風に誘われ


花も鳥も風景もと何でも屋でごちゃ混ぜが整理つかなくなってきました
花は花、鳥は鳥で別のブログに分けました

自然の恵みに感謝の日々をつづります

 
日が照れば日に憩う 風吹けば風と語らい 雨降れば雨に戯れ これでいいのだ

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京都 霊鑑寺(れいかんじ)

4日もデジブラ出来んでいらいらし通し、やっと雨の心配は無いとの天気予報で、11月28日に京都に行って来た
最盛期に雨、曇天続きとあって、例年にない綺麗な染まりと言われるのに、ちょっと遅い感じで残念でだった
霊鑑寺は、1654年(承応3年)後水尾天皇が皇女を開基として創建された臨済宗南禅寺派の門跡尼寺です
一般公開はしていませんが、春(椿)と秋(紅葉)に特別公開されます
平成24年秋は、11月17日〜12月2日で、紅葉撮りには時期を失しました
毎年必ず行く京都ですが、1度も行ったことのない所と思って、ネット検索で特別公開を知ったのが遅かったわ
霊鑑寺は銀閣寺から八坂神社までの(または逆)デジブラで何度も前を通り、その所在は分かっていたが、一般公開されていないので紅葉の名所とは知らなんだ
どことも初めてと言う所はそんなもんで、次のための予習的な意味が有りこんなもんでしょう
例によってほっつき歩きで、目的の霊鑑寺が1番後回しになって、入門が午後3時を回って、しかも公開日が後4日しか無いタイミングで、かえって静かにじっくり見れたのが良かった
世の中何もかもが都合良くはなかなかいかんもんよ

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池泉鑑賞式庭園というとで、順路に沿って境内を一周し、最後に本堂内を見るようになっていた
堂内撮影は禁止で、御所人形や襖絵など素晴らしい物が沢山あり、興味ある人は垂涎物だろう
撮影出来ん物に興味な〜し

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圧巻は樹齢350年を超えると言われる楓
最盛期に行ってみるべしと思ったが時すでに遅し
それでも十分見ごたえは有った

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散り紅葉も良いものではあるが、これも旬は有るもので、遅い、光が無い、ではなあ

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真っ赤な絨毯となっていただろう
散り時を確認してから行くべし
鬼を笑わせたる怒
来年はきっちり行くからな

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光が無いのは残念だったが、これがお気に入りになった

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ドウダンツツジも随所に植えられて、変わった風情を楽しませてもらえた

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狭いと言って良い境内で、拝観料600円はそんなものんか?
どうしてもこれが納得いかんのよ
大覚寺のように仏様以外は堂内撮影自由、境内はめちゃ広い、なのに500円だもんな
あ〜ぁ、また言うてもうた(・・。)ゞク~

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1
投稿者:我太郎

上町台地を歩く U

<上町台地とは(ウイッキペディアより)

上町台地(うえまちだいち)とは、大阪市にある丘陵地・台地である。
南北に長く、北部は中央区の大阪城付近・天満橋の辺りで、そこから緩やかに小山を形成し、天王寺区・阿倍野区周辺を経て、南部の住吉区住吉大社付近に至り、その辺りでほぼ平地になり清水丘を以て終わり、長さ12kmに及ぶ。
大阪(大坂)の歴史の発祥地であり、要所である。

その昔、旧熊野街道は、ほぼJR(または近鉄)天王寺駅から近鉄上本町駅西の稜線部を通って、大阪城脇から天満橋まで至っており、熊野詣での要衝であり、難波津と言われた大阪湾と接する港湾施設地帯であった(難波津については諸説ある)
淀川水運と海運の出発点であり、終着点であったわけで、物流の拠点として発達した面もある
物が集まれば金も集まる
金が集まれば文化も集まる
浪速は都(京都)と並ぶ文化の都でも有った

<浄瑠璃>

知ったかぶりであるが、全部ネットカンニングであることはお断りしておきます

浄瑠璃(じょうるり)は、三味線を伴奏楽器として太夫が詞章(ししょう)を語る劇場音楽、音曲である
浄瑠璃の流派は、現在義太夫節・常磐津節・清元節など全部で8流派である
なお義太夫節では同一の丸本が、丸本歌舞伎狂言に用いられる場合と、人形浄瑠璃における場合とでは微妙に間合いが異なることとなる(ウイッキペディアより)

先日の文楽座でのネット友の舞は、常磐津節とあったが、そう言うことだったか
また、「歌舞伎狂言」、「人形浄瑠璃」は日常よく耳にするが、改めてそうだったのかと知った

(竹元義太夫)

