2010/5/31  19:59 | 投稿者: 益子

 週末の報告。
 土曜日は朝は庭の草取り。両親のところで掃除。久しぶりのカイロプラクティック(ともかく面白い)。実家でうだうだして「陰日向に咲く」が録画してあったんでちょっと見て、夕食は夫と外食。
 日曜日はハープをたっぷり練習して・・・そうだ!断捨離で、本を売りにいった。24冊が750円。ガクッ。廃品回収に出すよりはいいかあ・・・それから仕事を少しして、ざっと掃除して、けっこうちゃんと夕食作りして・・・そんな休日かな。そうそうハイドンは90までいきましたよ。もう一息です。
 今週もけっこう忙しいです。あんまり楽しくないことで忙しいので元気でないけれど、ともかく乗り切りましょう。しばらく更新なしかもです。
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2010/5/26  23:07 | 投稿者: 益子

 週末はおそろしくのんびりまったりしてしまった。そのつけが週明けからくるなあとは覚悟していたけれど、なんだか締め切りに追われているような感じ。授業のある時間帯はちょっと気になるクラスがあったりして覗きに行くので落ち着いてデスクワークができない。合間合間に職員室に戻ってちょこちょことパソコンを打ったりしながら、日々、ぎりぎりのところでしのいでいる。おまけに明後日から来週にかけてドドドンと4つ出張が入っちゃうし(市内の小学校養護学級6年生の来年の就学についての調査です)。来週は4日に分けて体験入学もうけいれなくてはいけないし。ちょっと気をつけないと危ない危ない。とんでもないポカをやらかさないように気をつけましょう。
 まあ、そんなこんなではありますが、月と火の夜はなんとかハープの練習をして本日(水)の夜にはレッスンにいってまいりましたよ。新しい曲はとってもきれいな曲です。流れるように弾きこなしたいですね。
 本当はカイロプラックティックにも行きたいのだけれどね。2週間も空いてしまうなあ。明日、電話してみよう。土曜の予約がとれるかな。
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2010/5/23  11:17 | 投稿者: 益子

 ハイドンの交響曲は66番まで聴いたよ。ちょっと心に余裕のある休日に読書しながらの音楽はいいね。今流れているのは、ジャズです。
 昨日はとても暑くていいお天気でしたが、打って変わって本日は雨模様。ひんやりしています。
 小川山にキャンプに行った人たちも濡れているかなあ。合羽を着るというのはなかなか辛いです。6月の乾徳山は日向山、茅ヶ岳に続いて晴れるといいなあ。
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2010/5/23  8:19 | 投稿者: 益子

 NHKの朝の連続テレビ小説の「ゲゲゲの女房」がけっこう面白いらしい。実家の姉や姪が見逃さないようにビデオにとったりしてみている。土曜日など、家にいる時に音声だけ聴いてみると「なるほど、なかなか面白そうじゃん」っていう感じ。
 昨日、書店にいって6月に登る山の地図を購入したが、その時になんとなく目に入ったので「原作」ではなく「原案」と書いてある「ゲゲゲの女房」を買ってきた。
 面白かった。確かに原案なのだろう。半年のテレビドラマになるほどの筋という筋がない。水木さんの奥さんが水木さんとの暮らしの中で感じてきたことを時間の流れに添った多少の思い出話と共にありのままに語っている。
 ゲゲゲの女房さんが、水木さんの女房で本当に幸せだと感じてこの本を書いていることが良く伝わってきた。
 見合いをして5日目に結婚式。こういう感覚って今の時代には合わないけれど、でも最近なんとなく、これはこれで良かったのではないかなって思ったりもする。恋愛して結婚する。その恋愛を「家庭」「家族」「生活」「日常」というカテゴリーの中での「愛」に切り替えていくのはけっこう難しいことなのかもしれないなと若い人たちを見ていて思うのだ。昔の人たちは、親が決めた結婚で愛なんてものはなく、生きていくっていうことはこういうことなんだ、って受け止めて、そして縁あって連れ添った人との暮らしに必死になっていくうちに「愛」が生まれてくる・・・それは初めから恋愛ではなく「愛」だ。
 また、ちょっと別の側面から考えると、「家を継ぐ」「代々の墓を守る」というような言葉が果たしてきた日本の家族のあり方と「恋愛結婚」とはやっぱりあわないから、核家族が進んで、いくつかの世代を超えた交流の中で学びあえることも少ない(これは老人介護のことや死生観、子育て観などなど・・いろいろなことに影響があるよね)し、どう相続していっていいかわからないような土地や家や墓だらけだし、女にとっては結婚が就職みたいなものだったけれど、今は実際に収入を得て自分のお金っていうやつがあるから、結婚しなくたって平気だし、少子化なんて防げない・・・
 でも、女の人権、自立という意味で考えれば、よい時代に変わってきたのだけれどね。難しいことはわからないけれどさ、これで夫婦別姓なんていうことになると家庭、家族っていうやつはますます難しいことになりそうだね。
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2010/5/19  22:45 | 投稿者: 益子

