2014/9/30  20:41 | 投稿者: masuko

 金曜日にも東京へ行くのに、まったく遊び呆けています。でも宇宙由来の魂は好きなことをして生きないと宇宙には戻れないそうですから、私の魂が宇宙由来かどうかは知りませんが真面目に実行しておくに越したことはありません(笑)。
 これからもキムラ緑子さんの舞台は観ておきたいと思っています。なんだろう、心から演じることに魅せられいる緑子さんのエネルギーが心地よく伝わってきます。
 前田美波里と柴田理恵さんと緑子さんの3人芝居。男の部屋でかちあってしまった女たちの壮絶バトル。淑女のロマンスチラシ裏面

 3人のおばさんたちの個性がすごかったです。

 ロビーに飾っている有名な人たちからの出演者への花束、美波里さんのものばっかりやたら多かったよ。緑子さん、ちょっと寂しかったな。まあ、役者のキャリアとか格とかいうことからいうとそういうことですか・・・

 新宿の紀伊国屋へが初めて行きました。「読んでみてよ」って訴えてくる本にいくつか出会いました。前なら購入しちゃったところですが、ぐっと我慢し、書名をメモしてきました。図書館でね。
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2014/9/29  20:31 | 投稿者: masuko

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 淡交社の「なごみ」を購入。淡交社といえば裏千家関係の本の出版社だから・・・あんまり興味のある記事はないかもとは思ったが、なんせ、藤森ファンとしては表紙を見ただけで買いたくなる。
 facebookで東京国立博物館に「いいね」をしてあるのでそこからこういう雑誌が発行されましたよという情報。すぐにその場でアマゾンで注文。お急ぎ便が無料で体験できるというのでそれを利用。次の日には手元に届く。便利。

 建物の話というわけでもなく、探検!のタイトル通りで、山口さんという画家さんと一緒にあちらこちらと・・・そしてユニークな感想をいろいろと。一般の人が入れない茶室、修理室、館長室、副館長室にも訪れている。博物館の今後についても藤森さんが独特なご意見を。

 この雑誌、なかなか面白いです。まだ全部読んだわけじゃないけれど酒井抱一を扱っていたり、祇園祭の屏風祭について書いていたり童話作家の角野栄子さんのインタビューがあったり・・・。もちろん、茶道具のことやら茶懐石の盛り付けのことなどのコーナーもある。とりあえず全部読んでみようかと思っているところです。

 ところで、明日は午後からキムラ緑子さんの舞台を見るので、東京へ行きます。午前は東京国立博物館で過ごす予定ですよ。賛助会員なんでね、無料で入場できます。
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2014/9/28  21:31 | 投稿者: masuko

 清水のマリナーズにオーケストラを聞きにいってきた。
  ロッシーニ 歌劇「ウィリアム・テル」序曲
  メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ベルリオーズ 幻想交響曲 作品14

 「超・名曲コンサート」というタイトル通り、誰でも聞いたことがあるよなっていう名曲ぞろい。でも実のところ私は幻想交響曲はあんまり馴染みがなかったから、とっても新鮮に聞いた。いかにもいかにもオーケストラでございって感じだな。金管、木管が活躍すると、打楽器が、そしてハープが、はたまたヴァイオリンがすごい奏法で・・・みたいな感じで見ても聞いても面白いっていう感じでした。
 2楽章でハープが2台、大活躍。もちろん我が先生であります。今回は2台ということで娘さんと日程が合わずで、先生の先生に東京からお越しいただいてという豪華キャスト。2楽章だけでなくもっと弾いてよって思ったけれど、仕方がないですね。オケのハープって弾くときには絶対に目立つ役割だから大変だね。

 今度の土曜日に夫が東京の国立劇場で行われる長唄の会に出るんだけれど、その時に私も着物を着ようと思って、今日は練習。着物でコンサートに出かけましたよ。紬と違ってこういう垂れものはきゅっと締まらないから着崩れそうで怖い。でも、割ときちっと着れた。帯は袋帯で二重太鼓。いつも名古屋帯だからこの結び方は慣れない。なんとかできた。

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2014/9/28  10:55 | 投稿者: masuko

