3月18日の記事で詳しく書かせていただいたように、私は今年の3月、2泊3日の日程で京都・大津・生駒・大阪方面を旅行してきました。
そして、3日目は奈良県生駒市で、生駒ケーブル(近鉄生駒鋼索線)の宝山寺線(鳥居前駅〜宝山寺駅間、全長0.9km)と山上線(宝山寺駅〜生駒山上駅間、全長1.1km)の2路線のケーブルカーに乗って生駒山にも行ってきたのですが、この生駒ケーブルは、鋼索線としてはとてもニークな路線でした。
生駒ケーブルには、「鋼索線としては存在自体が大変珍しい踏切が全線に5箇所もある」「宝山寺線は複線であり、路線中間の行き違い区間は鋼索線としては全国でもここだけの複々線になっている」「山上線には鋼索線としては珍しい中間駅が2駅設置されている」「宝山寺線・山上線共に車体のデザインが奇抜である(特に宝山寺1号線の車両はインパクト強烈!)」などの際立った特徴がいくつもあるのですが、今回は、このうちの「踏切がある」という点に注目して解説させていただきます。
普通、ケーブルカーは深山幽谷とも言うべき鬱蒼とした山中を走るため、利用客は必然的に、その山の上にある社寺への参拝客か、もしくは頂上を目指す行楽客などに限られるのですが、生駒ケーブルの宝山寺線は、山中とはいえ山林地帯ではなく、斜面に築かれた住宅密集地を貫いて走っているため、生駒山中腹にある宝山寺への参拝客や生駒山頂上にある遊園地を目指す行楽客以外にも、通勤・通学・買い物などをする沿線住民の方々が普通に“日常の足”として利用しています。
そして、住宅密集地を走っているという事は、一般の鉄道とは構造が大きく異なる鋼索線とはいえども、沿線の住民にとっては当然、日常生活において踏切・跨線橋・地下道などでその線路を横断する必要が生じるということであり、そのため、宝山寺線には3箇所の踏切が設けられています(跨線橋・地下道はありません)。
下の写真は、その3箇所のうち、最も鳥居前駅寄りにある「鳥居前1号踏切」です。一般の鉄道の踏切に比べると、このように踏板が隙間だらけとなるのが鋼索線の踏切の大きな特徴です。
ケーブルカーは、山上の巻上機(動力)を介した1本のケーブルにより2両の車両が釣瓶式に結ばれて互い違いに坂を上下するという構造になっているため、レールとレールの間には2本のケーブル(山上で繋がっているため本当は1本なのですが)が張られているのですが、そのケーブルの位置は車両毎にずれており(重なってはいないのです)、また、ケーブルカーの車輪は一般の鉄道の車輪よりも形状が特殊であること(左右どちらかの片側の車輪は、レールを挟むように外・内の両側にフランジが設けられた溝車輪で、もう片方の車輪は幅が広くフランジの設けられていない平車輪です)などから、鋼索線の踏切では、どうしても踏板が隙間だらけにならざるを得ないのです。
そして、2本のレールの間を通っているケーブルは、路線の各所からガラガラと大きな音を立てて回る滑車と共に時速10km少々の速度で動いており、ケーブルが動いているその様を目にすると、いくら踏切とはいえ、その上を実際に跨いで渡るのには少し勇気が要ります。
踏切を渡っている最中、もし動作中のケーブルに足が触れると、その時の履物が草履やサンダルの場合はほぼ間違いなくその履物は脱げて飛んでいくでしょうし、普通の靴の場合でも、かなり高い確立でその場で転倒すると思われます。
自転車で横断する場合も、動作中のケーブルにタイヤが触れると、ハンドルを取られて踏切上で転倒する可能性が高いでしょう。
このように、鋼索線の踏切はその構造上、基本的に「安全」とは言い難く、そのため、どうしても必要と思われる箇所以外には設置されないのです。
上の写真は、宝山寺線の行き違い区間(鋼索線としては全国でもここだけの複々線区間)にある踏切です。
この踏切は、宝山寺線に3箇所、山上線に2箇所、全線で計5箇所ある生駒ケーブルの踏切の中で、唯一、自動車の横断が可能な「鳥居前3号踏切」です。
先程の鳥居前1号踏切の写真と比べると分かるかと思いますが、この踏切は、鳥居前1号踏切よりも踏板の隙間が少なく、そのため隙間にタイヤがはまる可能性が少なく、自動車の通行が可能になっているのです。
なぜ5箇所ある踏切の中でこの踏切だけが踏板の隙間が少ないのかというと、それは踏切が設置されている場所と関係があり、行き違い場所以外の区間では左右どちらのレールにも溝車輪と平車輪が通りますが、鋼索線の場合、行き違い区間では溝車輪と平車輪が通るレールは常にどちらかに限定され、また、行き違い区間ではレールとレールの間を通るケーブルのスペースも1本分で良いため、行き違い区間に設置されている踏切だけは、最小限の隙間確保で済み、その結果、自動車の通行も可能になっているのです。
とはいえ、一般の鉄道の踏切に比べると、踏板の隙間が大きく、更にレールとレールの間にケーブルが通っているのですから、やはり踏切としての安全性が低いことには変わりなく、そのため踏切の手前には「みぞ・ロープがあるので注意して下さい」という看板が立てられており、また、車両の横断が可能とはいえ、大型自動車の通行は禁止されています。
なお、生駒ケーブルには、山上線にも踏切が2箇所設けられておりますが、山上線の沿線には住宅はほとんどないため、その2箇所の踏切はいずれも、生駒山を徒歩で登るハイカーや、宝山寺への参拝者の一部が渡るのみで、宝山寺線の3箇所の踏切のように沿線住民の日常生活のため必要に迫られて設置された踏切ではありません。
では、この2箇所の踏切はなぜ設置されたのかというと、山上線には中間駅が2駅あり、その2駅の利用者はほとんどいないとはいえ、駅として存在する以上は僅かながらも乗降客も存在するため、その僅かな乗降客の「安全」を確保する必要から、その2駅の構内にそれぞれ設けられたのです。
上の写真が、山上線に設置されているその2箇所の踏切のうちの一つの「宝山寺1号踏切」です。
このように、踏切のすぐ手前に、片方の靴が脱げて驚いている表情の子供のイラストと共に「ロープに注意してお渡り下さい」と書かれた注意看板が設置されているのは、鋼索線の踏切ならではでしょう。
特に乳幼児・高齢者・足の不自由の方などは、かなり注意しないと(特にロープが動いている時)鋼索線の踏切を渡るのは危険です。

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