またもや間が空いた…というのがまるで枕詞化している今日この頃ですが、
オーストラリア旅行記 初めての海外旅行 ケアンズ・タスマニア(1997年)の続きです。、
(第一回から読んでくださる方はコチラからどうぞ)
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とにもかくにも、常夏のケアンズから飛行機を乗り継ぎ、タスマニアまでやってきた片隅家母子4人とKYOさまタカヒロ母子の一行6人は飛行機のタラップを降り、小さなホバート空港を抜けてタクシーを拾った…と書くと一言なんですが、実はここでも一悶着。
日本的な感覚で「子どもは3人で大人2人分」なんて
通用しないのでありました。当然?でもね、ツライんですよ。我々一行6人、日本式の計算なら大人4人プラス子ども1人で大抵の車には乗れちゃうわけですが、オーストラリアの法律では、子どもだろうが大人だろうが1人は1人!タクシー2台必要!なのです。5人乗りのタクシーに乗りきれないのです。さあ、困った。6人のうち、英語が話せるのはKYO様一人という状況の中、KYO様はよくがんばって交渉してくださったけれど、やはりダメ。仕方なく
2倍の出費で分乗して出かけることになりました。大人2人固まるわけにはいかなかったので分かれて乗ったタクシーの不安だったこと。もしこの
運転手が悪人だったら…とか想像してました。ごめん>運転手さん
目的地はケアンズから予約したYHA(ユースホステル)。YHにはもともと馴染みがあるし、同宿者から情報も得られるはず。それになんと言っても安い!のが魅力でホバートの一泊目はYHAとなったのでした。

YHAで出迎えてくれた足の短いわんわん
バ、バンブル!?はこんなに太ってないか、失礼。
このころからフーの犬好きは突出していました。
ここでとにかく情報を収集し、
レンタカーを借りる!という大事を片づけなくてはなりません。置いてあるパンフレットをざーっと見渡しても何がなんだか…そんなときはKYO様がササッと数枚を抜き取り、「ここなんかどーお?」と提案してくれました。異存などあろうはずもなく、というかもう訳がわからないので賛成。レセプショニストのおねーさんに「ここのレンタカーを借りたいのだけど」と言うとすぐ、そのレンタカーオフィスに電話してくれ、お迎えが来ました。
さーて、いよいよです。なんたってKYO様は筋金入りのペーパードライバー。これからの何百キロだか何千キロだか、
運転手は私一人です。そのために国際免許も取ってきました。オーストラリアは日本と同じ左側通行だからなんとかなるだろう…か?
KYO様が値段で選び出したそのレンタカー会社は当然大手の有名どころではありません。街の隅にある、地図とにらめっこしていなければもうYHAに戻れないんじゃないかと思うようなややこしいところにひっそりとありました。10日間程度、タスマニアを一周する予定のレンタカー。何でもいいです。と言ったものの、ここでも人数がネックとなり、一番安い小型車は借りられません。「うーん、こんなのどう?」と持ってこられたのが

これ
年季の入ったフォードです。いや、別に見かけはどうでも良い。
ボロくても、
走行20万キロ超えてても。でもデカいんですけど。そして当然ながら安い車はATじゃなく、
マニュアル車でした。久しぶりだったけど「しょーがないよ、6人乗りったらこれしかないもん」というわけで選択肢はありません。
書類の手続きはなんとか(KYO様が)済ませました。私は
闇雲にいっぱいサインしただけ
(※決して真似しないでください)。でも10日後の帰りには、これから船に乗って大陸に戻り、
更に3ヶ月西へ旅するKYO様母子を北のデボンポート港で下ろして、私が大人
ひとりで3人の幼児を連れてこの車を返さなければなりません。いったいどうなるんだろうか。一生懸命手続きを頭に入れようとしたけれど、やはり
ちんぷんかんぷんのまま出発。ここで保険の確認も忘れた私、KYOさましっかりしていてくださって本当によかった。
ところがこの車、前がベンチシートで3人座れるのですが、そのベンチを最大限に前に出しても、お尻を前にずらして足をめいっぱい伸ばさないと
ペダルに足が届かない!という
白人の大男仕様としか思えない代物でした。しかも
パワーステアリングなし。私は斜めになった状態(足が届かないので)で渾身の力を込めてハンドルにしがみつき、腕の力と体重をかけてなんとかハンドルを切らなければいけませんでした。あっという間に腕が筋肉痛に。更に
シートベルトがまたくせ者で、これまためいっぱい引っ張らないと出てこないのです。勢いをつけてギューッと引っ張るので手が滑ってハンドルにぶつかり悲鳴を上げたことも数知れず。ああ、貧乏が憎いわっ!
…というよりも、そんなに貧乏なら子連れ海外旅行なんかするもんじゃないんですよ、きっと。若くて無謀だったとしか思えません。とにかく仕方ない、他にないんだからと必死で運転しました。しかしこの車、後部座席の
ドア片方は壊れて、内側からだったか外側からだったか、とにかく片方からしか開けられない状態だし、雨が降った時ワイパーを使ったものの、
ウォッシャー液はガラスを飛び越して屋根の上に飛んでいくし、ああ、そういえばガソリンを入れるときには給油口が見つからず、これまた大変だったのです。どこにあったと思います?給油口。なんと
ナンバープレートの内側。プレートがパカッと持ち上がるようになっていて、そこに給油口があるんです。後にも先にもこんな車、見たことない。スタンドの人も見つけられずにみんなでトランクまで開けて大騒ぎしたっけね。
初めての外国での初めての運転、前の座席には
方向音痴のKYO様、ブー、私、そして後ろにはタカヒロとフー、ウーが乗り込み、地図を見ながらホバートの街をウロウロしてみました。
実は、日本を出る前、KYO様と私は当時全盛だったパソコン通信のオーストラリア旅行の会議室でタスマニア情報を得ていました。ある人が、「ホバートにはこの世で一番美味しいデザートを食べさせてくれる店があるよ」と書いてたんです。そりゃもう行かなくちゃ!
よく考えてみるとKYO様も私も甘党にはほど遠いタイプ。なんでデザートに惹かれたのか定かではありません。でも「この世で一番」なんて言われた日にはやっぱりねぇ(笑)。
というわけで、レンタカーを借りたその足だったのか翌日だったのか、たぶん翌日だったと思いますが、我々はホバートの町中、港にほど近いそのレストランを発見!
なぜかデザートの写真はありません。今となってはどんなものだったのか記憶も定かではないのですが、確かパフェみたいな感じだったかな?メニューを見ても全然ピンと来ないし。
どうして欧米のレストランメニューって写真が付いてないんでしょうね?誰か商売始めませんか?(笑)一つ強烈に覚えているのは甘いデザートのアクセントとして、全く甘みのない生クリームが添えられていたこと。これは美味しかった!…
ってどんなデザートだったのか覚えていないヤツに言われても説得力ないよねー。
とにかく、大人も子どもも「この世で一番美味しいデザート」を食べて満足!店を出たのですがそこにはなんと驚くべき事件が…
To be Continued...
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