 あとがきによりますと・・・

 この本を書くきっかけはラジオ関西で「神仏融合 玉岡かおるの巡礼の旅」という番組を持ったこと。
 明治の初めに「神仏分離令」という政策により切り分けられた神と仏。最近になってもとの形に戻そうという動きが起き上がってきた。神社側、仏教側両者の150もが集まって「神仏霊場会」が発足した。

 ほー神仏霊場会だって。どれどれ。ありました。HPはここ

神道と仏教は、わが国の長い歴史の中で「神か仏か」と二者択一を迫るような対立関係ではなく、「神も仏も」、互いに相手を尊重し認め合う共存共栄の関係を築いてまいりました。神仏の光あふれるこの国土にしっかりと根を下ろすことで、わが国の奥深く細やかな自然景観や文化、国民性の美質も、のびのびと枝葉を広げることができたのだと申せましょう。
近代文明は、人類に多大な恩恵を与えてくれた一方、戦争の惨禍や自然環境の破壊をもたらし、その行き着く先には恐るべき破局が待ち受けているのではないか、という不安が世界を覆っているという現状もあります。
わが国においても近代化を進める諸改革の中で「神か仏か」という対立的関係を強いられた時代がしばらく続きましたが、近年ようやく神社界・仏教界の双方から、わが国本来の信仰の姿を取り戻そうと、近畿を中心に古くから聖地・霊場と呼ばれてきた150の社寺が「和」の心をもって結集し、ここに「神仏霊場会」が組織されました。
何れの社寺も歴史と伝統を有する尊い宗教的霊場であり、多くの方々が参詣され、祈りを捧げられますことを願っております。
すでに700人余の方々が全社寺巡拝の満願を果たされています。
皆様の巡拝を心よりお待ちいたしております。


 ほほー150全部巡礼するといいよみたいなことですか。四国、西国、秩父いろいろ巡礼のコースはあるけれど、新しいコースを作ったよというように安易にも受け取れますが、まあそういう穿った見方はやめて、明治前のもともとの信仰の形に戻しましょうっていうのはとってもいい発想だと思います。日本人は仏教伝来以来、ずっとずっとそうやって日本古来の神様とうまく融合させて祀ってきたんだもの。
 日本人ってなんだろう、宗教という意識はあんまりなくて「大いなるもの」「宇宙の絶対」みたいなものを感じる力が強いんじゃないかなあ。キリストとかお釈迦さんとか、天照大神とか誰それというのはそう問題でなくて、人智を超えた「おおいなる存在」「霊的なこと」「奇跡」みたいなものに手をあわせ祈りたいという気持ち。山も雷も海も木も自然は人智を超えている。人の世をリードしてくれて住みやすい世にしてくれる存在っていうのも大いなるもの。病気なんかを治してくれれば霊的だし奇跡だし・・・そういうもの一切合切、「恐れ多く、敬うべきもので、祈りを捧げ、祀りたい。」

 そういう存在を感じる力があったら宗教戦争とか起こらないのが本当なのになあ。イスラム国とかなんだかよくわからないけれど、どうして争うことになっちゃうのかなあ。悲しいね。

 話が逸れちゃったけれど、この本で紹介されている神社仏閣には行ったことないなあ、知らなかったなあというもが結構ある。古事記にも関係するような歴史のある所なんだあ・・・というものも多くて、また訪ねながらその歴史について少しは突っ込んで勉強したくなった。
 例えば、大阪の住吉神社は
「日本書紀」や「古事記」の神代の巻での言い伝え
伊邪那岐命 (いざなぎのみこと) は、火神の出産で亡くなられた妻・伊邪那美命 (いざなみのみこと) を追い求め、黄泉の国(死者の世界)に行きますが、妻を連れて戻ってくるという望みを達することができず、逆にケガレを受けてしまいます。そケガレを清めるために海に入って禊祓いしたとき、住吉大神である底筒男命 (そこつつのおのみこと) 、中筒男命 (なかつつのおのみこと) 、表筒男命 (うわつつのおのみこと) が生まれました。

とのこと

 また、河内長野の金剛寺。聖武天皇の命で行基が開いた。平安時代末期には後白河法皇の帰依を受けた。また女人高野としても知られている。南北朝時代には南北朝ともに行在所として使われた・・・等々。南北朝時代のことってそれほど歴史で詳しく習わなかった気がするけれど、これは幕末の尊王思想にまで関わっているんだってことを最近、太田さんの話で聞いたよ。尊王といって敬うべき天皇は南朝の天皇の方だよっていうのが尊皇の志士たちのもともとの思想なんだってね。

