ダウン症のピアノスト、越智章仁さん。
母、知子さんと一緒に舞台の中央に立ちました。
知子さんの挨拶のあと、章仁さんがゆっくり言いました。
「みなさん、こんばんは。僕のピアノを聴いてください」
章仁さんはピアノに向かい、
知子さんは「心の花束」という本の中から、「練習」という詩を朗読。
「彼は生まれつきバネのない指なので・・・
それでも彼にしか表現できない音があるはず」
私はどんな演奏をするのか、どんな音が聴けるのか、待ちました。
本当のことを言って、指にハンディがあっては力強い曲は無理と思っていたのです。
「それでは演奏を聴いてください」
知子さんが舞台から去りました。
章仁さんはピアノの前で両手をそれぞれの手でさすり、フッと深呼吸をし、
背広の襟に両手を当てました。
身を引き締めるかのように、心を整えているかのように。
ゆっくり時間が流れていきます。
そして、1曲目の音が流れました。彼が作曲した「愛のBJM」です。
何て澄んだ音、やさしいメロディ。
聴いているうちに涙が溢れ、それを抑えることができなくなりました。
私の心の奥にある、塵やほこりが沈んでいくようです。
誰かにやさしく包まれているような、温かい気分にもなりました。
どうして、こんなに涙がでるの。
彼がダウン症というハンディキャップを背負っているから。
しかし、そんな同情的な涙ではありませんでした。
2曲目からは彼をハンディキャップを持った人、とは感じなくなったからです。
一人の演奏家として向き合っていました。
指にハンディがあるとは思えない、力強い演奏もありました。
胸に熱いものがこみ上げているのでしょう。
とにかく表現力が豊かです。
メロディや弾き方に決めごとはなく、自由自在です。
のびのびしています。
演奏が終わるごとに舞台で会釈。
大きな拍手が沸くと、顔がほころびました。
その笑顔がまた素敵です。
最後の演奏は「陽だまり」
今回のプログラムは全て彼の自作です。
知子さんはクラシックを演奏して欲しいと思ったようですが、
自分を表現できる音楽が好きなようです。
この曲が流れると、また、涙。
どうしてこんなに涙腺が緩んでしまったのでしょう。
最後の曲でもあり、大きな拍手が起こりました。
「客席にいるお子さんの為に何か弾いてくれませんか」
知子さんがそう言いました。
アンコール曲は「崖の上のポニョ」
客席で子どもが歌いはじめました。
さびの部分では手拍子が起こりました。
ピアノのコンサートではありえないことですが、
彼のコンサートには決めごとがないのです。
演奏会終了後、越智さん親子に対面。
魔法の手は柔らかく温かでした。
演奏の感想を伝えると、彼は、「美人ですね」と言ってくれました。
彼の言葉なら素直にとれ、ちょっと照れ臭くなりました。