竹本義太夫(たけもとぎだゆう、慶安4年〈1651年〉〜 正徳4年9月10日〈1714年10月18日〉)とは、江戸時代の浄瑠璃語り
義太夫節浄瑠璃の創始者

今回の目的のコースの第一の案内となった生誕地碑

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墓所は大阪市天王寺区の超願寺にありセットで寄った

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<熊野詣>

義太夫とは関係ないが、興味ある説明が有ったので、ネットカンニングしながら記してみたい

古来、熊野の人々は「森」と、「川」と、「海」からの恵みと共に暮らしてきた
絶大な自然の力に感謝し、また、その怖ろしさ、不可思議を、肌で感じて、そこに「神」が宿ると考えた
時代を経て「熊野三山」と呼ばれる格式ある神社や寺院が建立され、、「熊野の神」は、身分の違いや男女の別、忌、病など問わず、全てを受け入れたことで、国中の民が列をなしてお参りするようになった
これが熊野詣である
ところが、多くの民にとって、熊野詣は叶わぬ夢であり、おいそれと行けるものではなかった
そこでいつの世にも考え出される便法が編み出された
それが四天王寺の境内に有った

これがそうなんだが、この前に立って

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この穴を覗くと、その向こうに熊野が有る
穴を覗いて願い事をのたまえば良いってこと
これで熊野詣でしたのと同じご利益があるって寸法なそうな
熊野古道を歩くのが流行っているようだが、ここへくればええんやで〜
撮ってつけた余談話しであるが、これがええ加減が売りの我太郎には、1番面白かったので取って付け加えたって訳よ
はいちゃ〜
さいならバイバイ さいならバイバイ さいならバイバイ

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1
投稿者:我太郎

上町台地を歩く T

あるサイトで知り合ったネット友さんが、自身のブログで上町台地の紹介記事をアップされ、浪速の歴史に滅法詳しいなと思う内容に感動した
それもそのはず、今になって分かったことであるが、専門のガイドさんだった

さて、2年前だったか3年前だったか?
例によって1年前以前はその昔ってことで
記事を読んで1度行ってみたいと思った
何ゆえにかと言えば、夕日が綺麗だと有ったから
何時の日か夕景を撮りに行こう
そしてブログに紹介されている所を見てみようと思い続けていた
ひょんなことから、かのブログ友が、「上町台地を歩く」という企画の案内人をやっていることを知って、こんなことは何かのきっかけがないとなかなか実行できないもので、今年の最後の案内になると聞いて、11月25日に行って来た

「大阪あそ歩」興味のある方クリックしてね

<統国寺>

和気山統国寺 ( わけざんとうこくじ ) 

大阪市天王寺区茶臼山町1−31

和気山統国寺は釈迦三尊を本尊とする在日コリアンの寺です

案内で経緯の説明を受けたが、頭に残るはずがない
ネットで調べれて全部分かった
直ぐに忘れるが、茶臼山、真田幸村、和気清麻呂と、バカでも知っている名称がぽんぽん目に飛び込んできた
元は和気山邦福寺(ほうふくじ)であったが、昭和44年( 1969年)には在日本朝鮮仏教徒協会の傘下に入り、「統国寺」と改名され再復興された
説明そっちのけで、写真撮りに動き回っていた
サブの案内人さんが、いつも遅れる私を気遣って、心配そうな目で見ていていたのがまだ脳にこびりついている
これだから団体行動は苦手なんです

前を行くのが統国寺の坊さん(と思う)
スタッフジャンパー(と言うのかな?)が案内人さん
参加者13名のこじんまりした会でした

下段が統国寺本堂

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<ベルリンの壁>

夕日を撮りたいであったが、正直これを撮りたいも有った
と言うよりミハーで、こっちの方がウエートは重かった
なんでここには、なんや説明があったが、ここに有るからここに有る

<統国寺のHPより>

統国寺と名前の中に東西に分断された朝鮮民族の国家統一への願いがこめられている。
なお 山門を入った右手に 信者より奉納された東西ドイツ分断の象徴であったが ベルリンの壁の一部がある。
統国寺という名前も祖国統一を願ってつけられたのあろう。

詳しくは見てないが、壁は高さ約4mくらい、厚さは丁度ブロック塀に使う物と同じくらいだったので約20cm、幅は1.5m?くらい
画像は2枚分
画像下段は裏側
この構造物が東西に対峙して建てられていたそうだ
その2枚の壁の間は数十メートルの無人地帯で、東ドイツ当局の監視のもと壁を越えようとするものがいればすぐに分かるようになっていた
この高い頑丈な壁を乗り越えて、西ドイツへの逃亡を図って射殺された死亡者数は、合計192人もいたそうだ(ウイッキペディア参照)
ちなみに、宮古島市上野のうえのドイツ文化村に2枚移設してある
いわば貴重な文化財であるが、ここ統国寺では自由に見ることが出来る

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<統国寺のHPより>

なお 和気山という山号は 「続日本書紀」 よれば 和気清麻呂が 延暦七年
(788年) 荒陵(あらはかー四天王寺の地)の南に運河を造った。
その一部が川底池(かわぞこいけ)であり掘った土砂を積み上げたのが 茶臼山だと言われているのにちなむと思われる。