 話はまたまたあちこち行くけれど、天皇家だってずっとずっと仏教とも深い関わりを持ってきたんだよね。それを明治に完全に切っちゃった。それって何か不都合はなかったんだろうか。明治ってすごい時代だよねえ。いいのか悪いのかというのは判断できないけれど。

 とまあ、「旅したい系」と「歴史勉強したい系」と「神様の話ってけっこう面白い系」のいくつかのテーマで楽しめた本でした。このテーマは当分、マイブームだと思います。

 
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2014/9/27  21:47 | 投稿者: masuko

 ヴォーリズ満喜子さんの生涯を小説にした「負けんとき」を図書館に返しにいって、玉岡さんの小説を読もうかなと思いながら、ふと目にして借りた本。
 とりあえず画像だけアップしておきます。何をどう文章にするか少し考えて、明日。
 私的にはけっこういいテーマを頂いた感じです。

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2014/9/26  16:48 | 投稿者: masuko

 万治の石仏(まんじのせきぶつ)

 春宮から少し奥へ歩きます。川の流れと中洲が綺麗。

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 万治の石仏とは

 明暦3年(1657年)、諏訪高島三代藩主忠晴が、諏訪大社下社春宮に遺石の大鳥居を奉納しようとした時のこと。命を受けた石工がこの地にあった大きな石を用いようとノミを打ち入れたおり、はからずもその石から血が流れ出た。驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立された・・とされているのがこの石仏です。

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 岡本太郎が絶賛したとか。

 さてさて以上をもちまして、カテゴリー「2014 夏の旅」と銘打ちました7月末から8月初旬の「旅行記」そして9月中旬の「旅報告 続」の建物と美術館をめぐる旅のシリーズを完といたします。
 建物を見る旅はぼちぼちと続けたいなあと思います。今後ずっとどこかに旅する時のひとつのテーマになるんじゃないかな。とても面白いです。
 暮れに京都に行くんでヴォーリズの建てたものをひとつぐらい見たいけれど、今年の京都は能と歌舞伎、着付けレッスンなどでけっこうもう予定がいっぱい。実は11月末に大阪へちょっとお勉強に行く予定があり一泊するつもりなんでその時でもいいけれどなあ。
 まあ、ぼちぼちとあちこちを散策しながら作った人の価値観、歴史感、生活感、ロマン・・・などが詰まっている建物を見つけることができるといいなと思います。
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2014/9/25  18:13 | 投稿者: masuko

 旅の終りは諏訪大社でした。上社の本宮、(前宮は省略)下社の秋宮と春宮をお参りしました。どうして4つに分かれているんですかねえ。

 出雲の大国主命の子供の建御名方神 (たけみなかたのかみ)とその奥さんの八坂刀売神 (やさかとめのかみ)が主祭神。
 本殿はなく御神体は本宮は拝殿後背林(通称 御山)、秋宮はイチイの神木、春宮はスギの神木。

 御柱祭で有名だけれど、これもどうして柱を建てるようになったのかなあ。お守りなんかを売っているところで「諏訪大社」という概要、沿革が書かれたものを買ってきたけれど、その読み物の中には理由には多くの説があると・・・
 祭場の表示、本殿の代わり、社殿建替の代わり、神様の降りる柱・・・・???
 
 四つの宮のそれぞれの社殿の四隅に立っているから全部で16本。寅年と申年に建て替える。
 
 いろいろよくわからないけれど、日本の歴史のごく初期のころからあって多くの民、武将等の信仰を受けて大事にされてきた神社ってことなわけです。神長官守谷資料館の報告の時に書いたけれど、もともといた地域の部族が信仰していた土着の神様との関係、ユニークなお祭りの起原等々、興味はつきないけれど、真実は神様のみ知るかな。

 写真をいくつかアップします。

木をみるだけでも神様がいらっしゃる感じがするよね。これは上社の本宮の写真だな。
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下社の秋の宮 お湯が湧き出ていましたね。
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春の宮
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2014/9/24  11:17 | 投稿者: masuko