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金峰山(右端)、小川山(真ん中)、小川山のすぐ左隣が瑞垣山

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手前の金ヶ岳(茅ヶ岳のとなりにある)の奥にみえるのが八ヶ岳

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二輪草。 「はしりどころ」とかいう花もたくさん咲いていたが写真にとれなかった。

今度の土日にも山の会の中の数名で小川山でキャンプをして、金峰山に登ったりクライミングをしたりするそうな。だれでも参加できるそうで、いいところだから行こうよと誘われた。月曜の夜には行く気になっていたけれど、やっぱり少し落ち着いた週末を過ごした方がいいかな、遊んでばかりいると、仕事の段取りもやばくなってきたかなっと思うので今回はあきらめることにした。
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2010/5/16  20:43 | 投稿者: 益子

 山の会の5月の例山行は山梨県の茅ヶ岳でした。朝6時集合。バスで深田記念公園へ。9時半ごろから登りだして、12時過ぎに頂上。ロープワーク等の講習をうけたりして2時下山発。4時半ごろに帰路。静岡に7時過ぎ到着。
 いい天気に恵まれて最高でした。頂上は文字通り360度の展望です。金峰山、小川山、八ヶ岳、甲斐駒、鳳凰三山、南アルプス、富士山・・・よい景色でした。
 こんなにいい景色だと、いいカメラが欲しくなるねえ。普通のデジカメじゃ、遠方の山の景色はきれに撮れないなあ。
 週末いろいろと気が滅入ってもいたのだけれど、脳の中にそのことが残ってはいても思考停止している感じ。リフレッシュしたね。
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2010/5/14  20:42 | 投稿者: 益子

 「コンサート2010」というカテゴリは私が今年どのくらい音楽会に行ったか数えようと思って作ったカテゴリなので、ちょっと意味が違うけれど、このカテゴリで書いてしまいます。今日は、ハープの「師匠」に私の職場に来てもらってコンサートを開きました。
 数年前から子ども達に聞かせたいなあと思っていたのだけれど、なんとなく企画できずにいました。3月ごろのレッスンでふと、先生に言ってみたら、「いいよ、いくよ」と快く引き受けてくださったのと、年間計画を作っている中で、この日だ!とひらめくものがあったりで・・・自分の中でトントントンと進んでいきました。曲目選びやプログラム作り、先生との連絡調整や当日の段取りなどなど、連休明けからこのことでけっこう緊張してしまいました。子ども達のためにいいコンサートにしたいという思い、学校職員の手前、段取りよくまた質のよいものにしたいという思い、きてくださる先生に対しても失礼のない、いいコンサートにしたいという思い・・・そんなこんなで緊張しちゃって、例のごとく、朝早く目覚めてあれこれ考えちゃうというパターンの日々でした。窮めつけに、今日、先生の到着を待って学校の門に立ってると、お腹いたくなっちゃうし。
 多分、けっこう子ども達は楽しんだのではないなあ。きれいな音、心地よい音というのを感じていたように思います。体育館に入ってきて、どーんとおいてあるきらびやかな楽器に圧倒されてか、とっても静かにして待っていたし。おまけに、先生がけっこう、子ども達への話しかけ方が上手でびっくり。感謝感謝でした。きれいなピンクのドレスを着てくれたしね。
 シェエラザード、ミッキーマウスマーチ、星に願いを、虹の彼方へ、いつも何度でもなどを演奏してもらいました。子ども達の毎朝のダンスの曲もピアノ譜を私が探して、それで先生がハープ用にアレンジしてくれて弾いてくださったしね。よかったよかった。
 なんだか、これで、転勤?退職?できるぞっていうぐらい、やれやれとした気持ちです。
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2010/5/10  19:43 | 投稿者: 益子