その池越しに見た眺めはまことに絶景であった

下段橋の向うの森が茶臼山で、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では茶臼山一帯が徳川家康の本陣となり、翌慶長20年(1615年)の大坂夏の陣では真田信繁(幸村)の本陣となって「茶臼山の戦い(天王寺口の戦い)」の舞台となった

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ネットっていいですねえ
ネットって面白いですねえ

じゃ〜にーまたお会いしましょうバイバイ
1
投稿者:我太郎

懐かしの道頓堀

話は11月18日と賞味期限が切れかけた話である
皆さんは賞味期限をどうお考えでしょうか
期限が切れても十分賞味できる物は多くあります
その日までに食べないとならない、と言う物は1つも無いのではと思っている
問題は、どれくらい過ぎても大丈夫かであろう
それぞれの保存状況が異なる中で、メーカーが食味可能期限を明示することは不可能で、あくまでも自己責任の世界になるが、賞味期限切れ即廃棄はいかがなものだろうか
何度も記事にしているが、冷暗所に保存していた袋ラーメンは、半年過ぎた物でも十分食せた
真空パックされたロースハムは、半月くらい過ぎていても(長いのは約1か月)熱を通せば問題はなかった
それが証拠に嫁さんも私もまだ生きている
5年後に出て来るって、お化けのようなことなのかも知れないが、出るなら出て来てみやがれだ
と言うことで、この記事を見ても目は腐らんでよ

さるシニアサイトでお世話になってる方が、文楽座小ホールで「第一回みおつくし会」のイベントで日舞を舞うとの記事をアップされた
自由席、出入り自由で、しかもダタとお誂え向きで、嫁さんを誘って行って来た
ネットの付き合ということだけでは、うっとうしいだけの都会に行く気にはならないが、二人の初めての出会いの場所がどうなっているかは、非常に興味あることゆえ嫁さんも喜んで一緒に行ってくれた
過去に1度友人と道頓堀筋を歩いたことは有るが、話に夢中で街の様子は変わったなあくらいで、まったく気にも留めていなかったので、30年ぶりくらいになる
道頓堀の様子は、テレビでもちょくちょく見るが、話題の場所は限定され、その変貌ぶりはほとんど知らなかった
当時文楽座は歩いて2〜3分の所にあったので、もぎり嬢と懇意になり顔パスで入れて、昼寝の場所に利用していたくらいで、難波からぶらぶら歩いても30分かからないだろうと、あの店もこの店も無かったなあ、とお気楽にうろきょろして行った
ところ〜が、その文楽座がな〜い
聞けば日本橋の方に移転したとか
開園11時、かのお方の出演は11時半から12時頃
これにはちょっと慌てたが、仕方ないのでまた日本橋までとことこ歩いた
日本の文化は浪速や京都から、との栄華は今はどこへ
金が無いから止めてしまえ、と乱暴な市長さんが物議を醸している
江戸の昔は、金持ちの旦那さんが、陽に蔭にと応援したもののようだが、関西経済人も今じゃ落ちたもので、民間からの応援もままならぬとか
文化を銭金にかえてどうすんだい
貧乏はしたくないものだが、貧乏ゆえ心の豊かさが問われるんじゃないのかな?
何とか文楽座にたどり着いて、受付を済ませてホールに入ったら、長唄をやっていた
次が目的の常磐津とあり、まことにグッドタイミングであった
演目は「大坂めぐり」で、その解説まで送って下さったのに、どこが見どころなのさっぱりnoろんどん
申し訳ない

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定番の戎橋
老朽化のため2007年に架け替えられている
今でも引っ掛け橋って言ってるのかなあ
断っておきますが、ここで引っ掛けたわけじゃあ〜りませぬぞ

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上段左=ぼてじゅうは反対側の宗右衛門町に有った

上段右=たこ焼き屋は撤去問題でマスコミを賑わせた店だろうかな?

宗右衛門町はすっかり変わって、昼間は寂れて見えた
無料案内所の看板を掛けた店がやけに目に着いたので、夜の街は一変するのだろうな
若者が賑わいのキーワードの昨今に逆行するように思うが、やっぱりこの世界は永遠不滅なんだろうなあ

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変わってしまった街
文楽座は移転したが、中座の建物は残ったがすっかり変わって、くいだおれ太郎がこんな所にいたわ
そう言えばストリップ劇場も見えんかったな
道頓堀川なんてドブ川やったのに、綺麗になって歩廊まで出来ていた
これは想像つかなかった

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くいだおれビルはまだ有った
事情を知らないと、何も変わってないように見えるが、取り壊しが計画されて、いずれは姿を変えるだろう
1番の名物だったのだが、時代の流れなのか、家族経営にこだわったツケなのか?

