2005/11/2  22:15 | 投稿者: 益子

 20数年前に私が教員になった頃は、養護学校の教育はまだ始まったばかりだった。重度の障害がある子どもは、「就学猶予」といって学校に行っていなかった。そのことを「うちの子は行かなくてよい。こんな障害だから当然だ。」とも、または「行かせてもらえない。差別だ。」とも保護者は解釈した。まだ、障害者を自宅の一室に隠し、世間の目に触れないようにする、「座敷牢」のようなことが現実にあった時代であり、保護者の意識も社会の意識もいろいろだった。そのころ養護学校が義務化となった。どんな重度の障害のある子どもも養護学校に就学できるようになった。しかし、それまで障害があっても通常の学級に通学していた子ども達も、この制度により必ず養護学校に行かなくてはならなくなった。そのため、「義務化反対」と言う運動も起きた。義務化は、障害者への差別を強めようというものではなく、障害があっても平等に学校で教育を受ける権利があるという、障害者にとっては前進と言うべきものであったはずだと思う。ただ、教育を受ける場が、必ず養護学校でなくてはいけないところに問題もあったのだろう。それでも、「五体不満足」の乙武洋匡さんのように、保護者の願いと学校側の理解がかみ合って通常学級に通学した方もいたはずだ。残念ながら、うまくかみ合わずに教育委員会を相手取った運動、戦いに発展したケースもあった。今でも、教育を受ける場はどこが良いのかということは難しい問題のひとつだ。
 そんなこんなの養護学校が始まったばかりの時代、自閉症という障害は、養護学校の教員にさえまだよく理解されていなかった。彼ら特有の行動パターンやパニック(自傷・他傷など)を、力で押さえ込んだり、ともかく叱ったり、口うるさく注意を繰り返したりすることが多かった。
 その後、さまざまな研究が進み、自閉症の子ども達の支援の方法がずいぶん整えられてきた。例えば彼らの多くは、耳で聞くより、目で見たほうが理解しやすい。十の説明をするより、一枚の絵カードか写真カード、または文字で簡潔に説明されたものを示した方が内容をしっかり伝えられる。ビデオ、デジカメ、パソコンなどの機器が急激に発達し、彼らを支援するグッズを作る事が容易になり、ありがたい。
しかし、最近、そういうスキルに溺れることなく、「心と心の通い合い」という子ども達との日々を問い直したいとなぜか強く思う。過去、今、そしてこれからのことをあれこれと思うのは物思う秋だからだろうか?
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