2011/3/30  20:04 | 投稿者: ますこ

 送別会を終え、新年度の人事の発表もあった。今日は、ともかく4月1日の会議の準備。新しいメンバーで新しい年度を気持ちよくスタートさせたい。
 次男が戻ってきて同居がはじまった。入社式を前に、研修が始まっている。なるべく、干渉しあわないようにクールに同居していこう。
 今日、夫と大学生の長女を扶養家族にするための手続きの書類を書いた。夫はいよいよというかますますよいうか自由人の人生を極めていくようだ。うらやましい。
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2011/3/27  17:56 | 投稿者: ますこ

 いつものリコーダー仲間で静岡のプロのリコーダー奏者のレッスンをうけた。さすがにプロはちがう。音の出し方、曲想のつけかた、とてもわかりやすく教えてくれた。空気を吹き込むときのイメージとか、強さとか、タンギングをトゥだけでなくドゥとか・・教えてもらった。タンギングにはルとかリュとかいろいろな方法があるらしい。
 チューナーにたよらず耳で音をあわせていくこと。音を空気に投げ出す・・というような言い方で伸ばす音の切り方を説明してくれたところもあった。
 いろいろ面白かった。月に1回程度で行こうということになった。
 毎日、家で練習すればいいのだけれどさすがにハープと両方は難しい。優先順位としてはハープの方が上だ。
 いろいろなことのあった3月だが、もう、最終週だ。今週の金曜日には、平成23年度、新年度が始まる。
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2011/3/23  20:13 | 投稿者: ますこ

 ストレスがかなりのレベルに達している。体のあちこちと精神のあちこち?が堅くなっているように感じる。スイッチをいれれば「福島の原子力発電所・・・・」「被災地では・・・」「津波による・・・」と辛い報道を耳にする。聞きたくないけれど、聞かずにはおれない。やはり情報は得ておきたい。
 確実に少しずつ、放射線関係の被害は広がっている。出荷するなという野菜は昨日より今日は一段と増えたし、東京23区で乳幼児は水道の水を摂取しないとなった。音もなく、眼にも見えずに恐怖は近づいてくる。
 娘は一週間、家にいた。その間に予定されていた友達との韓国旅行は両親からの説得で取りやめられた。しかし、今週の金曜日までこれといった用事はないが、東京に帰りたいといって月曜日の午前中に帰って行った。親の庇護のもとにいるよりも、自分の世界、彼女にとっての我が家にいたいということのようだ。今度は止めなかった。彼女ももう大人だ。どうしようもない。静岡にいて今、巨大地震がくれば、それこそ浜岡原発がやられて私たちはどうなることやら知れたものではない。どこにいれば・・・どうだというようなことは言えない。なにもかも、運命だ。
 自分の目の前に娘にいてほしいというのはただ自分への安心であって、親のエゴなのだろう。
 「お互いの無事を祈ろうね」というようりしかなかった。親といるより・・を選ぶようになってしまった娘の成長に寂しさを感じる。 
 学校は年度末。整理と新年度の準備でただでさえストレスの多い時期だ。ダブルパンチを乗り越えていこう。
 被災された方、原発の関係で家を離れた人、屋内待機を命じられている人、野菜や原乳を出荷するなと言われている人、最前線で復旧や放水の作業で戦っている人やその家族の方々のことを思えば、大したストレスでもないはずだ。そうは思っても、こういう範囲の人間まで今回の出来事は苦しい。それも事実だ。
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2011/3/17  19:02 | 投稿者: ますこ

