僕みたいな70年代ロックの洗礼を浴びた身にとって、マイケル・ジャクソンという存在は興味の対極にあったと思う。今に至るまでレコードの一枚も買ったことはないし、数々のヒット曲も耳になじんではいるものの、けしてそれ以上の存在ではなかった。
とはいえ、それでも彼が万人の記憶に残るスーパースターであったことは否めない。エリック・クラプトンとジミー・ペイジとジェフ・ベックが束になってかかっても、ポピュラリティという点に限れば、まったく歯が立たないのは確実だ。彼はまさしく、アメリカン・ショービジネスの象徴のごとき存在だったというべきだろう。
そんな彼が突然の死を遂げた時、目前に迫っていたツアーを誰もが見られなくなってしまったことが不幸なのか、逆に幸福だったのか・・・などと思ったものだ。すっかり「過去の人」となり、齢50歳の衰えた肉体で見せるダンスが、果たしてかつてのように観客を魅了することができたのだろうか・・・。
そのツアーのリハーサル映像を編集した本編が公開される、という話を聞いた時、まず考えたのは経済的事情だった。すでに売切れてしまったチケットの払い戻しや、ステージの準備にかけた莫大な費用の回収など、プロデューサーの受けた重圧は想像に難くない。
さて、本編を観た印象は、もちろん経費の回収という側面は否定できなかったけれど、それより驚かされたのは、マイケルの正真正銘のスーパースターぶりであった。映像に記録されていたのは、数々のゴシップで地に落ちてしまった、かつてのスーパースターの成れの果てなどではなく、まさに現役の、直視しがたいほどまばゆいオーラを放ちまくるスーパースター、マイケル・ジャクソンその人であった。
正直言って、彼のヒップホップダンスの技量はそれほどでもないと思う。息を飲むような大技を見せびらかすこともないし、テクニックという点から見れば、バックダンサーたちのほうがはるかに上であったようだ。しかし、それでも彼のダンスは何か違っていた。ダンサーたちと円陣を組んでちょっと踊るだけで、明らかに目立つ。それこそがスーパースターたる所以なのだろう。
そして何より彼は歌うのだ。テレビなどでよく見るヒップホップダンス選手権で、ほんの数分の出番を終えたあと、インタビューに答えるダンサーたちの激しい息づかいは、いかにあの手のダンスの運動量が大きいかを如実に示している。マイケルは、そんな激しいダンスをしながら、しかも同時に歌うのだ。それも50歳という年齢で!!
もちろんリハーサル映像であるから、歌も踊りも完璧とはいえない。特に歌は、観客を前にしたときより明らかに声量を押さえているのがわかるシーンもある。しかし、逆にそれだからこそ、ステージを無から作り上げていく「手作り」感も伝わってくる。これはあくまでも完成品ではない。ひとつの芸術作品を作り上げていくプロセスを記録した「作品」なのである。
本編を観ているとき、ずっとある映画が頭から離れなかった。同じようにある芸術作品を作り上げていく過程を記録した「作品」
レット・イット・ビーである。不慮の死と解散という、ある意味共通した結末に至る点で、似ているところのある作品だと思う。いずれも、ひとつの時代を作り上げたスーパースターの「白鳥の歌」の記録だったのだ。・・・
★★★★

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