2014/10/12  16:25 | 投稿者: masuko

 9月中旬の軽井沢旅行のルヴァン美術館で友人が購入。伊作の自伝。長女アヤによるあとがきを読むとどうやら口述のようである。昭和35年にアヤの尽力で出版された。あとがきによるとアヤが父親の書いた物を本にしようとすると伊作本人は照れて「そんなものつまらん」と言っていたらしい。アヤは父親がそういう時にわざと反対のことを言う癖があることを十分に承知している。彼は後には「世界中の人が読むと思ったもの」と言ったとか。そのため、英語に翻訳することを強く意識して書かれているし、時代や風習についてもとてもよく説明されているから、アヤは若い人に読んで欲しいとあとがきに書いている。これは復刻版。平成19年ルヴァン美術館の開館を記念して復刻したようだ。 
 静岡の図書館は所蔵していない。通常の書籍の販売ルートにはのっていない?

 伊作や伊作の父親、弟達は相当変わった人達だ。一般の人から変人に思われていたことは本人も十分に承知している。
 弟達はなまじ財産があるためにちょっと精神を病むような所があったようだが、伊作さんは変人といっても一本筋が通っている。いわゆる徹底した自由人。偏屈でもある。「あー言えばこー言う」世間の人がこっちへ流れていくなら、その反対を強く言いたい・・みたいなところはある。でも、いたずらにそうしているだけではなく、彼の感性で正しいこと、美しいこと、人として愛のあることを求めて行動し、言うべきことは言う。

 財産があったから、一度も仕事ということをしていない。建築事務所や学校を経営したことにはしたけれど、仕事という感覚は彼にはないみたい。好きだから、必要だから、したいからするみたいな感じ。学校もほとんど赤字でいつも新宮の山林を売っては赤字を補っていた。あるとき、他の学校の教員の給料と比較してとんでもなく高いことがわかり、教員の中の中心人物の石井柏亭氏が半分にしようと言って半分にしたら黒字になったようなことが淡々と書いてあるので笑っちゃう。

 あちこち引用したい文章はあるけれど・・・

 人は金のために働くのではなく、楽しみのためにいろいろな仕事をする。金のために生活のためにする仕事は、それを本業だというけれども、実は楽しみにすることの方がその人の本業というべきもので、生活のためにするのはしかたがなしにやっているような気がする。しかしその生活のための仕事もそれを楽しみにして、道楽としてやったら心は喜び、生活が幸福になるだろうと思う。
 ものを作ることが私の楽しみなのである。自分の楽しみであることが人を良くし、社会を喜ばすようなことであり、人、自分ともに楽しいことであったならばいいと思う。


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 西村伊作という人が生きていたということを知り、彼の考えや生き様に触れ、彼の設計したものを見たこと。とてもよい経験だったと思う。

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