上下の差がなく、真に自由で、自然でつまりみずからしかり・・・そこに自分の本質、真理、まことのことわり、すべてにあてはまるもの、万物をつらぬいている、宇宙も、自分の細胞のひとつひとつもつらぬいているものがある。
その世界で生きているとエネルギーは最少でいいのです。

H 三食食べなくちゃ行けない、朝食は大事、食べなきゃ生きられない、一日30品目が〇〇・・・どれもこれもとらわれです。自分が決めたわけでなく、他人の目を気にしているのと同じです。自由でない状態です。意識を切り替える。自分の内なる感覚を信じられるようになる。食べたいと思う時に食べたいものを食べたいだけ食べる。余分には食べない。それでいいではないですか。

 こんなところかな。 彼の不食に関する師匠はジャスムヒーンていう人だそうです。
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2015/6/22  13:42 | 投稿者: masuko

 大手門から入ってすぐ。小さな美術館で展示スペースちょっとだけれど、中身はすごい。
 ちょうど、この日まで「鳥の楽園 多彩、多様な美の表現」と題した展示だった。

 〇〇天皇、皇太子、〇〇を記念し、祝って、〇〇から贈呈というようなものばかりだから凄い訳よ。

 香淳皇后(昭和天皇の奥様だね)が描かれた絵がお上手なんだなあ。皇居のお庭にヤツガシラという珍しい鳥が渡ってきてしばらく観察できることがあって、その時詠んだたくさんの和歌と鳥の絵が巻物になっているんですよ。見応えありましたね。

 検索するとその絵もでてきますけれど、まあ、ここに貼り付けるのはやめておきましょう。

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2015/6/22  7:35 | 投稿者: masuko

 やー初めて行ったよ。

 講演会までちょっと時間があったんで皇居の中の宮内庁三の丸尚蔵館っていう美術館に寄った。

 ついでに奧の方までみてくるかーって何気に脚を伸ばしたら、すごい!広い。当たり前かー江戸城の本丸、二の丸の跡地なんだもんな。
 考えてみれば、初めて来たように思うけれど。

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石垣が立派だね
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広々した本丸庭園
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天守台からの本丸庭園
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なるほど、天守台のすぐ下が大奥ね。
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二の丸の雑木林
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 東京って下手に都市化されちゃった田舎町より自然がいっぱいだよね。大名屋敷とかの庭園がたくさん残っているものね。
 この自然と高層ビルの景色が意外とマッチング。

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2015/6/21  21:33 | 投稿者: masuko

 ちょっと東京に行って来た。申し込んであったお話を聞きに。それはまた明日にでもアップするとして
 往復の電車の中で。

 近藤さんのこれは現代物。ミステリー。例によって歌舞伎役者が出て来るお話。
 
 順を追って話が展開されるのではなくて、行きつ戻りつ。初めのうちはそれがわからなくてちょっと混乱したけれど、あっそういうことね、って分かるとそこがまたなかなか巧い展開になっていて、読者をアキさせないって感じかな。

 近藤さんのあとがきを読むと、相当な歌舞伎好きだね。見て好きになったというよりはお話のあらすじに弾かれたりして図書館で脚本(台本?)を読んだり写真集を見たりして楽しんだっていうのが最初に虜になった出逢いっていうのが凄いね。大阪芸術大学文芸学科卒業で卒論は河竹黙阿弥だそうな。

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2015/6/20  22:05 | 投稿者: masuko

 東日本大震災の日、「私」が新婚の頃に夫・吉村昭と行商の旅をした三陸海岸を、大津波が襲った。三陸の中でも岩手県の田野畑村は夫婦にとって特別な場所。夫婦で同人雑誌に小説を書きながらの生活は厳しかったが、執筆に専念するため勤めを辞めた夫は、2泊3日かけて「陸の孤島」と呼ばれていた田野畑へ向かう。鵜の巣断崖の絶景に出会った夫は小説の着想を得て、昭和41年に太宰治賞を受賞、作家の道が開けた。取材以外の旅はしなかった夫は、家族を連れて唯一、田野畑だけには旅行するようになる。
 もし夫が生きていたら、津波に襲われた愛する三陸の姿を見て、どんなに悲しんだだろう。三陸は故郷ではない。住んだこともない。でもあの日、津波が襲ったのは、私にとってかけがえのない場所だ――。
 震災の翌年、夫の分まで津波の爪痕を目に焼き付け、大切な人々に会うため、息子と孫と共に田野畑を巡った妻の愛の軌跡。


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 津村さんにとって、また、吉村氏にとってどれだけ三陸の田野畑村が大事な村なのか、そこでどういう人達と出逢い、どうその村を愛してきたのか。津村さんらしい文章で綴られている。
 
 7、8年前か、大震災の前で東北のツアーに参加し、北山崎に寄り、リアス式海岸の絶景を見た。
 ゆっくりと田野畑村に行ってみたくなった。
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