邦題の「ハムナプトラ」は実は「死者の都」という意味の地名であり、今回の舞台と何の関係もない。シリーズの原題はズバリThe Mummy、つまり「ミイラ」なので舞台がどこであろうとかまわないのだが、第一作目でつけた邦題がシリーズ化により無意味になってしまうとは、さすがに関係者の誰も考えつかなかったのだろう。今度の舞台はなんと中国なのである。公開翌年に北京オリンピックを控え、中国ブームが巻き起こるだろうと当て込んだ企画だったのかも^^;
冒頭、2000年前の中国皇帝のエピソードが語られるが、このあたりの展開は前作や第一作目とほぼ同様。違うのは、現代に復活するのが反逆者ではなく、皇帝(ジェット・リー)という権力者自身であったこと。もちろんこの皇帝とは秦の始皇帝を指している(実際には2200年ほど前の時代の人なのだが^^;)が、中国側に慮ったのか、最後まではっきり「始皇帝」とは呼んでいない。
この映画の「現代」は1946年だが、そこに舞台が移ってまず驚くのはオコーネル夫人が別の人に代わっていたこと。第二作までのレイチェル・ワイズの印象が強烈だっただけに、ものすごい違和感だった。シリーズもので相手役が途中交代というと、たとえば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もそうだったが、今回の違和感はあれ以上だった。前作(
ハムナプトラ2 黄金のピラミッド)は1933年だったので、当時子供だったリック(ブレンダン・フレイザー)の息子アレックスはすでに大学生になっている、という設定。結局ファミリーで同じ配役だったのは、リックを除けばオコーネル夫人の兄ジョナサンを演じたジョン・ハナーただ一人であった。
考えてみると第一作「
ハムナプトラ 失われた砂漠の都」では、ミイラとして復活したイムホテップが徐々にその体を生前の姿に戻していき、それに比例して強力なパワーを発揮していくという設定だったが、本編でもやはり皇帝は段階的にそのパワーを増していき、仕上げとしてシャングリラの「不死の泉」を浴びる。そうすると本人のみならず、呪いで兵馬俑にされた兵士たちまでが復活してしまうのだ。もちろんリックたちはそれを阻止すべく頑張るのだが、うまく行かず兵馬俑の復活を許してしまうのはお約束通りの展開。
お話は前作同様荒唐無稽なものだが、おびただしい数の兵馬俑が戦うCGなど、前作をも上回るクオリティだったのは立派。シャングリラへの行程でイエティ(雪男)が登場するサービスなどもある。火や氷を思いのままに操る力を持った皇帝はほとんど無敵の強さだが、それにくわえて三つの首を持った空飛ぶ竜(どう見てもキングギドラ^^;)や巨大な野獣に変身する能力まである。こんな強敵をどうやって倒すのか、と思うのだが、そこはそれ、この手の話にはこれまたお約束の必殺の武器が登場するのだ^^;
面白いのは、迫り来る兵馬俑たちの軍団を阻止すべく、皇帝が万里の長城建造の時に虐殺した奴隷たちがミイラとして甦り(原題The Mummyはむしろこっちを指しているのかも)兵馬俑軍と大乱戦になること。万里の長城にこれほど多くの人骨が埋まっているとは思えないが、このあたりが皇帝を「始皇帝」と呼べなかった遠因なのかも。
兵馬俑の軍団がなぜか万里の長城を越えると無敵になる、という設定だったり、いろいろよく判らない約束事がある映画だったが、それなりに面白い作品であったことは間違いない。少なくとも、観ている間は世知辛い世間のことを忘れ、頭を空っぽにできる映画であることだけは保証できる。・・・
★★★

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