2013/12/8  10:13 | 投稿者: masuko

 久しぶりに村上春樹さん。いつも短編集を選んでしまう。じっくり村上さんの長編を読もうとはおもうのだけれどねえ。どういうわけかな。
 
 たまたまヒットしたHPの文面を借りると

「地震のあとで」と題して「新潮」に掲載された5編の連作短編に書き下ろしを加えた短編集。1995年の阪神大震災をテーマにした作品ばかりであるが、それぞれの作品の間に直接の関連はない。

 というもの。けっこう不思議なお話ばかりだ。神戸で育った村上さんだから、阪神大震災には特別な思いがあったんだろうね。

 そして、同じHPの次の文章では
あの地震がなぜ文学作品のテーマとして意味を持ち得るのかといえば、それによって、僕たちが何の根拠もなくそこにあって当然だと思っていた風景が一瞬にして崩れ去ったからだ。僕たちが知らない間に依存し、依拠している日常の連続性が、まったくの理不尽なできごとによって跡形もなくたたき壊されてしまう。そしてそのような取り返しのつかない出来事が起こって初めて、僕たちはその連続性がもともと何の保証もない勝手な思いこみに過ぎなかったことを知るのだ。

この認識は同じ年に起こったオウム真理教の地下鉄サリン事件、そして2001年の同時多発テロによって繰り返され、僕たちの精神に大きな危機を招くことになった。なぜなら、僕たちは僕たちが立つ場所がもはや確かでないことを知ってしまったからだ。村上は「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」で地下鉄サリン事件にも深くコミットしているが、村上自身も言うとおり、それまでデタッチメントを基調としていた創作態度が、この時期コミットメントへと大きく転換をとげた背景には、そのような精神の危機、どんなことでも起こり得るのだという認識があったのだと思う。


 とのこと。そうなんだ! 春樹さんともう少しお近づきになってみようかなあ。

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