 二日目に泊めていただいた友人の知り合いのお宅は富士見町。近くに井戸尻考古館があり、縄文土器が素晴らしいよという友人の薦めで諏訪に向かう前、朝一に寄る。
 素晴らしい! 縄文時代って凄いねえ。
 
 その時には何の気なしにみていたけれど、社会で習ったのは縄文は狩猟文化で弥生時代が農耕文化。でも確か、鍬みたいのや雑草を取るための鎌みたいなものが陳列されていたよなあ。
 というわけでHPをよく見たら、

 井戸尻遺跡発掘に取り組み、八ケ岳山麓の考古学において、先駆的な業績をあげた藤森栄一は、戦後まもなく、八ケ岳山麓から出土する考古遺物を検討するなかでこれらの文化構成は、どうしても農耕があったと考えなくては理解がつかないという考え方に達した。縄文時代は、狩猟や採集などを中心とした社会であったとする当時の学会の認識からは、到底納得しえない衝撃的な内容のものであった。これが世にいう「縄文農耕論」である。これらも今日的にみれば、論旨のなかに不十分な点や修正すべき内容のあることはいなめない。
 井戸尻考古館では、この意志を受け継ぎ、縄文農耕の立証と文化内容を一貫して追求してきたが、この10年来、面目を一新するような段階に至った。中期の主要な石器群を体系的に把握することに成功したのである。石器は農作業の一連の過程を担う農具であり、その農具の組み合わせからは、常畑(じょうばた)における雑穀栽培を主とした集約的な農法があったという考えに到達している。


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耕起具(左:石鍬)や除草具(右:除草用小型鍬)と考えられる。縄文中期の石器群。

ふむふむ勉強になりました。

 土器の模様のすばらしさ。その意味するところにも古代人の自然や神を敬う心や、月の満ち欠けと女性の身体に関する知識などがとても豊富だったことなどが伺えます。

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 基本形のひとつは、蛙の図文と蛙と人間の間の子みたいな半人半蛙(はんじんはんあ)の精霊の像で、それらは双環で表わされた大きな両の眼と3本指の手を持ち、紡錘形や円い胴体をしているのが特徴的である。3本指の手はふっくらとし、赤ん坊の手首のように括(くび)れて瘤(こぶ)状に盛り上がり、それに紡錘形の蛙の背には、女性器の意味が重ねられているようでもある。(中略)
 蛙文は同じように月の不死性を象徴していると判断でき、新しい命を産む女性の出産力は豊穣の象徴と考えられていたようだ。月と蛙と女性の複合からなる太陰的思想は、新石器農耕文化に特徴的な世界観であったと解釈される。


 もう、たくさんあって、イヤホンガイドもとっても丁寧に説明してくれるんで、ちょっとお腹いっぱいでとても全部聴ききれない、鑑賞できないって感じでした。なんどかゆっくり見に行きたいものです。
 本当に縄文の人々のセンスあること。ステキなデザインです。岡本太郎も「まっつぁお」だよな。

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2014/9/23  10:47 | 投稿者: masuko

 不思議な映画だった。終わったときにはなんとなく不消化で、この先どうなるのかなあって・・・。

 ゆっくり後から味わう。
 スマホでメールの時代にかわいいお手紙のやりとり。
 隣人とのお付き合いなんかない時代にアパートの上の階のおばさんの声が聞こえてそれでやりとりしてスルスルと降りてくる籠でモノのやりとりもしてまるで長屋で・・・。隣人のおばさんは声だけの存在。姿は現さない。長い間、寝たきりの旦那を介護している。匂いだけで下の階のお弁当を作る若い奥さんの料理指導をしちゃう。
 あの彼の仕事を引き継ぐ若い男性の存在はなんだったのだろう。ちょっとイラつく存在として現れる。でも彼は段々にその若い男性に心を開いていく。天涯孤独で慣れっこすぎて仕事はミスするし、帰りのバスの中で野菜を刻んでいるし、それも仕事の大事な書類の上で・・
 "人はたとえ間違った電車に乗ったとしても、正しい場所へと導かれる"という言葉は見ている人に何を訴えたかったんだろう。

 心のこもったお料理は人に愛を伝える。
 
 都会の喧騒の中での前時代的なエピソードの数々。

 だいたいあのランチボックスを配達システムは凄いし不思議だし今っぽくないよな。ありえるのあんなこと。自分の旦那のところへできたてのランチを届けようって・・・自転車で各家を回ってお弁当を集めてどっさりと籠に入れてバスやら電車やらに乗り込んで、各オフィスのそれぞれの机の上に届けて、空のお弁当箱をまた元の家に届けて・・・。どれがどれだかあんなスピードと仕事ぶりでちゃんと見分けられるんかいな。でも実際にムンバイに存在しているんだよね。タッパーワーラーって言うんだって。誤配送の確率はたったの【600万分の1】って!!

