負けんとき 玉岡かおる

2014/9/22  8:13 | 投稿者: masuko

 「負けんときーヴォーリズ満喜子の種まく日々ー」 上下 を読んだ。一連の建物への興味の一環で目に入った本。
 いやー面白かった。ヴォーリズも奥様の満喜子さんも凄い人。凄い人生を歩んでいる。二人の出逢いも運命っていうやつなのか、神様の思し召しとしか言いようがない。
 そういう二人に関することだけでなく、玉岡さんも凄い。この小説はたくさんの資料を読み解いたり近江八幡でヴォーリズを知っている人から話を聴いたりして作っているんだろうけれど、こんなことあんなことがありました・・・という出来事をお話にしているのではなく、満喜子さんの感じてきたこと、悩んできたこと、苦しんできたこと、そして満喜子さんの心の成長と意思、そういうもので出来上がっている。
 大名のお嬢さん。父親は当然側室を持つ。ダレにでも手を出しちゃうような横暴さ。正妻である満喜子さんの母はクリスチャンであり、日本キリスト教婦人矯風会で一夫一婦制を太政官に訴える運動に参加している。そういう女としての立場の話は随所に出て来る。女性の参政権の話もあり、市川房枝さんとの出逢いもある。
 華族であることにもどれだけ縛られることか。華族、平民の立場。アメリカにいけば東洋人として差別される。黒人差別問題にも関わる。華族であることはヴォーリズとの結婚に関する大きな障害のひとつでもあった。結局、「私は平民になります!」と決める満喜子さん。お役所の人も目が点になっちゃっただろう。近江八幡で満喜子さんが始めるプレイグラウンドは貧しい差別されているような家庭の子ども達の保育(これが今日の近江兄弟社学園の始まり)。そういった社会の制度、差別との戦いはこの小説の大きなテーマだ。 
 そして日本人、アメリカ人という国籍の問題。ヴォーリズと結婚によって生じたこ〇〇の国の人というレッテルは戦争により、より大きく、重いものになっていく。ヴォーリズは帰化してまでその問題を解消しようとしていくが結局、戦争中は軽井沢に幽閉されるような状態になってしまう。しかし、戦後の日本は彼に進駐軍との間を取り持つ役を頼むのだ。天皇を象徴として生かしていくという案にも深く関わっていく。
 神の存在をどのように考えるのかという問題についても考えさせられる。宣教師としてのヴォーリズも日本人でありキリスト教に入信した満喜子さんも日本の八百万の神、仏教、そして現人神である天皇の存在を考えざるを得なかった。
 たくさんのたくさんの深く重たい問題と正面に向き合って生きてきた二人。同時に著者である玉岡さんもその問題に正面から向き合っている。
 「負けんとき」というのは大阪弁で、「勝たなくてもいい、でも負けないで」という意味で、満喜子の大阪の母ともいえる廣岡浅子からもらった言葉。
 それにしても神様が日本へ行けと仰ったからだろうけれど、ヴォーリズが日本に来てくれて良かったな。
 二人が並んでいる写真をみると顔が似ているなって思う。ヴォーリズは凄く明るくて楽しい人だったそうだ。音楽にも堪能なお二人。スーパーマンとスーパーウーマンだな。

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玉岡さんの他の小説もチェックしてみようかな。

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