片やドンキホーテ、時代のろうじとして肩をいからせてそびえたっていた

結局道頓堀筋を2往復しても、この辺だったくらいにしか分からなかった
ああ、時は移りにけり

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2
投稿者:我太郎

秋の大阪城

年間30日以上大阪城公園に通っているが、風景は鳥が撮れない時にブログネタでしか撮っていない
秋の渡りもほぼ終わったので、気合を入れて撮って来た
と言っても常に鳥のことは頭にある
大阪城公園と言っても広〜いど
一回りも出来んで、三分の一ってところかな
あまりにも鳥がいないので、鳥友さんと景色撮りの話しになった
鳥しか撮らない方かと思ったら、景色にも詳しい
大阪城をまともに撮ったことが無いと言ったら、良いポイントが有ると案内してくれた
前の池には、カワセミがよく来ていたことがあり寄ったことは有ったが、景色を見ている余裕が無かった
大阪城を撮るなら1番のポイントではなかろうかと思う

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新聞報道でも大阪城公園の紅葉が見ごろと報じられている
春ももちろん良いが、秋の大阪城公園も見どころが多い

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桜がらみのお城を撮ったことがないので分からないが、桜と絡むポイントは限られるように思う
紅葉は何処からでもの感が有る

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<上段 淀君自刃の地>

1615年(元和元年)5月8日、大阪夏の陣で大坂城落城により秀頼とともに自刃した地とされ碑が有る

<下段 刻印石広場>

ここに並べられている刻印石は、元和・寛永年間(1620〜29年)に徳川幕府より大坂城石垣築城に参加を命じられた西日本の諸大名が、集めた石を石組みの過程で文字、文様、家紋などを石垣に刻印しており、発掘された内の一部が展示されている

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さ〜て、はて、これは何だろう
砂で造ったお城は分かるが、大阪城の復元模型なのかな?

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上段=属に神社裏と言われる鳥撮りの好フィールドです
下段=配水地東と言われ、鳥がいない時にはここが定番で、行けば必ず寄る所なのに、景色として撮ったことがなかった

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お堀のカモです
完全にブログのネタ狙いで、普通は水鳥は撮りません
運動神経が鈍いので飛び物は苦手なんです
だれだい、運動神経だけ?かって
ええわい、おいら根性はええから(´_`。)クウ~

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2
投稿者:我太郎

紫に魅せられて

紫が好きと言った君

何時しか我も好きになり

白が好きとだと言いたれば

何時しか我も白になり

人の心は移ろえど

君思う心は変わり無し


格好良いこと言ってるが、本当はねえ、変わりようが無いだけなんよ
その昔のことは忘れたが、今となっては後が無い
有ったら変わってるか・な・な・な・あ
ま、こんなことのたまわるだけが我が甲斐性ってことよ
我太郎殺すにゃ刃物は要らぬ
雨の3日も降ればよい
もう3日もデジブラ出来てへん怒
てやんでえ、死れるもんけnoケッケッケ〜
脳が沸いたわ
にゃろめえ、写真撮れんでもストックは何ぼでも有るわい
お蔵の紫系を引っ張り出しました
紫系たって、赤いのから青いのから、どこでどう切ったらええのか分からへんのが多い
アバウト紫ってことでよろしゅうに

好きな順てなわけでもないですが、やっぱりトップはアザミだ
花を撮る時は、何であれ歌が絡むことが多い
言わすと知れた「あざみの歌」

♪山には山 の 愁いあり

賠償千恵子がええなあ

同じキク科で似てるけど、下段は同じように見えてもちゃいまっせ
タムラソウと申しまして〜
3年越しかな?、no恋みのる
初めて見るもので、アザミと区別できんくらい似ています
葉っぱに棘が無いのがタムタソウ、図鑑でそう解説しているが、若いアザミは棘が有るのやら無いのやら
知らぬがゆえの哀しさよ
何度もタムラソウですか、と聞いて何度も蹴られて、やっとこせこの10月に里山で見つけました
それも嫁さんが
おら何しとんねん
1度見つけると見分けも簡単です
成熟してくると花弁の先がカールするのが可愛い

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今回は紫系ということで省いたが、桔梗が1番早い秋の使者なら、ツルリンドウは、山の秋を実感する花だ
どちらもまだ残暑厳しと言う時期に、時の移ろいを覚え愛おしい

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ツルリンドウが出ればリンドウよね
晴れてないと開かない気難し屋さんです
撮った時が撮り頃画法ゆえ、撮る機会が少ない花であります
上段右は園芸品種じゃないですぞ
里山では初めてベル型の花を見ました

♪りんりんりんどうは濃むらさき

お千代さん、最近テレビに出んようになったが、どなんしとんのやろう

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初めてと言えば、ツルニンジンは、伊吹山と六甲高山植物園では撮ったことが有るが、里山では今年初めてでした
本格的に山野草を探そうと思うようになったのが今春ゆえそうなっただけ、と思うくらいそこいら中に有りました
一寸大きめの花のが今一の感が有って、もうええわと言うくらい撮れた

