2014/9/24  11:17 | 投稿者: masuko

 二日目に泊めていただいた友人の知り合いのお宅は富士見町。近くに井戸尻考古館があり、縄文土器が素晴らしいよという友人の薦めで諏訪に向かう前、朝一に寄る。
 素晴らしい! 縄文時代って凄いねえ。
 
 その時には何の気なしにみていたけれど、社会で習ったのは縄文は狩猟文化で弥生時代が農耕文化。でも確か、鍬みたいのや雑草を取るための鎌みたいなものが陳列されていたよなあ。
 というわけでHPをよく見たら、

 井戸尻遺跡発掘に取り組み、八ケ岳山麓の考古学において、先駆的な業績をあげた藤森栄一は、戦後まもなく、八ケ岳山麓から出土する考古遺物を検討するなかでこれらの文化構成は、どうしても農耕があったと考えなくては理解がつかないという考え方に達した。縄文時代は、狩猟や採集などを中心とした社会であったとする当時の学会の認識からは、到底納得しえない衝撃的な内容のものであった。これが世にいう「縄文農耕論」である。これらも今日的にみれば、論旨のなかに不十分な点や修正すべき内容のあることはいなめない。
 井戸尻考古館では、この意志を受け継ぎ、縄文農耕の立証と文化内容を一貫して追求してきたが、この10年来、面目を一新するような段階に至った。中期の主要な石器群を体系的に把握することに成功したのである。石器は農作業の一連の過程を担う農具であり、その農具の組み合わせからは、常畑(じょうばた)における雑穀栽培を主とした集約的な農法があったという考えに到達している。


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耕起具(左:石鍬)や除草具(右:除草用小型鍬)と考えられる。縄文中期の石器群。

ふむふむ勉強になりました。

 土器の模様のすばらしさ。その意味するところにも古代人の自然や神を敬う心や、月の満ち欠けと女性の身体に関する知識などがとても豊富だったことなどが伺えます。

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 基本形のひとつは、蛙の図文と蛙と人間の間の子みたいな半人半蛙(はんじんはんあ)の精霊の像で、それらは双環で表わされた大きな両の眼と3本指の手を持ち、紡錘形や円い胴体をしているのが特徴的である。3本指の手はふっくらとし、赤ん坊の手首のように括(くび)れて瘤(こぶ)状に盛り上がり、それに紡錘形の蛙の背には、女性器の意味が重ねられているようでもある。(中略)
 蛙文は同じように月の不死性を象徴していると判断でき、新しい命を産む女性の出産力は豊穣の象徴と考えられていたようだ。月と蛙と女性の複合からなる太陰的思想は、新石器農耕文化に特徴的な世界観であったと解釈される。


 もう、たくさんあって、イヤホンガイドもとっても丁寧に説明してくれるんで、ちょっとお腹いっぱいでとても全部聴ききれない、鑑賞できないって感じでした。なんどかゆっくり見に行きたいものです。
 本当に縄文の人々のセンスあること。ステキなデザインです。岡本太郎も「まっつぁお」だよな。

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