 なんだかよく解らないけれど、心に残ったのは確かだね。人の心に何かを残すって凄いことじゃん。


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2014/9/22  8:13 | 投稿者: masuko

 「負けんときーヴォーリズ満喜子の種まく日々ー」 上下 を読んだ。一連の建物への興味の一環で目に入った本。
 いやー面白かった。ヴォーリズも奥様の満喜子さんも凄い人。凄い人生を歩んでいる。二人の出逢いも運命っていうやつなのか、神様の思し召しとしか言いようがない。
 そういう二人に関することだけでなく、玉岡さんも凄い。この小説はたくさんの資料を読み解いたり近江八幡でヴォーリズを知っている人から話を聴いたりして作っているんだろうけれど、こんなことあんなことがありました・・・という出来事をお話にしているのではなく、満喜子さんの感じてきたこと、悩んできたこと、苦しんできたこと、そして満喜子さんの心の成長と意思、そういうもので出来上がっている。
 大名のお嬢さん。父親は当然側室を持つ。ダレにでも手を出しちゃうような横暴さ。正妻である満喜子さんの母はクリスチャンであり、日本キリスト教婦人矯風会で一夫一婦制を太政官に訴える運動に参加している。そういう女としての立場の話は随所に出て来る。女性の参政権の話もあり、市川房枝さんとの出逢いもある。
 華族であることにもどれだけ縛られることか。華族、平民の立場。アメリカにいけば東洋人として差別される。黒人差別問題にも関わる。華族であることはヴォーリズとの結婚に関する大きな障害のひとつでもあった。結局、「私は平民になります!」と決める満喜子さん。お役所の人も目が点になっちゃっただろう。近江八幡で満喜子さんが始めるプレイグラウンドは貧しい差別されているような家庭の子ども達の保育(これが今日の近江兄弟社学園の始まり)。そういった社会の制度、差別との戦いはこの小説の大きなテーマだ。 
 そして日本人、アメリカ人という国籍の問題。ヴォーリズと結婚によって生じたこ〇〇の国の人というレッテルは戦争により、より大きく、重いものになっていく。ヴォーリズは帰化してまでその問題を解消しようとしていくが結局、戦争中は軽井沢に幽閉されるような状態になってしまう。しかし、戦後の日本は彼に進駐軍との間を取り持つ役を頼むのだ。天皇を象徴として生かしていくという案にも深く関わっていく。
 神の存在をどのように考えるのかという問題についても考えさせられる。宣教師としてのヴォーリズも日本人でありキリスト教に入信した満喜子さんも日本の八百万の神、仏教、そして現人神である天皇の存在を考えざるを得なかった。
 たくさんのたくさんの深く重たい問題と正面に向き合って生きてきた二人。同時に著者である玉岡さんもその問題に正面から向き合っている。
 「負けんとき」というのは大阪弁で、「勝たなくてもいい、でも負けないで」という意味で、満喜子の大阪の母ともいえる廣岡浅子からもらった言葉。
 それにしても神様が日本へ行けと仰ったからだろうけれど、ヴォーリズが日本に来てくれて良かったな。
 二人が並んでいる写真をみると顔が似ているなって思う。ヴォーリズは凄く明るくて楽しい人だったそうだ。音楽にも堪能なお二人。スーパーマンとスーパーウーマンだな。

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玉岡さんの他の小説もチェックしてみようかな。

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2014/9/21  15:41 | 投稿者: masuko

 神長官守矢資料館で・・・藤森氏の建築物に興味を持って訪れたのだが、諏訪大社とそれ以前の土着の神様という歴史のロマンに遭遇した。
 事実は何だったのかというのは永遠の謎だな。

