常念小屋に泊まったときだった。
一日中雨で宿泊客は4名だけ。
東京から来たという50歳くらいの男性は相当山を登っている。
一度奥さんを山に連れて行ったそうだが、
二度目がなかったとか。
私は、どこに連れて行ったんですか、と興味を持って聞いた。
すると涸沢だという。
私ももうひとりの女性も、ならいいですよね、と口を揃えていう。
じゃあ、天気が悪かったのかと思ったが、そうでもなさそう。
涸沢まで距離があるから疲れてしまったのか。
すると彼から意外な言葉が。
奥さんを置いて奥穂高まで一人で登ったという。
「えぇ〜。奥さんを涸沢に残してですか!」
「いいえ、妻とは穂高岳山荘まで一緒に行きました」
涸沢までだけでも長い道のりなのに。
「じゃあ、嫌になってしまいますよね」
と私と彼女。
「もっと手軽に登れる山を選べば良かったですね」
「そうでしたね。ちょっと失敗ですよ」
そんな会話をしながら、自分のことを思い出した。
二十歳のころ先輩に連れられて初めて登ったのが谷川岳。
西黒尾根から登ったが、肩の広場に着くともう限界。
結局、みんなが山頂へ登るのを一人で待っていた。
それで山が嫌いになったかというと、そうではない。
翌週は登山グループの仲間になって新潟県の巻機山へ登っている。
そんなことを山小屋で出会った彼に話すと、
「相性が合わなかったんですね」
と言った。