 吉村昭の「時代の声、資料の声」を読んだ。各方面の書き物をする人と吉村氏との対談集。吉村氏が亡くなってから、タイトルにあわせてあちこちから集めてきて本にしてある。亡くなっても、というか亡くなってからだからこそ、こういう本で儲けさせてという出版社の考えか。でも、私のように最近のにわか吉村ファンにとっては長年にわたってあちらこちらの雑誌等に書いてきたいろいろなものをなんらかのテーマでまとめて一つにしてくれれば、それはそれで読みやすいし、こういうものがなければ、読む機会もなくありがたい。初出は一番古くて70年というものもある。城山三郎と対談が一番新しくて00年。
 吉村さんの小説がとことん調べて調べて、でも調べ上げたたくさんの資料をばっさばっさと切り捨てて、吉村さんのテーマ、これを書きたい(描きたい)ところを書いていくというその手法は「ノンフィクション」なのか、または「ノンフィクション」とどう違うのか?というような話題も何度か出てくる。吉村さんは「小説だ」「事実を小説としての効果を考えながら書く」としながらも、そこのところにはあまりこだわっていないようだった。自分の中にある「どうしても」「これを書いておかないと前に進めない」という心の中に突きあがってくる、湧き出てくる想いの表現、あるいは表現方法ということか。戦争のこと、戦争時代の日常の思い出、戦後の生活やそのころの戦争に対する思い、結核を乗り越えて生きてきた思いなどなどを10人の人と語っている。
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2010/5/9  14:29 | 投稿者: 益子

 ところでこの週末は本当にのんびりした。夫は泊まりで東京に遊びにいってしまったので一人。休みのうちにやっつけちゃえと思っていた仕事はごっそり職員室の机の上に忘れてきた。まあいいや、てなわけで、音楽を聴いての読書や台所の棚の掃除など、有意義に過ごしている。その際のバックミュージックはハイドン交響曲。ただいま、日曜日の3時現在で37番まで聴いた。なかなかよい。今日はまだまだ聞けそうだ。
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2010/5/9  13:41 | 投稿者: 益子

 三木卓の「懐かしき友への手紙」を読んだ。三木卓の本を読むのは初めてだ。連休初日だったか、本屋でなんとなく目に入って購入した。
 三木卓は3人の子ども達が通っていた小学校の校歌の作詞者だ。そして、小学校の低学年の教科書に扱われている、がまくんとかえるくんの友情物語、アーノルド・ローベル「ふたりはともだち」の訳者だ。彼の名前を認識したのはこの2つのことからでほとんど同時期だったと思う。三木さんは静岡にゆかりがあるのだろうかぐらいに思っていた。
 それから17、8年もたったと思うが、それ以上の関心も情報も三木さんに関してはなかった。それなのに今回、彼の本を目にし意識することになったのは、先日のハープの発表会が関係していると思う。夜の打ち上げで、ハープを習うことになったきっかけ話になった。私の場合は「息子が習いたいといって習いだしたが、息子は中学生になってやめてしまったので、楽器がもったいない、母がやってみようかしら」というのがきっかけ。息子は何がきっかけかというと小学校の校歌なのだ。三木さんが作詞した校歌の中に「ハープのように」という部分がある。息子が1年生だったか、2年生だったか、学校の10周年記念行事があり、校長先生が校歌の中の「ハープ」とはどういう楽器なのかその音色を子ども達に聞かせたいと考えられたそうで、ハープのコンサートを学校で催した。その演奏者がつまりは私の先生なのだが、息子はそれを聞いてどうしてもハープを習ってみたいと言い出したのだ。まあ、そんなわけで、我が家とハープ、ハープの先生との出逢いが始まった。そんな話の中で「校歌は三木卓の作詞です」ということも話題になった。しかし、こうして考えてみると、人の出逢いは本当にいろいろなご縁とご縁がつながって生じるものだなあと改めて思う。
 読後感想になかなか行き着かず、前置きが長くなった。
 題名とは少しイメージが違って目次には「耳」「指」「膝」・・などと体の部分の名称が並ぶ。三木さんの家族や友人とのいろいろな出逢い、出来事をテーマにちなんだ形でまとめてある。体の部分にちなんだ話だから、生生しい話だったり、怪我や病気にまつわる話だったりもする。そういう出来事の中での家族や友人に対する、あるいは自分自身に対する思いを淡々と、どちらかというと手厳しく描いていく。それでいてけして冷たいわけではなく、三木さんの暖かいまなざしを感じることができる。本人のあとがきには「人生空間を肉体の部分別にわけて、大小のドラマに編集して象徴化するような物語につくってみた。」「その時空で出会った人人は、親、兄弟を含めて、みな懐かしくありがたい友である。ぼくの時空とともにあったり、横切ったり、一瞬明滅した人人も、人の肉体を持っていて、その定めを生きた。ぼくはかれらに愛と感謝をおぼえないではいられない。」とある。
 三木さんは小児麻痺の後遺症で片足が悪かったようだ。小さい頃からあまり丈夫ではなかっようだし、戦争、中国からの引き揚げ、父親がはやく死に母子家庭・・・というわけで、体も心もいろいろな苦難を生きてこられたのだろうと察せられる。
 今回、ネットで調べると中国から引き揚げてきてから、静岡に住んでいる。高校の先輩だ。たくさんの賞ももらっているようだ。この本では辛口でずばずばっと言いたいことを言っていくタイプのように感じた。私には読みやすいタイプだ。また読んでみようかと思った。
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2010/5/8  9:10 | 投稿者: 益子