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その他ごっちゃ混ぜの紫
過去記事で使った画像も有るかもだけんど、昨日の昼飯何を食ったか忘れるボケゆえごめんでやっしゃ

<上段1段目>から

ムラサキシキブとナンバンギセル

ただし、ムラサキシキブとコムラサキシキブの判別は私には出来ません

<2段目>

?のハギとヤマラッキョウ
ハギもさっぱり分からん種です
ヤマラッキョウはセンブリと共に秋の終わりを告げる花です

<3段目>

ゲンノショウコとミズギボウシ
ゲンノショウコは、漢方で有名ですが、白は関東、紫は関西に多いとされる
兵庫県の岩座神の棚田の山裾では、紫を探すのに苦労するくらい白ばかりでしたので、一概には言えないようです

<4段目>

ヤブマメとツルボ

もう雑草と言っていいくらいそこいら中ですが、どっちも好きな花です


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1
投稿者:我太郎

嵯峨野こぼれネタ

詩仙堂で雨に祟られて風邪気味だ
寝てなんかおれるかで毎日出歩いている
熱中している内はだるさは忘れているが、このところ天気が今一撮影向きでない
天気予報も全方向むけで分かったような分からない言い回しをする
所により一時雨ってのが何とも悩ましい
特に京都の天気はまったく当てにならない
今度行くときは1日好天の予報でないと行くまいと決めた
で、ここ2日降るか降るかの雲行きで出かけれていない
急に疲れが出て風邪がぶり返した
毎度そろそろ危ないな、と思う頃に天気が愚図ついてくれる
神様の休めとのご宣託だろう
昨日は朝から雨ですっきり休めた
明日も天気悪そうだし、日曜日にわざわざ人混みにもまれに行くこともあるまいし
とりあえずの嵯峨野のこぼれネタです

竹林は嵯峨野を代表する光景ではあるが、人は多いし、暗いで撮ってもなんですが、撮ったんよ
毎回嵯峨野に行けば同じこと言ってるんちゃうかな
今回はやっぱりどことなく空いている感じだった
トロッコ列車と愛宕山?が良く合うが、金棒の細かい目の柵でレンズが入らず、ちんちくりんな構図にしか収まらない
トロッコ列車を待ってる時間も無いが、コンデジで狙っている鉄ちゃんは多い

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常寂光寺は後でとパスして、落柿舎に向かうすぐ手前に、これまで閉鎖されていた空間に嵯峨菊が咲いているのが目についた
門は空いているし、何やら作業しているおっちゃんがいた
人も何人か入っているので覗いて見た
道楽で花園を作ると言っていたが、かなり大がかりなことになりそうだ
いずれは入園料取ってとなるのではなかろうか?
嫁さんが白いポンポン菊を見つけて欲しいと言う
こんなん家まで持ってかえれるか、で止めとけと言ったが聞かない
園芸店を覗く度にぽんぽん菊を探していたこともあり、この際買って納得してもらうしかないと覚悟を決めた
と言うのは、荷物は写真撮りに邪魔なんよ
売り物じゃないんだが、と言うおっちゃんと交渉の結果、1,500円を1,000円に値切って買った
写真を撮るたびに鉢を置いていては面倒で仕方がない
邪魔にならない所に置いて、嫁さんに番人やらせていたら、箸より重い物は持ったことがないのに、3kgは有ろうかという鉢を自分で持って帰った
どんな箸じゃ〜ヾ(~O~;) ウッヒ

<嵯峨菊>

菊は中国が原産地であるが、多くの品種改良がこれまで行われてきた
嵯峨菊は、嵯峨天皇御愛の菊として嵯峨御所(現大覚寺)の大沢池の島に植えられたのが始まりだそうな
糸のように細い花弁は、一見ひ弱そうに見えるが、咲きるまでの過程が打上花火のような感じで面白い

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毎度の甘味処
1度も利用したことが無いウッヒ

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こんなん撮ってどうすんの
困難だ
電信柱がなあ
紅葉も茅葺も結構気に入ってまする

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3
投稿者:我太郎

落柿舎

秋の京都でどうしても撮りたい物が2つ有る

1つに、落柿舎
2つに、常寂光寺

どっちも柿がキーワードです

落柿舎の柿は毎年撮りはするが、それだけを撮りにという画法ではない
紅葉を絡めて、常寂光寺を絡めてで、まともな柿は撮ったことが無い
言う割には、茅葺きに絡めば何でもOKのいい加減です
今まで気にしていなかったが、この記事をアップするに当たり、常寂光寺の柿がロウヤガキ(老鴉柿)なら、落柿舎は何柿?、と気になった
樹勢から渋柿だろうくらいは想像できたが、種類までは?で、ネットで調べたらコロガキと有った
渋柿を乾燥させた柿を枯露柿(ころがき)と言い、コロガキという柿の種類は無いように思うがいかがか?
丸いので西条柿や百匁柿ではないことは確かだ
まあ何でもええわ
落柿舎の柿だ
それにしても淋しいなあ

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何時行っても人がいないなんてことはまず無理だ
ぽつんと落柿舎だけが野の中や山の中に有ったんでは、こうは賑わうことはなかろう
嵯峨野の魅力ってことか

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撮り頃ではあるが、見ごろ?