 資料館でいろいろと説明してくれた案内人のおじさんのいうことには・・・

 諏訪大社は出雲からきた神様が祀られている。その神様が来た時に、この地域の部族を束ね神事を司っていたのが守矢家。出雲からの神様と戦い征服されたとはいえ、うまく立ち回り出雲の神様を上手に立てて自分が政治と神事の実権を握り、諏訪神社の神事を司ってきた。脈々とそれは明治維新になるまで続いた。故に出雲の神様は農耕の神様であるにもかかわらず、諏訪大社には狩猟の神事と思えるものが現在まで続いている。動物を生け贄にするような神事だ。

 資料館の入口フロアに展示されている。これは江戸時代に菅江真澄という人が祭をみてスケッチしたものが遺っていてそれをもとにしているそうです。このことについてとっても詳しくHPで紹介しているマニアがいました。参考までにこちらこちら

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 現在も上社で4月15日御頭祭(酉の祭)として受け継がれている。そのお祭りの様子を写真で紹介しているサイトがないかなあって探したら、前述のHPで紹介されていました。

 案内人のおじさんの話に戻ると

 守矢さんの守っていたもともとの神様が守矢さんの家の庭にあるこのかわいい神社。パワースポットとして最近は訪れる人も多い。
 
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 ってことはですね。この神社はすっっ〜ごく古いってことですねえ。そして御神体は栗やらカジやらカヤやらといった「木」。
 なんだかとっても凄いぞーって気持ちになっちゃってけっこうマジメにシッカリと祈ってしまいました。そしてなんとなんと、「神様、くださいなあ」とお願いして、落ちている栗を拾わせていただいちゃいました。美味しくいただきましたよ。神様ありがとう。

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 守矢さんの神官という職はずっとずっと親から子へと伝えられてきたけれど、明治政府になってからそういう世襲制は廃止されてしまった。そして、現代では子孫である方が女性で小学校の先生。家の蔵にあるたくさんの小文書の保管と公開のために茅野市に寄附され資料館を作った。その建築には実家が守矢さんのすぐ近くでその女性と学校も同じ藤森さんに白羽の矢があたった。藤森さんは自分は設計はしないと始めは断っていたが、家から見える建物が他の人が作ったものというのも残念なので引き受けた。

 とまあ、緑字のところがおじさんの説明です。

 で、ここからは歴史の謎なんだけれど、このお祭りとユダヤのお祭りと似たところがあるっていう話があるんだよね。遠い地球の裏側の文化が日本に流れてきたのか、はたまた日本の文化があちらへ流れていったのか・・・最近、よく話を聞きにいっている大田さんや宇宙由来の魂をもっているという保江さんなんかはあちらの文化が日本に来たと言っていますねえ。まあ、どっちでもいいけれど、けっこう昔から地球規模で人が動いていたってことだよね。それを思うとなんだかワクワクしちゃう。どうやって旅したのかなあとか、新しい土地でどうやって生活を作っていったのかなあとか・・言葉はどうなってたのかなあ。文字みたいなものは??? 

 そういうことと縄文時代の暮らしなんかとどんな関係にあるんだろう。

 
 
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2014/9/21  10:39 | 投稿者: masuko

 んー。どうなんだこれ。実際使い物になるんか。ちょっとモノを入れただけで、ダレ-と伸びるよな。やっぱり本に指定してあるとおりに並太くらいでもう少し詰まった感じで作らないとだめかな。まあ、外に持って歩くかずとも何か小物を整理して入れてベッドまわりのフックに掛けておくとか・・・工夫しますか。せっかく作ったんで。
 創作意欲はあるけれど、なかなかバッチリというものはできませんねえ。

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2014/9/20  13:22 | 投稿者: masuko

 建築関係に興味を持つようになったのは友人の影響なんだけれど、まずは藤森氏の建てたモノがとっても面白いというところから始まった。藤森氏はもともと設計をする人ではなく、建築史がご専門。ところが実家のすぐ裏にある守矢家の資料館を設計して欲しいと頼まれ、その建物が有名になってあちこちに家やら美術館やら建てることになったとのこと。藤森建築の原点としての「神長官守矢資料館」を訪ねる。
 実は守矢家とは・・・ということについても書きたいことがたくさんあるんだけれど、とりあえず藤森氏の建築から。