 数年前にどこかのお宅の玄関先できれいに咲いている花を見て、いいなあ、なんていう花かなあ、我が家にも咲かせたいなあと思った。そして、学校への通勤路である遊水地の自転車専用通路の脇に、この時期たくさんの花を咲かせるものと、どうやら同じものだとわかってきた。つまり、ほっておいても毎年咲くということ・・・適当なガーデニングをモットーとしている我が家向きだということだ。
 花の名前はネットで調べて「ひるざきつきみそう」らしい。種で咲かせるのかな、苗が売っているのかな・・・なんて思っているうちに、2年ぐらい経ってしまったのではないかと思う。昨年、毎週、配達してもらっている「おうちコーポ」のカタログにこの花の苗を発見。さっそく注文した。それをプランターに植え、同時に遊水地の道端の数本を抜いていただいてきて、庭に地植えした。(そうだよ、早くからこの方法でやってみればよかったんだ!)
 で・・・咲き出しだ。どこかのお宅でみた鉢のように、緑の葉が見えなくなるほど、花がいっぱいというように咲かせるのは特殊な技術が必要なのかな(花が全部同じ方向を向いていて、びっしり、ぎっしり咲かせるのってどうやるの?)。そんなことはまあ、求めない。とりあえず、花が咲いてくれればバンザイだ。どちらも咲きだした。さすがに苗の方が花が大きくきれいだ。
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2010/5/7  21:02 | 投稿者: 益子

 瀬戸内寂聴の「源氏物語の男君たち」を読んだ。NHKの番組のテキストとして書かれたもの。源氏物語の登場人物の特に男性にスポットをあてて、その人となりや心理状態について紐解き、さらにこういうお話の展開にしたり、そういう登場人物を登場させる紫式部の意図や小説としての上手さに言及している。読みやすくて面白かった。一応、源氏物語そのものを知っているので、その解説書的に読めるが、まったく源氏物語を読んだことのない人にはどうかな?
 寂聴さんの書き方が、そういう男がまるでこの現代の世の中にも実際にいるような、そんな思いにさせるような書きかたで引き込まれる。いつの世も人間の感じ方はそれほど大きくは変わらないのかもしれない。
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2010/5/5  18:36 | 投稿者: 益子

 読書しながら2枚のCD。ハイドンの交響曲20番まで聴いた。その後、シューマンの弦楽四重奏曲第3番とピアノ五重奏曲を聴いたけれど、読書にはハイドンの方があっているみたい。シューマンは「おい!聴けよ!」ってCDが言っている感じ。濃厚でたっぷり。
 今日の収穫。お世話になった先生で定年退職された方にお手紙を書こうと思っていてなかなか書けないでいたけれど、今日実現。良かった良かった。
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2010/5/5  8:12 | 投稿者: 益子

 姜尚中(カン サンジュン)の「悩む力」を読んだ。意外と読みやすかった。現代社会の悩みを夏目漱石やマックス・ウェーバーを引用して紐解いていた。夏目漱石の本を読みたくなった。人間の文明は、悲しいかな、人間らしい心や生活を崩壊してきたってことを再確認できたって感じかな。面白かった。
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2010/5/4  19:09 | 投稿者: 益子

 夕飯の支度をしながらハイドンの交響曲は12番まで聴いた。そしてシューマンの弦楽四重奏曲1番、2番も聴いた。
 夕飯はキャベツがあったから回鍋肉。かぼちゃのサラダ、今朝作ったごぼう、れんこん、ひじきのいため物。
 明日は娘も帰るし、連休もおしまい。今夜は読書しようかな。
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