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曇天ではどうにもこうにも
ただ撮っただけでも納得

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裏に回れば誰もいない
光さえあれば紅葉絡みで良い茅葺が撮れるのだが
一瞬の間だったが光が射し、今年も元気で撮りに来れたってことで満足せにゃ
ところ〜が、目の前の常寂光寺撮ってる時間が無かった
何時行けるかなあ

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4
投稿者:我太郎

嵐山

ネット情報では嵐山は見ごろと有った
毎シーズン1度は撮らねばと思っている木が有り、今年も11月20日に行って来た
写真は感性ゆえ、撮り頃は人それぞれだが、見頃とは大体の人のイメージに合わせての物かと思うがいかに

♂ まだ早いで

♀ 茶色に枯れた葉が1つも無いから良いやん

どう考えても2、3日は早かったように思う
勿論異論は無いが、色々見方はあるもんだ
またしても曇天で写真撮りには向かなかったが、嵐山は岡崎公園にベンチが有り、弁当広げてのんびり出来るのが好きで、弁当食べに行って来た
弁当食べている時にぽろっときたが、傘は差さずに済ませた
ゆえに、当てが外れてのんびりも出来なかった怒

中の島橋から
最盛期にはもう少しメリハリが有るように思うが

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御前11時半これで、人がえらい少ないなと思った

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この木の前で記念写真を撮る人が絶えず、いまでまともに撮れたことがない
待ち時間0分で撮れた
やっぱり色が薄いわ

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銘木は2本有る+前後に2本も絡まると4本
上手く撮り分ければ毎年撮っても飽きない
構図が似たようなのがなあクシュン
前日の雨で水も濁っててあかなんだ

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1番のスポットと思っているが、これもまだもう少しやなあ

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薄日が差している間に撮った紅葉はなりに色が出せた
こういった紅葉狩も静かで良いもんでっせ

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投稿者:我太郎

近場の紅葉

紅葉が早いと聞いて、11月14日に里山巡りをしました
宝塚市立自然の家〜武田尾を単車で走り、目に着いた紅葉です

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2
投稿者:我太郎

大阪城公園の野鳥 

平成24年11月前半

秋の渡りの終盤になりましたが、冬鳥の到来と結構忙しくお城通いが続いています
柿の実も気になるがその暇が無い
行ききたい所が多すぎて、家のことはほったらかしゆえ、天気が悪くて出れない日は別の意味で忙しい
本命の鳥撮りの一区切りの大阪城公園を見てやってください

11月7日の鳥撮りフィールド西の丸庭園からの天守閣
まだ紅葉は始まったばかり
ちなみに鳥は何にも撮れませんでした、よってに撮ったてなものです

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西の丸庭園入出門
ニレの黄葉が進んで綺麗だった

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<重要文化財 乾櫓(いぬいやぐら)>

元和6年(1620年)に創建され、千貫櫓(せんがんやぐら)とともに大阪城内最古の建築物
西北(戌亥)隅を守る隅櫓でL字型です

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ナンキンハゼは、真っ赤に染まった盛期より染まり始めが綺麗

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桜は早くから紅葉しもう散って淋しいが、散り紅葉も綺麗だ
でもねえ、なんでか知らないけど、せっせと綺麗に掃除してるわ
掃除はまあええけど、雇用対策も有るのか?、刈らなくても良い様な草でも草刈り機で削り取って、鳥の餌になる虫や草の実があれへんのよ

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橋下ちゃんたのまっせ
綺麗にするのは良いけど、野鳥の餌対策頭に置いてよ
ニレの実は色々な鳥の餌になり、この木の近くで待っていれば鳥がやって来る?

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桜門の改修が始まって、門全体を白い布で覆っている
何の因果か知ららねえが、数ある名所の中でも記念写真ポイントで人気の門だ
問題だ
ほっといても観光客は来るんだろうが、就学旅行生は横須賀ストーリー
むしろこれっきりって学生の方が多いんじゃないのかな?
事情は色々有るだろうが、1月から4月の就学旅行の少ない時期にやるべきと思うのはバカの証拠かい
工期は平成25年3月までとはあるが、年度中に予算使わんと、てな事情じゃあるめえな
12月から4月でええんじゃないのう

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その桜門の前の内堀沿いに、この時期になると懸崖菊が飾られる
外国の観光客は特に興味を示し、いろんな角度から写真に撮っているのが印象的だ

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投稿者:我太郎

京都 金福寺(こんぷくじ)