資料館。
 屋根を木がつきぬけている。柱を立てるように設計図を書いているときにたまたま鉛筆がすべってシュッとなったとか。柱はイチイの木、外壁はサワラの割板、屋根は諏訪産の鉄平石。
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 壁はモルタルに藁が混ざっている。窓ガラスは吹きガラス。照明のスイッチの周りの四角いところも鋳造金物でできている。
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 2階への階段。途中からはしごだね。
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 こういう所がちょっとお洒落じゃん
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 そしてこれが空飛ぶ泥舟(茶室)2011年に茅野市美術館での藤森照信展で設計・制作・展示後に移築されたそうです。
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 中に入るにはあのはしごを使うんでしょうね。
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 泥舟の奧には高過庵。高過ぎたというので命名。茶室です。残念ながら数日前よりメンテナンス中とのことでこのようなお姿。(泥舟と高過庵がある場所は藤森家の畑だそうです。守矢家とは別ね。)
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 工事はちょうど昼休みのようなので下から覗かせて貰いました。

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 本当だったらこんな感じに見えていたはず。ちょっと他のブログから拝借。
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 で、でです。下から覗いて眺めたりしている内に軽トラックが来て、中からおじさんが出てきて、工事の人達となにやら打ち合わせしています。なんとなんと藤森氏御本人だったのです。先日、江戸東京たてもの園のジブリの展示で宮崎駿氏と藤森氏のツーショットの写真をしっかり見たばかり。確かです。メンテナンス中はアンラッキーだともいえますが、そのお陰で工事の方達に指示を与えに来た藤森照信氏本人に会えちゃったんわけです。きっと有名になってからあちこちで声を掛けられご迷惑かとも思いましたがちょっと御挨拶・・そして握手をしていただきました。ムフフフ。
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2014/9/20  13:06 | 投稿者: masuko

 アスペルガーのお話。スウェーデン。ラブコメディー。

 そうですね。アスペルガーの方の特徴をよく表しているし、周囲の人の接し方が大切っていうのも解るし、ほんわか楽しくできています。

 こういった特徴を持った方がいるってことを広く知ってもらうことができるのはいいですね。ただ、アスペルガーと一口にいったて、人それぞれです。本当にいろいろな特徴があるのでねえ。そこのところは勘違いしないで貰いたいですね。

 世の中全体がもっと寛容でのんびりしていて単純だったらなあ。
 そしてそれぞれの人が自分の得意なことや好きなことや安心していられることをやって生きていけるような社会だったらなあ。そうだったらアスペルガーなんて診断されている人もそうでない人ももっともっと生きやすいのになあ。

 こういった自閉的傾向っていうのは最近はアスペルガーと言わずに自閉症スペクトラムって言うのではないかな。こっち側とあっち側みたいに2分割されているわけではなくて、グラデーション的に虹のように連続帯として、自閉的な傾向の強さが強まっていく。つまり例えばですね、私に自閉的な傾向が1あるとしたら長男は2くらいで旦那は1.5ぐらいで、あの〇〇さんは3くらいかなあ?ってなもんで、この映画のシモン君はバリバリ15くらい・・・強いか弱いかということです。この例で言うと5〜10くらいの針がどっちにもぐっと振れていない人の生きにくさが割と問題のように個人的には感じています。本人も周りも特にその傾向が強めということを意識していない事が多いから「何となく変わった人」程度になるわけで。本人が今の社会では適応しにくくて引きこもり的になることもあるかもしれないし、場合によっては周りがその人の「あまりにも強すぎるところ」なんかにやられちゃったりすることもあるかもなんだよね。シモン君くらいハッキリしている方が周りも本人も解りやすいかも。いろいろと難しいね。「みんな違ってみんないい」の世の中になるといいけれどそいう柔軟性に弱いというかそういった感性に乏しいことがこの傾向の強い人の中にはあるからね。そいう人が教師だったり役人だったりもするんでねえ・・・・

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2014/9/19  19:23 | 投稿者: masuko

 レイモンド 6月の軽井沢旅行の報告でもとりあげました。こちら

 復習編で写真のみ。

ペイネ美術館 レイモンド夏の家
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聖パウロカトリック教会 ここでも結婚式が今まさに、始まろうとしていました。
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裏側から
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