「旬 菜 里」は、旬に採れた季節の野菜をお届けするのと同時に、旬の野菜を使った料理や、旬の野菜を栽培してくれている農家の皆さんを取材しながら、皆さんと供に、旬な野菜について語り合うコミュニティを目指します。
旬菜里は季節ごとの旬の果物・旬の野菜の千葉の山武の名物通販店です。

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2014/3/11

3年前のあのとき  
3年前の今日、仁海の卒業式でした。
仁海の学年は何かイベントがあるたびに災害があって、ママさんたちと「卒業式の時に何か起きなければよいね」と話していました。
卒業式が無事終わり「何もなかったね」と安堵していました。

主人も海外出張から帰ってきていて、家族は地元にいました。
浪人していた京の合格を知り、喜んでいた矢先、大きな揺れが…。

主人や仁海は出掛けていて
もちろん携帯はつながらず
ようやく仁海から連絡入ったのは4時過ぎ
中学に避難していると

マンションに住む父や母が心配で、主人に行ってもらったら部屋の中はぐちゃぐちゃで
2度目の大きなゆれで茶箪笥が倒れ、冷蔵庫は50センチも前に
そのとき主人がマンションに行っていてくてました
あのときもしいつもの場所に父が座っていたら命を奪われていたかもしれません

水道や電気が止まり、不自由な状態に

ラジオから聞こえてくる地震の凄さがイメージつかめず
携帯が繋がらない状態では心配している方もおられると思い、安否登録しました。
何人は携帯番号で安否を確認してくださったようでした。

翌日、午後にようやく電気が来て、テレビで地震の凄さ、津波の凄さを知りました。
ある方から東北の仲間たちの安否確認できないかとの連絡を受け、そうだ、自分にできることあると、ブログに安否確認の記事を書きました
直接連絡するのではなく、尋ね人のサイトやmixiのログイン記録をたどり。

そのときの記事がこれ
http://sky.ap.teacup.com/idumi3/99.html

いづみ工房の記事は仁海の卒業の記事で終わっている

http://sky.ap.teacup.com/dumi/

あのとき感じだのは便利な世の中になれていると昔は普通だったことが不便だと感じること。
当たり前と言えば当たり前だが。

我が家では井戸があったおかげで一週間の断水は助かった
水道が使えないから全自動の洗濯機を回すのは大変だったが二層式があったので助かった
お風呂も追い炊きの釜でプロパンだったからお風呂にも入れた

マンションは大変だった
家族総出で20リットルの水を運んだ
停電だったから11階まで階段で登った

液状化現状のため電車は運転見合わせだったから一週間会社にいけなかった
そして行けても電車は予定通り動いてなくて1ヶ月はしんどかった

でもね
でもね
東北で津波の被害にあったところはいまだに不便な生活している

自然災害はとめることはできないけど、被害を最小限に留めることはできる。

あのとき生きていた父も母も2年前の猛暑で命を奪われた。

やって置くこと、準備しておくこと、もう一度振り返りましょうね
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