所在 京都市左京区一乗寺

臨済宗南禅寺派の寺で、山号は佛日山

本尊は聖観音菩薩

京都市バス 5系統岩倉操車場ゆき

(停留所一覧)←をクリック

JR京都、阪急電車、京阪電車、各最寄りの停車場からと、叡山鉄道一乗寺駅からも近い

詩仙堂から徒歩約5分の所にあり、与謝蕪村の墓所、尾芭蕉が滞在したとされる茅葺きの芭蕉庵がある
遊びで下手な俳句を脳が沸いたら詠んでいるが、蕪村や芭蕉のゆかりの寺とは知らなんだ
まして文学なんてまたくno宅である
舟橋聖一著『花の生涯』のヒロインである村山たか(村山たか女)ゆかりの寺なんて行って見て初めて知った
若いお嬢さんが多く、知る人ぞ知る名寺なんだろう
境内は狭いし知名度も今一のようで、入山料は400円と格落ちを物語ってるようだった
詩仙堂で雨に遭い足止めされて、すっかり頃合いを逃がしてしまった

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茅葺きのお堂と思ったには芭蕉庵だった

(由来)

貞享年間(1684年〜88年)にn鉄舟(てつしゅう)僧侶が再興し、臨済宗南禅寺派とした
鉄舟和尚は、俳人の松尾芭蕉と親交があったことから芭蕉がよく訪れて、その後、和尚は芭蕉が使っていた庵を「芭蕉庵」と名付けたと言われる
時は経ち、安永の頃(70年ほど後)、芭蕉を慕って金福寺を訪れた与謝蕪村は、芭蕉庵の荒廃に歎き再興したのが現在の庵である
境内が狭くて、全体を綺麗に撮れないのが残念であったが、手入れは行き届き見事な茅葺であった

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虚子と蕪村

  徂く春や 京を一目の 墓どころ

蕪村の墓に参った時詠んだとあるが、当時は邪魔な木々は無かったのだろうな
あるいは、この景色を見てかな?
なれば、感性の差が大き過ぎる凡人には理解できない
自然に任せるのは良い事ではあるが、入山料と取るってことは、管理されていることゆえ、自然のままはあり得ない
謳い文句通りの見晴らしを保って欲しいものである
せめて、目の前の雑木は切っても罰は当たらんやろうに
立ち寄った皆さんが、がっかりされていたのが印象的であった(天気が悪いのもあったがね)

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紅葉は詩仙堂より進んでいた
入って直ぐ右手の紅葉が見事であった
1番の見所のようで、なかなか人が途切れない
3人のお嬢さんが、代わる代わる記念写真を撮っていた
1X3+2X2+3X1、都合5分以上いらついて待った
やっと、と思ってシャッター押したらまだ写っていたわ
しゃ〜ないわなあ

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受付をすませて、時間が限られることゆえ、堂内の拝観はパスして、茅葺きの撮影へと急いだ
上の画像の反対側も絵になる
タイミングが悪く、すぐこの後曇ってしまった

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時折日が射し、本堂が西日に照らされて綺麗だったが、すぐに陰ってしまった

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紅葉は光が無いと、撮ってもべちゃっとした物になり、2次元の世界そのままである

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そうは言っても撮らずぬはおれないのが素人の由縁だ
また行けば良いこっちゃ
こちゃえ、こちゃえ〜

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投稿者:我太郎

京都 詩仙堂

息子が最近写真を始めた
京都に行きたいというので、今までに行ったことの無い所と色気を出した
たまたま金福寺の茅葺きのお堂が目に留まった
これだけではなあと思って検索したら、近くに詩仙堂があることが分かった
名前は知っていたが、ここにも茅葺が有ることが分かって決めた
息子の都合で遅い出発となり、JR京都駅に着いたのは午前11時半頃になっていた
京都駅では適当に雲が出て写真日和だったのに、知らぬ間に雲が広がって、どんどん空を覆いだした
これがまたいい加減のツケを払わされることになろうとは
阪急電車から地下鉄に乗り換えて、JR京都駅まで210円X3、乗り換え時間と待ち時間を入れれば、時間にして約20分、昼食を済ませて市バスに乗ったのは、12時31分だったかの便になった
途中社内アヌンスで四条河原町を経由することが分かった
ぎゃお〜deぎゃお太郎
金も時間ももったいないことをした
たまたま見た観光案内ページのアクセス解説が、JR京都駅から市バス5系で、一乗寺下り松停下車徒歩10分とあって、何も考えずに鵜飲みで行った
ちなみに、一乗寺下り松は宮本武蔵と吉岡一門の決闘の場だった所だとか

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なんのことは無い、銀閣寺道停から北方向6つ目の停留所であった
ちゃんと路線図で調べておけばよい物を

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詩仙堂に着いたのは、午後1時半頃になり、あんなに良い天気だったのに、時折薄日が射すことも有ったが、直ぐにぽろぽろ降り出した

