新しいWebサービスの開発というかシステムというかソフトの構築になるのかな?そんな仕事に関わって、〆切に追いまくられてます。僕は例によってコンテンツの提供がメインなんだけど、使い勝手の良い構造にしたいので色々と機能をリクエストしてるんだけど、自分でもイマイチ把握し切れていないのが危ういねぇ.....。とか言いながら、もうホントにコンテンツ造りに集中しないといけない。
とか言いながら、Twitterだのなんだの覗き見して、どんな構造というか仕組みなんだろうって見て回っているのだけれど。
http://1p-info.suz45.net/twitter.htm
で、またフリッカーの話しなんだけどさ、今しがたちょっと覗いたら、訪問者の国が30カ国にふえてたね。
ほんの1月ちょっと。
すごいねぇ。
なんかね、複数の翻訳ソフトや辞書(サイト)を使ってフィードバックさせながら返事を書くんだけど、馴れてくるとなかなか面白いね。
世界的には、どんな写真がウケが良いのかとか、なかなか参考になる。
色調とか、やっぱり日本とはかなり好みが違ってきたり、興味が尽きない。
この辺はガーデニングでも、素材的に大きく違ってくるところだよね。
品種改良の歴史を見ても、それはもう一目瞭然ではあるのだけれど、生産者側からではなくて利用者側からの視線で色々リサーチできるのが面白い。
でもね、合わせるつもりはないのだよ。
ここ、重要。w
より素敵な独自性のための参考にってな感じだね。
植物の例を挙げれば、ツツジ→アザレア、アジサイ→ハイドランジャーなんて調子で、微妙な色合いだったのが海外に渡って派手派手に改良?されてくる。
何というか、「花も恥じらう」が何ともあけすけなクリーチャーに身を堕としていく感じは涙を誘うものが。
上を向いて咲くオダマキだのクリスマスローズだの、どうしても好きになれない。
花それぞれの微妙なニュアンスや個性が失われて、花は記号化していく。
そう、花弁は丸く厚く重なり、色は七色すべてを網羅が目標みたいな.....その行き着く先は没個性なのにさ。
そう言えば大学1年の時、真っ青なバラの夢を見てうなされたっけ。
その美しさに魅入られながらも、これはもうバラじゃないって叫んで目を覚ましたっけ。
悪夢。
そう、当時の品種改良は一種の自己否定が基本で、それぞれの花の持ち味を伸ばす方向じゃなかったんだよね。まぁ、これは今でもそんなに変わらない気もするけれどね。
話がそれた。