 生きている。電気もついて水もでる。今日はとても寒いが暖房もある。食べ物もある。生きていることがありがたくもあり、申し訳なくもある。辛いとも思う。
 福島で被爆を覚悟であるいは「東日本のほとんどすべてがつぶれるかもしれない」と言うような危機感とあせりの中で原子力発電の事故と戦っている人々、寒さの中で食べるものもなく、暖もなく、肉親の安否も確認できずという過酷な避難所生活をしている人々・・・みんな生きている。
 生きていることの辛さをこんなに感じるのは初めてだ。
 この危機をなんとか脱することができたら、日本人は猛反省をして生活の仕方を改めなくてはいけないだろう。多分これまでのように物があふれることはなくなるだろう。つつましく、少しのものを大切にしていく生活を取り戻さなくてはいけない。
 とはいえ、そういう普通の生活をいつになったら取り戻せるのだろうか。東北の被災者の方、原発の関係で避難指示を受けて、避難生活をしている方、どなたも、本当に不安で心がつぶれそうなのではないだろうか。
 それでも心はつぶれないのだ。生きているのだ。生きていくしかないのだ。
 娘は父親の説得にやっと応じて東京から帰ってきた。さらに父と母の両方からの必死の説得で18日明日からの友達との韓国旅行をとりやめた。原子力発電の怖さも父親からかなり説明があったようだ。私たち夫婦は若いころには実際にこれといった反対行動をしたわけではないが、原子力発電反対派だった。
 なにもかも想定外だとは思う。人間の考えることなんて知れているのだ。自然の脅威はその上をいくということを思い知らされた。石原都知事がいった「天罰」はある意味あたっている。それは被災地のみなさんに落ちた罰ではない。人類全体や日本人、日本という社会、そこに落ちたのではないかと思う。
 祈る。そんな気持ちが湧いてくる。
 あー今、報道があった。水の放水は届かなかった。危険なため取りやめられた。
 祈る。祈りを。何かに向けて祈りを捧げたい。

 
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2011/3/13  8:18 | 投稿者: ますこ

 金曜日の地震は静岡でもけっこうな横揺れだった。その地震がこんなに大きな災害になっているとは。本当に被災された多くの方々にお見舞い申しあげます。
 一日中報道されているものを見聞きしていると、なんだか気持が悪くなってくる。
 
 こんなことが現実に起こっているなんて、なんてことなんだ!人間が生きていくということはこんなにも過酷なことだったのか、自然の脅威の中で人はあまりにもちっぽけな動物にすぎない・・・原子力発電のことはそいいう自然の脅威に対しておこがましすぎる人間への罰なのではないか・・・明日はどうなっているかわからない、いつもそう思って生きていくしかないのか・・・・

 途方にくれるような被害。その全様はいまだはっきりつかめていないけれど、事態は簡単には沈静化していかないだろう。安否確認、救助、避難生活の存続、ライフラインの復活、仮設住宅・・・どれをとっても阪神のときよりも広範囲だし、被害が絶大で手間取りそうだ。原発の関係は想像さえできない。

 こうやって呟いている間にも被災者の方は・・・・私はのうのうと穏やかな、ふつうの日常を送っていくことができる。

 夫とふたり夕べは安定剤を少量飲んで寝た。興奮状態というか精神がややいかれてきていて眠りが浅くなっている。

 土曜日に予定されていた佐渡裕と辻井信行のコンサートは中止となり、姉との東京行きは中止となった。チケットの払い戻し請求の準備をした。
 本日、AOIで行うはずだった毛越寺の声明のコンサートも中止となり、それも払い戻しの関係の電話がかかってきた。
 4月から同居する次男の引っ越しは昨日、無事行われた。東名は渋滞していなかったそうだ。神戸から友達と二人で軽トラに積んで帰ってきた。26日までは神戸で過ごす用事があるそうで、再び神戸に帰って行った。

  娘は東京で淡々と暮らしている。父親は心配して帰ってこいと言っているが、夕べはサークルの追い出しコンパなどを呑気にやっている。来週は韓国に遊びに行くといっているが・・・

