2013.8.29 今日はないねぇ…  ついぴく(画像)

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8月29日の投稿

[2013.Aug.28]
昨日(28日)の夕方はこんな雲があちこちに出ていたけれど、
今日は全くないですねぇ…。
風が強いせいかな?
@横浜市南西部
by携帯 #mysky #airsora #yokohama



2014.9.13
Twipicが2014年9月25日に消滅するというので、退避。


   

   
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2013.8.28 本日の空  ついぴく(画像)

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[2013.Aug.28]
イマソラ、秋空@横浜市南西部
今日は再び暑くなり、室温35℃に。
しかし湿度は40%台でしのぎやすかったな。
西の空には、小さなうろこ雲もありました。
#mysky #yokohama

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[2013.Aug.28]
イマソラ、夕焼け@横浜市南西部
日没前まで細かいウロコ雲が沢山出ていて、
焼けるかな?と思ったけれど消えてしまい、そんなには焼けず。
でも綺麗でしたヨ。
by携帯 #mysky #yokohama

2014.9.13
Twipicが2014年9月25日に消滅するというので、退避。


   

   
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2013.8.27 綺麗な夕空  ついぴく(画像)

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[2013.Aug.27]
綺麗な夕焼け空。
半空の風が見えるような
流れのある雲が白く光って美しかった。
by 携帯
横浜市南西部 #mysky #yokohama

2014.9.13
Twipicが2014年9月25日に消滅するというので、退避。


   

   
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2013.8.25 横浜市長選挙  ついぴく(画像)

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[2013.Aug.25]
横浜市長選挙…権利の行使。(^^ゞ
天気悪いし、夏休み最後の日曜日だしで、暇そうでした。w(-_-;)w
投票は20時までだから、まだ間に合うよ!
投票したら「証明書」もらえます。
by携帯

2014.9.13
Twipicが2014年9月25日に消滅するというので、退避。


   

   
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村山定男先生ご逝去  空&宇宙

【訃報】旧五島プラネタリウム館長 村山定男氏@アストロアーツのニュース

 村山定男先生は、8月13日(火)午後12時3分、(前立腺がん)多臓器不全のため、東京慈恵会医科大学附属病院で享年89でご逝去されました。

 葬儀は以下の日程で行われます。

 喪主様 : 丹野廉三(たんの・れんぞう)氏(ご親類)
 お通夜 : 8月16日(金)18時〜19時 青松寺
 告別式 : 8月17日(土) 13時30分〜14時30分 青松寺
      
 弔電等 : 東京都港区愛宕(あたご)2−4−7 青松寺(せいしょうじ)
      喪主 丹野廉三(たんの・れんぞう)様
      電話:03−3431−3087

 青松寺サイト

 偲ぶ会 :一慶隠蔵 15時30分より
      会費2000円

 天文関係の方には、偲ぶ会を17日告別式終了後の15時30分より、フォレストタワービジネス棟3階 「一慶隠蔵」(電話:03−5400−2287)で行います。

***

 村山先生は、しばらくご入院されていました。
 6月上旬に体調を崩されて、その時はヒヤリ!としましたが、その後、お元気を取り戻されたと伺って、安心していたのに…。

 本当にお世話になり、「日蝕貧乏組」ともども気にかけて頂きました。
 そんなに何度も機会があった訳ではありませんが、渋谷の五島プラネタリウム、上野の科学博物館、その他プライベートな勉強会やお宅にもお邪魔させて頂いて、お酒を頂きながら色々なお話を伺う機会を頂きました。
 なんと贅沢なひと時だったことでしょう!!

 私が物心ついた時には既に沢山の著書があり、そしてテレビや新聞などで天文や宇宙開発などの分かりやすい解説をしていらっしゃいました。天文普及の草分けです。
 私が初めて手にした天文書は先生の著書ではなかったですが(ちなみにそれは、H.A.レイ氏の「星座を見つけよう」でした)、子供心に憧れを抱いた初めての文化人でしたし、天文世界へのより強い思いを導いて下さった方でもあります。
 生まれて初めて訪れたプラネタリウムは五島プラネタリウムで、こちらとのご縁は閉館まで続き、沢山の想い出がある場所です。オーロラやムーンボウの画像をプラネタリウム番組に使って頂いたこともありましたし、宴席にご一緒させて頂いたり、卒業文集やツアイス君の保存活動などにも末席に加えて頂きました。
 私は特に天文同好会などに属している訳ではないのに、ご縁に感謝です。

 皆既日蝕も何度かご一緒させて頂きました。
 村山先生のご指示・ご説明のアナウンスと共に仰ぐ黒い太陽は、どれも印象的でした。
(1995年10月24日インドの日蝕の回顧ブログ記事→10年前の今日、インドに居ました
 私が初めて「オーロラ」に会いに行くのに背中を押された最後の決め手は、村山先生が「星の手帖」に書かれていた紀行文でした。
 それでまさか20年も通い続けることになろうとは…。

 想い出は尽きません。

 とてもとてもショックで悲しいです。残念です。
 全くご恩返しが出来ておらず、心苦しいばかり。
 心からご冥福をお祈り致します。

 伝統的七夕の今夜、先生を惜しむ星の涙が降るでしょう…。

 暑いのがとても苦手で倒れないか心配ですが、お別れにはお伺いします。


   

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