2004/5/6

黒衣と白衣 その2  


 遠くから救急車の近づく音が聞こえはじめ、ER好きな同期の真砂(まさご)君
が率先してストレッチャーの来る扉を開き、「よっしゃ、こい!」と言った。
キャッチフレーズは間違ってなかった。ガラガラと救急隊がストレッチャーを
運び入れ、急に騒がしくなる。救急隊のひとりが良く通る声で報告した。

「患者59歳男性、スーパーでの急な意識消失、我々が到着するまで初期治療
なにもなされない状態だったそうです、えー脈なし、呼吸なし。
心臓マッサージと人工呼吸続けています。」

 ワラワラと患者のまわりを医師と看護婦が取り囲む。当番など予め
決めなくても、何となく誰かが何かをし、スムーズに必要な救命措置が
とられていく。麻衣も、剥き出しになった男性の冷たい左足の付け根に
採血のために針を刺す。脈を打っていないので、心肺停止した人の動脈が
見つけにくい。しかも同期の真理子のパワフルな心臓マッサージで男性は
体ごと揺れている。難関だったが、当たった。動脈らしい鮮やかさのない
血液で自信が持てなかったが、右足でも採血挑戦中のひとつ上の先輩に
「一応、動脈血かと...」と伝える。

「おぅ、でかした。機械かけて。」

 先輩はさっさと他のことを始めた。麻衣は動脈血を機械にかけ、ガス分析を
待つ。その間にベテランの看護婦達により点滴は男性の腕と足に入っていた。
必要な薬も決められた時間毎に投与されていく。

「け、血ガス出ました。O2 54、CO2 60---」

 麻衣は声を張り上げて、そこにいる人皆に伝えた。ひとつの仕事を
終えて、髪を振り乱している真理子に声をかけた。

「心臓マッサージ、かわるよ。」

 麻衣は真理子と交替し、男性の胸を押した。もう、肋骨が折れて
いるかと、思われた。何度味わっても、変わらぬ心苦しい感触。
口元を少し歪めて、麻衣は続けた。時計をみると、もう30分近く
経っている。
 男性の顔をみる。土気色で、目は遠くを見るように少しだけ開き、
口にはチューブが入って、つながるバッグを真砂君がしゅはー、
しゅはー、と押しつつ先輩達の指示はいずれ自分がするんだという目で
一生懸命周囲を見まわしていた。
 麻衣は、押すとへこむ胸が悲しくて、いったいどのくらいの力で
押すのが正しいのか、救命のゴールデンタイムを過ぎようとしている
この男性の目に問うた。---何も返ってこない。



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