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ちっちゃな茅葺山門がかえって落ち着きを見せ趣があった
まだ葺き替えて間が無いのか?、しっぽり周囲に溶け込むまでにはもう少し時間がかかりそうだと思った

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紅葉見頃にはまだ1週間くらいかかりそうで、庭の1部の木が目を引いた程度で、思惑通り人は少なめで、堂内でじっとして動かない人も多かった 

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薄暗い堂内から庭を眺めているのもまた良いものだが、既に本堂から出ていた嫁さんは、傘を持たす、小さな茅葺の門の下で動きがとれずにいた
息子はまだ堂内にいて出るに出られない
どうないしよう

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建物がまともに見えない豪雨となって、雨宿りで時間を食ってしまった
傘を差していてもザックはずぶ濡れのまま10分以上立っていた

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投稿者:我太郎

500万本のコスモス園

おそらく関西では1番遅いコスモス園であろう
8月に種を蒔いて、暑い最中に草取りしたり肥料を施して、10月下旬から11月中旬に見ごろを迎えるように世話を焼いてのオープンである
阪神淡路大震災後ゴミ捨て場と化していた武庫川左岸を、綺麗にしようとの思いから立ち上がった「髭の渡し花咲き会」をはじめとする、沢山のボランティアの方々の努力により作られ、無料で開放されている
我が散歩道から少々足を伸ばせば行ける距離にあり、毎年楽しませてもらっている
河川敷ゆえ平面的で、写真を撮るには苦労するが、全身コスモスに包まれて、花の精を目一杯吸い込んで、のんびり半日過ごせば天国だ
鳥撮りが忙しくちょっと時期を失したが、まだまだ十分楽しめた
生憎の曇天と強風で花撮りより景色撮りといった感じにはなったが、ボランティアの方々の苦労を思いながら撮った写真です

基本的にはピンクと白の一重の普通に見れる種です

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一角にキバナコスモスが彩りを添えています

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こういう場面ではモデルさんが欲しいところですが、我が女房殿ではお目汚しゆえ、差しさわりない程度にご協力願いました
問題ないように人物をブレブレにしてみました
ブレてなくてボケてるだけじゃがな

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黄色い花は大根でしょうか
1株だけでしたが良いアクセントになりました
強風下での手持ち、スローシャッターゆえシャープには撮れてません
三脚なしでは、風が息継ぎする瞬間までカメラを支え切れないのは、当たり前田の苦楽家〜
にゃろめ〜、こんなもんでええか、でええかげんです

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目で見ると綺麗ですが、平面的ゆえピンクと黄色のコントラストがはっきり出ません
無料、ボランティアということで文句は言えません
脚立を持って行っている本格カメラマンさんもいました

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投稿者:我太郎

串カツとビリケンの街

消化不良気味の動物園で、このままでは帰れるか、と夕日を見ようと通天閣に寄った
思惑はみんごと外れて、夕焼けも残照も目にさえ出来なかった
こうなりゃ帰りが1時間遅くなろうが、2時間遅くなろが同じことじゃ
若い頃西成に行ったことが有る
正直雰囲気が違うなと感じた
今はどうなのかは知らないが、昼間から酔っぱらって道路に寝ている、側ではなにやら大声でどなりあっている
路上にむしろを広げてなんでも有りの品がごちゃごちゃ並べられている
お巡りさんが見えると、筵を丸めてさっと消え、お回りさんの姿が見えなくなると、何処からともなく皆また筵を広げる
その間10分も有るのだろうかと言う世界であった
興味本位で行ったので、早々に退散した覚えが有る
そんなことで、関西で生活しながら、最近テレビの番組でよく紹介されて、街の雰囲気も明るく、きさくに感じられるようになっているようだくらいで、実像はまったく知らない世界であった
通天閣を出たのが午後6時半頃ゆえ、街はド派手な看板で煌びやかなこと
釣鐘饅頭本店はその雰囲気から少し離れて騒がしさは感じられなかった
横丁を見れば飲み屋が軒を連ねて、どこの街にでもある雰囲気で有った
飲めたら寄ってみたい気になる店が目についた
ユウスゲは、夕方咲いて翌朝にはしぼむ一日花であり、飲み屋の名前にはうってつけだ
ママさんはどんな人
店名の由来は、一日花から、それともただ好きなだけ?
見てみたい、聞いてみたい
まあ、そう思っている内が華だろう

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新世界は正に串カツとビリケンの街であった

<ビリケン> ウイッキペディアより抜粋引用

元々は1908年にアメリカ合衆国の芸術家フローレンス・プリッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神秘的な人物の姿がモデルになっているという。
これが「幸福の神様」として世界中に流行した
また、セントルイス大学のマスコットになっている

<3代目ビリケン>

2012年5月、通天閣100周年のリニューアルにあわせ新しいビリケン像が新調された
3代目の像は、クスノキの一木彫りで、2代目よりも一回り大きく、頭髪が金箔で覆われている

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午後5時前の撮影

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投稿者:我太郎
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