 全国的に電気の供給のこと、食べ物の流通のこと・・・影響がでてくるだろう。

 あー無常、無情・・・


 
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2011/3/10  21:46 | 投稿者: ますこ

 家のメンテナンスは気分転換になる。
 次男が使うことになる8畳の部屋を和室から洋室に変えた。畳を床張りにし、押し入れの戸を洋風の引き戸に変えた。壁紙も替えてぐっと雰囲気が変わった。床の板の色を割と濃い目にして押し入れの周りの囲いの板も濃く塗ってもらったので、かなり締まった感じの良い部屋になった。あとはカーテン屋に連絡をとってカーテンを選ぶ。ロールスクリーンみたいのにしようかなあ。
 ついでに居間の暖房の器具を新しくし、玄関チャイムも鳴ったり鳴らなかったりなので付け替えた。そうそう改装した部屋の蛍光灯も買わなくちゃ。ハウスダストによる慢性アレルギー鼻炎の息子にはちょっと負い目があるので(ハウスダストが原因ってねえ・・・お掃除下手の母の責任みたいだもの)就職祝いに空気清浄機を買ってやるなんて言っちゃったし。なんか物入りだねえ。
 やっぱり家に帰ってくる人のことはそれなりに世話しちゃうものだね。関西に就職した長男には、最初の給料まではなにかとお金が大変だろうからといくらかまとめてあげたくらいで、まったくなんのお世話もせず、一人でアパートを引き払い一人で会社の寮に入ったんだからねえ。それに比べれば、次男の歓待ぶりはちょっと過保護か。家賃というか食事代というか多少のものは頂くつもりだけれどね。
 まあ、お世話になるつもりはないと言ったって、老後は近くにいる子供に面倒をかけることになるのだから、お相子ということで。
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2011/3/6  12:11 | 投稿者: ますこ

 昨日の母の誕生会の献立。
  柔らかいご飯 
  豆腐・わかめ・大根の味噌汁
  焼き魚(ホッケの切り身)大根おろし
  菜花のからし和え
  ジャガイモの煮物
  (肉じゃがだけれど、あっさりと薄味でたっぷりのだし汁で煮た。
   私流の肉じゃがとはちがう作り方なのであえてこの献立名で)
 自分でいうのもなんだがどれもとても美味しくできた。
それでも、お年寄りの場合、菜花は食べにくいようだ。繊維が多いからだろうか。ジャガイモのの煮物に添えたオクラも食べにくいらしく、父も母も残していた。
 さらに・・・母はここ数年、時々、のどに食べ物が詰まるようになってしまうのだけれど、最近、我が家での食事ではならなかったが、昨日は途中でその状態になり食べられなくなってしまった。咀嚼も嚥下機能も、さらに食道で食べ物を下へと送りこんでいく機能も悪くなっているのだろう。ちょっとした誤嚥も同時に起きている感じかなあ。むせこんではいなかったけれども。こうやってだんだん食べにくくなっていくと、ミキサー食みたいなどろどろのものになるのかしら。歯が悪くて総入れ歯だし、昔からあまりよく噛まずに早食い・・・そういうことも関係あるのかなあ。歳をとるということは本当に大変だ。
 父は母より5歳年上だが食べ方については特に問題ない。前述のように、食べにくいものを残すということはあるけれど(5年ぐらい前までは残すなんて考えられなかったけれどね)。父は歯が丈夫でずっと自分の歯で食べていて、部分入れ歯にしたのも母なんかよりずっと後のことだ。加えて、胃癌で胃をとってしまってからは、とっても少量ずつ良く噛んで食べる癖が付いている。それがいいのだろうね。
 老人の食べやすい食材や調理の仕方。老人と楽しく安全に食べること・・・なかなか難しいものだね。
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2011/3/3  20:15 | 投稿者: ますこ

 今週は綱渡りの週だった。なんとかぎりぎり仕事を間に合わせている感じで、毎日毎日を乗り切った。先生方との年度末の面談も一日数人、一人20分ぐらいの時間をかけているし、入学説明会や自分が企画運営している会議が週に2回もあって資料の準備に追われた。それでもなんとか明日は金曜日。週末にこぎつけた。
 土曜日には母の誕生日会をやろう。日曜日は美容院にいって髪を染めてカットしてさっぱりしよう。いくつかお礼をしなくてはいけないこともあるから品物を買いにいこう。
 そんなこんなで3月も中旬に突入していく。
 年度末あれこれを乗り越えなくてはなあ。あー憂鬱だ。
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